墓とは本来、遺体もしくは遺骨を収め、故人を弔う為に作られる物。
その故人が生前にそれを作って欲しい、または祖先と同じ場所に眠らせて欲しいと願っていたならば、紛れもなく彼の為と断定できるが――――意思表示なきまま天に召された場合は、誰の意志を尊重するべきなのか。
答えは既に出ていた。
「あの……本当に息子は、勇者として立派な死を遂げたのですか? 間違いないんですか? 噂は全部デタラメなんでしょうか……?」
ファルシオンとフランベルジュが旅の最後に選んだのは――――港町コスタ。
リオグランテが生まれ育った街だ。
「はい。彼は勇者の名に恥じない立派な最期を遂げました。直に、国王陛下自らリオの噂は全部間違いだから信じないようにとのお達しが下る予定ですので」
そこでリオグランテの両親は、彼に関する噂を耳にしていた。
エル・バタラに参加し、決勝まで進んだものの、その試合の多くが不正であり、それまでに解決してきた事案も殆どがヤラセであるという、勇者計画によって広められた作り話。
そして――――彼の死についても。
だが両親は、リオグランテの死を悲しむよりも先に、彼の風評被害についてばかり問い質そうとした。
事前にそういう両親だと聞かされてはいたが、ファルシオンもフランベルジュも実際目の当たりにし、やりきれない心持ちになった。
「本当に良かった……本当に……あの子は勇者なんです。生まれた時からずっと、勇者として育てて来たんです。そんなあの子が悪事に手を染めるなんて、絶対にないって信じていました」
「ああ。やっぱり俺達の子は立派な勇者になれたんだ。俺達は間違っていなかったんだ」
まるで、タチの悪い宗教に洗脳されたかのような両者の言動に、目眩すら覚える。
それでもファルシオンは、聞かずにはいられなかった。
「悲しくないんですか? 自分の子供が亡くなった事は」
「無論、悲しいですとも。しかしあの子は勇者です。最後まで勇敢に戦って散ったのなら、あの子も本望な筈です。そしてきっと、エル・バタラ……でしたか。その大会を観戦した人々の記憶に、その姿は残り続けるに違いありません」
もう、ダメだ。
フランベルジュがそう目で訴え、ファルシオンもまた同調した事で、ここへ来た目的を断念すると二人は結論付けた。
リオグランテの肉体はもうこの世にはない。
当然、納骨すべき骨もない。
魂を何処に置くか、それを誰が決めるべきか考え、両親のもとを訪れてはみたものの、彼らは自分達の為だけに記念碑を建てるような口振りだった。
それはそれで、リオグランテの親としてそうしたいのであれば、他人の二人が口を出せる問題ではない。
けれど、心を共有する必要もない。
勇者リオグランテの汚名返上に感涙して喜ぶ彼の両親とは根本的な部分で決して相容れないと悟った二人は、墓をどうするかという話は一切出さず、リオグランテの実家からそっと離れ、その近所を暫く歩き回った。
磯の香りが微かに漂う街並みは、決して近代的ではないが活気に溢れ、子供達の楽しそうに駆け回る姿を収めた朴訥とした光景が広がっていた。
「この場所で育ったんですね、リオは」
「まあ、あの子の故郷って感じの街よね」
勿論、そこに皮肉や悪意などある筈もない。
フランベルジュがリオグランテから感じていたイメージそのままの、何一つ違和感を抱く余地のない、そういう場所だった。
それだけに、あの両親の姿は痛々しかった。
子育てに正解不正解があるかどうか、育てた事のない二人にはわからない。
わからないが――――命よりも勇者としての名誉を大事にしているようにしか見えないあの対応を、正しいとは思いたくなかった。
「……どうする? 墓」
「私達は私達で建てましょう。ヴァレロンの墓地に」
「ま、それが良いでしょうね。今はお金ないから、少し時間かかりそうだけど」
石碑を建てるには、それなりにまとまった金額が必要。
元々貧乏旅だった事もあり、二人の財布は決して重くはない。
「……これから、何処に行くつもり?」
コスタの公道を歩きながら、フランベルジュは隣を歩くファルシオンへあらためて問いかける。
既に勇者一行ではなくなった二人が、これ以上共に行動する理由はない。
お互いの目的の為に邁進するのなら、ずっと同じ道を歩む必要はない。
「一旦、お母さんの所に戻ります。凱旋、って訳にはいきませんが……話しておきたい事が沢山ありますから」
「それもいいかもね。私も墓参りに戻ろっかな」
フランベルジュには、もう実家に戻る理由はない。
リングレン家が彼女の唯一の故郷だ。
今はクトゥネシリカとその妹のフレイアが、一生懸命パンを焼いている。
「その後はどうする予定ですか?」
「そうね……まだまだ一人前って訳にはいかないし、今更王宮騎士団入りを目指すって感じでもないし。主要都市の武闘大会に参加しまくって、名前を売ろうかな」
「今のフランなら、結構良い所までいけそうですね」
「そこは全部優勝って言ってよ。中途半端な結果じゃ、あいつに再会した時なんて言われるか……」
――――と、そこまで口にしたところで、フランベルジュは若干顔を引きつらせながら言葉を止めた。
「……それで、ファルはどうするの? 地元に就職するつもりはないんでしょう?」
「はい。魔術士ギルドで仕事探しをして、リオの墓石費用と軍資金を貯めます」
魔術国家デ・ラ・ペーニャとは違い、このエチェベリアで魔術士の働き口は決して多くはない。
それでもファルシオンは躊躇わず、国内に留まる事を選んだ。
「……フェイルに協力するの? アルマを復活させるって計画」
結局遠慮していても仕方ないと判断し、フランベルジュはその名前を出した。
別れ際、フェイルは二人にリオグランテの名誉回復とアルマ復活を必ず実現させると約束し、ヴァールと共にヴァレロンを去った。
その後の動向は一切知らないし、知らされてもいない。
わかっているのは、彼が『国王殺し』と『英雄殺し』という重過ぎる咎を背負っている事だ。
勿論、この事実は公表されていないし、誰かが漏らす事もないだろう。
仮に漏らしたとしても、フェイル=ノートの名前はもう、この国の記録には残っていない。
九死に一生を得た国王アルベロアによって、抹消された人間となった。
闇の世界で生きる以外に選択の余地がないフェイルと、真っ当な道を歩むと決めたファルシオンに、交わる事の出来る余地は殆どない。
そう、"殆ど"。
あるとすれば、魔力と化して未だ書なき書庫で姿なく漂っているアルマ=ローランを人の姿に戻す時だけだ。
「アルマさんにはお世話になりましたし、協力しない理由はないと思いますが」
「ま、まあそうなんだけど、私も当然するけど……本当に良いの?」
フランベルジュの質問が何を意図しているか、ファルシオンは理解していた。
フェイルとアルマの関係は、不思議だった。
恋愛感情なのか、それとも信頼関係なのか、或いは友情なのか――――全くわからないし、読む事も出来ない。
いずれにせよ、ファルシオンにとってアルマの存在は、恋敵に等しいものと言える。
彼女は、陽の当たる場所の住民ではないのだから。
「正直、強敵です」
「あの顔だものね……女としての自信を根こそぎ奪っていくタイプよね。無自覚に」
「その辺りは、もう少しお話してみないとわかりません。その意味でも、彼女には元に戻って貰わないと」
「随分良い子ちゃん発言してるけど、それでフェイルを取られたらどうするの?」
「……その時は、戦争ですね」
爽やかな顔でそう告げるファルシオンに、フランベルジュは狼狽を禁じ得ず、心臓を抑えながら大きく溜息を落とした。
「アンタ本当、変わった……まあまあ歓迎できない方に」
「そうですか?」
女二人だけの旅は、暫く続き――――
そして、終わりの時が訪れた。
「これ、リングレン家の住所。暫くいると思うから、何かあったら連絡して」
「はい。私の実家の住所も渡しておきます」
フランベルジュの乗る乗合馬車が来た所で、二人はどちらともなく手を差し出し、硬く握り合った。
「私達は……これで良かったのかな?」
「どうでしょう。誰が採点してくれる訳でもありませんし」
リオグランテの弔いをどうするか、ずっと悩んでいた。
その結論を出した今も、二人は未だ悩み続けている。
これからも、悩み続けるのだろう。
「だったら、暫く腐れ縁は続きそうね」
「暫く、ですか?」
「ま、一生とも言うけど」
二人はそう笑い合って、そしてその笑顔のまま別れた。
乗合馬車から身を乗り出し手を振るフランベルジュを、ファルシオンは穏やかな顔で見送る。
今生の別れではない。
でも、勇者一行の剣士と魔術士としては、これが最後だった。
「フラン!」
だから、柄にもなく叫ぶ。
「貴女とリオとの旅、一生忘れません! 一緒に歩いてくれてありがとうございました!」
届いたのか、届かなかったのか。
知っている者がいるとすれば、それは――――
『僕も忘れません! 本当に楽しかったです! また何処かで会いましょう!』
ここにはいない、誰かだ。