メトロ・ノームの正体が判明しつつある今、その管理人の役割も自ずと想像に難くない程度には輪郭を帯びている。
絶対に外部へ流出してはならない重要物の収容。
だとすれば、管理人の役目はそれ等を死守する事が最優先となるだろう。
しかしアルマはメトロ・ノームを空け、地上へとやって来た。
無論、それは彼女が狙われていたからに他ならない。
狙われていたものは二つ。
封術と人生だ。
「理屈はわかってるんだ。アルマさんはメトロ・ノームにある国家機密を封印する役割がある。だから、それを解除させようとする勢力がいる。そしてその勢力と対峙している連中が、封印を解除させない……それどころか封術を半永久的に持続させる為に、アルマさんの身柄確保を目論んでいる。そうだよね?」
「合ってるよ」
アルマはいつもの口調で、言い淀む事なく肯定した。
彼女に隠し事をするという意思は全く感じられないのは、初対面時から変わらない。
「だから、逃げてる事はわかるんだ。でも……どうしてその行き先が地上だったのかなって」
「地下では身を隠す場所にも限度があるでしょうな」
「うん。でも、地上に来たらメトロ・ノームの封印が弱まるんだよね?」
「通常であればの話ですな。スコールズ家での戦いでアルマ様の魔力が解放された事によって、封術は元に……」
「本当にそうなの?」
フェイルがずっと気になっていたのは――――そこだった。
「魔力は不変。僕はそう聞いている。長い長い魔術と魔術士の歴史において、例外はないとも」
「ふむ、その通りですな。であれば『魔力を抑える力を使っていた』と解釈するのが妥当では? 魔力の一部封印ですな」
クラウの見解は、理屈としては辻褄があっている。
魔力を封印する魔術や道具があるかどうか――――フェイルは知る由もないが、仮にあったとすれば、魔力の絶対量が増えた事にはならない。
そして、封術士であるアルマが世界で唯一魔力を封印する魔術を使えたとしても、決して矛盾はない。
「普段は一定量の魔力でメトロ・ノーム全体の封印まで行える。故に一部の魔力は封印していた。そんなところでは?」
「封印する理由は? 魔力が大き過ぎて何か問題があるとは思えないけど」
「魔力を感知出来る人間に封術者……封印を施している本人だと悟られない為では? 膨大な魔力量ならば感知もされ易い故に」
「管理人をしている時点で、封印しているのはアルマさんだって直ぐにわかるよ。それならあの自律結界を使える状態にしておいた方が確実に自分の身を守れる」
「ふむ……」
無言のアルマを挟み、フェイルとクラウの問答は歩きながら淡々と続いた。
当然、アルマ本人は答えを知っている――――とは、フェイルは思っていない。
寧ろ会話に介入してきたクラウの方が知っているのでは、とさえ睨んでいる。
「推測でしかないけど、アルマさんは――――」
「一人だけで封術を施している訳ではない」
不意打ちには慣れていた。
ましてここは、自分の領域ではなく敵の総本山。
いつ誰が現れても不思議ではない場所だ。
「我々はそう解釈した」
それでも、声が聞こえた瞬間にフェイルは全身が粟立つのを抑えられなかった。
王宮でその声を聞いた時は決まって、妙な安心感を覚えた。
弓矢を武器として再び世界に認めさせる為には、彼のような強さが必要だと直感した。
だから師事した。
同時に、他の人間が知らない多くの事を、フェイルは知っている。
銀仮面という異名を、実は気に入っていない事。
部下から恐れられているのを少しだけ気にしている事。
そして――――
「よくここまで彼女を死なせずに来た」
滅多に他人を褒める事のない彼が、自分に対しては妙に甘い事。
デュランダル=カレイラは、フェイルにとって余りにも大きく、そして近しい存在だった。
「……別に師匠の為じゃないけどね」
もう師匠ではないし、そう呼ぶ事は未だに相手を認めている証拠。
その感情は、次に対峙する際――――敵対した時に邪魔になる。
だから呼ばないと決めていた。
それなのに、つい口走ってしまった。
そうしなければ――――自分の師匠で、自分に何かと目を掛けてくれたあの頃のデュランダルと自分に戻らなければ、とても渡り合えない。
理性ではなく、本能が勝手にそう解釈し、フェイルの心を支配していた。
果たして恐怖なのか?
それとも別の感情?
答えを出す暇も精神的余裕も、今のフェイルにある筈がなかった。
「お前に預けるのはここまでだ。封術士をこちらに渡せ」
「そういう訳には参りませんな。アルマ様はこの国の玩具ではない故に」
率先してクラウが一歩前に出たのは、今のフェイルの身体ではデュランダル相手では到底戦力になり得ないから――――ではない。
寧ろ精神状態を憂慮しての行動だった。
「亡霊……か。つくづく人間の生態を歪にする」
「だから指定有害人種、などと名付けられているのですよ」
愛用する武器・フィナアセシーノを構えたクラウの表情は、明らかな歓喜を携えている。
理由は――――
「貴公もそのお仲間の一人ではありませぬか」
「……」
予感はあった。
エル・バタラ決勝でデュランダルが見せた、人外とも言える動き。
あれを目撃した時から、フェイルはデュランダルの中にある生物兵器の影響を確信した。
「尤も、やはり流石はデュランダル=カレイラと言うべきか。我々のような"不適合者"とは違うようで」
「生憎、自分も適応した訳ではない。人間が完全に適応出来る筈もないのだがな」
「今日は良く喋りますな。銀仮面は偽りの姿だったのですかな? それとも……」
クラウは既に察していた。
この場において、唯一の勝機があるとすれば、それは――――
「貴公もまた、普段の精神状態ではない」
その指摘が、デュランダルの顔色を変える事はない。
雰囲気も空気も、何一つ変質してはいない。
だが指摘そのものが、デュランダルに向けられたものではなかった。
「どうやら図星のようですな。貴公ならおわかりになったでしょう」
クラウはデュランダルを見ている。
けれど、彼の声は、言葉は――――フェイルに向けられていた。
デュランダルもまた、フェイルを目の前にして心を乱している。
その指摘は、動揺するフェイルに喝を入れるには十分だった。
――――自分の存在がデュランダルに通用している
奇妙な考えだが、それが今のフェイルの偽らざる心境だった。
「アルマさんは渡さない。相手が師匠でもね」
今度は、師匠という呼称を自らの意思で使った。