「……ええと、それじゃあらためて自己紹介を。僕はコルディック。この【アノーニモ】で店員をしています」
溶炉の炎とは違う明かりを灯し、光源を確保したところで、取り立てて特徴のない店員ことコルディックは深々と頭を下げた。
接客業に慣れた人間のお辞儀だ。
「で、こっちが……」
「はじめましてっ☆ イオはね、イオだよ!」
既に一人称で名前が判明していた女の子が、無邪気に手を上げる。
きっと近所の子供が遊びで鍛冶師の真似事をしているのだろう――――
「……イオ=アノーニモ。この店の先代の経営者です」
そう推察していたユグドが、思わずカクンと肩を落とした。
「経営者……? 彼女が……?」
「ええ。元々、彼女の祖父が興した武器屋で、その息子が二代目、そして孫である彼女が三代目だったんです。でも、どうしても鍛冶師に専念したいということで、代わりに親戚の僕が」
「えっと……二代目の親父さんは? 見たところ、イオさんはかなり若いみたいですけど……」
「腰をやって引退です。腰をやると武器屋はキツいですから」
コルディックは鍛冶場の床に転がっていた槍を手に取り、苦笑する。
金属製の武器は当然、一つ一つが重い。
その運搬、管理、陳列をしなければならない職業なので、確かに腰を痛めていると厳しい。
武器屋の倅であるユグドは直ぐに納得し、もう一人の赤毛の女性へと目を向けた。
「あに? わたしも自己紹介すんの? ここの人間じゃないんだけど、わたし」
明らかにまだ二十歳前後の若さでありながら、常にやさぐれ感が滲み出ているアンリの言葉に、コルディックは苦笑の度合いを濃くし、ほぼ困り顔になっていた。
「別に減るものじゃないんだから、いいじゃないですか。こちらはアンリ=ハーレッドさん。ブランからお越しの、有名な鍛冶師さんなんです」
「ちーす」
ぶっきらぼうに手を上げ、半眼のままアンリは「くあぁ」と欠伸をしていた。
余り愛想が良くないタイプの人間らしい。
「ほう、伝説国家ブラン出身の鍛冶師とな。あの国は歴史を重んじる故、マニシェとはまた違った技術を持ってるのじゃろう」
「そうなんです。だから、せっかくなんでイオに教えて貰えないかと頼み込んで……」
本人そっちのけでブラン人の鍛冶師、アンリの紹介が行われる中、当の本人はと言うと――――
「……」
先程までとは打って変わり、ものすごい形相でラシルの背負った龍槍ゲイ・ボルグを睨んでいた。
「ね、ねえ……アンタ、その槍見せて貰っていい?」
「む? 別に構わんが。妾の大事な相棒故、傷は付けるでないぞ」
ただ事でないアンリの表情に若干引きつつ、ラシルは留め具を外しゲイ・ボルグを手渡した。
刹那――――
「き……きゃああああああああああああああ! アナタもしかして噂のゲイちゃま!? やだ、嘘、信じらんない!」
アンリは長年憧れていた舞台役者を紹介されたミーハー女子のように顔を紅潮させ、身をよじりながらゲイ・ボルグを抱きしめ頬ずりを始めた。
「信じられないのはこっちなんですけど……何あれ」
「彼女、極度の武器フェチでね……伝説級の武器を見るとああなるらしいんだ」
「コラ! 妾の相棒にヨダレを付けるでないわ!」
そんなラシルの怒号など一切聞き入れずに龍槍にキスしまくるアンリの姿が見るに堪えず、ユグドは渋面で視線を逸らす。
その先には、先程から無口なクワトロの姿があった。
考え事をしてるのか、ある一点を見たまま微動だにしない。
その一点に映るのは――――壁に掛けられた一振りの剣。
何故か鞘に収まっておらず、抜き身のままで銀色の光沢を放っている。
そしてその剣は、クワトロの愛剣である銀剣・雪月花と酷似していた。
少なくとも、形状と大きさは全く同じだ。
「と、とにかく、普通の武器はこっちに積んであるんで、宜しければ見ていって……」
「主人。あの剣はここで作られたものかね?」 <いやー! この螻蛄首のくびれステキすぎー!
ついに口を開いたクワトロは、壁掛けの剣から目を逸らさずに問いかける。
「え? あ、は、はい。実はこれ、ちょっと特殊な剣で。こうして抜き身のままでいないと、邪気が籠もるからって」
「邪気?」 <この無駄に豪華そうな装飾もいい味出してるなー!
物騒な言葉が出てきた為、ユグドは思わず会話に介入。
これまで何度か呪いの武具と接してきたユグドだが、その壁の剣からは特に禍々しさは感じない。
「ええ。この剣は少々曰く付きで。実はアンリさんがこの武器屋に来たのも、この剣を見る為だったんです」
「すいません。よろしければ、もう少し詳しく話を…… <名前もいいよねー! なんつったってゲイだもの!
やかましいな後ろ! ちょっと黙ってて下さい!」
背後で興奮し続けていたアンリを初対面でありながら一喝し、ユグドは再びコルディックと向き合う。
クワトロの銀剣・雪月花と同じ種類の剣だけに、放置する訳にはいかない。
「これは"銀剣・曼荼羅"と銘打たれた剣です。今から50年前、店を開いて間もない時期にイオの祖父が興味本位で仕入れた、製造国不明の剣なんですよ」
製造国不明――――というと、かなり怪しげに聞こえるものの、50年前は現在ほど流通が整理されていなかった為、当時としては珍しい話ではなかった。
それでも、国産の武具を販売する事が圧倒的に多いマニシェにおいては異質。
イオの祖父をそれを承知で、あくまでも話のタネとして仕入れたようだ。
「なんでも、これまで何人もの使用者を狂わせてきたという剣らしくて。そんな剣、見てみたいとは思っても、実際に購入して使おうとは思いませんよね? だから売れ残って、今もこうして飾りにしてあるんです」
「邪気云々は、イオ殿の御祖父が?」
「そうだよ! おじぃちゃんがね、『この剣は鞘に収めてはならぬ。鞘の中に邪気が溜まり、周囲をも狂わせかねないのじゃ』って言ってた☆」
祖父の科白の部分だけ異様に低い声で、イオが元気よく回答。
それを聞いたクワトロは、顎に手を当て俯いたまま押し黙ってしまった。
使用者を、下手したらその周りをも狂わせるという、物騒極まりない剣。
それと全く同じ種類の剣を持つクワトロの心中は如何ばかりか――――
「っていうか、この剣フツーの剣だし。呪いも邪悪な気も一切ないでしょ」
不意に、ふて腐れたような声でアンリが割り込んで来た。
その手には既にゲイ・ボルグはない。
ラシルから取りあげられたらしく、まるでおやつを取りあげられた子供のように露骨に拗ねていた。
「そういうの、わかるんですか?」
「まーね。一応、その道で食ってる身だし。っていうか天才だし」
自分で自分を天才と呼ぶその女性には、嫌味さが一切生じていない。
態度は不遜なのに不思議なものだと、ユグドは感心すら覚えていた。
「ま、だから工匠ギルドに目ー付けられて、鑑定を依頼された訳だけど。鍛冶師に鑑定依頼すんなっつーの」
「まあまあ、それだけアンリさんの目利きが優れてるって評判なんですよ。武器コレクターとしても著名な方ですから」
「そんな煽てに乗って、指導までするハメになっちゃったワケ」
「イオ、楽しかったっ☆」
要するに、ここにブラン人女性の鍛冶師アンリがいたのは、偶々鑑定に来たついでに武器屋【アノーニモ】の元経営者、現鍛冶師のイオを指導していたから、ということらしい。
その結果、女性の鍛冶師という割と珍しい人物が二人揃った稀有な場面に出くわした訳だが、ユグド達にとっては運の無駄遣いとしか言いようのないほど無意味な幸運だった。
「にしても、わざわざ工匠ギルドが外国から鑑定人を招くとは。随分とその銀剣・曼荼羅とやらは注目されておるのじゃのう」
「あ、いえ。この剣だけを目的とした招待じゃないんです。アンリさんはマニシェ中の『曰く付き』の武器を鑑定して回ってるんですよね?」
まーね、と弱々しい声で返事しながら、アンリは疲労感がうねりを伴ってまとわりつくような溜息を吐いた。
「工匠ギルドがそのような依頼を?」
「そ。えっと……アンタ、名前は?」
「失礼、自己紹介がまだでした。私は……オレはこういう者です」
アンリに対しては普段の一人称で接する方がいいと判断したユグドは即座にそう言い換え、懐にしまっている"名前と職業を明記した印を押した札"を取り出し、それを手渡す。
印はマニャンの職人に依頼して作って貰った独自の物を採用。
つい先日完成し、取り敢えず20札ほど懐に忍ばせてある。
ユグドはこれを『職札』と呼んでいて、主に仕事先で配る事にしていた。
「国際護衛協会『アクシス・ムンディ』交渉士……?」
「ユグド=ジェメローランです。そっちの銀髪の女性はロクヴェンツの龍騎士、ラシル=リントヴルムさん」
「あ、やっぱゲイちゃまの所有者だけあって龍騎士だったんだ! やー、知り合いになれて嬉しいったら!」
アンリはそれなりに偉い身分である事が判明したラシルを、特に敬う事なくケラケラ笑って肩を叩いていた。
かなり捌けた性格らしい。
「で、そっちの渋い中年剣士がオレと同じ『アクシス・ムンディ』所属のクワトロ=パラディーノさんです」
「お初にお目に掛かる」
クワトロはまだ何か思い悩んでいるらしく、普段より表情が堅い。
挨拶が堅いのは普段通りだが。
「そちらさんの武器は……あれ? そこのフツーの剣と同じ?」
「そのようだ。我の剣は銀剣・雪月花という名前であるが。偶然、同じ産地の剣だったのであろう」
「ふーん。ま、フツーの剣にはキョーミないからどーでもいーけど。で、結局アンタら何しにこんな時間に武器屋まで来たワケ?」
ミもフタもない対応だったが、クワトロは特に気に留めない様子でユグドへ目配せし、説明を譲った。
この手の話は交渉士の仕事。
ユグドは一つ頷き、そもそもこのマニシェまで来るハメになった経緯の説明を始めた。
「実は――――」
説明、終わり。
「それは……災難でしたね」
真っ先に同情を示してきたのは、コルディック。
明らかに何らかの事情を知っていそうだ。
「へぇ、1,000人分の武具ってスゴそうですねぇ! ウチにもそんなにはないですぅ☆ 羨ましいなぁ!」
一方、イオはユグド達が困窮している事すら理解していそうにない。
この武器屋に1,000人分の武具を全部売っ払ってしまいたい衝動に駆られたが、ユグドは大人の精神力でそれを押さえ込んだ。
「……」
そして、残るアンリの反応は――――沈黙。
思索に耽っている様子が窺える。
そのアンリの姿を見て、ユグドは確信を得た。
今回アクシス・ムンディを襲った問題、その諸悪の根源が何者であるかを。
「コルディックさん、そこに積んでいる普通の武器の中で一番安いの買います。だから、貴方が知っている事を教えて下さい。こっちの質問に答えるだけでいいです」
「え……?」
「工匠ギルドが今、何をしようとしているのか。オレ達はそれを知らない限り、1,000人分の武具を押しつけられたままになりそうですからね」
苛立たしげにそう吐き捨てた後、ユグドはその怒りの鉾先が間違っている事を自覚し、表情を和らげた。
そして問う。
「どうやら工匠ギルドは、これまでと同じように武具を製造し売買する事を放棄した。その代わりに目を付けたのが、『付加価値』。そうですね?」
ユグドの目には、既に確信があった。
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