勢力1:勇者計画推進派
エチェベリア国王位継承順第一位、アルベロア王子を頂点とした派閥。
王宮騎士団【銀朱】の副師団長、デュランダル=カレイラが指揮を執り
勇者計画の実行、及び指定有害人種の軍事利用に賛成を唱える者で構成される。
勢力2:勇者計画反対派
勇者計画の阻止を目的とした派閥。
アルベロア王子と王位継承を争う公爵らの関与が噂されているが
現時点では詳細不明。
勢力1の対抗勢力によって構成されており、必ずしも一枚岩ではない。
勢力3:花葬計画推進派
花葬計画の実行を目的とした派閥。
薬草学の権威であり、毒草の専門家でもあるビューグラス=シュロスベリーが
立案し、親交の深い貴族、スコールズ家の全面協力の下、
新市街地ヴァレロンと地下街メトロ・ノームで実証実験を行う。
勢力1を経済面で支えるスコールズ家は、アルベロア王子の父親であり
エチェベリア国王であるヴァジーハ8世との結びつきが特に強く、
勇者計画にもかなり深く関与している。
特に令嬢リッツ=スコールズは勇者候補リオグランテ・ラ・デル・レイ・フライブール・
クストディオ・パパドプーロス・ディ・コンスタンティン=レイネルに対し
他者暗示に導くべく積極的な接触を図り、計画への貢献を果たす。
また、スコールズ家は貴族間の交流も積極的に行っており、
同区域のテュラム家と連携し勇者計画の進行を援助。
特にエル・バタラにおける勇者計画の第一次完結においては
王宮とも連携し、鮮やかな手腕を見せている。
デュランダル=カレイラが指定有害人種の生命代謝を試験する役目を
担っており、その間は彼らが実質的な計画の指揮者だったと言える。
スコールズ家の影響力は医学界にも及んでおり、ヴァレロン最大の
病院であるヴァレロン・サントラル医院とも深い繋がりがある。
勢力1と勢力3が一部で友好関係を築いている一つの要因であり、
計画が順調である理由の一つでもある。
現在のところ、勢力2が勢力1に対して有効な手段を
講じているとは言い難く、勇者計画の進行は順調と判断できる。
しかし勢力2の活動は極めて暗躍的であり、調査できる範囲が
極めて狭く限定されている点は考慮しなければならない。
そこには諜報ギルド【ウエスト】の存在が大きく影響している。
ヴァレロン内におけるギルドは貴族同様、一見すると反目し合っている
ように見えるものの、実際にはある点においてはその通りでも
ある点においては協力関係を築いているケースが散見される。
これはギルドに限らず珍しい話ではないので、説明は割愛する。
二大傭兵ギルド【ウォレス】と【ラファイエット】は上記の典型例とも
言える間柄で、それぞれに相反する哲学を持ちながらも
第三勢力の発生を抑制する、治安を必要以上に良化させない、
等といったギルドの存続と勢力確保を目的とした活動に関しては
まるで当番制であるかのように、両者が結託しているような外装を呈している。
しかし、勢力1および3といった外部勢力に対する反応については
上記の外装は見られず、明らかな違いが確認される。
これはそれぞれのギルドの実質的なトップが両計画及びその関係者と
それぞれに独立した関係性を築いているからと推察される。
【ウォレス】の長たるクラウ=ソラスは現在行方不明となっているが
彼は指定有害人種の可能性が高く、デュランダル=カレイラによる
生命代謝試験の対象となっている事が濃厚である為、意図的に身を
隠しているか、既に試験が終了したものと思われる。
いずれにせよ、勢力1と相容れる要素は皆無。
【ラファイエット】の長、バルムンク=キュピリエは流通の皇女こと
スティレット=キュピリエの実弟に当たり、彼女との協力関係を
示唆したいところだが、姉弟仲は良好と言い難く、寧ろ対立関係に
あると見なすべきとの見解を支持する。
勢力1または勢力2と、勢力3はいずれも利害関係にある。
勇者計画と花葬計画はそれぞれ独立した計画であり、双方に
物理的、思想的な結びつきを推察することは困難を極めるが、
両計画の進捗状況を時間軸で遡ると、関係性が皆無とは到底言い切れない。
具体例を挙げるとすれば、あるフェーズにおいて勇者計画の舞台が
ヴァレロンからアルテタに移した際、同時期においてアルテタ内で
明らかに花葬計画のと思われるフェーズの事件が確認された。
偶然の一致とは言い難く、両計画に共通する首謀者、先導者の存在を
強く示唆するものと言える。
これだけの理由から断定するのは早計だが、勇者計画と花葬計画の
間には、強い因果関係が存在する可能性は十分にある。
勢力1と3が協力体制を築いている、或いは勢力2と3が
勢力1を牽制している、といった幾つかの仮説を組み立て、
それぞれの証明に一定の人員を割き、警戒を強めると共に
各勢力の力関係、そして各計画の全体像を一刻も早く明らかにする事を提唱する。
「……さて、以上がお隣の国と強い結びつきを持つ"某団体"の
幹部が送ったとされるレポートなんですが。どう思いますか?」
トントン、と律動的に音を立て、リジル=クレストロイは周囲へ問いかける。
直後、レポートと称された紙の束が机の上に無造作に広げられ、その音は結局
意味をなくしたものの、それを指摘する野暮な人間はこの場にはいなかった。
「某団体も何も、アランテス教会だろ? 隠す意味ないと思うんだが」
「まあそう言わないで下さいよ、カラドボルグさん。隠匿性って大事ですよ。
気分的に」
そう返すリジルに対し、カラドボルグは肩を竦め舌を出す。
当然、そこに険悪な雰囲気は微塵もない。
彼らは常に利害と共にあり、それだけがお互いを結び付けている。
であるならば、心を寄せる必然性はなく、よって感情も存在しない。
「そもそも、魔術士が世界中にいるのも、アランテス教会が各国の
実体を実時間で把握しておく為なんだろ? ルンストロムさんよ」
「否定はできんね。そればかりでもないが」
話を振られた魔術学の権威――――ルンストロム=ハリステウスは
腕組みをしながら口だけで笑う。
教会の首座大司教という立場にある彼は、魔術士の実態について
この場の誰よりも把握している。
だが、レポートをここへ持ち込んだのは彼ではない。
「やっぱり、教会の連中って根暗よね。このレポートの書き方……
全部読む前にもうゲンナリしちゃったもの、あたし」
そう言い放ち、最寄りのレポートを一枚手に取りながら
顔をしかめるスティレットの行動だった。
「本当なら、もうこうやって集まるのはしばらく止めにしようって
話だったけど、こんなのを作られてると知ったら、そうはいかないでしょ?
で、どうなのよ魔術士のお爺さん。貴方の元に報告は来てるの?」
艶やかな目を向けられ、ルンストロムの顔が律動する。
まだまだ皮が骸骨に近付くのは程遠い、そのむくみきった顔で。
「生憎、このレポートは私とは無関係の人間が指示して
作らせた物。私の管轄ではないのだよ」
「その割には、結構踏み込んだ内容だぜ? 特に指定有害人種に関しちゃ
相当調べてるように見えるがな。相当、この街に根強い情報網を持ってないと
調べられないような……違うかい?」
他国への影響を誰より気に留めているカラドボルグの声は、
スティレットとは違い諧謔的な色合いを持っていなかった。
尤も、責めるところまではいかないが――――
「……恐らくは、総大司教が動いているのだろう。彼女は
かつて人体実験を積極的に行っていたからな。指定有害人種に
強い関心と警戒心を抱いているだけだと、そう思うがね」
「成程。理に叶っています。僕もデ・ラ・ペーニャで同じ印象を
抱きましたからね。だとすると、ハイト=トマーシュを動かしているのは
彼女というワケですか」
リジルのフォローに対し、ルンストロムは頷かない。
肯定も否定もしない――――それは政治家によく見られる対応だった。
「ま、いずれにしても。教会、そして隣国がこれだけ積極的に
調査しているとなれば、勇者計画の方は最終段階に入れそうですね」
「つまり……」
リジルが話題を戻した瞬間、スティレットが少女のような笑みを浮かべる。
そして、その悪戯な表情のままに、続けた。
「勇者の復活ね♪」