室内にいるのは、全部で四人。
その全員を熟知している訳ではなかったが、それでも――――デュランダルはこの集まりが異常であると即座に判断した。
そして同時に、自身の上司がもう後戻り出来ない場所にいる事を完全に理解した。
「私が探していたのは、奴ではありませんよ。既に別れは済ませています」
「ほう……だが彼は指定有害人種ではなかった。お前の狩りの対象ではないだろう」
「ええ」
銀朱師団長ガラディーン=ヴォルス。
副師団長デュランダル=カレイラ。
二人が睨み合うのは、エル・バタラ以来。
しかしあの時とは全く違う。
両者に意思の疎通はない。
「あらぁン♪ この最後の最後に、最高のゲストが登場ねン♪」
本来なら到底入り込める空気ではないが――――それを理解しつつ、スティレットは堂々と割って入る。
不敵な笑みさえ見せず、普段の揚々とした顔付きで。
「丁度良かったじゃないの、オジサマ。わざわざ標的が自分から来てくれたんだからン」
その顔のまま、彼女の声は深く沈んだ。
「……良いんですか?」
「無論。そういう契約でもある」
リジルの言葉に一つ頷き、ガラディーンはゆらりと剣の柄に手を添えた。
「フェイルが目的でないのなら……狩りの対象は彼女。そうだな」
「その通りです。スティレット=キュピリエ……指定有害人種である彼女は、私の獲物ですので」
「ならば、彼女の護衛として契約している某は、お前を止めねばならぬな」
まだ殺気の膨張はない。
お互いの睨み合いは、牽制の域でさえない。
単なる会話だけが、絡み合わず流れていく。
「おいおい……勘弁してくれよ。まさかここでやり合う気か?」
一人沈黙を守っていたカラドボルグが、微かに掠れた声で制止を試みる。
彼にとって、この状況は余りに好ましくない。
この場で目的の全てが崩壊してしまいかねない、最悪の事態とさえ言える。
高稀なる死。
そんなものは詭弁に過ぎない。
今、ここにいる『最も死から遠い人間』に捧げる為だけの。
「カラドボルグ=エーコードか……貴様に用はない。巻き添えで死にたくなければ出ていけば良い」
「おいおい。俺はこの病院に招かれてる医者だぜ? 出ていけと言えるのは俺の方だろ」
「お前が指定有害人種について調べ回っていたのは知っている」
「!」
自身の行動が露呈していたのは、特に問題ではなかった。
今この場で、口にする必要のないその情報を敢えてデュランダルが口にした事。
それが何を意味するのか――――
「その女に死をくれてやりたかったようだが、諦めろ。最早、医学でどうにかなるものではない」
答えは次の瞬間に出た。
普段の飄々した表情は影を潜め、カラドボルグの眉間に亀裂にも似た皺が刻まれる。
致命的だった。
ここで暴かれてしまうのは、
「……あら。ボルグちゃん、そういうつもりだったの」
「待て! 早合点するな! 俺は――――」
「いいのよン。あたしの為を思っての事……なんでしょ?」
「ぐ……!」
理解を得られる事などないと、カラドボルグは知っていた。
当然だ。
例えどのような理由があっても、殺すつもりだと言われて心を開く者はいない。
死ねない身体。
生物兵器に深く浸食された人間は、時にそういう性質を得る。
それは人類の夢の頂点たる――――
「不老不死、には程遠い」
カラドボルグの心の声を代弁するように、デュランダルは告げる。
その声は今までより一層に冷酷で、仮面から発せられた怨霊の言葉のようだった。
「そこに生物兵器の生みの親がいるようだが……そうだな?」
「生みの親とまでは言えませんよ。あくまでスタッフの一人です。そして、貴方の発言を僕は肯定も否定も出来ません。まだまだデータが不足していますから」
「その指定有害人種……『不死者』または『不死者となり得る者』のデータをどうするつもりだ? 何処ぞの国にでも売るのか?」
「さあ。結論は兎も角、生物兵器の担い手の一人として、このデータを集めない訳にはいかないってだけです。まあ……僕自身、ずっと追い求めていたテーマではありますし」
少年の姿をした彼の言葉は、軽やかに重い。
かつてドラゴンゾンビなる怪物を開発し、実際形にした経歴も含めて。
「いずれにしても、ここに貴方を歓迎する人間はいないと思いますよ。僕は指定有害人種のデータを欲しい。スティレットさんはこのメトロ・ノーム及びアルマ=ローランに収納された『世界の恥部』が欲しい。カラドボルグさんは……今貴方が暴露した通り。そして――――」
最後の一人をリジルが示す前に、その男は自らをもって己の立場を誇示した。
それは――――殺気と呼ぶには、少々纏まりすぎていた。
極限まで磨き上げた殺気は、なめらかな宝石のように気高く美しい。
しかしそこには、ただ綺麗なだけではない、人間の業と欲が渦巻いている。
室内に風が吹き込むかのように、ガラディーンの殺気は周囲の様相を一変させた。
エル・バタラ一回戦でデュランダルと対峙した時とは質が違う、より剥き出しの高揚。
彼の標的は、直属の部下にして後継者――――デュランダル。
それは数年前からずっと変わらない。
「スティレット殿。ここを出てビューグラス殿の元へ向かうと良い。そろそろ"結果"が出ている頃だ」
「いいのン? 扉を空けようとしたら後ろからグサって刺されるのは御免よン」
「心配は無用。その際は某の剣が奴を貫く」
答えにはなっていなかったが、スティレットは満足げに微笑む。
歪んだ微笑ではない。
彼女は、この状況に喜の感情を抱いている。
実際、スティレットにとっては理想的な展開だった。
この場でデュランダルとガラディーンを向き合わせる事が出来たのは。
「他の二人は好きにするが良い。見学も一興、退場も一興」
「フザけんなよ剣聖殿。俺は医者だぜ? アンタ達猛獣のじゃれ合いに構ってたら身が持たねーって」
「その呼び名は適切ではないよ、若き医師。生憎、某は――――」
刹那。
その場にいる全員――――スティレットやデュランダルも例外ではない。
「"まだ剣聖ではない"」
全員が、ガラディーンの貌に戦慄を覚えた。