少なくとも表層的には、カバジェロとアドゥリスに戦闘の意思は見られない。
しかし彼等がスティレットの一派、すなわち敵勢力である事は確実。
「どう……するの?」
フランベルジュが不安げにそう問いかけたのは、その二つの要素が生み出す葛藤――――だけではなかった。
「多分、最低でもあと一人……狙撃手がいると思う。私を庇ったファルの身体を射貫いた人物」
「クラウ=ソラスがフランに言ったっていう、『僕が勇者一行の残党狩りを行った事にしてデュランダルを陥れようとしている』っていう、例の?」
「ええ。そいつが何者なのかはわからなかったけど……連中の仲間と見なすのが妥当じゃない?」
「恐らくそうでしょうね。あの襲撃は、私達の動向を把握している人物の筈ですから」
ヴァレロンには監視役がいる――――そうずっと言われ続けていた。
その監視役が、仮に狙撃手とも一致するのであれば、辻褄が合う。
監視と狙撃を兼ねているのなら、敢えてあの場面でフランベルジュを狙撃しようとした理由が成立するからだ。
「フェイルさんに罪を着せて、その師匠だったというデュランダルを『不行き届き』として断罪する事……それが勇者計画の"到達点"だとすれば、あのタイミングの狙撃は最適でした」
勇者計画――――これまで、フェイル達がその全容を理解したと思った事は一度や二度ではない。
だがその度に、新たな事実の判明によって計画の真意は変化してきた。
最初は、特徴のないこの国に勇者という救世主を復活させる為の施策だと思われていた。
しかしその後、全く異なる『勇者という称号を没落させる為なのでは』という疑念が浮上。
更に加えて、デュランダルとガラディーンの世代交代を印象付ける為、或いは指定有害人種のあぶり出しや殲滅が『真の目的』なのではと推察してきた。
何の事はない。
その全てが目的だった。
そして同時に、到達点が『デュランダルを貶める』という事であれば、勇者計画の全容ではなく性質が見えてくる。
上げて、落とす。
それが基軸だ。
勇者を持ち上げ、落とす。
エル・バタラを盛り上げ、落とす。
そして――――デュランダルを上げて、落とす。
勇者と呼ばれる人間が魔王討伐や世界の危機を救う英雄譚はこの世界に山ほどあるが、そこで語られるのは勇者の絶頂期のみ。
しかしそこに登場する勇者の殆どは若く、英雄となった後にも長い長い人生が待っている。
絶頂期を過ぎた人生が。
勇者とはすなわち、極限まで上がって、そこから落ちていく人生を歩む者。
故に『勇者計画』。
カラドボルグから聞かされたではない。
フェイル達は自力で、その結論に辿り着いた。
「フランは土賊の男をお願い。僕は一度カバジェロと戦っている。彼の事は良く知ってるから」
「でもそれは……」
「ファルは狙撃手の存在を常に警戒して。柱の陰に隠れながら」
ファルシオンが言おうとしていた事――――『それは相手も同じなのでは?』という指摘を押し戻すかのように、フェイルは右手を伸ばし制した。
その背には、クラウ=ソラスが言う『濡れ衣』の根拠となるであろう矢がそのまま矢筒の中に収められ、出番に備えている。
矢を変えるという発想はなかった。
デュランダルに配慮する必要は、既にない。
そういう判断だった。
「久方振りだな、勇者一行。フェイル=ノート、君とはこの地で再会を果たしているが」
「……」
声の届く位置まで接近してきたカバジェロとは対照的に、アドゥリスは沈黙を守っている。
だが表情は真逆だ。
饒舌なカバジェロは他人に感情を読ませない、無とも自然とも異なる芝居がかった顔をしているのに対し、アドゥリスは苦悶の表情を浮かべ、感情を露わにしている。
「スティレットの指示で来た……にしては早過ぎるよね」
「そういう事だ。我等はスティレット様からこのメトロ・ノームの警備を仰せつかっている。君達の破壊活動を止めに来た」
「その割には、戦闘の意思が感じられませんが」
ファルシオンはそう指摘しつつ、警戒網をこの場の外へと向けている。
負傷箇所は当然まだ癒えていないが、ナタルの効果で痛みはなく、集中する上では問題ない。
「まずは問い質すのが先決。何故柱を破壊している? 誰かの入れ知恵かね?」
「いや。僕達の意思だよ」
間髪入れず、フェイルはそう虚実を告げる。
それに対するカバジェロの反応は、恐ろしく鋭利だった。
「不可解だな。貴殿達は地上の人間。何故、行き来に必要な道を破壊する? 理由が不明瞭ではないかね?」
正直に答えるべきか、否か――――
既に駆け引きが始まっているのを理解し、フランベルジュは押し黙ったまま口を開かない。
交渉は他の二人に任せるという意思表示だ。
そしてその二人は、お互い顔を見合わせる事さえせず、呼吸を整えている。
フェイルが真実を語らなかった理由と意図を、ファルシオンは既に理解していた。
「そうですか? 理由は明確だと思いますが」
「……ほう」
――――地上と地下を行き来する為の階段。
柱がそれだけの目的で存在するのなら、破壊活動は当然、道の分断の為となる。
もし全ての柱を破壊されれば、このメトロ・ノームの空間を用い何かをしようと画策するスティレットにとって致命打となるのは疑いようがない。
が、それはあくまで破壊が遂行された場合。
極端な話、行き来出来る柱は数本あれば良い。
流石に予備なしの一本のみとなれば問題だが、道など数本あれば十分だ。
このメトロ・ノームにおける柱の数はその何十倍、或いは何百倍。
破壊活動を行う者がいたとしても、焦って駆けつける必要はない。
だがカバジェロ達は予想より遥かに早く駆けつけた。
それ自体は、近くにいたという理由だけでも片付けられるが、破壊活動の理由を聞くくらいならもう少し泳がせて観察した方が有益。
まして監視役がいるのなら尚更だ。
面と向かって訊ねるより、遥かに精度の高い情報が得られるだろう。
「私達だって、伊達に生き延びている訳ではありません」
カラドボルグも語らなかった、この無数の柱の秘密が他にあるのなら――――
フェイル達の戦いは、深く静かに始まった。