ドラゴン――――そう呼ばれている生物の正体は、生物兵器だと言われている。
複数の生物を組み合わせ、擬似的な生命を与えた存在。
翼の生えたハイドラゴンの場合、通常のドラゴンに加え鳥類の要素を追加しているということになる。
その倫理性はさておき、ドラゴンは世界的に希少種であり、ハイドラゴンとなると更に少ないことから、見かける機会は殆どない。
まして、そこに少女が乗っているとなると――――
「……ラシル=リントヴルム」
ポツリとそう口にしたのは、ユグド――――ではなくスィスチだった。
「間違いない。ここの国の龍騎士よ、アレ。そういえばまだ若い女って話ね。若い女って見てるだけでイラつく……射落としていい?」
「いや、無理でしょ。弓矢持ってないし、そもそもスィスチさん、扱えないでしょ」
「今のあたしなら、眼力と精神力をミックスした念力で射落とせそうな気がするから大丈夫」
「ほぼ呪いですね……勝手にして下さい。意趣返しがきても知りませんよ」
そんな適当な助言もそこそこに、ユグドは遥か上空を舞うラシルとドラゴンを凝視した。
とはいえ、幾ら目を凝らしても、豆粒程度の大きさでは得られる視覚的情報など微少だ。
二年前と変わってない、と言いたかったところだが――――実のところはわからない。
ただ、微かに灰色の髪の毛は確認できた。
ラシルで間違いないようだ。
問題は何故、龍騎士が隣国へと向かっているのか。
既にラシルとドラゴンはコレルラインを超え、侵略国家エッフェンベルグの領空へと侵入している。
関所も通らず、他国へ入るのはいくら龍騎士でも許されない。
間違いなく不法入国だ。
つまりは――――
「捕えないといけないようね」
犯罪者。
当然、警備員は犯罪者を捕まえる必要がある。
まだ上空を見上げているユグドを尻目に、スィスチは関所へ向かって駆け出した。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! ここはどうするんですか? ここ守るのも仕事ですよね?」
流石に放置はできず、ユグドも走りながら叫ぶ。
「仕方ないじゃない。勝手に国境超えられて逃げられたんじゃ、あたしらの沽券に関わる大問題でしょ? 今、最優先事項は『あの犯罪者を追う』。違う?」
「……」
反論の余地はない。
だが、ユグド=ジェメローランの存在意義は『彼女を守ること』。
見事に相反する状況が生まれてしまった。
「でも、龍騎士ですよ……? もし抵抗されたらどうするんです? 勝てる訳ないですよ?」
「だからといって職場放棄の見逃しは無理」
スィスチは走りながらそう断言し、関所へと突っ込む――――
「なんだなんだ、何騒がしいことになってんだよぉー」
「あーし寝てたんですけど? また寝直すのチョーめんどーし! めんどーし! キッキッキ!」
直前、関所内の小部屋に待機していたシャハトとセスナが眉尻を上げて出て来た。
セスナは寝起きらしく、茶色い髪があらぬ方向にハネている。
かなり髪の量が多い彼女は、更に伸ばし続けている所為で全身を髪の毛が覆うような外見になっており、一見すると人間に見えない。
気分的に、ユグドは何となく親近感を抱いていた。
そんなのんきなユグドを余所に、スィスチは真面目な顔でシャハトを睨む。
「リーダー。さっき、このコレルラインの上空を龍騎士……の小娘が飛んでいるのを確認した。ロクヴェンツからエッフェンベルグへと向かい、既に国境を越えてる」
「……おいおい、それって不法入国じゃねぇかよぉー。事件じゃねぇかよぉー。嘘だろぉー? そんな面倒事起こったのかよぉー? なんで俺が見張りに来てる時に限って、国際問題に発展しそうな厄介事が起こるんだよぉー」
「主にリーダーの悪運の所為と思われます。リーダーが出張った時って大体トラブル起こりますし」
「あーしもユグドの見解にさんせー」
10歳以上年下の二人にジト目で睨まれ、シャハトはカクンと首を落とした。
「仕方ねぇなぁー。雇い主に連絡しねぇとなぁー。馬走らせねぇとなぁー。おいユグド、お前……は残れよぉー。連絡は俺がするからなぁー。可能なら追跡しろよぉー」
「……わかりました」
それは、馬に乗るのが苦手なユグドへの気遣い。
シャハトに感謝しつつ、ユグドは軽く会釈した。
「ちょっと待って。リーダー抜けると、ここにいるメンバーってあんまり強いのいないじゃない。龍騎士相手にそれはちょっとキツいかも」
「さんせー。あーし音楽家だし、ユグドはクソ弱いし、スィスチは年増で体力が……」
ピキッ――――
空気が割れるあり得ない音が、確かに響いた。
「……スィスチは職業柄、体力がないし」
言い直すも、時すでに遅し。
「セスナ? 後日私の家に来なさい? 最近、いい石が手に入ったのよ?」
「ヒェッ! あーしまだ狂いたくないし! 今の間違いだから勘弁して! あとその半疑問系も怖いからやめて!」
「その狂ったように長い髪の毛? 全部白く染めちゃおうかしら? フフ?」
スィスチに関して補足をするとすれば、彼女の宝石フェチには『曰く付き』が付く。
つまり、曰く付きの宝石をこよなく愛している、という訳だ。
例えば、眺めているだけで老化するような効力を持った、悪魔の石とも言うべき宝石など。
だが、その全く逆で、天使の石と呼べるような宝石も少なくない。
そういう恐ろしくも頼もしい効力を持った宝石を駆使し、スィスチはこれまで数多の修羅場を乗り越えてきた。
とはいえ、近年では主にお仕置きに使っているらしいが、幸いにもユグドは生け贄になった経験はない。
「その件なら心配無用だよぉー。今日中にチトルとクワトロが合流する予定だろぉー? そろそろ来るんじゃねぇかぁー?」
「存在を予感させた時。既に我はそこへ来ているのだよ」
唐突な声――――その場にいた四人全員が飛び上がりそうなほど驚いた。
クワトロ=パラディーノ。
オールバックの髪型からも明らかなように、超堅物。
真面目過ぎるくらい真面目な性格で、今の発言もタイミングを図ってのものではなく実際に来てるから来てると言っただけに過ぎない。
「そう驚かれるな、仲間ども。確かに、我がこの場に到着したのは予定より1時間ほど早かったが、それは偶々乗り合わせた馬車の馬が興奮状態で終始いきり立っていた為だ。驚く程ではない」
「そういうことじゃないんだけどね……で、チトルは?」
「ここにいるですここー」
ドスン、ドスンと重量感タップリの足音を立て、クワトロの後ろからチトル=ロージが現れた。
全身甲冑を身にまとった、少女のような外見の19歳女性。
背中には巨大な盾も背負っており、まさに金属の塊だ。
どちらかというと、アクシス・ムンディにおいては人外ゾーンの存在のため、ユグドは若干の躊躇いもありつつ、セスナと同様の親近感を抱いていた。
「っていうか、40前のオッサンと鎧女って……戦闘力はともかく、追跡にはまるで向いてない二人なんだけど」
「そ、それじゃよろしく頼むぞユグドよぉー」
逃げるように、シャハトはダーッと駆け出していった。
「?」
「?」
その後ろ姿を、事情を知らないクワトロとチトルが顔を見合わせ首を傾げている。
ラシルが上空に現れてから、もう10分が経過していた。
「……ま、こうなってくると追跡ってより探索か」
「ちょっと待って!」
肩を落として脱力するユグドに、スィスチが大声で反応。
「な、なんですか?」
「ユグ坊に質問。ウチのリーダーの職業は?」
シャハト=アストロジー。
アクシス・ムンディのリーダーを務める彼の本来の職業はというと――――
「さすらいのギャンブル王とかでしたっけ?」
「えー? チトルは働きもしないでブラブラしてる人生の冒険者って聞いてますぶらー」
「お前たち、組織の長に向かって失礼であるぞ。彼は自由人なのだ。微塵も生産性のない存在であるが」
最後のクワトロの発言が一番失礼だったが、彼に悪気はない。
「……占星術士なんだけどね」
頭を抱えつつ、スィスチが呟く。
刹那、ユグドの顔がピキッと引きつった。
占星術士――――つまり、捜し物をする上で有用な職業。
「連れ戻してきます!」
「がんばってねー」
交渉人ユグドは半泣きになりながらシャハトの後を追って全速力で駆け出した。
その日の夜――――
「……その甲冑、外せないんですか?」
「これはチトルの身体の一部みたいなものなのいちー」
侵略国家エッフェンベルグの最東部に位置する街、ロイターの本通りでドスン、ドスンと音を立てながら付いてくる鎧娘のチトルに辟易しつつ、ユグドは闇夜の中を松明も掲げず歩いていた。
「龍騎士ラシル=リントヴルムは世界的にも突出した知名度を誇っているほどの実力者だと聞いている。チトルの防御力は必要であろう」
「防御力っていうか……主に甲冑の堅さが頼りじゃないですか」
「動く甲冑は中々便利であるぞ」
仕事上、チトルとコンビを組むことも多いクワトロがそう断言する以上、ユグドは反論できず黙認するしかなかった。
幸い――――シャハトはどうにか捕まり、夜になるのを待って占星術を行って貰った(スィスチが伝達係の代役を引き受けた)。
その結果――――
『吉星と凶星が横一列に並んでるよぉー。こりゃ良いことも悪いことも起こるなぁー。捜し物は真っ直ぐ進んでれば見つかるぜぇー。この関所から真西に直進だなぁー』
なんとも頼りないお告げを得た。
とはいえ、ラシルが上空より進んでいた方向は、一応その占いの結果に一致する。
真西にラシルがいる可能性は十分ありそうだ。
「まずは地図を手に入れるとしようか。そうすれば、直線上に龍騎士ラシルが立ち寄りそうな施設があるかどうかわかるのでな」
「ですね。でも、こんな時間に地図を売ってるところ、あります?」
「地図ならチトルが持ってるのちずー」
ピタッ、とユグドとクワトロが立ち止まる。
「チトルさん気が利く! ただの甲冑お化けじゃなかったんですね!」
「お化けは酷いですひどー!」
泣き顔で訴えるチトルを無視し、ユグドは甲冑の手に握られていた丸められた地図を奪い取り、即座に広げた。
「さっきスィスチさんからお預かりした地図ですから、丁寧に扱って下さいましあつー」
「ま、そんなことだとは思ったけど」
納得しつつ、地図を凝視。
「関所は……ここか。ここから西へ直線……」
指でなぞっている途中、ユグドはその地図に見覚えがあることに気づいた。
それはまだ、旅に出て間もない時のこと。
ユグドは一度、このエッフェンベルグを訪れたことがあった。
そして、田舎町メラーの武器屋で龍槍ゲイ・ボルグを発見した。
その時に何度か見た地図と同じだった。
そして――――
「まさか……」
止めていた指の動きを再開し、直線を伸ばしていくと――――
「……メラーだ」
「その街がどうかしたのかね?」
「クワトロさん。もしかしたら彼女、ここにいるかもしれません」
龍騎士が龍槍と呼ばれる伝説の槍に興味を持つのは自然なこと。
ユグドがこの武器に着目したのも、単に武器の知名度や攻撃能力の高さだけでなく、いかにも龍騎士に似合いそうな槍だったからだ。
もしラシルが噂を聞きつけたのなら、龍槍ゲイ・ボルグが売っている武器屋へ行きたがる可能性は高い。
尤も、たかが武器屋へ行くのに不法入国をする理由はないのだが――――
「心当たりがあるのかね」
「ええ」
「ならば、信じるとしよう。チトルはそれでよいかね?」
「お化けの件を訂正してくれるのならいいですおばー」
「それは拒否します」
「はうー」
などというやり取りがありつつも、三人は地図とユグドの記憶を頼りに現在地から5kmほど西にある田舎町メラーの武器屋へと向かった。
その途中――――
「ほへー。龍騎士さんを守るのが人生の目標なのですかなのー」
ユグドは、ラシルのことを掻い摘んで他の二人に話していた。
「ではでは、ユグドさんは龍騎士さんとお知り合いなのですかおしー?」
ドッスンドッスンと重量感たっぷりの足音を立てながらも汗一つかかずに並行するチトルに対し、ユグドはゆっくり左右に首を振る。
「知ってはいるけど、知り合いって訳じゃないです。会話したこともありません」
「他人なのですかなのー? それなのにどうして守るのですかどうー? っていうか、ユグドさんもしかしてストーカーなのですかすとー?」
「失礼な……違いますよ」
ジト目でチトルを睨むユグド。
だが、同じような目をチトル――――だけでなくクワトロにまで向けられてしまった。
「不思議な話であるな。他人というだけでもそうだが、世界的な強者をアクシス・ムンディ最弱のヌシが守ろうとするのも、我には余り理解できぬが」
何気に辛辣ではあったが、実際ユグドも自分の考えが一般的とは思っていない。
不思議がられるのは当然だという認識はあった。
「オレが思うに、他人であればあるほど、自分に遠ければ遠いほどいいんですよ」
「どうゆうことなのですかなのー?」
「自分に遠い存在を守るってのが、いかにも人間らしいじゃないですか。合理的じゃないし、辻褄も合ってない。でもそこに人間らしさがあるんじゃないかと。人間って、そういうトコあるじゃないですか。だから、オレは彼女を守らないといけないんです」
そして、徐に両腕を掲げて見せる。
両方の手には、4本の指。
右手の親指と、左手の人差し指が欠損していた。
「いたたたたっ! 自分のじゃないのに痛い気がするのですいたー!」
そんな素直な感想と共に悶えるチトルとは対照的に、クワトロは一瞬驚いた顔を見せたものの、直ぐに平常通りに戻る大人の対応を見せた。
「ずっと袖で隠してたんですけど……驚きました?」
「うむ……が、傭兵ギルドなど特にそうであるが、指の一本や二本落としてる者など、この世界では特段珍しくもないではないか?」
「どうも」
何より、珍しくもないという言葉に感謝を告げる。
そして、指を欠損した理由を静かに語った。
「ウチ、実家が武器屋なんです。で、子供の頃に倉庫で友達と遊んでて、悪ふざけの結果ズバッてやっちゃったそうです。大量の出血で気絶しちゃったから、その時のことは全然覚えてないんですけど」
「はぅぅぅ、いたたたたた! いたたたたたたいたー!」
傍で聞いていたチトルの顔は、甲冑より青ざめていた。
「不幸な出来事であったな。とはいえ、他人の指を落とすよりはまだ救われたのではないのかね?」
「仰る通り。不自由ではありますけど」
両手を袖で覆い、肩を竦める。
「子供ってのは、どうにも純粋すぎるようでして。指が二本ないだけで化物扱いしてくれるんです。悪気があるってより、見たまんまで」
「そうかもしれませんそうー。だからチトル、子供って嫌いなんですよきらー」
「……」
「その『同属嫌悪だな』って顔はなんなのですかなんー! ぷんぷん!」
ユグドは幼稚に怒るチトルを無視し、話を続けることにした。
「ま、そんな訳でして、理屈はわかってるんですけど、子供の頃に散々『人間じゃない』『化物だ』って言われ続けたもんだから、どうにも『自分は人間だ』っていう確信というか、固定した理念がないんです。どれだけ頭でわかっていても。不思議なもんですよね。で、人間らしさを追及するために色々考えた結果、他人を、特に一番自分に遠そうな人を守るってのが、一番人間らしい生き方なんじゃないかと思いまして。それにホラ、異性を守るってのは男のロマンって言いますし。いつの時代も」
そこまで雄弁に話したユグドに対し、チトルは『意味不明いみー』とばかりにガッチョンと首を捻る。
片やクワトロは、深い皺を眉間に刻み、そこに親指を当て――――
「共感は困難であるが、意味は意味として理解できぬこともない」
そんな心遣い溢れる言葉に、ユグドは小さく微笑みを返した。
「オレは、人間らしく生きて、そして死にたいだけなんですよ」
思っていることと逆のことを話してしまう。
願っていることと逆のことをしてしまう。
人間なら誰でも一度は経験しているだろう。
それは、例えば『好きな子に冷たく当たる』という行為に代表されるように、気を引く為にする行為のこともあれば、自己防衛のこともある。
いずれにせよ、捻くれていて正直でない辺りがいかにも人間らしい行為だ。
少なくとも、動物がこのような行為や心理に至るケースは皆無だろう。
人間の心の機微は、余りにも複雑だ。
だからこそ、その複雑さにこそ人間らしさが存在する。
一度も会話したことのない女性を守るというユグドの考えは決して真っ当とは言い難いが、そこに人間性を見出しているという着眼は荒唐無稽という訳でもない。
尤も、これらの理由とは違う部分で『守りたい』という気持ちが芽生えたという事実も存在しているのだが、ユグドはそれを自覚してはいない。
それに気づくのは、もう少し先の話――――
「着いたようであるぞ」
クワトロの言葉にふと顔を上げたユグドの視界に、ほんのりと『ようこそメラーへ』と書かれた看板が入った。
街外れということもあり建物自体少なく、生活音は殆ど聞こえない。
月明かりに照らされた道も、しっかりとは舗装されていない。
山道と殆ど変わらないような、かろうじて道とわかる程度のもの。
その光景は、かつてメラーを訪れた時に残したユグドの記憶通りだった。
ここから武器屋までは、歩いて3分もかからない。
「もう直ぐです。足音を消して……いや、なんでもないです」
あらためて尾行に向かないチトルの姿に嘆息しつつ、ユグドは先陣を切って歩を進めた。
「ところでユグドよ」
その背中から、クワトロが声を掛ける。
「今回の件、場合によっては龍騎士ラシル=リントヴルムの身柄を我々で拘束する必要があるのだろう。不法入国に加え、何らかの犯罪に手を染めている上に抵抗を示したならば、闘わなければなるまい。その際にヌシはどうするつもりか聞いておきたいと思うのだ」
これまでの移動中、ユグドは自分がラシルを守る為に生きていると力説してきた。
クワトロの質問は必然。
そして――――
「当然、最優先でラシル=リントヴルムを守ります」
その答えも必然だった。
とはいえ、流石にここまでキッパリ断言されるとは思っていなかったのか、クワトロはピキッと顔面を硬直させ、立ち止まった。
「それはつまり……我等と敵対する、と言うの――――」
「無論です」
食い気味に即答したユグドの目は、まるでここまでの道のりのように真っ直ぐだった。
「お、おかしいですおかー! ユグドさんはアクシス・ムンディの一員なのですなのー! この場合は私情を挟まずに龍騎士さんを捕縛するのがお仕事なのですなのー!」
「そんなバカな」
「一笑に付されたですいっしょー!?」
「むう……ユグドよ、一年もの付き合いである我々をそこまであっさりと切り捨てるというのであるか? つい先程、人生観を語り合い友情を確かめ合ったばかりであるというのに」
ショックで動揺を隠せないチトルと、狼狽えるクワトロに対し、ユグドは一切揺るがない。
「オレの主目的はあくまでラシル=リントヴルムを守ること。副次的な目的に過ぎない貴方がたとの付き合いなんて、薄っぺらいものに過ぎません。ついでに言えば、お二方にそこまで愛着もないです」
「ヒドいですひどー! 人間味のカケラもないのですかけー!」
「なんという恐ろしい男よ……アクシス・ムンディ最弱の隊員であるはずなのに、えも言われぬこの迫力は一体……」
「それより、ここでウダウダしていても仕方ないですよ。とっとと武器屋に行きましょう」
明らかに二人との間に溝ができたことを敢えて無視し、ユグドは先を急ぐ。
ラシル本人に対する執着はない。
ただ、彼女を守るという決意に対しては、何ものにも代え難いほどの矜持を抱いている。
ユグドの発言は本心からのものだった。
ただし、本来この本心は隠しておいた方が何かと都合がいい。
あえて正直に話したことが、ユグドなりの『一年もの付き合い』に対しての礼儀だった。
「やれやれ……む、ユグド。止まるがよい」
トタトタと武器屋の傍まで足早に近づいていたユグドが、クワトロの一声で静止する。
クワトロはアクシス・ムンディ内でも上位に入る達人。
その人物の鋭い声を無視はできない。
「中に人、います?」
「最低一名。ただし……かなりの使い手であるな」
つまり――――武器屋の主人ではない。
ユグドは一気に緊張の度合いを高め、生唾を飲み込んだ。
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