デュランダルが自分を欲している事は、既に予想済みだった。
だが、実際に彼の口から直接言発せられた言葉には、独特の引力があった。
自分が求められている。
悪い気はしない。
疑り深いフェイルがそう率直に感じられるほど。
尤も、純粋に自分が必要とされているなどと思えるほどの楽観視には至らない。
フェイルの人生はそこまで安直ではなかった。
「僕の目はそんなに貴重なの? 単に戦力として考えれば、僕以上の才能と力を持った人は幾らでもいるよね」
「幾らでもはいない。お前は自分を過小評価している。説明が必要なら、してやろう」
既に時間稼ぎの意味はない。
だが、先程のデュランダルの発言は無視出来ない。
裏を返せば『勇者一行はデュランダルに守られなければ絶滅する』と解釈出来るからだ。
ここは敵の拠点。
乗り込んだ時点で命の保証などない。
しかし、デュランダルがその敵とどこまでの関係性を築いているのか、逆にどれほどの敵意を向けているのか――――それは確かめておく必要がある。
上辺の言葉など、この期に及んで鵜呑みには出来ない。
何しろ相手はこの国最強の剣士。
デュランダルの目的が『アルマ強奪』と『勇者一行の掃討』に向くのは、絶対に避けなければならない。
フェイルには自覚があった。
デュランダルを足止め出来るのは、この国では自分くらいしかいないという自覚が。
その覚悟をもって、フェイルは敢えて戦闘態勢を維持していた。
「過小評価なんてしてないよ。僕の戦闘力はそれほどじゃない。生き残ってるのも七割は運だ。何度か格上相手に切り抜けたのも、偶々幸運に恵まれたからに過ぎないよ」
「それはお前が適性を無視しているからだ」
「……適性?」
「お前は一対一で敵と対峙する事が最良ではない。集団の中でこそ持ち味が活かせる」
「索敵と夜戦でしょ? それくらい……」
「違う。視野の広さと予測・洞察能力。そして適応力の高さだ」
それは――――いずれもフェイルが持って生まれたものではなかった。
「特に重要なのは適応力。いかなる状況・環境にも最低限の時間で適応する事。実戦においては非常に重要だ。弓での接近戦という発想、それを実現させる器用さ。いずれも実戦向きである証だ」
「……」
むず痒かった。
同時に、居心地が悪かった。
フェイルはデュランダルからここまで露骨に褒められた事など一度もなかった。
「偽物……と疑いたくなる発言だね」
「俺の真似が出来る人間がいるのなら、是非雇いたいが」
「残念だけど、世界中探しても徒労に終わるかな」
軽口を叩きながらも、フェイルは全力で心を落ち着かせていた。
必死で抑えていた。
そうしなければ我を忘れそうになるくらい――――涙を流しそうになるくらい、歓喜の波に襲われていた。
「お前の目を欲している人物はいる。その人間にとっては確かに貴重なのだろう。だが、俺には無関係の話だ」
「師匠のあの動きを封じたい人、か」
「……その察しの良さも適応力の一部と付け加えておこう」
銀仮面の表情は変わらないが、声に若干呆れ気味な感情が宿っていた。
それなりに認められているのは、その声からも伝わってくる。
デュランダルが自分を本当に欲しがっている――――そう確信したくなる程度には。
「時間はそう取れない。答えを寄越せ」
「そう簡単に答えられる訳ないでしょ。最低でも、師匠の本当の目的を聞かないとね。王様の命令は絶対なんだろうけど、そこが本命って感じでもないみたいだし」
「目的なら、お前も知っての通りだ。もう一つ踏み込むならば、アルマ=ローランと"アマルティア"の関係について知りたい」
アマルティア――――それは確かに、アルマから聞いた存在だった。
つまり、デュランダルはアルマの生い立ちを知りたがっている。
そして、それはフェイルも本人から聞いている。
「顔に出ているぞ。"その情報なら持っている"と」
「隠しても無駄でしょ。こうして俺に執拗に絡んでる時点で、確信してた癖に」
無論、アルマがフェイル達に自分の過去を話した事実をデュランダルが把握出来る筈がない。
フェイルとアルマの間に流れる空気や、アルマが自分を語るだけの価値をフェイルに見出すという予測などから、限りなく確信の域に達した――――そう解釈するのが自然。
つまり、すっとぼける余地はあった。
だが、否定すれば今度は武力行使に出る。
デュランダルの武力行使は、フェイルにとって詰み。
必然的に、違う方向へ誘導しなければならない。
何食わぬ顔で。
「お前以外に、勇者候補の仲間も話を聞いていた可能性がある。万が一、お前がどうしても口を割らないのなら、そちらに聞くしかない」
口調は普段通りだが、内容は脅迫そのものだった。
それにフェイルが動じない事も想定した上での。
「アルマさん本人を見つけるって選択肢は?」
「院内にいるのは知っている。だが、封術士は自分自身に封術を用いる事も出来る。記憶にさえな」
「……それは初耳だ」
同時に、フェイルはデュランダルの一連の行動にようやく合点がいった。
アルマについて知りたいのなら、本人を探すのが最も手早い。
実際、デュランダルがアルマを捕縛しようとしていた場面をファルシオン達が目撃している。
そこでアルマは、封術士としての力をデュランダルに見せつけた。
故にデュランダルは確信した。
強引に捕まえても、自分自身に封術を使われたら――――心を封じられたら、情報は何も引き出せない。
「それで、師匠ほどの地位にいる人がこんなちまちま動き回ってるのか……」
「何がおかしい」
「いや、別に」
笑ったつもりなどなかったが、感情を読まれてしまった。
緊迫感の中でも、フェイルはデュランダルとの駆け引きを何処か楽しんでいる――――そんな自分を抑えられなかった。
「アルマさんの情報を得て、彼女をどうするつもり? さっき言ってた、他の国から卑劣な手段で得たっていう情報を引き出すの? 封印してるんでしょ? 他の国にバレたらマズいもんね。あ、デ・ラ・ペーニャにはもうバレたんだ」
戦争に発展した表向きの理由は異なる。
だが、それが真の理由だとしたら、終結に至った理由は容易に想像出来る。
勝ったのはエチェベリア。
だが、そこには――――
「他国にもバレたら一大事になるようなデ・ラ・ペーニャに関する機密を、この国は……エチェベリアは掴んでいた。だから戦争にも勝てた」
「そうだ。その情報の封印と引き替えにな」
それは奇妙な内容だった。
情報は物理的ではない。
封印されたからといって、エチェベリアから情報そのものが消失される訳ではない。
「与えられるのはここまでだ。これ以上を知りたければ、俺に付け。拒否するのなら……」
「始末する?」
「いや。お前が五体満足でいられる範囲において、可能な限りその心を砕く」
殺気とは、殺す気がなくても極限まで肥大化出来る――――そんな論文にでも出来そうな事態が、今フェイルの目の前で起こった。
脅しではない。
限りなく論理的。
戦力として欲しい相手の、その戦力を最大限保持したまま屈服させる――――デュランダルならそれくらい容易に出来る。
「そっか」
フェイルの腹の内は、実のところもう決まっていた。
自分がデュランダルに付けば、勇者一行の安全は確保出来るが、アルマはデュランダルによって封印の解除を迫られる。
それがアルマにとって、メトロ・ノームの管理人にとって死活問題なのは想像に難くない。
アルマが、デュランダルの言う『他国から得た情報』を管理していたのは明白だ。
彼女はそういう役割を担って生きている。
だから、星など見られる筈がない。
アルマは――――この国の業を背負って生きている。
「だったら、丁度良いね」
フェイルは不適に笑った。
この特殊極まりない条件での戦闘に一縷の望みがある事を、願って。