- Lulu's view -
そんな決意が胸焼けを誘発し、暫く寝込んだある日の事。
「くっふっふ。苦労してるようだねー、りゅんりゅん、どんな仕事やってんのかい?」
リュリュの元に、師匠が現れた。
彼女の名は、ラディアンス=ルマーニュ。
勿論、本名ではない。
何しろ情報屋なのだから、本名を他人に知られる等と言う事が起こり得る筈もない。
もしそんな事を許してしまうような情報屋がいるとすれば、
それはゴミだ。
クズだ。
アリにも無視される何かの死骸だ。
リュリュは外見とは裏腹に、そんな戒めを自身に課していた。
尚、当然ながらリュリュも偽名。
本名と言う名の真名は、生涯隠し通すつもりでいる。
「くしゅん! うー……風邪移った?」
こんな短期間に移る筈もないし、そもそも風邪ではなかったが、
リュリュはわざわざ心配して駆けつけてくれた師匠を立て、
敢えて指摘する事はせず、仕事上の悩みを打ち明けた。
「……へ? 【ノート】の店主に幼女チョメチョメ疑惑?」
ラディアンスは明らかに動揺していた。
聞けば、彼女はフェイル=ノート容疑者と知り合いとのコト。
しかしながら、そのような素振りは見せた事がないと言う。
それは、師匠が大人の女性だからですよ、と言うリュリュの指摘に
暫く悶絶した後、ラディアンス師匠は真摯に助言をし、リュリュの元を去った。
その助言とは――――
「良い? りゅりゅりゅ。幼女に目がない男は、嗜虐的な性質を持ってんのよ。
根拠? そんなのちょーっと考えればわかるじゃん。苛めたい→弱い相手→幼女。
これ決定事項だから。反論は一切受け付けないから。で、そんな相手を御用に
するにはですよ、その嗜虐性を逆に利用してやんの。知的でしょ?
そう言うやり方を積み重ねて行くと、一流の情報屋って呼ばれるようになんの。
私? ふっふ、私を一流程度の器で収められるなんて思わない事よ。
私は奇跡の情報屋。でもそれも過去の話だぜ。今の私は……聖なる情報屋。
冒険の最後の方で超強い武器の情報をシュッと教えるような、そんな情報屋なのよ!
え? それはわかったから早く具体的な助言を? ったく、りゅりゅんりゅりゅんは
せっかちよねー。ま、いーわ。耳の穴をくぱぁして聞きなさい。それは――――」
それは。
「あ、リュリュ様ですね。御注文頂いていた服、完成していますよ。
ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
――――囮作戦だった。
女を囮に使い、フェイル容疑者を誘い出して、悪戯してきたところで
御用にすると言う、極めて単純かつ明瞭な方法だ。
嗜虐性など何処にも利用されていないが、ただ単にカッコいい事を
言ってみたかっただけだろうと言う推測は容易に成り立った為、
深く考える事はなく、今に至る。
だが、流石のリュリュも、素で幼女役は無理。
そこで採った方法が、幼女に見せる努力をする、と言う、いかにも真面目な
リュリュらしいアプローチだった。
まずは、大きめの服を仕立てて貰い、それを着て、身体が小さい事をアピール。
袖の先から指が見えるか見えないかくらいの状態でいる事がポイントだ。
更に、頭には頭より大きなリボンをつけ、相対的に顔と身体を小さく見せる
高等技術も披露。
リュリュは見事、幼女に化けて見せた。
そして――――意気揚々と、薬草店【ノート】を訪れる。
師匠のラディアンスは、色々あって【ウエスト】を辞めたらしいが、
自分は【ウエスト】で伸し上がるつもりでいる。
この依頼を果たす事で、その足掛かりを作る――――そんな野心を胸に、
扉を開いた。
「いらっしゃいませー。フラワーショップ【ノート】へようこそー」
薬草店は花屋になっていた。
そして、店員は幼女だった。
花売りの幼女。
それは、少し前に自分が身辺調査として扮していた姿と被る。
ただ、目の前の幼女は、明らかに自分より幼女だった。
負けた――――そんな敗北感が、リュリュに圧し掛かる。
無論、別にリュリュは幼女化を目指している訳でも、花屋の最年少記録を
狙っている訳でもないのだが、いつの間にか扮装に完璧さを求めてしまっていた。
真面目なので仕方がない。
狼狽するリュリュを余所に、店員の幼女は邪気のない笑顔で接客を試みてくる。
だが、リュリュはそこに活路を見出した。
花に関しては、かなり知識を蓄えている。
扮装するにあたって仕入れていた情報を元に、薀蓄を披露し、主導権の
奪還を狙う。
「ふえー、すごいです。お客さま、かしこいんですねー」
幼女の店員は尊敬の眼差しを向けてくる。
それに対し――――リュリュは、萌えた。
それはもう、萌えて萌えて燃えカスとなった。
情報屋として、若き身で社会の暗部を幾度となく見て来たリュリュは、
世の中は穢れているものだと、半ば達観していた。
師匠もまた、そう言っていた。
その為、純真な眼差しに免疫がなかった。
心臓が軋む。
顔が火傷する。
それは恋だった。
幼女にちょっかい出す薬草店の店主をしょっぴこうとやって来たリュリュは、
結果的に幼女を愛してしまった。
この出来事は、その遥か未来に使われる『幼女もどきが幼女になる』と言う
諺の語源となるのだが、それはまた別の話。
兎に角、リュリュは幼女にときめいた。
「あら、可愛いお客さん。いらっしゃい、ゆっくりしていってね」
そんな中、他の店員も姿を見せる。
幼女ではなく、同世代の女性だった。
リュリュは適当に相槌を打ち、幼女との会話を優先した。
――――日が、暮れる。
「今日は貴女が一日中いてくれたお蔭で、お客様が沢山来てくれたみたい。
やっぱり、可愛い女の子がいると、雰囲気が良くなるのかな?」
もう一人の女性店員が満足げに本日の売り上げを数える中、リュリュは
一日中、幼女との会話を探していた。
この世代の子は、どんな事に興味があるのか。
今、巷では何が流行っているのか。
幼女の飼っている猫の好きそうな食べ物は何か。
情報屋としての経験を全て注ぎ込んで、リュリュは丸一日、幼女との
会話を持続させる事に成功した。
その結果、名前も聞き出せた。
ノノ。
なんと言う、なんと言う愛狂おしい名前なんだろう――――リュリュの胸は
極限まで高鳴り、そしてかつてない多福感に満たされた。
結果――――幼女チョメチョメ疑惑のある薬草店に幼女がいたと言う
極めて犯罪性の高い状況は、あっさりと見過ごされた。
一方、リュリュは花屋を目指す事にした。
世界一の花屋を。
そして、ゆくゆくはフラワーショップ【ノート】を買収し、そこで
ノノと暮らし、子供に囲まれて生きて行く。
そんな夢を、描いた。
二日後、フラワーショップ【ノート】はなくなった。
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