根拠は二つあった。
この戦いを含め、既に見せている生物兵器による打撃――――デュランダルにとって、それが本意のものではないという根拠は二つほどあった。
一つは、デュランダルが剣士である自身に誇りを持っている事。
決して扱い易くないオプスキュリテという剣を愛用しているのが、その証だ。
オプスキュリテは、曲線のみで設計された左右非対称の剣。
デュランダルはこの剣を、自分専用の一振りとして職人国家マニシェの名工に一から作らせた。
使用した金属はマニシェの鉱山でしか採取できない希有な物で、研ぐ為にも特別な道具が要る。
維持費も含めた全ての費用を算出した場合、王都に豪邸を建てる額に匹敵するという。
王宮にいた頃、フェイルはその事を本人の口から聞いていた。
それだけ剣に拘る人間が、剣士である事に拘らない筈がない。
だがデュランダルの右腕に宿った生物兵器という力は、剣術と何も関係ない。
彼にとって本意の力である筈がない。
デュランダルは誇り高い剣士。
そしてこれは、自分の目的――――自分の欲の為の私闘。
ならば、決定打となる一撃を生物兵器に委ねる事は決してしないと、フェイルはそう判断した。
そして、もう一つは――――
「ぐ……っ!」
デュランダルの繰り出す左拳が、的確にフェイルの右脇腹を貫く。
一瞬、全ての思考と行動力を奪われる、そんな攻撃だった。
だが、どれだけ『なんでも出来る』人間でも、専門と専門外とでは全く違う。
密度が違う。
意識が違う。
デュランダルの肉弾戦における戦闘力は十分に高いが、剣を持った彼と比較すれば、絶望的な戦力差ではない。
フェイルは息が詰まるような鈍痛をそのままに、眼前の彼に向けて弓を振り、そのスイングの力をそのまま利用して左側の床へ向かって転がり込んだ。
そのまま転がり――――四回転目で立つ。
地に伏し転がりながら遠ざかるフェイルに対し、デュランダルは追撃する事なくその場に立ったまま、横目でその動きを見ていた。
「……弓での打撃は精彩を欠くな。鋭さがない」
この一言を言う為に追撃を控えたのか、或いは他に意図があるのか――――フェイルには判断が付かなかった。
「弓矢による接近戦を実用化の水準にまで引き上げたのは、恐らく世界中でもお前以外いないだろう。だが、その弓は接近戦にはまるで向いていない」
「かもね……」
「何処で手に入れた」
表情に険しさは宿らない。
しかし声には――――これまでにない類いの鋭利さがあった。
「貰い物だよ」
「アバリス=ルンメニゲからか」
「……」
この件について、デュランダルが演技をする理由など何もない。
つまり、デュランダルは事実を知らない。
フェイルにこの弓――――ユヌシュエットアルクを預けたのは、彼の命令ではないという事になる。
その事実は、フェイルにとって歓迎出来るものではなかった。
尤も、逆だったとしても同じだが。
「お前が去った後、騎士団を含む軍全体で大幅な再編があった。宮廷弓兵団は解散し、騎士団も全て【銀朱】に統合された。その事は?」
「……後者は初耳だよ」
弓兵団の解散には、人知れず心を痛めていた。
それが時代の流れであり、フェイル自身が痛感していた事。
もう弓矢の時代ではない――――そう国家単位で判断された事は、自分や育ての父の人生を否定されたような気にさせられた。
一方、騎士団の統合については知らなかった。
というより、そもそも【銀朱】以外の騎士団が機能している認識がなく、ガーナッツ戦争でも目立った戦果はなかった為、それでも存在し続けている時点で形骸化が既定路線だとばかり思っていた。
比較的権力の弱い貴族等が『自分達も国防に参加しているぞ』と内外に示す為、自分達の息のかかった人間を所属させ、責務を果たしている事にしている――――といった具合に。
だが、【銀朱】はそんな集団ではない。
剣聖ガラディーン=ヴォルスと銀仮面デュランダル=カレイラを中心とした、生粋の戦闘集団。
国防の中核を担う、国内最強軍だ。
その再編が、大きな軋轢を生んだのは想像に難くない。
「でも、師匠がその再編を見越して暗殺部隊を作ろうとしていたのは、わかるよ。物騒な部隊だけど」
フェイルには知る由もなかったが、【銀朱】副師団長の立場にあるデュランダルならば、軍再編の動きが容易に察知出来たのは間違いない。
だからこそ、そのタイミングでより動かしやすい部隊――――それも秘密裏に動かせる部隊の設立を目論んだ。
そう考えれば筋は通る。
「暗殺部隊といっても、暗殺だけが仕事ではない。実質的な工作部隊だが、その任務には暗殺も含まれる。なら暗殺部隊とした方が余程潔い」
「師匠らしいね。それで、その暗殺部隊は結局どうなったの?」
デュランダルの目論み通りなら、その隊長をフェイルが務める筈だった。
しかし今は――――
「生憎、俺に内情は知り得ない。俺の管轄ではないのでな」
「……え?」
発起人であるデュランダルの部隊ではない。
その発言は、フェイルの頭に混乱を呼んだ。
「だがある程度なら、動きは把握している。今回の騒動に深く関わっている事もな。半ば試運転……寧ろ宣伝目的といったところだ」
「宣伝って……ちょっと待ってよ。それってもしかして外部の部隊って事?」
「そうだ。軍の管轄ではない。無論秘匿された部隊だが、万が一『国家が暗殺部隊を運用している』と他国に知られれば当然厄介事に発展する。だが外部との契約ならば抜け道がある」
「抜け道、って……どっちにしたって暗殺部隊と契約なんてしてたら非難は免れないんじゃ……」
「他国とも契約している暗殺部隊だとしたら? それも、複数の国とだ」
そのデュランダルの言葉で、彼の言わんとしている事、そして何故この場でこのような述懐を行っているのか――――その意図に気付かないほど、フェイルは鈍感ではなかった。
「スティレット=キュピリエ――――」
「先程のあの女がそう陛下を唆した。結果、俺ではなくあの女がエチェベリア国の暗殺部隊を率いる事になった」
何故、スティレットがヴァールのような暗殺技能を持った人物を右腕として置いているのか。
勇者計画や花葬計画の首謀者の一人となり得たのか。
トライデントがスティレットに付いていたのか。
数多の線が、一本で繋がった。
「そして、その部隊には再編によって居場所を失った元兵士も数人、含まれていると推察される。クレウス=ガンソ、トライデント=レキュール、そして……」
「アバリス隊長」
元宮廷弓兵団隊長。
フェイルにユヌシュエットアルクを預けた人物。
そして――――今、この院内にいる事を視認した狙撃手。
「僕の心を折るって……こういう事なの?」
自分の表情がどの感情を示しているのか、それさえもフェイルは見失いつつあった。