- Lulu's view -
エチェベリアと言う国にある薬草店【ノート】には、少々不穏な噂が立っていた。
なんでも、店主フェイル=ノートが、幼女を店に連れ込み、いかがわしい行為に
没頭しているのではないか――――と言う容疑だ。
それを受け、同店のある大都市ヴァレロンでの商いを統括している商業ギルド
【ボナン】は、諜報ギルド【ウエスト】に調査を依頼した。
それを受け、【ウエスト】はフェイル=ノート容疑者(18)を
幼女とチョメチョメの罪で監獄へブチ込むべく、監視役として
リュリュ・ミントアーク(17)と言う諜報員を派遣した。
リュリュはまず、身辺調査を行った。それが基本であり、同時に一番簡単だからだ。
そう年齢の近い師匠に教わった事を思い出し、聞き込みを行う。
怪しまれないよう、花売りに扮し、花を売る傍らで情報を集める事にした。
「あらあら、可愛いお嬢さんねえ。お花? ええ、頂くわ」
「むう、こんな可憐な嬢ちゃんが働く姿は実に胸を打つ……いいだろう、10束買うぞ!」
何故か、花売りの方がはかどった。
ちなみに――――リュリュ・ミントアークは生物学的に分別するならば、
確実に間違いなく絶対的に「男」である。
だが、初対面の人間にそう認識されたことはない。
愛くるしい眼。
柔らかくと整った眉。
軽やかに巻いた睫毛。
適度に筋の通った鼻。
あどけなく、微かに艶のある唇。
肩まで伸びた髪。
5歳ほど年齢を低く間違えられる身長。
風が吹けば折れそうな、華奢な体つき。
そして、ミントの香りのような、弱々しく可愛らしい声。
リュリュ・ミントアークは男。でも、みんなが女と思っていた。
けれど、そんな周囲の不理解にもめげず、リュリュは健気に調査を進めた。
生計を立てるのが困難と言われる花売りで何故か二ヶ月分の生活費を溜めた頃、
薬草店【ノート】に関する重大な情報が顕になる。
「そういや、あの店にはよく幼女が出入りしてんな。あと猫も」
いかにも軽薄そうな剣士のそんな発言に、リュリュは両手を上げバンザイをした。
決定的証拠。
しかも、獣とまで姦しくやっている可能性が浮上した。
これは重大犯罪。
もし立証できれば、リュリュは出世街道にその足を踏み入れる事もできるかもしれない。
まだギルドに所属して間もないリュリュは、諜報ギルドの派閥の波に翻弄されて
挫けそうになっている最中で、師匠とであった。
人格的には兎も角、腕は確かなその師匠の下で学び、今がある。
後は、直接店へと入り、決定的瞬間を抑えるだけ。
もし幼女が中にいなくても、当の本人である店主を誘導尋問すれば、
証拠を掴む事が出来るだろう。
リュリュは師匠に感謝しながら、客を装い【ノート】へと入った。
「いらっしゃいませ! お一人様ですか?」
何故か人数を確認された。
そして、何故か従業員はメイド姿だった。
しかも、どういう訳か男だった。
男のメイド姿――――リュリュは、まるで鏡を見ているかのような気分になる。
しかも、ここは薬草店。
何故薬草店に男のメイドが?
当然、リュリュは混乱した。
同時に、師匠の教えを思い出す。
『予測外の事が起こったら、全く違う角度でその物事を考えるの! わかる?
常識に囚われてるから、混乱なんてするのよ。逆に考えるの。それがさも
当然であるって考えるの。そうすれば、自ずとその理由も明らかになるってもんよ。
あれ? 今私良い事言った? 凄く良い事言った? うふ、また言ってしまったのね。
さすが私。これだから私』
そんな事を言っていたので、それに従い、リュリュはこの店に『薬草店に男メイドが
いる事は当然である』と考えた。
幼女に悪戯している疑惑のあるこの店。
当然、店主は変態だ。
なら、従業員が変態でも何ら不思議はない。
「お客様、どうされました? な、何か問題が?」
リュリュは納得し、首をふるふると横に振る。
そして、その際に看板のような物が目に入った。
そこにはこう記されている。
『幼女に慕われている薬草屋さん』
――――確定だった。
「ところでお客様! お客様はとってもかわいいですね!」
そして、次の瞬間には自分が危機的状況に陥っている事を自覚する。
ここは変態の棲む店。
リュリュは、自分に向けられている目が、加害者のそれであると認識した。
「もうすぐ店主さんが来ると思うから、暫く待っててくださいね」
幼女を手篭めにする変態店主が訪れる――――
完全に貞操の危機だった。
男なのに。
でも、目の前の男メイドから『可愛い』と言われた事で、もうそんなのは関係ない
と言う気がしていた。
リュリュは恐怖で動けない。
いまだかつてない危機に、足はガクガク震えていた。
「店主さん、とってもいい人だから、色々教えてくれると思いますよ」
色々――――そんな言葉に、リュリュは戦慄を覚える。
一体、何を教え込まれてしまうのか。
「きっと、とっても身体に良い物を教えてくれますから!」
本当に、何を教え込まれてしまうのか。身体に!
「あれ? どうしたんですか、顔色が……え? 帰る? でも……あ、えっと
毎度ありがとうございました、またのご来店を〜」
リュリュはプレッシャーに負けた。
看板はかなりの有力な証拠だが、当人へのアプローチが出来ず、
決定的な証拠を得るには到らなかった。
リュリュは泣きながら走る。
いつか必ず証拠を――――そんな決意を胸に。
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