デュランダルの戦闘能力を支えているのは、その体幹にあった。
敵が何をしてこようと、自分が何をしようと、まるで軸がズレない。
だから次の行動への移行は常人と比較にならないほど滑らかで、隙がない。
加えて、状況判断の早さ。
仮に初撃が奏功せずとも、次の一手が猛烈に早く、そして速い。
肉体と思考、どちらの瞬発力も群を抜いている。
そのデュランダルに正面から対抗する手立てはない。
例え剣を持たずとも。
剣士だからと言って剣術に特化した修練をしているような人間は、臨機応変が常の戦場では到底生き残れないと、戦争経験者たるデュランダルは熟知している。
だからフェイルは、一点に賭けた。
剣を持たなくとも、デュランダルの攻撃手段は無数にある。
そして、フェイルが反応する間もなく接近するだけの脚力も。
だからこそ――――生物兵器に固執しない。
そう読んだ。
通路の床を蹴る小さい音が、響く間もなく消える。
「……!」
その刹那、フェイルの身体は宙を舞っていた。
そして瞬時に、自分が足を払われたと理解する。
デュランダルが身を低くし高速で接近してきた――――思考の流れはそこへ行き着いた。
「こ……の!」
確証もなければ根拠も薄い。
それでもフェイルは、縦に一回転する自分の身体の安全を無視し、弓を背後へ向けて振った。
二撃目を加えるなら、死角になるそこにいると予測して。
だが弓は空を切る。
デュランダルがいたのは――――フェイルの身体の真上だった。
「……がっ!」
そこから"何かをされた"という感覚しか、フェイルには残らなかった。
恐らくは蹴り――――それくらいの認識しか持てない。
死角どころか意識の外から受けた攻撃は、フェイルの背中に激痛をもたらし、通路の壁まで吹き飛ばした。
まるで武闘家のような身のこなし。
騎士の標準装備である鎧を好まず、今も厚手とはいえ布製の防具を身に付けているデュランダルならではの特性だ。
その装いだけを見れば、およそ騎士らしくない。
しかし彼の据わった眼と佇まいは、それだけで騎士だった。
「……っ」
受け身は辛うじてとったものの、壁に背中を叩き付けられた衝撃で呼吸が詰まる。
ただ、痛みは然程でもない。
手加減したというより、様子を見ながらの攻撃だったとフェイルは判断した。
そもそも、状況的に手加減のない攻撃自体あり得ないのだが――――
「僕が師匠を上回る所があるとすれば、それは師匠の予想しない反撃を繰り出す事……その可能性を摘みにきたって訳だ」
心中でそうボヤきつつ、フェイルは徐に立ち上がった。
こちらから仕掛けても、デュランダルは全ての攻撃に対応する。
だが、向こうの攻撃中ならば、虚を突ける可能性は僅かながらある。
誰でも、自分の攻撃に意識が向いている時は防御が疎かになるものだ。
その可能性を認めた上で、デュランダルは敢えてフェイルに反撃させた。
反撃の余地があるような攻め方をした。
そして、その反撃を軽やかに回避してみせた。
身体ではなく心を折る為の、最初の一手として。
デュランダルの一連の行動から、フェイルは彼のこの戦いにおける指針をほぼ把握した。
同時に、こちらが把握した事を既に悟られているとも。
追撃がないのがその証だ。
矢継ぎ早の攻撃では心は折れない。
絶望は、思考の中にある。
考えさせるだけの猶予を与える事で、確実に心を摩耗させる――――そういう算段だ。
「ったく……悪趣味な」
思わずそう言葉に出し、フェイルはほくそ笑んだ。
ヴァレロンに戻って以来、滅多に見せなくなった皮肉げな笑み。
デュランダルと対峙すると、幼い精神性だった頃の自分が蘇る。
同時に――――飢餓感も。
程なく、デュランダルの次の一手がフェイルを襲った。
やはり生物兵器ではない。
先程と全く同じ足払い。
「……」
幾らデュランダルの身体能力が規格外でも、壁際にいるフェイルとは一定の距離があり、しかも一度見せた動き。
回避は無理でも、身体が浮かないよう重心を下げる事で対応は可能だった。
無論、それがデュランダルの狙い。
そう判断し、フェイルは敢えて足払いを再び食らった。
そして――――
先程と同じように、体勢を崩されながら弓を振った。
今度は背後ではなく、正面に向かって。
「……ほう」
――――声が聞こえた。
感心するような、何処か懐かしいような、そんな声だった。
壁際での攻防。
ならば壁を利用するのが自然。
足払いで宙に舞った刹那、フェイルの脳裏を過ぎったのは"壁を蹴ってその場を離脱"だった。
それは読まれる。
だから、壁を蹴って前方へ離脱しようとしたフェイルを待ち構えているであろうデュランダルに向かって弓を振った――――が、それさえも余裕で回避された。
そういう状況にあると、デュランダルの声は報せてくれた。
同時に、顎を強烈な衝撃が襲う。
しゃがんでの回避からのアッパー。
フェイルの顔は強制的に跳ね上げられ、視界は天井へと向けられた。
一手先を読んでも、まるで話にならない。
これまでの相手に通用していた戦法・戦術がいとも容易く葬られる。
『接近戦が出来る弓兵』というトリッキーな特性も、最初から露呈している上に攻撃スタイルまで熟知されている。
絶望的な戦力差。
覆しようのない才能と経験の差。
たかが二度の攻防で、デュランダルはまざまざとそれらを見せつけてきた。
この制限だらけの戦いの中で。
「……ふぅ」
本来なら床に倒れるところを、背後の壁が支えてくれた。
口から血が溢れる――――という事はない。
アッパーを貰う寸前、歯を食いしばっていたから。
フェイルもまた、デュランダルの実力を誰よりも熟知していた。
どんなに虚を突こうとしても、上手くいかない可能性が高い事も。
だから、全ての行動において反撃を食らう用意は出来ていた。
故に――――
「お前を壊す事は容易極まりない。お前を壊さずに制するのもそう難しくはない」
前を向く。
相手がデュランダルでも、前を向ける。
既に思考は、彼をどう欺くか――――その一点に集中していた。
「だが、壊れながら戦うお前を壊さずに手に入れるのは……こうも厄介なものなのか」
デュランダルの声に、消耗の色彩が見えた。