封術士は元々、魔術士の中にあって特異な存在だった。
魔術を『事業』と捉えた場合、魔術事業における需要の大半は攻撃魔術であり、攻撃魔術を使用出来る事、若しくは攻撃魔術を研究・開発出来る事が魔術士としての価値だったからだ。
封術士は攻撃魔術とは無関係の存在かというと、決してそうではない。
元々、封術士の専門分野は攻撃魔術の防御――――結界魔術だったのだから。
更に歴史を遡れば、魔術を封印する事、魔術士の魔術を使用不可にする事が出発点だったと言われている。
これはある意味、当然の事だ。
攻撃魔術が国内外を問わず驚異的な火力として周知されれば、それを使用する者や組織の敵勢力がそれを防ぐ術に腐心するのは必然。
開発された新しい攻撃魔術に対し、それを無効化する研究・開発が行われ、更なる攻撃魔術が生み出され――――その切磋琢磨があってこそ、現代魔術の基盤がある。
だが何時の時代からか、魔術および魔術士封じの専門機関はデ・ラ・ペーニャから消え、魔術対策は結界で一括された。
それを開発するのも、攻撃魔術の研究者達の仕事となった。
開発者が最新の攻撃魔術に関する知識を有している方が、よりスムーズに結界の開発を行えるという理屈だ。
研究・開発機関の一本化は、開発のスピードをより速める事に成功し、大きな成果をあげた――――と大々的に発表され、時の教皇は称賛を浴びた。
施策に間違いはなかったと。
魔術国家である以上、魔術開発は公共事業であり、政策の柱でもある。
その成功が国民からの支持に繋がるのは必然だった。
結果的に、封術士は居場所を失った。
彼等は自分達の生きる術を模索すべく、空間の封印を主軸とした『封術』という新たな分野の研究を進め、一定の存在感を示すことに成功。
ただしそれは、国家プロジェクトとは程遠く、魔術国家の片隅でひっそりと役割を担うポジションの確立が精一杯だった。
その為、彼等がどういう研究を進めているのか、大半の魔術士にとっては関心外だった。
当然、教会も関与しない。
大学などの研究機関も、封術という分野を取り扱う事はまずない為、ひっそりと、本当にひっそりと封術は進化を遂げていた。
魔力由来のものを物質内に封印する技術も、その進化の過程で生まれた一つ。
例えば、特定の金属に攻撃魔術を固定化させ、武器に魔術を付与する――――といった技術は既に存在していたが、物質内への封印と解放は全く用途が異なる。
封印する事で完全に隠せるのだから、例えば手で掴める大きさの鉱石の中に魔術を封印しておき、その解放を意のままに行えるのなら、魔術を使えない人間でも魔術を放つ事が可能となる。
少ない人数で、それでも封術士達は知恵を搾り、生き残りを賭け日々試行錯誤に明け暮れた。
しかしどうしても資金が足りない。
そんな彼等の私情と行き詰まり、そして技術に目を付けた者がいた。
魔力由来のものとして、ルーンの封印は可能か。
封印したルーンを確実に確認出来る方法で解放出来るのか。
封印状態の定期確認を含め、管理出来る人材はどれくらいいるのか。
幾つかの精査を経て、魔術国家の隣国であるエチェベリアにおいて、封術は国家機密――――他国の弱味となり得る無数の情報を完璧な安全性で保管する方法を得た。
「唯一の懸念は、情報漏洩によって何者かが『管理者』まで辿り着く事、ですな。よって国家は、その可能性がある国内の人間を常に照合し、情報を記録・保管しているのです」
徹底した情報管理。
それは、然したる特徴のない国家と揶揄されているエチェベリアにおいて、ある意味では最も色濃い特色とも言えた。
「少し話が逸れましたな。最早説明不要でしょうが、時の封術士達は生き残る為の資金を得るべく、エチェベリアの情報管理に一役買いました。自らを機密封印の贄として、体内に夥しい数のルーンを封印したのです。そうすれば、万が一何者かがこの事実を知り、管理者に辿り着いたとしても――――」
クラウの声が一瞬沈む。
しかしそれは、風による炎の揺らめきと同じだった。
「――――死亡する事で闇に葬り去る事が可能ですから」
現実に、このような複雑な方法で情報を保管していると気付く者はまずいない。
それでも、リスク管理は決して怠らない。
この情報管理方法は、情報の原本を手放す事が前提。
バックアップの管理が目的ではないのだから当然だ。
つまり、世界を揺るがす秘密を、一人の封術士が全て背負う状態となる。
背負えない、耐えられないと訴える者もいた。
精神面の負担が肉体に悪影響を及ぼし、寿命を縮めた者もいた。
「その繰り返しの中で、多くの封術士が犠牲になり……現在の方法が確立されたのですな」
「なら、今は此方の身体にその情報が封印されてるんだね」
察しの良いアルマが、それを気付かない訳がない。
クラウは首肯する事で、無自覚の嘆息を抑えた。
「封術士は混沌の中、『記憶の封印』という技術を発明しました。知らなければ漏洩しようもなく、負担を強いられる感覚もありませんからな」
故に、アルマには記憶がない。
自分の中に夥しい数のルーンが眠っている事も。
この国の命運を握る存在である事も。
今、クラウがその事実を伝えるまでは。
「しかし、やはり何事にも完璧などないのでしょうな。どれだけ上手くやっても、嗅ぎ付ける者は出てくる。恐らく、先のガーナッツ戦争が原因ですな。予想通り、金になる事に対し異常な嗅覚を持つ人間でしたか」
スティレット=キュピリエ。
その女性の顔が、アルマの脳裏に浮かぶ。
「アルマ様は、ガーナッツ戦争についてご存じですかな?」
「えっと、確かこの国が勝ったんじゃなかったかな」
当時まだ幼かった上、ずっと地下で暮らしていたアルマにとって、僅か十日足らずの戦争に実感などある筈もない。
クラウは微かに口元を弛ませ、首を――――縦に振った。
「完全勝利ですな。我が国は勿論、デ・ラ・ペーニャの被害も最小限に抑える事が出来ました。この国にとって、あの戦争の勃発は実のところ最悪の出来事だった故に」
「そうなの? 封術士がいなくなっちゃうからかな」
「その通りですな。残り少なくなった封術士の生き残りが、魔術国家内にどれほどいるのかは定かではありませんが、少なくともゼロではないと考えられます故、もし戦争でその貴重な人材が失われる事になれば、これ以上ない自業自得。だからこそ――――」
「あの戦争は早々に終結したンだね。いや、せざるを得なかったのかな?」
足音も気配も一切ない。
クラウでさえも、接近に気付けない。
「だから、デ・ラ・ペーニャにとってもこの国にとっても重要なカードを一枚切ったんだ。当時の教皇……ゼロス=ホーリー立ち会いの下にネ」
諜報ギルド【ウエスト】ヴァレロン支部の支隊長代理、デル=グランライン――――
「ボク如きは警戒に値しないと思ったかい? ヴァレロンの……いや、スコールズ家の亡霊サン」
その歓喜に満ちた顔は、狂気を手招きしていた。