たった一人の介入が、状況をややこしくした。
そして同時に、全く想定していなかった可能性を生み出した。
率直に、フェイルはこの現状を歓迎していた。
スティレットが指定有害人種の増殖に一役買っているのは明らか。
彼女自身が首謀者である可能性は極めて低く、誰か――――或いはエチェベリア以外の国から依頼されて実行していると考えるのが自然だ。
流通の皇女はあくまで橋渡し役なのだから。
だとしたら、デュランダルにとって彼女は紛れもなく最優先の標的。
彼の行動理念が誰の支配下にあろうと、それは変わらない。
つまり、デュランダルはこの場においてスティレットへの攻撃を優先する。
フェイルにとっては願ったり叶ったりだ。
だが――――フェイル自身、この場で誰と戦うか、誰へ攻撃するかで一考の余地がある。
スティレットは確実に勇者計画・花葬計画の主犯であり、リオグランテの敵そのもの。
ビューグラスと共犯で死の雨を降らせたのなら、武器屋の主人ウェズ=ブラウンの敵でもある。
けれど、フェイルの頭の中に『敵討ち』という言葉は今、存在していない。
アニスさえも利用すべきか否かを検討するほど追い詰められているというのに、幾ら親しい間柄とはいえ死者のために戦う余裕などない。
まして、敵討ちを言い訳に無謀な戦いを仕掛けるなど以ての外だ。
デュランダルはアルマとアニスにとって敵。
スティレットは自分にとって敵――――だが、それと同時に自分にとって有用な情報を多数所有しているであろう宝物庫のような存在。
誰と戦うか。
誰を攻撃すべきか。
デュランダルとの一対一の時とはまた違った難局に立っているのは、紛れもない事実だった。
「さて……少々厄介な事になったな。フェイル」
「言わないでよ。泣けるくらいわかってる」
デュランダルであろうと、それは同じ。
彼の武力であれば、例えフェイルがスティレットと組もうと何一つ問題ない。
先程のスティレットの発言――――彼だけはあたしでも手に負えるかわからないから――――から彼女が戦闘力を有しているのは間違いないが、デュランダルと同等に戦える戦力でないのは明らかだ。
それでも、彼にとって『厄介』となった理由は一つ。
フェイルの死だ。
自分一人なら、フェイルの命を制御出来る。
フェイルからアルマに関する情報を全て引き出すまで生かす事は造作もない。
だが、フェイルがスティレットに殺されてしまう可能性が出てきてしまった。
デュランダルがフェイルの持つ情報をどの程度重要視しているのかは、本人にしかわかり得ない。
フェイルにも確信は持てない。
無論、情報を得るだけなら戦闘不能にするだけでいいし、そうなった時点で最終的に死が訪れる事は確定するため、仮にデュランダルがフェイルの情報を最大限に評価していたとしても、それがフェイルの命を救う要素にはなり得なかったのだが――――スティレットの存在がその前提を変えてしまった。
もしフェイルが致命傷一歩手前の傷を負い、身動き出来ない状態になったとしたら、その瞬間にスティレットがトドメを刺すかもしれない。
実際には、スティレットにフェイルを殺す意思・メリットがあるか否かは彼女にしかわからない。
少なくとも立場上、フェイルを始末する理由などないと考えられる。
だがそれはあくまで立場上に過ぎず、スティレットの考え方次第でもある。
例えば――――フェイルがアルマを独占するかもしれないという懸念があれば、スティレットには邪魔になるかもしれない。
ビューグラスを改心させる事があるならば、スティレットには痛手になるかもしれない。
理由など幾らでもある。
逆に、実の弟さえも実験道具にするスティレットが、他人であるフェイルの命を重んじる理由は一切ない。
倫理観などそもそも考えるまでもない。
フェイルとデュランダルの双方にとって、スティレットというイレギュラーは厄介な存在だった。
「だが、お前にとっては追い風だな」
「どうかな? 確かに僕が不利だったのは認めるけどね」
「何か策があった……とでも言いたげだな」
何処か嬉しそうに、デュランダルが呟く。
当然ながら、銀仮面の表情は変わらない。
でも、フェイルにはそう感じられた。
「はいはーい、男同士のカッコ付けたやり取りはそこまでにしてねン♪」
スティレットの口調が戻った。
余裕を取り戻した証。
彼女にとってデュランダルとの遭遇は嬉しい誤算――――とでも言いたげに。
「あたし、まだるっこしい会話って嫌いなのン。だから、率直に言うねン」
「……」
言葉は、デュランダルに向けられていた。
「貴方みたいな堅物が一番邪魔なのよね」
――――余裕を取り戻したのは確かだった。
だが、スティレットの口調はすぐさま真剣味を帯びるものへと再度変わった。
強制的に。
「……あたしはただ、『何かしたい』って人にその何かを達成させる道を提供しているだけ。慈善事業じゃないから、相手は選ばない。それがプロの仕事。あたしの何がそんなに気に入らないのか、不思議で仕方ないのだけど?」
一睨み。
それだけで、デュランダルはスティレットを真剣にさせた。
しかし見方を変えれば、デュランダルがスティレットによって能動性を引き出された格好でもある。
彼が嫌悪感をもって他人を睨む事など、フェイルの知る限りではほとんど――――或いは全くなかった。
「いずれにせよ、貴様は俺の敵だ。命があろうと、なかろうと」
「参考までに聞かせて欲しいね。命令があるっていうのは、つまり国王から彼女を抹殺する指令でも出てるって事?」
そう問いながらも、フェイルにとって答えは割とどうでも良かった。
要は時間稼ぎ。
デュランダルをこの場に固定する時間が長いほど、アルマが、アニスが、ファルシオン達が生き延びる可能性を一つでも上げる事に繋がる。
「機密事項だ。お前が相手だからといって、何でも喋るつもりはない」
「まるで僕に負い目があるみたいな言い方だね」
「……」
「……」
なんでも良かった。
一分、一秒でも長く、この状態を保つ。
フェイルはそう、自分に言い聞かせていた。
「わたしが聞いてたのと随分印象が違うんだけど? そんなにお喋りで"銀仮面"なんて異名がよく定着したものね。ま、ダンマリよりはマシだけど」
スティレットの嗤い顔は、魔性の美しさを秘めていた。
「薬草屋ちゃん、教えてあげる。抹殺指令なんて出る訳ないのよ。この国の王様は、あたしの言いなりなんだから」
故に――――その言葉には力があった。
魔力とは違う、魔性の力が。