- Lulu's view -

   これまでのあらすじ。
   女みたいな顔の少年情報屋が、無職になった。

   働かざる者食うべからず。
   つまり、今のリュリュは食べる事すらままならない、
   人間として生きていくギリギリのラインで綱渡りな
   生活をしていた。

   情報屋という職業は、特殊だ。
   その特異性は、ある意味強みでもあると同時に、
   ある意味弱味となり得る。
   そして、リュリュは今、弱味の部分に翻弄されていた。
   なにしろ、ノウハウが他職に活かしにくい。
   転職ではなく、再就職が必要になったリュリュだが、
   情報屋で培った技術が全く活かせずにいた。

  「前職は……うっわ情報屋かよ。厳しいっつーか、無理じゃね?」
   この日も、職業安定所『グッジョブ』で就活。
   だが、この日初めて担当となった男、ラボー=ブッキは
   いきなり辛辣な言葉でリュリュを絶望へと追いやった。
   既にリュリュも厳しい事は自覚している。
   例えば、武器でも扱えれば傭兵となり、傭兵ギルドで仕事を受けられる。
   最初は小さい仕事でもコツコツこなしていけば、次第に任せられる
   仕事の内容も充実してくるだろう。
   しかし、リュリュは武器など扱えないし、戦闘力も乏しい。
   魔術も使えない。
   情報屋なので、せいぜい手先が器用なくらいだ。
  「なんか他に仕事した事ねーの? え? 賊? お前それ仕事じゃねーだろ。
   何、就職ナメてんの? やっぞ、おいやっぞ?」
   威嚇され、リュリュは怯えてしまった。
   今のリュリュは、精神的にもかなり参っている。
   ちょっとした事で塞ぎ込むくらいに。
   例えるなら、ボロボロになった木葉がそよ風で飛ばされるようなもの。
   リュリュの人生は今、朽ち果てようとしていた。
  「……しゃーねーな。俺のツテで仕事見つけてやっから、
   そんなにビクビクすんじゃねーよ。あ? 礼はいらねーよ。
   俺、明日から別の仕事に就くからよ。今日中に面倒見れる奴は見て
   おかねーとヤベーってだけだっつーの」
   やる気がないのかあるのか微妙な担当のツテにより、
   取り敢えずリュリュは仕事を得た。

 


   で、その仕事とは――――
  「ほう、君が新人の子か。うむ、中々可愛いではないか。近う寄れ、近う寄れ」
   接客業だった。
   というか、いかがわしさギリギリなラインの接客業だった。
   具体的には、貴族などのお偉い人達だけが会員となれる店内で、
   肉体的接触『アリ』の接客を行う仕事だ。
   手を握られたり、膝の上に乗せられたり、口元を撫でられたり
   兎にも角にも気持ちが悪い。
   しかも、男が相手。
   大半は中年か老人。
   リュリュは心で泣き続けた。
   それはもう、むせび泣いた。
   人生の崩壊だ。
   汚れまくり。
   もう真っ当な道に進めない事を自覚し、リュリュの心は荒んだ。

 


   それから、暫く時が流れ――――リュリュは成長した。
   接客業を極めていた。
   それほど長い期間ではなかったが、空っぽになったリュリュの心は
   接客を行う上でプラスに働いた。
  「今月の売り上げNo.1は、リュリュ=ミントアークだ!
   みんなもリュリュを見習って、接客に励むように!
   リュリュ、これは特別報酬だ。よく頑張ったな」
   店長の温かい声も、臨時収入も、もはやリュリュの心には届かない。  
   空虚な目で報酬を受け取り、帰宅の途につく。
   荒んだ心は、荒んだ生活を呼び込む。
   リュリュは今、ボロボロの家でボロボロの生活をしていた。
   食べる物も、着る物も、お金をかけずに最低限の物だけを買う。
   明け方に家に帰ってやる事といえば、寝るだけ。
   夕方に起きて、店へ向かう。
   そんな昼夜逆転の生活は、健康をも蝕む。
   リュリュの顔と身体は、日に日にやつれていった。
   お金ばかりが貯まり、心は満たされない日々。
   そこに希望の光はない。
   リュリュはこの日も、明け方まで働いた。
   客の下らない話に愛想笑いをし、その細い太股を触ってくる貴族の
   男に小悪魔な微笑を返し、目の飛び出るような数の金貨を積んで
   自分と添い遂げてくれと懇願する老人をなだめ。
   ボロ布のようになりながら、転がるように家へと向かう。
   もう、慣れた風景だ。
  「テメェ、こんな場所で何してやがる」
   だがその日は違った。
   店を出たリュリュに声をかけたのは、土賊のリーダー、アドゥリス。
   鋭い目付きは以前のままだったが、少しだけカドが取れているように
   リュリュには思えた。
   情報屋として培った嗅覚。
   何かがあると、そう訴えている。
   しかし今のリュリュは情報ではなく、いかがわしいお店で
   身を粉にして働く店員。
   リュリュはアドゥリスを一瞥した後、ふいっと視線を逸らして
   家への道を歩き出した。
  「それでいいのか? テメェの人生、それでいいのかよ?」
   かつて酒を酌み交わした男の声も、今のリュリュには届かない。
   あるのは――――かつての自分を知る人間に今の自分を
   知られたという、やるせなさ。
   リュリュはふと、自分が泣いている事に気付いた。
   これは、後悔の涙?
   それとも、過去の自分との決別の涙?
   いずれにしても、他人に見せる涙ではない。
   リュリュは走った。
   力の限り、逃げた。
   過去から。
   そして、自分から。
   リュリュは――――逃げた。
 
   


  「何? 今日の売り上げが盗まれた?」
   その日、店内を険悪な空気が包み込んでいた。
   営業時間を終え、本日の売り上げを計上しようとした店員が
   まず異変に気付いた。
   そこにあるはずの硬貨がない。
   しかも、全てなくなっている。
   当然、誰かが盗んだという推測が成り立つが――――目撃者がいない。
   それほど広い店舗ではないし、会計係だけが孤立する場面は
   全くなく、事件解決は難航を極める。
   そんな中――――リュリュの心は動いた。
   お金も、かつての上司の言葉も動かす事が出来なかった、その心は
   たった一つの小さな事件に反応した。
   リュリュはまず、従業員全員から話を聞く。
   全員が女性。
   しかも、権力者相手に毎日トークを磨き続ける猛者達。
   リュリュは細心の注意を払い、嘘と真実の区別を付ける。
   あの子が犯人だ、あいつに違いない……数多の憶測がリュリュを襲う。
   情報屋にとって最も重要なのは、感情の排除。
   それは自分の感情だけとは限らない。
   他者の言動に含まれた、僅かな私情をも取り除く必要がある。
   そうしなければ、真に正しい情報は得られない。
   頭の中で、リュリュはどんどんムダな情報を削ぎ落としていく。
   その作業は常に冷静に、時に冷酷に。
   全ての従業員から話を聞き終えた時、リュリュは自覚した。
   自分には、これしかない。
   自分には情報屋としての未来以外、あり得ない――――と。
   同時に、告げる。
   犯人はこの中にいる。
   犯人は――――
  「な、何? 犯人は俺だと?」
   店長の男。
   あらゆる虚偽の情報の中から、リュリュは確かな真実を手に入れた。
   この店の経営は、店長の独断。
   授業員の私情の多くは、そこへの不満に集約していた。
   当然、誇張もある。
   しかし数多くの店長への証言の中には、ある共通項があった。
  『アイツ、リリィばっかり可愛がってんだよね』
   リリィとは、この店のNo.3。
   No.1のリュリュと、元No.1現No.2のビブリオに次ぐ人気……となっているが、
   実際にはそこまでの支持はないらしい。
   店長の贔屓あってこその地位。
   そして、そんな背景には当然、2人の男女の関係が疑われる。
   リュリュは知っていた。
   その疑念が事実である事を。
   勿論、その事実をネタにして脅迫した、等という事実はないし、
   それを目的に事実を突き止めた訳でもない。
   情報屋としての嗅覚が働き、いつの間にか知るところとなっていた。
   役に立つ情報の選別、そして収集。
   根っからの情報屋。
   リュリュはリリィに、こっそりその事実を突きつけた。
   現No.1の追及に、リリィは平常心をなくす。
   更に、リュリュは追い打ちをかける。
   今月のリリィの売り上げは、かなり厳しい状態だった事。
   リリィには多額の借金があり、今の稼ぎでは返せそうにない事。
   店での立場、人生における立場の両方が窮地。
   ならば――――その売り上げを全て記録上からなくし、
   自分の物とすれば、一石二鳥。
   未来が拓ける。
   よって――――動機は十分だと。
   リリィも抵抗する。
   自分は何もやっていない、作り話だと。
   だが、後ろめたさは隠せない。
   程なく、リリィは自白する。
   全ては自分がやった事だと。
   当然、その言い分は通らない。
   誰かが会計に目を光らせている中、単独では犯行は無理。
   だが、例えば『会計係に店長が話しかけ、その隙に犯行に及ぶ』
   などの複数犯であれば、十分に可能。
   そして、2人の関係性から、それは明らか。
   リュリュは情報屋としてのスキルを最大限活用し――――
   店長を自白へと追い込んだ。
   情報屋として一度死んだリュリュだったが、再び輝きを取り戻したその
   姿には、自信と誇りが漲っていた。
   店長が自分の店の金を横領するという事件が発覚した事で、
   店の信頼は急落。
   あっという間に閉店へと追込まれた。
   結果として、リュリュは働き場を失ったが、そこに後悔はない。
   誇りを取り戻したのだから。
   
   斯くして――――

 


  「それで前職は……情報屋ですか。転職は難しいかも……え?
   自ら新しい諜報ギルドを立ち上げたい?」


   リュリュは覚醒した。
   その道に茨が敷き詰められていようとも。
   自分にはこの道しかないのだと――――信じて。


   

 
 
   

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