- Lulu's view -
これまでのあらすじ。
女みたいな顔の少年情報屋が、諜報ギルドを立ち上げた。
情報屋にとって、諜報ギルドに属するのは守りに入った行為だ。
1匹狼こそ情報屋の生きる道だと信じて止まない者は多い。
彼らにとって、諜報ギルドとはぬるま湯そのもの。
組織に守られて、組織にお膳立てされて情報を集めるなど、
子供が大人に支えられてヨチヨチ歩きをしているようなものだ。
リュリュも、そのような風潮は知っていた。
だが同時に、諜報ギルドの強み、諜報ギルドならではの
社会的貢献についてもよく知っていた。
リュリュにとって、情報屋とはカッコよくあるべき存在。
同時に、依頼人の役に立つべき存在でもある。
師匠ラディアンス=ルマーニュも度々口にしていた。
『長いものにはね、巻かれてちゃダメなんだー! 長いものはね、
長いものはね、長いものはね、縦幅のあるでっかい正方形で
覆ってやりゃいいのよへっへーーーーーー!』
悪酔いした師匠の、恐らく本人は一切覚えていないであろう
発言に、リュリュは感銘を受けた。
それがずっと、リュリュの心の奥底にこびりついていた。
そして今――――そのでっかい正方形が、リュリュの目の前にある。
街外れにある、腐りかけの馬小屋。
すでに馬は全て引き払っており、残されたのは大量の飼い葉と排泄物。
リュリュは何日もかけてこれらを掃除し、オンボロ小屋に
木造のカウンターと椅子、そして看板を作った。
看板に書かれた文字は――――
諜報ギルド『ノノアルマデュポール』。
リュリュが心を奪われた人たちの名前だ。
リュリュにとって、彼女たちの存在は今尚特別。
昔の女(男)は中々忘れられないものだ。
こうして、諜報ギルド『ノノアルマデュポール』は
従業員一名、嵐が来れば吹き飛びそうなボロ小屋での
スタートとなった。
諜報ギルドは、情報を集める為の組織ではない。
勿論、情報を扱う組織なので、ギルドを訪れる人間の目的は大抵
情報を買う為だったりするのだが、情報の売買はギルドの本質ではない。
ギルドというのは同業者組合であり、その根本にあるのは
「職業と就業者を守ろう」。
その信念に則り、仕事の斡旋や補償金の用意を行う。
それができなければ、そもそもギルドである意味がない。
通常、新興ギルドは他の商売と同じく、資金集め及び
人集めから始める。
特に人集めは、資金繰りの一環であるパトロン、他の諜報ギルド
に対して強い結び付きを持つ人物など、経営面で必須となる
人材を揃えなければならない。
人材を集められなければ、幾ら資金が潤沢でも経営は成り立たない。
特に、老舗ギルドに対して何の抑止力もないまま設立すれば、
あっという間に支配下に置かれてしまうだろう。
リュリュはそういった事情を知らない。
それどころか、資金すら殆どないままのスタート。
拠点を得た時点で、リュリュは諜報ギルドを興した気になっていた。
これは致命的な見切り発車だった。
というか、そもそも仕事の斡旋すらまともにできないのに
諜報ギルドを設立することを、他人はアホと呼ぶ。
リュリュはアホとなった。
だが、このアホには妙な運と勢いがある。
最初に訪れた客が、その証拠だった。
「諜報ギルド……? こんな馬小屋が……?」
驚愕の声を共に、中に入って来たのは――――マロウ=フローライト。
香水店【パルファン】を営む女性経営者だ。
リュリュは突然フラッと現れた妖艶な女性が何者であるかを知らないので、
一生懸命諜報ギルドについて説明した。
その説明は当然、経営者であるマロウにとっては余りに拙いものだった。
それ以前に説明になってすらいなかった。
どうやらリュリュは諜報ギルドを『お悩み相談室』と認識している模様。
何か知りたいことがあれば、自分が調べて来るから何でも言って下さい、
といった内容をとても丁寧に、滑稽なほど丁寧に説明した。
「貴方……とても一生懸命ね」
マロウの瞳が、ゆらりと揺れた。
新市街地ヴァレロンの中でも指折りの女性支持率を誇るパルファンを
営む彼女は、毎日のように女生徒ばかり接していた。
中には、マロウに告白してくる女性もいた。
お姉様、色々教えて下さいませ――――と。
マロウはノーマルだった。
いや、正確にはノーマルではなかった。
マロウは、可愛い男の子が好きだった。
そして、一生懸命な男の子が大好きだった。
「貴方、いいのね……とてもいいの。とてもいいのよ。とても。とてもいいの」
マロウは周囲の誰が見ても賢女というくらい、知的な雰囲気を持っている。
それでいて艶やかな空気も醸し出している為、男性人気の方もかなり高い。
だが、彼女の本性を知らない男は、自分が如何に彼女に釣り合う人間かを
盛んにアピールした。
彼女を上回る経済力を誇示し、彼女と並び立つ容姿をひけらかし、
彼女を抱きしめる包容力を見せつけた。
それではダメだ。
だってマロウは、ショタなのだから。
「とてもいい……こんなにいいなんて……いい……よすぎて垂れそう……」
何が垂れるというのか。
リュリュには全くわからない世界だった。
そもそもリュリュは、年増の女性に一切興味がない。
師匠であるラディアンスでギリだ。
恋愛感情はないが。
何にせよ、リュリュにとって初めての客は混沌を呼び込んだ。
「私が教育してあげる。全て私に任せなさい。諜報ギルド『ノノアルマデュポール』、
奇妙な名前だけど、構わないの。私が貴方を街で一番の情報屋にするから。
あのウエストよりも大きい諜報ギルドに……ね。面白くなってきたぁ……ゲォゲォゲォ」
マロウは獣の鳴き声のような声で笑った。
リュリュは異様に目がギラついている女性の姿に、大蛇を見た。
長いものに巻かれるな。
正方形で覆ってしまえ。
師匠は確か、そう言っていた。
無理だった。
斯くして――――諜報ギルド『ノノアルマデュポール』は香水店パルファン
プロデゥーーース、の元、再出発した。
拠点である馬小屋はそのまま。
マロウいわく『情報屋は足が命。馬小屋というのは悪くない発想』とのこと。
ただ狭すぎるとのことなので、拡張した上で実際に多くの馬を飼いながら
ギルドを運営するスタイルをとった。
マロウは各ギルドに顔が利くので、彼女がパトロンとなった時点で
殆どの課題はクリアされているが、まだ足りないものがある。
それは、『情報源の確保』。
幾ら資金があっても、情報を入手する為には街に散らばる
多くの『1匹狼』の情報屋たちと連携する必要がある。
彼らは群れるのを嫌うが、ギルドと連携なしに情報屋をやっていけるとも
思っていない。
情報屋というのは面倒な職業で、一人でやりたいという人間が多い割に
一人では決して営めない職業でもある。
情報というのは、速度が命。
その為には、広く深い情報源が必要なのだが、このような情報源を
実現させるには、その界隈の情報屋が一つの組織であるかのように
協力体制を気付かなければならない。
情報屋が最重要視すべきなのは、一刻も早く情報提供者に辿り着き、
その情報を依頼人に届けること。
それ以外のあらゆるしがらみは後回しだ。
このような観点から言えば、新たな諜報ギルドが誕生することは
他のギルドからも歓迎される。
ただしそれは、あくまで独自の情報源を確保していることが条件。
自分たちにない、或いは自分達より優秀な情報源があるからこそ
共存することに意義が生まれる。
マロウが懇意にしている情報提供者はそれなりにいるが、
その全ては他の諜報ギルド所属だったり、お抱えの情報屋だったりと
新規の情報源とはなり得ないものばかり。
マロウはそれをリュリュに告げたのち、彼が独自の情報源を
持っていないか尋ねた。
リュリュは――――持っていた。
諜報ギルド『ノノアルマデュポール』の夜は深い。
彼らが仕事をするのは、常に深夜。
街が眠る時、彼らは動き出す。
夜のギルド――――そんな呼ばれ方をするようになった。
「あの……すいません。情報を買いたいんですが……」
今日も『ノノアルマデュポール』に客がやって来た。
リュリュは丁寧に、一生懸命対応する。
顧客の目的は、直ぐに判明した。
リュリュは懇切丁寧に、顧客の知りたい情報を知っているであろう
人物を紹介し、その場所まで運ぶべく待機中の御者を呼ぶ。
馬に乗せ、情報屋のいる場所まで顧客を運ぶサービスだ。
「さあ、早く乗りな。夜はこれからだぜ、ダンナ」
御者がニヤニヤしながら、客を馬で運ぶ。
徐々に小さくなっていく馬の背を眺めながら、リュリュは大きくため息を吐いた。
客の九割以上が男。
何故なら、リュリュの情報源というのは、ほぼ客層が男だけの世界だからだ。
そこは――――夜の世界。
夜だけの世界。
全ての闇を快楽へといざなう時間。
汚れた過去がリュリュを諜報ギルドの長にした。
リュリュは思う。
世の中、何があるかわからない。
何処へ辿り着くかもわからない。
けれど今、曲がりなりにも夢を叶えた自分がいる。
それなら何も悲観することはない。
けれど――――その目からは一筋の涙が流れていた。
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