唐突だけど、僕は異世界に行きたい。
行きたい。
行きたくて仕方がない。
そして冒険がしたい。
広大なフィールド。
幻想的な光景。
異形の魑魅魍魎。
そこに身を投じて、生きてる実感を得たい。
ずっと、そう思っている。
この世界に嫌気が差しているとか、苛められて鬱屈した精神が悲鳴をあげている
とか、そう言う事じゃあない。
兎に角、この世界とは全く違う所へ行ってみたいと言う願望だけだ。
出来れば、ファンタジックな世界が良い。
モンスターが街の外をウロウロしていて、魔法が存在していて、剣と盾で敵を撃つ。
そう言う世界が良い。
銃は……ない方が良いかな。
フォルムは美しいけど、敵を倒す上でどうにも必死さが滲み出ない。
現代劇なら格好も付くが、ファンタジーの世界には余り銃は似合わないし。
まあ、それでも適度に制限や欠点があるならば、それもアリかなとは思ってる。
理想に妥協はしない方が良いと思うけど、結構柔軟に考える必要もあるんじゃ
ないかな、とも思ってる訳で。
いずれにしても、そこが異世界であったならば、多少の問題は気にしない。
重要なのは、異世界に行く――――その一点だ。
何故そこまで拘るのか、と誰かに問われた時の回答も、用意してある。
その答えは、こうだ。
『異世界にはロマンがある』
単に見た事ない景色を見たいだけなら、旅行にでも行けば良い。
海外旅行の経験はないから、ヨーロッパ辺りに行けば十分に充足出来る。
しかも、最近は海外旅行も結構安く行ける。
一時期は燃料サーチャージが高騰してたけど、今は多少落ち着いてきてるらしいし。
とっても現実的。
ただ、そこにロマンはない。
そして僕にはお金がない。
だから行けないと言う事情もある。
現在、僕は14歳。
中学2年生。
アルバイトも出来ないし、小遣いも少ない。
両親は立派に僕を育ててくれているから、不満を言う気は一切ないんだけど、
出来れば一月当たりの受給金額をもう2000円程増やして欲しいと思っていたりする。
勿論、交渉はした。
と言うより、毎月している。
給料日を狙って。
が、その度に戦いを挑まれて負けているので、上がらないどころか下がる事もある。
ウチの小遣いは戦闘制だから。
それ自体は何ら不満はないし、寧ろ僕にとっては望むところなんだけど、
僕の父親は元サバットの選手らしく、やたら蹴りが強い。
14歳の僕では敵いそうにない。
だから、異世界へ行きたい――――って訳でもないんだけど、多少不満だ。
さて。
ここらで、もしこの僕の独白を誰か聞いていたとしたら、『なんか動機が微妙……』
と呟くかもしれない。
呟くの流行ってるもんな。
そして、その感想は正しい。
確かにロマンは、人によっては安っぽく聞こえる言葉だ。
僕としても、それが全てだという気はないし、ロマンと心中するほどロマンチストでもない。
どうして僕が異世界に行きたいか――――その明確な理由を述べよう。
と言っても、それ程もったいぶる理由でもなかったりする。
予め断っておくと、今流行のMMORPGに毒されている……なんて事じゃない。
と言うか、実際には大いに毒されたいんだけど、僕の家ではインターネットの使用は
一日1時間と決まっている。
少しでも破ると、父のルヴェル・フロンタルにすっ飛ばされる。
アレは超痛い。
胃に残る痛さだ。
ちょっとでも手を上げれば、DVだ何だと騒がれるご時勢にあって、父は容赦ない。
だから無理。
1時間じゃ、他のユーザーから冷めた目で見られるし。
かと言って、普通のRPGだとちょっと問題がある。
僕には従兄がいるんだけど、その人のRPG好きはかなりのもので、
今からじゃちょっと追いつけない。
いや、別に競争してる訳でもないんだけど、何となく癪に障るというか、
偉そうな顔をされるのは納得いかない。
そう言う訳で、フツーのRPGはパス。
でもMMORPGもダメ。
それなら、実際に――――と思い立ったのが、今から2年前。
ゲームかよ! とツッコむなかれ。
それも、あくまでも知識を得た一因。
一応、そこに到った具体的なエピソードがちゃんとある。
その日、僕は学校にいた。
小学生最後の日。
卒業証書を受け取り、皆は親と一緒に担任に手を振り、家路へとついていた。
でも、僕は学校にいた。
親が出席しないのは、事前に話に知っていた。
父は空港警備って言う結構重要なお仕事が入っていたし、母はその時肺炎で入院していた。
一応、親戚の人が代理で――――って言う提案を入院中の母からされたけど、
僕は丁重に断った。
多分、現代っ子なら誰もが同調してくれるかと思う。
そんな訳で、別にふて腐れてた訳じゃないけど、ちょっと疲れていた所為もあって、
僕は一人教室で眠っていた。
机に突っ伏していた訳じゃなく、教室の奥の床に寝転んで。
だから、担任も気付かなかったんだろう。
目が覚めると、夕方だった。
僕は慌てて、窓の外の景色を見た。
時計より先にそっちに目が言ったのは、視覚的な変化を感じ取ったから。
オレンジ色の光は、それだけ魅惑的だった。
でも、僕が本当に驚いたのは、それじゃなかった。
4階の窓から見た、遠くの山々――――その背後に、ビッシリと何らかの影が見えたんだ。
それは、まるで要塞都市のようだった。
ビルの群れ、とでも言うのか。
数多の黒い影がビッシリと、山の後ろにそびえていた。
僕は目を擦った。
勿論、実際にそんな物はない筈だった。
山の向こうには、空しかない筈だった。
でも、僕には確かにそれが見えた。
幻想的と言うよりは、寧ろ質感を伴って見えた。
異世界――――僕は、反射的にそう思った。
慌てて廊下へ出て階段を駆け下り、学校を出て、その方角へ走った。
地上から見る山々に、さっきまで見えていた影群は――――なくなっていた。
以降、僕はずっと異世界に迷い込める体制を整えている。
その瞬間を虎視眈々とその時を待っているのが、今の僕の現状だ。
それ以外は、何処にでもいる中学生だと思う。
多分。
少なくとも、電波扱いされた事はないし、親に泣かれた事もない。
寧ろ泣かされっ放しだ。
母は父から暴行を受ける僕を見て、ニヤニヤ笑っている。
困った事に、息子が苦痛でのた打ち回る姿に萌えるらしい。
歪んだ親だ。
尤も、それ以外は家事もそつなくこなすし、近所でも評判の良い奥様、なんだけど。
父は元格闘家で、今は唯の警備員。
地元の警備会社で、従業員は50人くらいいる。
その内40人は交通整備員だけど。
父の仕事は、普段は機械警備を行い、何かイベントがあればその時に
施設警備を行うというもの。
また、銀行のお金の輸送の際にも警備をしているとか。
まあ、元格闘家のセカンドライフとしては妥当なところだと思う。
その所為で、一日の内、家にいるのは朝の6時から昼の3時まで。
だから、平日僕と会う事はない。
でも、僕の挙動には常に母が目を光らせていて、毎日インターネットの接続時間を
チェックしてるから、許容範囲を超えた場合は朝に寝ている所を襲撃されて
それはもう悲惨な事になる。
顔面は狙わない。
専ら、内側の太ももを集中的に狙われる。
僕もやられっぱなしは癪に障るから、一度ワンドでしこたまどついてやった。
杖は魔法の為にある武器にあらず。
油断している間抜けをぶん殴る為の道具だ。
けど、父は耐えた。
そしてその後はいつも以上に内腿連打。
足が象のようになった。
僕は暫く、武器は使用しない事を心に誓った。
後、しつこいようだが、僕は虐待には遭っていない。
異世界は現実逃避の為の逃げ道じゃないからね。
それに、まあ痛い思いはするけど、両親からの愛情は感じている。
誕生日にはベルギーワッフルを買って貰えるし。
さて。
そんな事より、問題は異世界だ。
魔法が飛び交い、人々が黒いパンを食べる世界。
中世ヨーロッパをモチーフにしてるのに、ガラスが一般家庭にも
フツーに普及している、そんな世界。
どうすれば迷い込めるだろう?
僕はそればかり考えてる。
一番スタンダードな方法は、召喚だ。
向こうの世界で何かとてつもない事態が発生し、もう自分達ではどうしようもない
と言う切迫した状況下で、古代の魔法とか使って召喚の儀式を執り行うと、
何故か現代の少年少女が制服のままその世界へ馳せ参じる、と言うアレだ。
でもコレ、能動的な要素が全くないから、個人的には余り期待はしてない。
や、実際に召喚されたら、超嬉しいけどね。
小躍りしてスキップしたい心持ちを必死で抑えて、『こ、ここは何処だ……?
どうして僕は、こんな森の中にいるんだ……』って言う、驚愕の演技をカンペキに
こなす自信もある。
でもまあ、実際には無理だろうなー、とも思ってる。
一応これでも電波じゃないんで、それくらいの現実感は持ち合わせてるつもりだ。
で、次に候補に挙がる異世界への迷い込み方法は、死後の世界。
要するに、死んだら迷い込みました系。
これはかなり信憑性が高い気がする。
失敗した、と言う例がないからだ。
勿論、成功例もないんだけど。
ただ、これだけカガクが発展した中で、死後の世界がいつまで経っても
完全否定されないのは、きっと実際に死んだ人達が迷い込んでいると言う
純然たる事実があって、それを世界各国のお偉いさん達は知っているから
なんじゃないか、と言う希望的観測を持っていてもバチは当たらないだろう。
まあ、ダメだったら単なる自殺になっちゃうから、コレも却下なんだけどね。
親、泣かせたくないし。
泣くかどうかは別問題として。
とまあ、異世界に迷い込むパターンの王道2つがこうして却下されちゃってる
現状において、僕が取れる行動と言うのは、実に少ない。
それも、ちゃんと普通の中学生として生きていきながら出来る範囲の事となると、
相当絞られてしまう。
パワースポット巡りも、近所の小高い丘の公園に月に1回満月の日に行ってる程度のもの。
オーパーツ採取も、庭に埋まっていたガラス玉を大事に取っているくらいのもの。
後は、何となくそれっぽい儀式をしてみたけど、ダメだった。
倉庫の床に六芒星をチョークで書いて、何かブツブツ行ってみたけど、結果
ヤモリが召喚されただけだった。
異世界への道のりは、中々に険しい。
でも僕は諦めないつもりだ。
色々やってみれば、何か一つくらい当選するかもしれないじゃないか。
数打ちゃ、当たる
そうすれば、きっと。
きっと、あの時の景色ともう一度逢えるから――――
- 異世界までの道のりは中々に険しい -
「お前には無理だ、桐野」
突然の全否定。
その舞台となるのは、学生にとって主戦場となる教室。
そして、時間帯は放課後。
中学2年生にとって、一日の中で一番楽しい時間だ。
僕も例に漏れず、この時が来るのを楽しみに授業と言う苦痛を我慢している。
尤も、教師の話なんて聞いちゃいないけど。
僕のノートには常に、異世界へ行った後の自分の行動について書き記されている。
いわゆるフローチャート形式に。
そんな僕の情熱を、目の前にいる沢渡と言う男は完全に否定して来た。
「異世界へ行くのはこの俺だ」
そして、親指で自らを指し、徐にそう主張して来た。
こいつもまた、僕と同じ人種。
本気で異世界へ行けると信じて疑わない、世間一般で言うところの『痛い人』だ。
僕との違いは、比較的何事にも懐疑的である僕と違って、常にポジティブな点。
そこだけは若干見習うべきかなと思ってる。
「桐野。いいか桐野。異世界への扉はインターネットにこそ存在してるんだ。
世界中を繋げるネットワークって所にポイントがある」
そして、この『インターネットを介した迷い込み法』と言う彼の持論も、一応だけど
傾聴する価値はあると思ってる。
僕は一日1時間しか接続出来ないから、こっちの知識はどうしても沢渡には及ばない。
「ネットは、いわば偶像崇拝。形のないものを信じ込む場所。言うなれば、
ネット上の全てのサイトは儀式の場なんだ」
「……本当にそうなの?」
沢渡の、中学生の言葉としては割とギリギリアウトな発言に、ジト目でそう返したのは、
僕――――じゃなかった。
この場にいるもう一人の学生、小日向。
クラスでも指折りの美少女なのに、何故か放課後は他の女子と群れず、
僕達の話に毎日付き合っている。
普通、女子は3〜5人のグループを形成して、休み時間も放課後も殆どその集団で行動するもの。
ウチのクラスは特に苛めもなければ理事長の娘もいないので、ハブられている女子は
ほぼ皆無という、今時珍しいくらいの和やかムード全開の集団だから、特に彼女は異端だ。
ただ、やっぱりと言うか当然と言うか、何処か螺子が緩んでいる所もある。
「もしテキトー言ってるんだったら、髪の毛全部燃やして束子にしてその汚い顔が
全部瘡蓋になるまで磨き続けるけど、本当にそうなの?」
まあ、こんな具合で。
基本的には口が悪い。
実際に行動に起こしたりはしないし、基本的に目上の人や親しくない相手には
普通に礼儀正しく出来る子なんだけど、どうも気を許した相手に対しては罵詈雑言を
並び立てて脅す妙な性癖があるようだ。
ウチの温室育ちの女子の中では浮くのも仕方ない。
微かに茶色がかった髪の毛が陽光に照らされると、まるでソールのようだと
沢渡は彼女の容姿を褒め称える。
北欧神話における太陽の女神ソールの容姿をこのアホが知っているかどうかは
僕の知った事じゃないが、美人である事に異論はない。
ただ、萌えない。
僕は余り萌えには詳しくないし、これを現実の女性に使うのは基本的にヤバイ人だと
思ってるから、心の中でこっそり思ってるだけなんだけど、まあ萌えない。
寧ろ怖い。
恐怖の対象だ。
同級生の女性が恐怖の対象って言うのも結構イヤなものなんだけど、
実際どうしても彼女の言動を聞くと引いてしまう。
だから、僕は基本、小日向とは距離を置いている。
向こうも弄りがいのない僕には然程興味がないのか、沢渡に良く絡んでいる。
「ほ、本当だよ。だってインターネットって何かヤバイじゃん。そう言う所も
儀式っぽいよね。な、桐野!」
一方沢渡は、恐怖の女神に中傷されると、いつも僕に話を振る。
基本ドMの彼は、言葉で嬲られるのは嫌いじゃないらしいが、執拗に圧力を
受けると胃がシクシク痛むらしい。
その度に胃薬を必要とする。
案の定、早速ポシェットから市販の胃薬を取り出し始めた。
その所為で、週に一度は1500円ほど消費するらしい。
面倒な体質だと同情を禁じえない。
「どうなの? 桐野」
「知らない。専門じゃないし。それよりオーパーツ集めの方が確率高いよ、多分。
一応実績あるし、理論的だし」
「ヘッ、馬鹿じゃねーの。そんな非現実的な物の何処が理論的だよ? そんなモン揃える頃にゃ
俺が旅立ってるってばよ。小日向さんもそう思うよね。ね?」
「煩い。脱色した梅干みたいな目ン玉こっちに向けないで」
「ひゃあい」
沢渡はブルブル身を震わせて、小日向の言葉に従い視線を僕の方に向け直した。
ちなみに、身震いは恐怖ではなく悦楽によるもの。
真性の変態だった。
もし僕が彼の身内だったら、高校生になる前に一度然るべき施設に入れるだろう。
場合によっては、埋めてしまいたいと思うかも。
「で、オーパーツってどんだけ集めたの? 実際」
Mのリピドーを充足したドロドロな目が気持ち悪いので、沢渡の目をチョキで付いていると、
小日向が急にそんな事を言い出した。
基本、彼女は余り突っ込んだ疑問は投げて来ない。
僕らのバカ話をなんとなく聞いて、なんとなく帰って行く。
そう言う存在だった。
だから、今日はちょっと珍しい日だった。
オーパーツ――――『Out
Of Place
Artifacts』の略称であるそれは、今の時代の技術では
決して作る事の出来ないモノ。
それが存在する事自体、タイムスリップや異世界の存在を肯定する証だ。
実際、そう言う物質はこの世に存在している。
アショカ・ピラー等が良い例だ。
ただ、残念な事に、ミスリルとかオリハルコンはまだ見つかってない。
「……今はホラ、移動力不足だから。この世界って資金がないと中々ね……」
「見つかってないの? しょーもな」
「煩いな。僕まだ中2なんだから仕方ないだろ。夢やロマンを語っても、お金がないと
それに近付く事も出来ないんだから」
実際――――お金がないと何も出来ないのは、ファンタジーの世界でも同じ。
最近のヌルゲーは武器や防具を買わなくても、ダンジョンで入手した分で十分進めるけど、
全くマネーのない状態で最後までクリアできるRPGは少ない。
だから、夢をお金で買う――――なんて夢のない事を言う気はないけど、
お金って言う燃料がないと、夢まで走る事は出来ないと確信していたりする。
世の中、そう言うふうに出来ている、と。
「……だったら、お金がなくても出来る探し方もあるんじゃない?」
小日向は眠そうな目をしながら、ボソッとそう告げた。
基本、彼女はいつも眠そうだ。
ただ、実際に眠いんじゃなく、そう言う顔らしい。
「まずはこの街から。次は隣の街。それくらいなら、移動時間も殆どかからないでしょ?
そこで探してみたら、案外一つくらい見つかるかもよ? 異世界への扉」
そして、そんな眠そうな顔のまま、小日向は捲し立てて来た。
それは――――とても魅惑的な誘い。
何故彼女が突然、そんな事を言い出したかはわからない。
ただ、確かに――――この街限定で全力で探してみるってのは、正しい意見だ。
何故なら、あの日僕が見た『異世界』は、この街にあったんだから。
どうして僕は今までそれを実行しなかったのか――――その理由はハッキリしている。
世間体だ。
身内や知り合いが多数いる中で、本気で異世界への扉、或いは鍵を探すと言う
行動に打って出るのは、幾らなんでも気が引ける。
例えば、公園の怪しげな場所を掘ってみたり、湖の中に飛び込んで中を観察したり
していたら、流石にその行動は奇異なものとして、ご近所の奥様がたの井戸端会議に
話題を提供してしまう事になるだろう。
流石にそれは避けたい。
そう言う世間体があった。
異世界へ行きたいと言う気持ちは、全く変わってない。
でも、それを意識した日には、既に僕は小学校を卒業していた。
無邪気な行動を起こすには、少しだけ年を取り過ぎていた。
だから、心の何処かで――――実際には無理なんだろうな、と達観していたのかもしれない。
「わかった。やってみよっかな」
「え? やるの?」
「……その『冗談で言ったのに何マジに取ってんの? バカなの?』って目は止めろ。
何事に対しても疑り深くなっちまいそうだ」
少しモチベーションは下がったけど、一応やる方向で決心は固まった。
中学2年生の、とある夏の日。
蝉の鳴き声は、まだ聞こえない。
ただ太陽の傲慢な主張だけは、ガラス越しに感じていた。
二日後。
幸い、まだゆとり教育は継続中の現在、週休二日制に変化はなく、
土曜の今日は学校へ登校する義務が発生してはいない。
僕はこの日を出発点に決めた。
「……マジで探すの? なあ、やめよーぜ。俺、今日約束あんだよ」
「だったら無理に付き合わなくても良いけど……誰と?」
「名前も国籍も知らない奴等」
つまり、オンラインゲームの住人と言う事らしい。
僕は思わず嘆息せざるを得ない。
「バカお前な、ネトゲでハブられんの、現実でシカトくらう何十倍も精神的に凹むんだぜ。
それに俺、頼りにされてっからさ。今日中に鍛冶スキル90まであげておかないと
色々マズいんだって」
「戦えよ小心者。って言うか、僕にネトゲの話されてもわかんないって」
そしてブツブツ煩い沢渡を引き連れ、観光協会へ赴く。
そこで入手したのは、街の地図。
当然、探索には必要なものだ。
「つーかマジで探すの? オーパーツ? この大した産業もない、
坂本龍馬ブームにも乗り遅れたしょーもない街で?」
「ああ、探す。僕はこれまで遠慮し過ぎてた。今日からは積極的に攻めに行く」
常識人と言う箍は、一時外す。
きっと僕は、高校生……いや、受験生になる中学三年生になれば、
嫌でもこの社会の常識に自分を適合させて生きて行く事になる。
夢は夢として、現実を見ていく事になる。
純粋に――――とはもう言えないけど、無理っぽい夢を追う事が出来るのは、
きっと今年が最後だ。
「まあ、本当に嫌なら別に付いて来なくていいよ。基本的にお前要らないし、
どっちかって言うと邪魔だから」
「おまっ、酷! 言っとくけどな、俺は男に嬲られても全然萌えねーし
寧ろムカつくんだからな!」
面倒な男だった。
そして面倒にも、僕以上に身を乗り出して地図を見出した。
「わーったよ。俺だって近い将来旅立つ身だし、ちょっくら付き合ったらぁ。
で、まず何処探すんだよ?」
異世界迷い込み。
それは、基本的には受動的だ。
仮にオーパーツのような扉を開く鍵があったとしても、それを見つけようとする
場合は大抵、異世界からやって来た何者かの指示に従う形式を取る。
残念ながら、そんな存在は今のところ周囲にいない。
「アイテムとなると、ぶっちゃけ取っ掛かりがわからない。異世界とこの世界を
繋ぐ場所を探そう」
そこで、僕は最も可能性の高い提案をした。
鍵じゃなく、扉から探すと言うもの。
それなら、結構スポットは絞られる。
洞窟とか湖とか、そう言う場所だ。
ただ、机の引き出しとか畳の下と言った日常生活で良く見かける場所が
異世界への入り口になっているケースもあるし、
場合によっては公衆便所の便器とか神社の祠とか崖の下とか庭先とか
学校の校庭とか、そんな所から異世界へワープするケースもある。
結局のところ、枚挙に暇がない。
深く考えるだけ無駄となると、それっぽい場所を探すのが一番だ。
「じゃ、ここが良いんじゃない? 神山鍾乳洞。名前も何となくそれっぽいし」
「お、良い感じ……って、うわあっ!?」
駅のベンチに座っていた僕と沢渡の間から、ニュッと女の子が生えて来た。
良く見ると、見慣れた女子の見慣れない姿だった。
小日向の私服姿――――初めて見た。
無地のパーカーにデニム生地のショートパンツ。
酷くダサかったが、流石に口には出来ない。
「……お前、友達いないの?」
「別に、偶々通りかかっただけよ。午後からはちゃんと予定あるの。アンタ等みたいな
狭義的な友人関係で満足する下等生物と一緒にされるのは本当、不愉快。
雑に殺されれば良いのに」
小日向は僕の意図した事と違う意味で受け取り、そして大層ご立腹していた。
と言うか、命を軽んじられた。
あーもう、本当口悪いなこの女。
「それよりそこの交配失敗顔。ちょっと退いて、地図が見えない」
「交配失敗顔って何ィィィ!?」
沢渡は悶えながら、ベンチの外へと転がっていった。
本当に変態な奴だ。
僕じゃなかったらとっくに緑色の救急車に連絡を入れているだろう。
「ふーん、こっから1時間くらいで行けるんだ。今何時?」
「9時くらいだよ。まさか付いてくる気……」
小日向は僕の言葉を最後まで待たず、勝手に地図を取って勝手に駅の中に入って行った。
もしかして、彼女なりに自分の言葉に責任を持とうとしてるのかもしれない。
小日向の事は良く知らないし、放課後にちょっと話をする以外は全然接点が
ないから、彼女の性格までは知る由もないけど。
「何ボーっとしてんだよ。置いて行くぞコラ」
そして、いつの間にか駅の入り口まで歩を進めていた沢渡に促され、僕は
嘆息交じりに腰を上げた。
それから約1時間、電車に揺られ、バスに揺られ、坂道を歩き、コンビニで
カロリーゼロの紅茶を買って。
「うひゃーっ! 着いたぞーっ!」
沢渡が奇声をあげる中、僕等は神山鍾乳洞に到着した。
鍾乳洞って言う所は、石灰岩地帯に降り注いだ弱酸性の雨によって
石灰岩が溶け、それによって落盤が起こり、地下に空洞が生まれて
更に地下水流も出来、どんどん空洞が侵食されて行った結果、生まれるものだ。
ただ、そんな過程はこの際どうでも良い。
大事なのは見た目。
その様相はまさにダンジョンそのもの。
幻想的、神秘的という言葉がこれほど似合う場所はそうそうない。
「小学生の頃遠足で来た事あっけど、全然印象違げーな! うひょーっ!」
その所為か、沢渡は普通より若干テンション高めに走り回っている。
野生児っぽい苗字だからなのか、自然と相性が良いらしい。
「サルそのもの……って言うと、最低限の知能は有してる猿に失礼か」
「寧ろ日常的にアレと接してる僕に失礼だ」
その様子を見守る小日向は、心底同情をしているかのように深い嘆息を漏らしていた。
その同情がどっちに対してなのかは不問としておく。
「さて、それよりも早速探索しよう。やっぱり壁の周囲が怪しいのかな」
異世界への扉が何処にあるかと言うのは、様々な文献(ライトノベル)で
語られているが、その多くは物語に都合が良いよう、日常でよく使用される
自宅の何処かというケースが多い。
でも実際にはそんな可能性は皆無だと僕は思っている。
だって、ンな訳ない。
もし僕が異世界人で、この世界に何らかの理由でコンタクトを取る必要が
生じた場合、出来れば人目に付かない場所を選ぶ。
だけど、何の目印もない場所だと、帰る時に困る。
なにしろ、全く文化が違う世界。
出来れば、自分達が住んでいる世界にもあるような場所が良い。
この鍾乳洞も、その候補のひとつだ。
ファンタジー世界には、大抵大きな洞窟が存在している。
ただ、懸念すべき材料もある。
そう言う洞窟にはほぼ間違いなく、モンスターがいるって言う点だ。
そうなれば、異世界人はこの世界の洞窟にもモンスターがいると思うのが自然だろう。
そんな場所に出入り口を作るだろうか。
普通なら作らない。
でも、逆に考えてみてはどうか。
そのモンスターを調査しに来たと仮定すれば、寧ろこれ以上都合が良い場所はない。
だからこそ、僕はここに来る事に反論しなかった。
「やっほおおおおお! すげぇぇぇ! 声響きまくりぃぃやああっっほぉぉぉああああ!?」
遠くで沢渡のはしゃぐ声と悲鳴が聞こえた。
まあ、調子乗って滑って転んだんだろう。
気にする必要はない。
「桐野」
熱心に壁や石柱を調査している僕の名を、小日向が突然呼ぶ。
その顔は何処か、普段の彼女とは違って見えた。
「本当にオーパーツ、見つけた事ない?」
そして、念を押すかのように、そう聞いて来る。
「ないよ。悪かったな、口だけで。でも、そう簡単に見つかる訳ないんだから仕方ないだろ」
「どうして直ぐに見つからないって決め付けるの?」
「どうして、って……」
妙な口振りだった。
まるで、僕がそれを見つける事が必然のように。
「だって、いつも『異世界はある!』って力説してるでしょ。だったらフツーは
その鍵だって自分は見つけられるって思い込むもんじゃないの?」
あー、何となくわかった。
こいつはきっと、アレだ。
心理学ぽいアプローチで僕に近づいたんだ。
僕の発言が電波っぽいと感じて、その分析をしてたんだ。
成程、納得。
どうも、妙だとは思ってた。
幾ら口が悪くてクラスの女子と相容れない存在でも、だからと言って僕や沢渡と
放課後を過ごす理由にはならない。
不良って言うか、コンビニの前で屯してる連中とつるむような人間ではないにしても、
例えば別のクラスに視野を広げたり、もっと単純に彼氏を作ってそいつと過ごしたり
するのが普通の美女の行動理念ってもんだ。
そうじゃないと言う事は、何か特殊な理由がある。
それがようやくわかった。
勿論、それに対しての失望とか不満とかはない。
寧ろ、おちょくる材料が出来た。
まずは電波っぽい発言を連発して喜ばせてみようか。
「確かに……僕は異世界へと旅立ち、あわよくば英雄になる事も厭わない男だよ。
だから当然、僕はその入り口を見つけるし、鍵も直ぐに僕の元に届く事になる。
でも、それは簡単じゃダメなんだ。英雄だって最初はレベル1か、それに近い数字さ。
そこから少しずつ経験を積んで強くなっていく必要がある。
扉を見つけるのも、試練の一つって事だ」
取り敢えず、言ってみた。
反応は――――
「バッカじゃないの? それじゃゲームじゃない」
それはもう、醒めたものだった。
「良い? 異世界ってのは、必ずモンスターがいる訳じゃないし、必ず戦いの場所って
訳でもないの。種族間戦争はあり得る話だけど、別世界に行くくらいの文明が発達してる
世界なら、そもそも表立った戦争はないの。核みたいな一撃必殺の武器を各国が持って
牽制しあって冷戦状態になってる可能性が極めて高いに決まってるじゃない」
でも、醒めた方向が予想外だった。
って言うか、今の自論は――――
「……お前、随分詳しいな」
「誰かさん達が毎日語ってる事を材料に、至極真っ当で現実的で合理的な
意見を構築して述べただけよ」
発言自体はいつもの毒舌だったけど、語調はやや早い。
「全く、これだから……ととっ」
妙に焦ってるのか、小日向が思わず滑りそうになる。
僕は慌てて彼女の腕を引いた。
「痛っ!」
転倒こそしなかったが、肘が伸びきった所為で激痛が走ったらしい。
僕も経験がある。
何気に痛い。
「あ、悪い! 咄嗟だったからつい」
「別に良いから謝んないで。倒れるの、止めてくれたんでしょ?」
「ま、まあ。スカートじゃないからコケられてもうま味ないし」
「……最低。今の発言は文明開化以降最低の発言」
そこまで言われる程のもんじゃない気が……
「ねえ、湿布か何か持って来てない? ちょっと腫れて来たかも」
「そこまで用意周到じゃないなあ。沢渡に聞いて来ようか?」
「あの将来『我が社始まって以来のスチャラカ社員だな、君は』って係長代理辺りに
言われてそうなボンクラには一切期待してない」
当人のいない所でえらい言い様だった。
いや、いても似たようなものだけど。
毒舌は陰口にならない分、イメージ的には得だ。
「だったら、あっちに地下水流があるから、それで冷やせよ。大分違うんじゃない?」
「そうね。だったらアンタは薬草か何か探してきてよ」
「いや、僕は異世界への扉を……ええ、探して来ますとも。非売品のうんと効果高いのを」
凄い目で睨まれた。
ってか、薬草って。
こいつ本当に僕等と同類なのかもしれない。
じゃないと、まず出てこないだろう、そんな言葉と発想。
「おーい、桐野ー! ボケ桐野ー!」
取り敢えず、何かそれっぽい物を探そうと外に出ようとした僕に、ボンクラ沢渡が
駆け寄って来る。
一応生きてはいたらしい。
「お前、俺がどれだけ死の淵彷徨ったって思ってんだ! 助けに来いよ!
悲鳴上げただろ!」
「知らねーよ。聞こえてなかったよ。で、何か見つかったか?」
「ああ。鈍いお前と違って、俺はスイートスポットってのがしっかりわかる人だからな。
こっち来てみろよ。マジベンジョンションちびるぞ」
何が言いたかったのかわからなかったが、取り敢えず付いて行く事にした。
薬草はまあ、後で良いだろう。
って言うか野草の見分け方なんて知らないし。
「お、ここココ。ホラ、これ凄くね? って言うかコレ見つけた俺凄くね?
やっぱこう言うのってさ、選ばれし物が見つける運命なんだよな。
俺そんなに主張強い方じゃないけど、やっぱ向こうから惹き付けられるって言うか、
このカリスマ性滲み出てる感じ、くふっ」
沢渡が悦に浸りながらしゃがみ込んで指差したそこは、岩場の中で一箇所だけ平らになっていた。
表面は円状になっていて、直径は1メートルくらいある。
明らかに人工的な加工が施されていた。
「これ、もしかして……マジにビンゴなんじゃないか?」
「だろだろ〜! 多分さ、ここに立つと光がパァーッて出て来て、それでトリップすんだよ」
その映像を想像してみる。
しっくり来ると言えば来るけど……
「いや、ついにこの日が来たね。俺はいつかやる男だと思ってたよね、実際。
ホラ、一月くらい前に俺の周りにやたら蚊が群がってきてたじゃん。
ああ言うの、兆候って言うんだろうな。俺の周囲に素粒子が漂ってたんだよ」
「SFとごっちゃになってるぞ」
「似たようなモンだろ。さて、それじゃ早速行ってみよっかね。俺がココで
突然消えてもビビんなよ? ちゃんと後に続けよ? ビビ、ビビビイビビビビ
ビビビんじゃねーぞ」
物凄いビビりながら、沢渡は平らな円の場所に立つ。
その円の表面に薄く『→ 出入口』と言う文字が見えた。
案内板らしい。
何気に、センスのいいオブジェだった。
ちょっと気に入った。
もし、僕が異世界への扉を自由に開ける能力を手に出来たとしたら、
その扉はここにしたい、ってくらい。
案内板って言うのも、何かを暗示してるようだし、丁度いい。
……あ、そう言えば小日向を放置したままだった。
これ以上待たせると何言われるかわかんないな。
適当に野草をちぎって持って行こう。
「どどどどうだ? 俺、光に包まれてる? 優しい光に包まれてフォーエバー?」
「ああ、包まれてるよ。後、蚊の大群にも」
「マジで!? やったぜオイ! なあ、最初どんな街に行けば良いかな!
ちゃんと拠点とかあっかな! って言うかかかかかか痒ーーーーーーーっっっ!」
小心者は汗掻きと良く言うけど、実際そうらしい。
汗には血液成分の臭いも含まれてるから、蚊が集まりやすいとの事。
まあ、気に留める事でもない。
とっとと野草、野草。
「……随分と遅延行為がお好きで。これからアンタをノドチャミユビナマケモノって
呼ぶけど、異論ある?」
小日向は地下水流に腕を浸しながら、不敵な笑みを零していた。
「薬草なんてそう簡単に見つからないよ。で、肘はどんな感じ?」
「ま、午後の用事はキャンセルになりそうな程度ね。家族でボーリングだから。
利き腕と逆の腕で投げて、間違って後ろに放り投げて家族の誰かの顔面を
陥没させても仕方ないでしょ?」
フフフ、と呪いの言葉を唱える。
酷い言いようだった。
一瞬、こいつは僕と同類なんじゃないかと思ったけど、やっぱ違うわ、コレ。
で。
結局――――この日は夕方までこの鍾乳洞で色々探してみたものの、
何一つとして異世界への手がかりとなるものは見つからなかった。
翌日。
「思うに、やっぱり『扉』や『鍵』を無作為に探すのは無理なんだ」
沢渡の家にやって来た僕は、一晩考えた上での新たな方針を表明した。
異世界へ通じる扉があったとしても、それを肉眼で発見されるようじゃ
ハッキリ言ってとっくに誰かが見つけてるだろう。
それよりは、選ばれるのを待つ方がずっと現実的だ。
でも、黙って待ってても仕方ない。
もしかしたら、仮に何者か、異世界人が既にこの世界に侵入していて、
自分達の世界に連れて行くべき人材を探しているかもしれない。
そう言う連中、或いはこれから人選を行おうとしている異世界人に対して
何らかのアピールをすると言うのが、一番建設的で現実的な方法と見た。
「なあ、俺デング熱でぶっ倒れねえかなあ……昨日の俺、多分200万匹くらいの
蚊に刺されたよ? 全身にモザイクが入ったみたいな感じになってたよ?」
「で。幾つか草案を練ってきたんだけど」
「聞けよ俺の魂の悲鳴を! 絶対あの鍾乳洞ヤブ蚊の住処だよなチクショー!
管理してる県とか市とかの責任だよな! これ保険とか慰謝料とかそんな感じの
何かで保証されないのかなあ!」
「やっぱり、大事なのは誠意だと思うんだよね。だって、向こうだって慈善事業で
やって来てる訳じゃないしさ。オーディションに参加する時だって、やる気ないの
バレバレで演技してたら失礼だろ? それと同じ。いかに自分が異世界に行く気が
あるかをわかり易くアピールすべきだと思うんだ」
「俺の健康を無視するなああああッ!」
悲鳴のような叫びが、沢渡の部屋の蛍光ペンダントの紐を揺らす。
僕は大きい音が苦手なんで、人差し指で耳を塞いでいた。
「お前、一度に200万匹の蚊に刺された事あっか!? もし俺が蚊アレルギー持ちだったら
完全ショック死のシチュエーションだぞ!? 超痒ーし! 買ってきたムヒ一回で
全部使い切っちまったよ! 軟膏を買った初日で使い切るこの切なさ、お前わかるか!?」
「全然わからない。って言うか、もう殆ど健康状態に戻ってるんだからそう目くじら
立てるなって。大体俺の所為じゃないだろ。お前が軟膏使い切ったの」
僕の冷静な指摘に対し、沢渡は意気消沈して布団に潜った。
ふて腐れたらしい。
中学生にもなって……
「それより、僕の草案を聞いてみて」
僕は取り敢えず昨日夜中の1時までかけて作成した企画書を取り出し、バン! と床に置いた。
「まず、『異世界行きます!』ワッペン。これはシンプルだけど結構効果あると思う。
向こうだって、日本語くらい覚えてからやって来るだろうっていう希望的観測の
上で成り立つ物って事と、恥ずい事が難点だけど。次に、異世界を表すサインを
さりげなく所持品に偲ばせる方法。これなら周りにもバレないから恥ずかしくない。
問題はサインなんだけど、基本は旅だから旅行用のボストンバッグを常に持ち歩くとか、
ファンタジー歓迎の意を示す為にファンタを持って歩くとか、どうかな?
おい、聞いてんのか、おい」
沢渡はいつの間にか不貞寝していた。
少し無視し過ぎた気もするけど、仕方ない。
僕のモチベーションはここ2日、自分でも驚く程に湧き上がっているんだから。
普段なら、人の話を聞かないで自己主張するなんて事は余りない。
もしかしたら、心の何処かで――――焦ってるのかもしれなかった。
「……これもダメかなあ」
何となく自覚してはいた。
僕はどうにも、頭が良くない。
発想力がない。
勉強にも興味が持てないから、成績は下位。
スポーツは、まあ普通。
これでも、小学生の頃はドッヂボールで一目置かれる存在だった。
主にキャッチの方でだけど。
ただ、中学生になってからは、その才能を活かす場所はなくなっていた。
部活にも入っていない。
一山幾らの、何処にでもいる凡庸な学生。
それが僕だ。
僕が異世界に行きたいのは、決して逃避じゃない。
この世に嫌気が差して、英雄になれる場所を探してる訳でもない。
憧れ、なんだ。
剣同士が擦れあって、火花が散って。
炎の塊がカニの化物の甲羅を爆発させて。
立派なお城の中に、私服でズカズカと入り込んで。
まるで芸術品のような外観の塔を、仲間達と共に見上げて――――
そう言う世界に憧れて止まないんだ。
あの日の、小学生最後の日に見た光景が、その憧れを更に具現化させた。
『もしかしたら実際にそんな世界があるんじゃないか?』
そう思う事は、愚かな事なんだろうか。
幼稚な発想なんだろうか。
現実と虚構の区別が付いていない、愚者なんだろうか。
本当は――――僕こそが然るべき施設へ行かなくちゃならないのだろうか。
「……なー」
その時、僕は寒気がした。
沢渡の声が、何となくいつもと違って聞こえたから。
僕の感覚が異常だったからかもしれない。
でも、確かに身震いがした。
それはきっと、予感。
「そろそろさ、止めね? いい加減」
止めろ。
何言おうとしてんだ?
お前はさ、友達だよな?
僕と異世界について語り合うたった一人の。
僕よりぶっ飛んだ事を考えてて、僕と同じくらい異世界に迷い込みたい同級生。
そうだよな?
そうだと言ってくれ。
言え――――
「この『異世界ごっこ』さ」
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