その爆発に一切の動揺を見せなかったのは、カラドボルグとクラウの二人のみ。
そして――――
「……貴方には失望しましたよ」
汚泥のような目でそう呟き、室内から颯爽と出て行くアロンソの姿を凝視しながら、フェイルは彼の目的を知る。
侮蔑に満ちたその言葉は、クラウに向けられたものだった。
ギルド内の人間関係の破綻か、個人的理由か――――いずれにせよ、アロンソがここへ来たのは先程の伝言の為ではなく、クラウを見下げる為だったのは明白だった。
その確信が、フェイルに現状を掴む手掛かりを想起させた。
ヴァレロン・サントラル医院の破壊――――これに与る人物はかなり限定されるが、少なくともスティレットはそれには該当しない。
彼女だけではない。
富裕層の病院とも言えるこの医院には、上層との数多の由縁が集っており、一定の地位を築いている者にとっては利便性のある施設。
病気や怪我を治すという役目は寧ろ副次的なもので、実際には金持ちや権力者が情報交換や人脈生成を行う為の社交場というのは想像に難くない。
そこを壊したいと考える人物像は――――
「フェイル!」
「わかってるよ、フラン」
敵が何者なのかを考える余裕はない。
今、フェイル達は重大な決断を迫られていた。
この病院には、リオグランテの亡骸が安置されている。
現在は避難していると思われるが、アニスも入院していた。
もし破壊活動を放置すれば、彼等が蹂躙されてしまう危険性がないとは言い切れない。
だがこの場にはアルマがいる。
痛みは薬で抑えているものの、負傷者のファルシオンもいる。
彼女達を避難させつつ、破壊を止めなければならない。
「クラウさん」
その結論は、即座に出された。
「僕は貴方を信用していない。こういう状況で貴方にアルマさんを任せる訳にはいかない」
「……ならば、貴公がアルマ様を連れて地下に潜りますかな?」
今尚、クラウがアルマをこう呼び敬意を示す理由は明らかになっていない。
しかしそれは、信用面において負に作用している訳ではない。
この中で唯一、目的が見えない。
カラドボルグは先程それを話したし、他の面々については既に知っている。
その差のみだ。
「でも貴方はそれを許さない。違う?」
「私は貴公の事をそれなりに信用していますぞ。尤も、"私をアルマ様と引き離す"つもりならば、その信用は取り消さざるを得ませんが」
自分とアルマを遠ざけるような真似をするな、という脅迫などではない。
この場にいる個の最大戦力は自分であり、それをアルマの護衛から外すという判断をするようでは信用に値しない――――
クラウの目と声は、雄弁にそう語っていた。
「そんな事はしないよ」
そしてそれは、フェイルの決断と合致していた。
「ここに僕とアルマさんとクラウさんが残る。フラン、ヴァール、カラドボルグさんはファルを護衛しつつ地下へ行って」
「……え?」
予想だにしないフェイルの発言に、ファルシオンをはじめ、その場にいるほぼ全員が一瞬呼吸を忘れた。
例外は発言したフェイルと――――アルマの二人。
「怪我人のファルの避難は最優先。医者が付いていた方が良いし、ファルを良く理解しているフランも同様。気配察知に優れたヴァールとクラウさんは振り分けるべきだ」
「どうしてアルマさんを残すんですか!?」
最も、或いは唯一とも言える度し難い箇所の説明が欠如していた為、ファルシオンが声を荒げるのも無理のない話。
それに対するフェイルの返答は、極めて単純だった。
「重要な戦力だから」
時間がない。
それで全てを察して欲しい――――そういう切実な願いを込めて。
「……わかりました」
ファルシオンもまた、重大な決断をこの一瞬で下さなければならなかった。
到底納得している顔ではなかったが。
「仕事場が荒されてるのに逃げ出すのは医師の名折れ……なんて言ってる場合じゃないな。そっちも無理しないで引く時は引けよ」
フェイルの肩を叩き、一足早くカラドボルグが部屋を出て行く。
その後ろを、ヴァールが無言で追走して行った。
直後――――再度爆発音が響き渡り、微かに部屋全体が揺れる。
先程よりも更に大きな音。
建物内で魔術を使用しているのは明らかだ。
「フラン、後は頼む」
「了解。ファル、行きましょう」
「……はい」
ファルシオンは最後までフェイルに物言いたげな目線を送り続け、最後にアルマを視界に収めて、部屋から出て行った。
その後ろ姿を見届けたのち、フェイルは背負っていた弓を手に取る。
「これと同じ物を使って、ファルを撃った人間がいるんだよね?」
「間違いないでしょうな。誰の仕業か想像は付きますかな?」
「……」
フェイルはクラウに対し、言葉での返事が出来なかった。
いる。
心当たりが一人、いる。
だがそれを口にしてしまえば、自分の中にある大事な物が、思い出が露と消えてしまうようで――――言えなかった。
その代わりに、戦場と化すであろうこの院内に残る事となったアルマに対し、丸みのない目を向ける。
「アルマさん。一応確認するけど、今話せる?」
「話せるよ。少し残念かな」
「……?」
「もしここで此方が何も出来ない状態だったら、フェイル君の困った顔が見られたのにね」
その返答は、フェイルの想像の遥か外にあるものだった。
「そんな顔見ても仕方ないと思うけど……」
「フェイル君は中々そういう顔を見せてくれないからね。見ておきたいって思ったんだよ」
不思議な空間だった。
確かに今、緊迫した状況下にある筈なのに、この瞬間だけは平穏な日常に戻ったかのような、極めて異質な空気を作り出す。
常に浮き世離れした存在感をまとうアルマの真骨頂だ。
「アルマ様の声が保たれているのは必然。失う理由は何もありません故」
その空気を乱す事なく、しかし決して交わる事もなく、クラウがゆらりと声を挟んでくる。
「ここもまた、メトロ=ノームなのですから」
――――ヴァレロン・サントラル医院は、医院とは名ばかりの"大規模実験場"であり、過去にメトロ・ノームが担っていた役割を受け継いだ施設
かつてこの院内でガラディーンが言い放った言葉が、フェイルの頭の中を駆け巡った。