魔術と武器を両方とも扱う人間は、実のところ然程珍しくはない。
かつて魔術を少しだけかじっていた剣士や、元傭兵が魔術国家デ・ラ・ペーニャで本格的に魔術を学ぶ――――そういった例は少なからず世界各国で存在している。
魔術士崩れが野党となるケースも、治安の悪い地域では散見されるという。
だが、魔術と武器をどちらとも高水準の技術で使いこなしている人間は稀だ。
そして、その武器が剣ではなく槍となると一気に該当者が減少し、世界全体を見渡しても両手の指で事足りる人数になる。
魔槍士――――そう呼ばれる彼等の特徴は、腕力と器用さを兼ね備えている点。
槍は剣よりも遥かに扱いが難しいとされ、その最大の理由は重量にある。
当然、種類によってバラつきはあるものの、一般的な片手剣と比べると倍以上の重さの槍が殆ど。
自分の身長よりも遥かに長い槍を扱うのだから、相応の腕力が必要になるのは言うまでもない。
その槍を得物として扱いつつ、魔術を使いこなすのは極めて困難。
何故なら、魔術を使用するにはルーリングという作業が必須であり、その為には少なくとも数秒間は片手を空けなければならないからだ。
常に両手で槍を扱いながら魔術を綴るのは実質不可能。
魔術の"使いどころ"を二つの意味で探りながらの戦闘を強いられてしまうのが、魔槍士の宿命だ。
トライデント=レキュールは、その点において優秀な魔槍士だった。
フェイル達が接近する間を与えず、右手に槍を持ちながら左手でルーリングを開始。
空中に綴った文字数は――――2。
オートルーリングによって、その後に続くルーンが自動的に綴られていく。
「此方に任せて貰えるかな」
魔術発動の刹那――――アルマが既にルーリングを終えていた。
こちらも稀有さでは同等かそれ以上と言われる封術士。
結界の専門家でもある彼女の右手から光が溢れ――――アルマを中心とした球体と化す。
「……」
それを視認したトライデントが、構わずに放った魔術は【雷槍】という中級の黄魔術。
彼の持つ本物の槍と比較し10倍以上の太さの雷の槍が、フェイル達めがけ放たれるが――――球体と接触した瞬間、8方向に引き裂かれ霧散した。
「これは……」
「凄まじい防御結界ですな。中級クラスの魔術を全衝撃シャットアウトとは」
通常、結界で魔術を防いでも、ある程度は内部に衝撃が貫通する。
振動さえ起こらないのは、結界の質が最上級である証だった。
「成程」
当然のように、トライデントも一目でその結界の強度を理解し、無駄打ちとなる追撃は行わない。
そして魔術による遠距離攻撃が無効でも、彼には槍という主武器が存在する。
「……」
無言のまま、左手を柄に添えて身を屈める。
頭の位置をやや前方にした、突進前提の構え。
突きに特化した槍という武器の性質上、ごく通常の構えではあるが、実際にはその構えから左右にもスムーズに動ける事をフェイルは知っている。
とはいえ、この場は――――
「ここは私が。お二方は援護を」
フェイルが口にするより早く、クラウが一歩前に出る。
彼もまた槍使い。
形状こそ鎌に近い為、素槍であるトライデントの物とはまるで異なるが、戦闘としては間違いなく噛み合う。
「わかった」
かつて戦った事のある相手だからと、自分が名乗り出る必要は何処にもない。
まして一対一で戦う意味などない。
弓使いとしての本来の特性に従い、支援射撃を行うのがこの場における最善とフェイルは判断し、即座に首肯した。
「ならば……参りますぞ」
構えなど不要――――そう言わんばかりに、先に仕掛けたのはクラウの方だった。
動きこそ直線的だが、左右に上体を揺らしながらの接近。
その動きだけでも常人離れしているのがわかる程に、クラウの所作はしなかやさを極めている。
「アルマさん」
クラウの槍――――フィナアセシーノがトライデントの槍と衝突した刹那、フェイルは隣のアルマに瞳を預けた。
「あの男は必ず、何処かの段階で僕に攻撃を仕掛けて来る。魔術かもしれないし、隙を見て槍を投げてくるかもしれない」
「うん。最初に排除するって言われたのはフェイル君だからね。此方もそう思うよ」
「魔術だった場合、アルマさんの結界に全て委ねていいかな」
「それって、避けないのを前提に何かするって事かな?」
賢しい。
それも清濁併せ呑むのではなく、ただ純粋に。
アルマの理解の早さは、フェイルにとって救いだった。
「そう。もし槍が跳んできたら、僕がなんとかする。だから魔術にだけ集中して貰えると嬉しい」
「物理結界は不要かな?」
結界は何も魔術のみを対象とした技術ではない。
武器による攻撃、或いは敵そのものの身体を弾く結界領域を生み出す魔術は存在する。
中には、特定の人物だけを対象に出来る結界もあると言われており、アルマがそれを使用出来る可能性も十分にあるとフェイルは理解していた。
「うん。魔術だけでいい」
それでもフェイルがそう答えたのは――――アルマの負担を最小限にする為。
魔術か槍か、そのどちらかを一瞬でも迷えば、フェイルは確実に危険に晒される。
その危険は死と直結している。
死ぬのは仕方がない。
だが他者に責任を押しつけるような死に方は論外。
その為の結論だった。
「わかったよ」
言葉少なに返事したアルマの感情を、フェイルは推し量る事はしなかった。
その目は既に、クラウとの鍔迫り合いでやや劣勢になっているトライデントに向けられている。
フェイルは確信していた。
クラウの突進を、トライデントは敢えて受け止めたと。
「中々良い槍ですな。一点物ですかな?」
戦いの最中、クラウは敵へと語りかける。
それが彼の戦闘スタイルである事は、先の戦いでわかっていた。
クラウもまた、トライデントの標的が自分ではない事を当然理解している。
離れての戦いではなく敢えて接近戦を挑んだのは、魔術による遠距離攻撃を嫌ったのか、フェイルに接近する余裕を与えない為なのか――――
その判断もまた、フェイルにとって意識の外だった。
「ふむ。出来ればご回答頂きたいのですが。こう見えて、槍の収集癖がありましてな。もしよろしければ、戦果として受け取りたいのですが」
「……」
勝利した方が相手の得物を自分の物に出来る――――クラウの言葉はそういう申し出だったが、トライデントの反応は無。
クラウの口の端が、微かに吊り上がる。
「男は寡黙が一番、ですかな。その価値観はお喋りな私とは相容れぬものですが……中々に立派なものです。流石は宮廷の騎士」
その挑発にも乗らず、トライデントは両の手に力を込めたまま、一歩、二歩と後退る。
クラウの腕力に押されている訳ではなく、自らの意思で。
「小細工を労する気ですかな」
トライデントの意図を理解したクラウが、微かだった笑みに深みを足す。
「沈黙を続けるならば結構。一つお聞かせ願いたい」
――――それは決して、心を反映した表情ではなかった。
「バルムンク=キュピリエの居場所はご存じですかな?」