アエロの風翼
壊剣ダーインスレイヴ
崩剣レーヴァティン
スットゥングの蜜酒
水晶匙ザストゥン
シルヴグレイプルの手
王剣アロンダイト
エルドフリームニルの深鍋
神盾アイギス
女神の首飾りブリーシンガメン
幻笛ギャラルホルン
龍槍ゲイ・ボルグ
虎斧フランシスカ
鳥弓ガーンデーヴァ
光船フリングホルニ
闇船スキーズブラズニル
魔剣グラム
金環ドラウプニル
「さて……どうしたもんか」
色々あった娯楽国家セント・レジャーへの遠征から四日後。
ユグドはその間、遠征の間に溜まっていた経理中心の仕事を三夜連続徹夜の末にどうにか片付け、久々に自分の時間を得ていた。
本来なら、昼間であっても即座にベッドへ向かうべき状態だが、余りに集中していた為か眠気はない。
そこで、ずっと気になっていた物にまず目を通す事にした。
セント・レジャーで最も偉大な実業家、オサリバン=エスペシャンザから譲り受けたリスト。
記されているのは全て、22の遺産――――かどうかは不明だが、幾らでも金を積めるオサリバンの調査結果である以上、信憑性が高いのは間違いない。
リストアップされている中で、ユグドが知る名称は『水晶匙ザストゥン』『シルヴグレイプルの手』『王剣アロンダイト』『女神の首飾りブリーシンガメン』『幻笛ギャラルホルン』『龍槍ゲイ・ボルグ』『虎斧フランシスカ』『闇船スキーズブラズニル』。
ラシルの愛槍でもあるゲイ・ボルグは、遺産か否かノーヴェも確信が持てずにいたようだが、これで一気に確度が高まった。
ただし、そのゲイ・ボルグを含めた22の遺産のリストに、呪いの効果は全く記載されていない。
名称だけがわかっても、対応策や手に入れたいという動機とは結びつかず、結局のところオサリバンがどんな意図でこのリストを寄越したのか、ユグドは量りかねていた。
敢えてこの中からその意図を探るとすれば、着目すべきは――――『神盾アイギス』と『金環ドラウプニル』だ。
前者は護衛団にとって有意義そうな名称だし、後者は22の遺産を残したとされる邪教集団《ドラウプニル教団》の名称がそのまま使われている。
オサリバンが厚意でリストを寄越したのだとすれば前者、何かしらの考察や解析の手助けを求めてるのなら後者が重要な意味を持ちそうだが、それも浅薄な推察に過ぎない。
考えるだけ時間の無駄かもしれない。
そう思い、リストを事務室の机の引き出しに仕舞い込んだその刹那――――
「イッヤァァァァァァァァァァァァァ! イヤァァァァァァ侵入者よォヤァダァァァァァァ!」
凄まじい音量のウンデカ悲鳴が、〈守人の家〉を揺るがす!
「……な、なんて声出しやがる……なんて言ってる場合じゃないな」
最早自然災害の域に達しているその声に一瞬意識が遠ざかるも、ユグドは即座に緊張感を高め、声のした方を目指すべく事務室を飛び出した。
方向から予測される現場は、会議室。
そこは――――まるで混沌としつつある世界情勢の縮図であるかのようだった。
「トゥエンティ! ユイ! 外に回るのだ! これ以上の侵入を許してはならぬ!」
「あいよ!」
「合点承知にゃ!」
間断なく響き渡る金属の衝突音。
靴が床との摩擦で擦り切れる音。
そして、飛び交う怒号。
アクシス・ムンディの拠点である守人の家の会議室に、既に四人もの襲撃者が侵入していた。
全員がストールで顔の下半分を隠し、短剣を手にしている。
侵入経路は会議室の窓だ。
当然、侵入者に対し無抵抗でいる筈もなく、アクシス・ムンディの面々は混乱しつつも応戦中。
中心となっているのはクワトロで、四人の内二人を銀剣・雪月花で牽制しながら、自身に引きつけている。
「チトル! 窓から入ってこられぬよう護り抜くのだ!」
「承知しましたしょうー! 誰一人ここから入ってこさせませんここー!」
クワトロは剣術の腕も秀でているが、相手との駆け引きも一流。
一振りすらせず、視線の動き、肩や膝の角度の変化、剣先の微妙な揺れだけで複数の相手を同時に牽制。
そうする事で敵の位置を巧みに制御し、踏み込ませないよう、また他のメンバーへ攻撃させないように仕向けてつつ、チトルに指示まで出している。
そんなクワトロとは対照的に、ウンデカは絶叫しながら豪腕を振り回しているが、それはそれで一人を相手に奮闘中。
突然の襲撃にパニック状態になっているらしく、精度など気にも留めないヤケクソの攻撃は当たる気配がまるでないものの、結果的に反撃を許さないほどの連続攻撃となっており、敵も躱すだけで精一杯の様子。
そして、残る一人は――――
「こ、こっちくんじゃねぇーよぉー! 俺様は白兵戦向きじゃねぇーんだよー!」
「私なんで戦闘員ですらないわよ! ちょっとスィスチ、押さないでよ!」
「あーしなんてこの中で一番無能っしょ! 無能が前に出てもいい事ないっしょ!」
醜いほどに盾役のなすりつけ合いをしているシャハト、スィスチ、セスナの三人に呆れているのか、特に何をするでもなくその場に立ち尽くしていた。
一瞬ユグドも同じく呆れそうになったが、そんな余裕をかましていられる状況ではない。
「スィスチさんとセスナさんは奥に逃げて! リーダーはオレとその時間稼ぎ!」
咄嗟に指示を出しながら、アクシス・ムンディ印のこん棒を手に威嚇を試みる。
戦闘員ではないが、仮にも護衛団の一員が襲撃を前に萎縮する訳にはいかない。
勇気ではなく職責をもって、ユグドは拙い戦闘態勢をとった。
刹那――――
「……」
眼前の襲撃者が、ユグドの存在を視認すべく振り向く。
行動そのものは自然だが、目付きは意外にも鋭くなく、襲撃してきた人物のようには見えない。
尤も、武術にまるで縁のないユグドは、視覚的な情報でしか敵意や殺気を判断出来ない為、不自然の域を越えないものだったが――――
「ここまでだ! 撤収!」
外から聞こえて来た襲撃者の仲間と思しき大声が、その全てをかき消した。
余りにも不可解な号令。
だが、クワトロと牽制し合っていた二人も、ウンデカ相手に華麗な身のこなしを見せていた一人も、そしてユグドの眼前で仁王立ちしていた一人も、全く躊躇する事なくその声に従い、統率のとれた動きで窓から飛び出して行く。
「ぬ……」
その鮮やかな引き際に、クワトロは眉間に皺を寄せながらも追跡はせず、その場に留まっていた。
戦闘経験豊かな彼もまた、ユグド同様に疑念を抱いているのは明白。
そしてそれは、先程まで怯えきっていたスィスチも同様だったらしく、寸刻で収まった騒動を怪訝そうに振り返り首を傾げていた。
「一体何なの? あれだけ派手に襲撃しておいて、何もしないで出て行くなんて……」
「うむ。我も盗賊団かと思っておったのだが……」
二人の視線が、ユグドへと集まる。
そのユグドも、今回の騒動が盗賊によるものだと思っていた為、複雑な心境でその視線を受けていた。
五日前、娯楽国家セント・レジャーにてオサリバンの装着する『シルヴグレイプルの手』と握手を交わしたユグドは、その際に金運を盗まれた。
それにより、一度だけ大損をする何らかの事件に見舞われる状態にあり、ユグド本人からアクシス・ムンディのメンバーには通達済み。
これまでユグドには該当しそうな事件が起こっていなかった為、今回の件がそれだと誰もが信じて疑わなかったが――――
「……略奪行為は一切確認出来ず、戦闘にも消極的。これでは目的がわからぬ」
クワトロの呟きの通り、平和な日常が一瞬だけ破壊されたものの、金銭的な大損とは程遠く、これでは『シルヴグレイプルの手』の呪いは該当しない。
ならば、先程の連中は一体何故、守人の家を来襲しに来たのか。
そしてどういった理由で、あのタイミングで引いたのか――――
「お、おい! ハイドラゴンじゃねーのかアレ!?」
「こっち来るにゃ! 多分リュートだにゃん!」
その疑問は、外へ出ていたトゥエンティとユイの声によって、一部解消へと向かう事になる。
窓の外から聞こえてくる、豪快な羽ばたき音もまた然り。
世界でも有数の実力者、"自由騎士"の称号を持つ龍騎士ラシルが現れたとなれば、不法侵入者達が逃げ出すのも無理はない。
クワトロとスィスチは顔を見合わせ頷き合い、ずっと窓を守護していたチトルは緊張感から解放されコロンと床へ転がっていた。
「……」
しかしそんな中、ユグドだけは未だに納得がいっていなかった。
先程の、自分を視野に収めた襲撃者の顔。
下半分が隠れているとはいえ、とてもこの守人の家を蹂躙しに来たとは思えない落ち着きぶりだった。
加えて、先程の撤収号令。
あれはこの国、マニャンの言葉ではなかった。
あの言語は――――
「お邪魔するぞ」
再び思考が阻害されたが、今回は刺激とは程遠い、聞き慣れた声。
先程襲撃者が出ていったばかりの窓から堂々と現れたのは、やはりラシルだった。
「ラシル殿。先程ここを――――」
「盗賊団が襲撃してきたのじゃろう。あの連中は妾が追いかけていた輩どもじゃ。恐らく妾から身を隠す場所を探しておったのだろうな」
上空からある程度事態を把握していたらしく、ラシルはクワトロの質問を先回りして答えた。
いつも自分がしている事をされたクワトロは、やや戸惑いつつも納得したように数度頷く。
つまり、ラシルが追っていた盗賊団が偶々この〈守人の家〉に避難しようと侵入を試み、しかし失敗して再度逃げ出したという訳だ。
ここが武器屋などの店であれば、商品を搬入する為の裏口などがあるだろうが、生憎そのような出入り口はなく、比較的目立つものの正規の入り口よりは虚を突ける窓からの侵入を試みた――――ユグドは一連の騒動をそう解釈した。
「なら助かったって言うより巻き込まれた感じっしょ! 平穏な日常を壊された慰謝料請求したいっしょ!」
「ユイは動いてお腹減った分の食事代を請求したいにゃ! お偉い騎士さんならそれくらい出せるにゃんね?」
何事もなく騒動が収まった事への安堵からか、セスナとユイが普段の軽口を叩き、ラシルへとまとわりつく。
クワトロの指示に従い外へ出ていたトゥエンティも、緊張感から解放され笑顔で戻っていた。
現在、ノアはメンディエタ奪還へ向けて、メンディエタ国内の情報と最新の世界情勢を探るべく、情報屋の多い迷宮国家シェスタークへと遠征中。
また、フェムは故郷である美術国家ローバへ帰ったままなので、現在マニャンにいるアクシス・ムンディのメンバーはこの場にいる八人で全員だ。
「ふむ……」
気安く接するセスナとユイを気怠げに引きはがしたのち、ラシルはその八人全員を一瞥し、そして――――その視点をユグドへと定めた。
「やはり貴様じゃな。ユグド、妾について来い」
「え?」
言葉少なにそう指示すると、ユグドの返事を待たずラシルは窓からヒョイッと身を乗り出し、会議室を出て行く。
素っ気ないというよりも、何か焦っている――――そんな空気が感じられた。
「恐らく先程の連中を追うのだろう。こちらの後始末は我々でやっておく故、手助けしてくるが良い」
「こっちはこっちで、結構大変そうだけど……ね」
家具を壊された様子はないが、土足で踏み込まれた事で床が汚れている。
ただ、それは大した問題ではない。
厄介なのは、半笑いのスィスチがジト目で眺めているその視線の先――――
「もォォォォやだァァァァ! こォォんな怖い思いするならワタシ実家帰るゥゥゥゥ!」
今尚パニック気味なウンデカのアフターケア。
元傭兵王で本来ならクワトロをも凌ぐ戦闘力を持ちながら、精神面が脆過ぎる為、一度ヒステリックになると回復に相当な時間が掛かる。
しかも下手に慰めようと近付けば、見境なく振り回される豪腕の餌食。
「う、ウンデカよぉー。もう敵はいなくなったからなぁー。大丈ブッふぁあーーーーーーーーーっ!」
早速シャハトが顔面に手痛い一発を浴びて吹き飛んでいた。
「わかりました。それじゃ、ちょっとだけ出て来ます」
その様子を見届け、ユグドは半ば避難するようにラシルの後を追った――――
「――――あの連中の追跡じゃ、ない? っとととと!」
その後、空を旋回しながら待っていたリュートに拾われ二人は浮遊。
中立国家マニャンの上空を凄まじい速度で移動する最中、ユグドはラシルから予想外の言葉を投げつけられ、思わず彼女の腰から手を離しそうになった。
「ならオレは一体、何処に連行されようとしてるんですか。まさか散歩に付き合えとか言い出しませんよね?」
「済まぬが、今回は軽口に付き合える余裕がないのでな。時間も余りないし、いきなり本題に入らせて貰うぞ」
「……了解」
先程から一貫してピリピリした空気を発しているラシルに、ユグドも顔を引き締める。
五〇〇年以上生き、今も気ままに生き続ける自由騎士がこれほどの緊張感をまとっている理由。
それは――――
「これから妾達は、かの侵略国家の王城へと向かう」
ラシル、そしてユグドの故郷『要塞国家ロクヴェンツ』の宿敵とも言うべき国――――侵略国家エッフェンベルグ。
そして同時に、先程の襲撃者達とも繋がった。
彼らが号令に使っていた言葉もまた、エッフェンベルグの公用語だった。
「さっき守人の家に侵入して来た連中と関係があるんですね?」
「ない、とは言わん。だが余りそこは気にするでない。寧ろとっとと忘れて、これからの事に集中して貰えると助かるのじゃ」
「……どうにも曖昧というか、具体性に欠けますね。いつものラシルさんらしくない」
「否定は出来んな。確かに妾は平常心ではないやもしれん」
その素直さもまた、普段のラシルとはかけ離れている。
ユグドは三日寝ていない頭を何度も振り、無理矢理活性化させ、彼女の訴えようとしている事に思考を巡らせた。
ロクヴェンツの騎士が焦りを隠せずにいる意味。
緊迫する理由。
考えられるのは――――
「……戦争でも始まるんじゃないでしょうね?」
それは決して、冗談のつもりではなかった。
極論なのは覚悟の上、しかしこれくらいでなければラシルの強引さと焦りに説明が付かない。
「やはり貴様を連れてきて正解じゃったか」
案の定、ラシルは事実上の肯定とも言える返答を寄越した。
嫌な予感は無駄に当たる。
ユグドは引きつりそうになる顔面をどうにか整え、その代わりに最大級の溜息を落とした。
尤も、その息は一秒後には遥か後方へとすっ飛んでいったが。
「まだ始まってはおらぬ。じゃが、一歩間違えばそうなる。そうならないようにするのが、妾と貴様の今回の責務じゃ」
「わかりました。それじゃオレ、今から寝ます」
「……なんじゃと?」
「そんな重大な案件、三日寝てない頭で請け負う訳にもいかないでしょう。到着まで寝て、出来る限り回復させます」
「やれやれ。心強いのう」
今度はラシルの溜息が後方へと飛ぶ。
ただ、彼女の声はようやく、ユグドのよく知る落ち着いた声に戻っていた。
ユグドは宣言通り、移動時間の大半を熟睡して過ごした。
【a masquerade between equally shrewd people ;
WALTZ】
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