一通りの説明を終えたアルマは、珍しく疲労感を滲ませ、
そのなめらかな黒髪を垂らすように俯き、小さく息を落とす。
普段から何処か超然とした彼女が見せたその現実感が、その過去に対する
思いを表しているようだった。
「……一つ、確認の為に聞かせてください」
そんな彼女に、ファルシオンは少し躊躇しながらも質問を加えた。
「メトロ・ノームへ続く扉の開閉には、鍵を使っています。それはどうしてですか?」
その問いに対し、アルマの反応は早い。
待たせる事で、自分がその質問に不快感を覚えていると取られないよう――――
そういう気配りが、傍で見ているフェイルには感じられた。
『鍵を使うのは、此方がその場にいなくても自由に扉を開け閉め出来るって
思われない為だよ』
つまり――――『空間管理』という凄まじい魔術の存在を伏せる為。
ファルシオンにとって、それは予想通りの答えだったらしく、
納得したように一つ頷き、微かに口元を緩める。
「ありがとうございます。無理を言ってすいませんでした」
アルマは『そんな事はないよ』という声が聞こえて来そうなほど
わかりやすく首を横へ振った。
稀有な魔術の才能を持った彼女が、何故このエチェベリアで生まれ、
メトロ・ノームで生活しているのか。
その当然とも言える疑問に対する解答は、アルマの独白の内容においては
『偶然』の一言で片付けなければならない。
彼女の親が生物兵器の研究者として、花葬計画の中に加わったのも偶然。
その親から生まれたアルマが、とてつもない才能を持っていたのも偶然。
ただ、彼女がメトロ・ノームの管理人となったのは、偶然ではなく
明らかに他者の思惑が絡んでいる。
流通の皇女――――スティレット=キュピリエ。
「やはり、あの女性が花葬計画・二の中心にいるのは間違いないみたいですね」
「うん。経済面だけじゃなく、彼女の思惑そのものが絡んでると見て
間違いないと思う」
国家が花葬計画およびメトロ・ノームでの研究を破棄した後に、
スティレットが研究の継続を支援していた時点で、花葬計画が二つに
割れていたのは疑いようがない。
それが判明したのは、大きな前進だ。
「現時点における各計画の概略をまとめてみます」
アルマが使っていた羽根ペンを手に取り、ファルシオンは注文書の裏に
次々と文字を書き進めていった。
‡勇者計画
国家主導の計画
目的は『花葬計画・一』で生まれた指定有害人種の殲滅と、
"勇者"の称号の求心力低下
デュランダル=カレイラによって執行中
▲花葬計画・一
国家主導の計画
発端は安楽死の是非
安楽死の為の薬の開発を目標とした生物兵器の研究
ある時期を境に縮小、そして破棄
▼花葬計画・二
ビューグラス、スティレット主導の計画
花葬計画・一から派生した計画
アニス=シュロスベリーを救う為に生物兵器を取り除く方法を
模索する事が目的
「この三つの計画が、今ヴァレロンを揺るがす沢山の事件を引き起こしています。
私達が知る人物がこの中のどの計画に属しているかを考えていきましょう」
「うん。そうすればアルマさんを襲って来そうな人、僕達の敵になる人が明確になる」
アルマが虚ろな目で見守る中――――二人は暫くその作業に没頭した。
‡勇者計画
国家主導の計画
目的は『花葬計画・一』で生まれた指定有害人種の殲滅と、
"勇者"の称号の求心力低下
デュランダル=カレイラによって執行中
クレウス=ガンソは協力者の一人
エル・バタラに対し傭兵ギルド【ウォレス】、傭兵ギルド【ラファイエット】は協力
傭兵ギルド【ウォレス】代表・クラウ=ソラスは討伐対象
【ウォレス】所属(ウエストからの間者)トリシュ=ラブラドールは討伐対象?
施療院にいたファオ=リレーは討伐対象?
▲花葬計画・一
国家主導の計画
発端は安楽死の是非
安楽死の為の薬の開発を目標とした生物兵器の研究
ある時期を境に縮小、そして破棄
▼花葬計画・二
ビューグラス、スティレット主導の計画
花葬計画・一から派生した計画
アニス=シュロスベリーを救う為に生物兵器を取り除く方法を
模索する事が目的
香水店【パルファン】代表・マロウ=フローライトは協力者
土賊、カバジェロ=トマーシュは協力者
トライデント=レキュールは協力者?
「……一つ妙な事があるね」
まとめの最中、フェイルは勇者計画の欄に着目していた。
「クラウ=ソラスが指定有害人種なのは間違いない。なのに【ウォレス】は
勇者計画に協力してる。指定有害人種の殲滅が伏せられてたからかな?」
「そうかもしれません。エル・バタラでの不正に協力が要請された時点では、
デュランダル=カレイラがこのヴァレロンへ来る事は知らされていなかったのでしょう。
一ギルドが国家に反逆するのは、やはり難しいですから」
それは、【ラファイエット】が協力している事からも明らかだ。
「あのバルムンクさんが、戦いの場において道化を演じるのを容易に耐えられるとは思えない。
ギルドと国は不干渉――――そんな基本概念はあってないようなものなんだろうね」
「……」
「アルマさん?」
ずっと二人の会話中、俯いたままだったアルマが『バルムンク』の名を聞き
突然顔を上げた。
尤も、バルムンクは彼女の熱烈なファンであり、その名前に反応を示すのは
そう不思議な事ではない。
ただ、アルマの表情は何処か悲しげで、フェイルはそれが引っかかった。
「やっぱり……バルムンクさんに何かあったの?」
ヴァール襲撃の際、アルマと共に逃亡して以降、バルムンクの姿は何処にもない。
諜報ギルド【ウエスト】にもいなかった。
ウエストにアルマの身柄が確保されていたのだから、何処かでバルムンクと
ウエストの一員が接触したのは間違いない。
問題は、バルムンクがどんな形でアルマを手放したのか。
守ろうとしたけど守れなかったのか。
それとも――――
「それとも、バルムンクさんがウエストのあの人……デルさんに直接君を預けたの?」
フェイルのその問いに、アルマは口元をキュッと引き締め、
やがて今までより小さく、コクッと首肯した。
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