ルンメニゲ大陸とその近隣にある17の国を大別すると、軍事・商業に重きを置く国家、環境・歴史を誇る国家、そして技術・芸術を推進する国家の三つに分けられる。
軍事面、商業面を重視する国家は他国へ積極的に介入し、環境面・歴史面を強調する国家は自国の掘り下げに余念が無い。
そうする事で、世界における自国の立場をより明確に誇示している。
一方――――技術面・芸術面を磨く国家に共通するのは、多種多様であるという一点だ。
例えば〈職人国家〉の名で知られる西端の小国マニシェは、端っこにある国にしてはかなり多くの人種を抱えている。
技術や芸術は万国共通のロマン。
独自色、閉鎖性の強い魔術国家デ・ラ・ペーニャは例外だが、それ以外の国は概ね開放的な国風といえる。
なので、そういう環境で育った国民の中には大らか、大雑把、いい加減な人間も少なくない――――
「……というのが、今回の議題です」
珍しく、いつもよりは短めに説明を切り上げたユグドに対し、『守人の家』会議室の机を占拠するかのように手を広げ熟睡の構えを見せていたセスナがピクリ、と全身を振動させる。
そしてユラリと顔を上げた。
「待つっしょ。もしかして今の話、あーしをディスってる? 音楽国家ホッファー出身のあーしをディスってる!?」
「ディスってる、の意味はわかりかねますが、イラッとしているセスナさんのその反応は概ね正解です」
「そこは焦って否定するトコロっしょ! ユグドはそういうトコあるから! 悪い癖は早めに矯正しないと歪んだ大人になるっしょ!」
「説明長いっていう悪評を正面から受け入れて反省したのに、また矯正要求ですか……厚かましい」
大げさに溜息を吐きつつ、ユグドはセスナ個人から、集合済みのアクシス・ムンディの面々に視点を広げた。
先日の『六つの依頼』による被害でウンデカ、チトル、フェム、トゥエンティ、そしてリーダーのシャハトの五名は未だに復帰できずにいる為、集まったのはユグド、セスナ、ユイ、クワトロ、スィスチの五名のみ。
そんな中でも仕事を受けていかなければならない。
それが発展途上組織の悲しい定めだ。
「で、話を戻しますけど……つい昨日、セスナさんの故郷、音楽国家ホッファーから依頼が届いた訳ですが」
「ホッファーっていうと、隣の国だにゃん。確か南にあるにゃ?」
右手首を折って本物の猫のような仕草で自分の頬を擦るユイの言葉に、ユグドはコクリと頷く。
「そのホッファーのとある楽団から、護衛の依頼が来てます。四日後にここマニャンの地で演奏会を開くので、護衛をお願いしたいとの事です」
「遠征ではないのか。そうとなれば、比較的護衛しやすい環境ではあるな」
「いえ、クワトロさん。実はそうじゃないんです」
当然といえば当然のクワトロの推察に、ユグドは首を横に振る。
「依頼された護衛内容は『楽団が演奏会を終え、マニャンからホッファーの各自宅へ帰るまでの護衛をお願いしたい』となっています」
「……妙な話ね」
ユグドの説明に最初に反応したのは――――スィスチだった。
「帰りだけ護衛ってのも変だし、家までって言うなら自国の傭兵団でも雇った方が良さそうなもんだけど。そもそも家まで護衛ってのが妙だし」
家に帰るまでが遠足、とはよく言うが、家まで護衛を付ける意義はかなり薄い。
そもそも、何故楽団に護衛が必要なのか。
色んな意味で不可解な点が多い依頼ではあった。
「ま、内容や動機にケチを付けられる立場じゃないですから。余り深く詮索はせず、頂いたお仕事をありがたく受ける。その謙虚な姿勢が次の依頼へと繋がると信じて……セスナさん、どうかしましたか?」
まとめに入ろうとしたユグドの目に、これまで見た事のないセスナの表情が映った。
セスナ=ハイドン。
ユグドがアクシス・ムンディに加入する前からいた、古参の一人。
浮浪者のように長く伸ばした茶髪と喋り方がこの上なく鬱陶しい困った隊員だが、その常に気さくで快活な雰囲気は、ユイと共にアクシス・ムンディのカラーとして定着している。
そんな彼女が今――――冷や汗を全身から滲ませ、微かに震えている。
「どうしました? 風邪でもひいたのかってくらい顔色悪いですよ」
「……魔曲」
「え?」
ポツリと呟かれたその言葉の欠片に、ユグドは思わず眉をひそめる。
「ユグド、この依頼は断わるっしょ。悪い事は言わない。サッと右から左へ受け流すべきっしょ」
「それは仕事を失う最悪の対応ですから応じかねますけど、それより今何て……」
「魔曲。音楽国家ホッファーに伝わりし、呪われし楽曲の総称」
ユグドの言葉を遮り、クワトロが先走って説明を始めた。
「その曲を聴いた者に大いなる厄災をもたらされる……そう聞いている。果たして真実か否か、体験した事のない我が判定する事は出来ぬが」
「あたしも聞いた事あるわね。死んだ身内が化けて出てくるとか、この世の者とは思えない化物を召喚するとか、色々な逸話が出回ってるみたいだけど……」
その説明を補完したスィスチは、最後に『話半分程度の信頼度しかないけどね』と付け加えた。
実際、魔曲に関する情報は少なくないが、その実態を知る者は殆どいない。
都市伝説、作り話の類だと思っている者が大半であり、ユグドもその一人だった。
が――――
「魔曲は存在するっしょ」
普段とは明らかに異なるトーンで、セスナがボソボソとそう呟く。
普段陽気な彼女だけに、その暗さが発言内容の信憑性と深刻さを格段に引き上げた。
「……そういえば、セスナって確か魔曲を演奏した事あるって言ってたにゃ。アレ、本当だったにゃん?」
そう問うユイの声にも覇気がない。
リーダーのシャハトをからかう際の相棒として行動をよく共にするユイは、余りにも元気がないその姿に動揺を隠しきれずにいた。
ユイばかりではない。
ユグドもクワトロも、スィスチもまた、一抹の不安を覚えていた。
そして、その不安は徐々に具現化していく。
「本当っしょ。魔曲の怖さはあーしが誰より知ってるっしょ」
それが決して冗談や見得の類ではないと、セスナの表情が雄弁に語っていた。
長い長い髪に隠れ、殆ど露見する事のない彼女の目が、前髪の隙間から覗く。
ドロンとした、光のない瞳がそこにはあった。
「魔曲演奏経験のある者として忠告するっしょ。ユグド、魔曲には関わっちゃダメっしょ。アクシス・ムンディの崩壊、ヘタしたら世界の崩壊すら招きかねないっしょ」
「……大げさな話、って訳じゃなさそうですね。わかりました。忠告、確かに聞き入れました」
「わかってくれて何よりっしょ」
ふう、と大きく息を吐き、セスナは椅子の背もたれに全身を委ねた。
相当気張っていたのか、全身からどっと汗が滲む。
その光景だけでも、彼女の発言内容が少なくとも嘘ではないという証となっていた。
「で、演奏会の会場ですが……」
「コラコラコラコラ! コラーーーーーーーっ! キシャーーーーーーーっ!」
しれっと続きを話そうとするユグドに、セスナが文字通り噛み付かんと牙を剥く。
「人の話聞いてたっしょ!? 魔曲に関わったらシャレにならない事態を招きかねないっしょ! この依頼は受けない方向で行くって、そういう流れになった筈っしょ!? 忠告聞き入れたっしょ!?」
「聞き入れましたよ。なので魔曲には極力関わらない方向でいきます。でも依頼はもう受けちゃったんで。仮に世界崩壊を招く危険があるとしても、一度受けた依頼のキャンセルはあり得ません。それがプロの護衛集団ってもんです」
「むが……ユグド、そういうトコあるっしょ! 柔軟な割に融通利かないっしょ! ユイ! クワトロ! スィスチ! なんか言ってやれっしょ! この命知らずのガキに何か言ってやるっしょ!」
「一つしか違わないクセに……」
今年で18になるセスナを、17のユグドが半眼で睨む中――――
「うむ……セスナよ、一つ確認したいのだが」
最年長のクワトロが挙手し、険しい目つきで周囲の空気を強制的に張り詰めさせる。
歴戦の勇士たる彼の意見は、リーダーのシャハトや軍師のユグド以上に影響力が大きい。
それだけに、この場において彼が何を思うのか、何を発言するのか――――全員が注目していた。
「もしやとは思うのだが、お前のその苛立ちを誘発するだらしない長髪や話し方は、魔曲を聴いた影響なのであろうか?」
「……違うっしょ」
「ならばよし! ユグドよ、会議を続けるとしよう」
「どういう意味っしょ!? あーしみたいになりたくないって事っしょ!? 魔曲を聴いてあーしみたいになる可能性だけが怖いって事っしょ!?」
椅子から立ち上がったセスナの絶叫が空しく室内に響きわたる。
その隣で、安堵の溜息が二つ漏れていた。
「よかった……これで心置きなく仕事に臨めるわね」
「ぶっちゃけ、世界の崩壊よりセスナみたいになるのがよっぽど怖いにゃん」
二人とも、心の底から搾り出すような声だった。
「こ、こいつら本気でムカつくっしょ……アクシス・ムンディってこういうトコあるっしょ……」
「グダグダ言ってないで、さっさと席に戻って下さいセスナさん。今回の依頼、案内とか説明とか色々やって貰いますからね。魔曲やホッファーに詳しいのアンタだけなんだから」
「キシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
それから三日後――――ユグド達アクシス・ムンディの面々は依頼を果たすべく旅立った。
【One Sound , One Road ; SYMPHONY】
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