- 5日前 -
「海賊……?」
その日、自称"国際護衛協会"『アクシス・ムンディ』の面々は、中立国家マニャンの中心都市バルネッタにある拠点、レンガ造りの建物『守人の家』の会議室に集合していた。
会議室でやることといえば会議しかないが、会議にも色々ある。
建物の周囲の掃除を誰がやるか、掃除道具を誰が片付けるか、片付けた掃除道具を誰が掃除するか、掃除道具を掃除した掃除道具を誰が掃除するか――――等、実に重要な会議ばかりだ。
だが、今行われているのはその中でも最重要の位置づけに入る。
仕事に関する会議――――有り体にいえば作戦会議だ。
護衛を生業とするアクシス・ムンディの仕事は、常に複数の人数で行う。
一人で仕事をすることはないし、どこぞから依頼があったので、誰と誰を派遣する――――といった単純な仕事でもない。
護衛には、常にチームワークが求められるからだ。
重要なのは、意思の統一。
護衛における主目的は当然、守護すべき対象を守ること。
それ自体は単純だが、守るために必要なのは、例えば外敵を退ける強さや敵の襲撃を感知する察知能力といったわかりやすい力だけではない。
予め襲って来る可能性のある敵を想定し、その襲撃に備えて配置を決めたり、配置された場所でどの範囲までを見回るか決めたりと、非常に細やかな決めごとをしておかないといざ敵が現れた際に混乱するのは火を見るよりも明らかだ。
なので、しっかりと全員が同じ方向を向いておく必要がある。
作戦会議はその為の時間だ。
「はい。今回想定される敵は海賊です」
毎回、会議の議長役を務めているユグドは、怪訝そうに聞き直してきたクワトロ=パラディーノに対し、少し大げさに頷いてみせた。
現在、この会議室にいるのはユグドとクワトロの他、リーダーのシャハト、全身を甲冑で包んだ鎧娘チトル、演奏家のセスナ=ハイドン、謎の猫格闘家ユイ、そして加入したばかりの新人トゥエンティの6名だ。
なお、先日裏切り行為が発覚した宝石ハンターのスィスチ=カミンは、ユグドの計らいによってその事実を伏せたまま休職中。
禊を済ませた後に再度加入する予定でいる。
「ユグドよぉー。営業活動に関しちゃお前に一任してるんだけどよぉー、今回はちょっと意味がわかんねぇよぉー。なんで"武器万博"の護衛で海賊と闘わなきゃならねぇんだよぉー。海は関係ねぇだろ海はよぉー。関係ないけどよぉー、俺様はミル貝が大好物でよぉー、海って聞く度にミル貝のシンボリックな造形にゾクゾクするんだよぉー」
本当に関係のない話に突入したシャハトから全員が目を逸らし、会議は続行された。
「えー、一から説明するんで、聞いて下さい。なお、その前に武器万博の護衛っていうかなり大きい仕事を取ってきたオレに拍手をくれると嬉しいです」
そんなユグドの要求に、四人ほど拍手で応えた。
ちなみに、武器万博とは『武器万国博覧会』の略語で、年に一度行われている国際的な博覧会のことを指す。
武器という言葉が使われているが、実際に公開されるのは武器だけではなく、防具や武具に準ずる道具一式など、その種類は様々。
戦闘に使用する道具全般を展覧する催し、と括った方が正確かもしれない。
そして、この武器万博の目玉ともいえるのが、世界各国に僅かしかない武具を展示する『稀少武器』コーナーだ。
稀少武器は一般公開ではなく、各国の首脳をはじめ限られた人間にのみ閲覧が許可されているため、武器だけでなく要人を狙う不届き者が後を経たず、護衛の投入は武器万博において必須事項となっている。
武器万博の規模は相当なもの。
当然、アクシス・ムンディの面々だけで護衛できるはずがないので、あくまでも数ある護衛の中の一角を担うことになるが、それでも十分な栄誉だ。
報酬もそれなりの額が用意されるため、仕事としては非常に高水準。
この仕事を取るため、ユグドは世界中を飛び回って交渉を続けてきた。
その際に移動の手助けをしてくれたのが、龍騎士ラシル=リントヴルム。
灰色の長髪がトレードマークの美少女だが、実は少女どころか500歳を越える超長寿の老婆。
尤も、呪いによって年を取らない状態なので、老婆というのは適切ではないのかもしれない。
そのラシルの愛龍、ハイドラゴンのリュートは僅か数日でルンメニゲ大陸を横断できるほどの機動力を持っているため、ユグドはラシルに頼み込んで移動を手伝って貰い、今回の仕事を得ることができた。
勿論、幾ら移動力があろうと、肝心の交渉がまとまらなければ無意味なのだが――――ユグドの場合、営業については殆ど苦労はしていない。
「商売敵になりそうな連中の予算と戦力を把握しておけば、それよりちょっとだけ有利な条件を提示するだけで仕事は取れる。難しい作業じゃない」
とは、ユグドの弁。
とはいえ、実際には幾ら条件がよくても、何の信頼もない相手に護衛を頼む依頼人などまずいない。
なので、ユグドは売り込みの際には常に、相手のことを深く深く調べておく。
そしてその情報を元に、最も有効な交渉方法を導き出し、敢行する。
情に脆い相手には飢えを訴え、金だけを信じている相手には料金で誠意を見せる。
時には名声を得る為と割り切り、赤字覚悟で料金設定することもある。
それくらい徹底することで、ユグドは幾多もの交渉をまとめてきた。
そのキャリアの中でも、今回の武器万博の護衛は会心の交渉だった。
「あの時、オレは彼の疑り深い目を見て直ぐ言葉遣いを変えたんだ。まるで友達と話すようにね。そうすることで、警戒心を取り除き……」
「ユグド、話が長ーし! 長ーし! リーダーみたいっしょ」
そういった経緯もあり、自分の仕事内容を懇切丁寧に語っていたユグドに演奏家セスナの非情な言葉が突き刺さる!
「……そんなバカな。この世で最もあり得ないことを軽々しく口にしてはいけない」
「そりゃどういう意味だよぉー。俺様と似てるってのがそんなに不満なのかよぉー」
不満を口にするシャハトを無視し、ユグドはまるで背中から刺され虫の息となった少年が最後に母親を呼ぶ時のような切ない顔を見せる。
「今日は……会議を続ける気分になれない……解散……」
そしてフラフラと会議室から出て行った。
「むう……ユグドの背中が煤けて見える。これは相当に参っておるな」
「リーダーみたいは言い過ぎにゃ。酷い中傷表現にゃん。訴えられても文句言えないにゃー」
「セスナさん酷いですひどー! 言っていいことと悪いことの区別はつけるべきですくべー!」
「反省っしょ」
会議室がザワザワするなか、シャハトは一人途方に暮れていた。
- 4日前 -
「えー、昨日はすいませんでした。続きを始めます」
翌日――――幸いにも一命を取り留めたユグドは、疲れた顔で会議を再開した。
なお、シャハトは昨日と同じ体勢のままで途方に暮れ続けている。
「前置きが長くなりましたけど……どうして今回オレがそこまで自慢げかというと、護衛を任されたのが『稀少武器』のコーナーだからです」
だが、そんなユグドの言葉と同時に、シャハトの顔に生気が戻った。
同時に、他のメンバーも顔にも鋭さが現れる。
一瞬にして、会議室内が緊張感に包まれた。
「その話は聞いてねぇなぁー。リーダーの俺様にも隠してたのかよぉー?」
「ええ。それくらいの重要案件ってことです。仲間内でもおいそれと情報伝達ができないくらい。今の段階になってようやく伝えられる危険度にまで低下した、と思って下さい」
つまり、早い段階で仲間に報せることすら禁じられているほどの機密事項。
稀少武器の護衛とは、それほどの仕事だ。
「特に今回は、22の遺産が展示されるらしいですから。かなり厳重な警戒が望まれています」
「22の遺産……?」
ユグドの言葉の中の一節を復唱したのは――――長らく沈黙を守っていたトゥエンティだった。
ユグドの後にアクシス・ムンディへと加入した、数少ない人物。
意外なその反応に眉を潜めつつも、ユグドは小さく頷いた。
「そう。世界征服を目論んだとされる邪教集団『ドラウプニル教団』が残したとされる、いわくつきの22種の武具です」
ドラウプニル教団――――それは、遙か昔に世界有数の宗教団体としてその名を轟かせていた教団の名称。
しかし、その実体は世界を支配する為の邪教だと判明し、ルンメニゲ大陸を総轄するルンメニゲ連合の強い圧力によって縮小を余儀なくされ、自然消滅。
ここ数百年間は魔術士の総本山たるアランテス教会がその地位に就いている。
「ドラウプニル教団は呪いを専門とした邪教集団でしたから、22の遺産も全て呪いの武具だと言われています。しかも世界を支配するために作られた武器ですから、能力も格別です」
「呪いの武具であるか……正直なところ、不謹慎ではあるが興味を抱かずにはおられぬ」
オールバックの黒髪をかき上げるような仕草をしながら、クワトロは鋭い眼光をユグドに向けた。
彼を一言で表現するなら『求道者』。
元々は聖騎士を目指していた男で、その道を閉ざされてもなお、強さへの追及は続いている。
呪い付き、かつ強力な武具に対し関心を抱くのは当然だった。
「といっても、今回の武器万博で22の遺産全てが展示される訳ではないそうです。恐らく、1つか2つ……その程度でしょう」
「ガッカリなのですなのー」
「仕方ないです。相当強力な武器で、一所に何種類も集まることを連合が嫌ってるらしいですから」
指を口に加え残念がるチトルに対し、ユグドは肩を竦めてみせた。
なお、各々の仕草とは裏腹にユグドの方が年下だ。
「とはいえ、例え1種類しかなかったとしても、それを見に世界各国の首脳や貴族がやってきます。アクシス・ムンディの名前を世界に売り込む絶好機なんで、頑張って下さい。護衛中にこっそり展示物を見に行ったりしたらクビですよ」
「む、むう……なんたることだ」
釘を刺されたクワトロが脂汗を滲ませ、苦悶の表情を浮かべるなか――――
「……あのよぉー、解雇の権限があるのはリーダーの俺様じゃないかなぁーとか思うんだけどよぉー、そこんトコどうなってるんだよぉー」
「は? そんな権限ザコリーダーにあるわけないっしょ。身の程知れザコ」
「にゃっはっは。雑魚ってより稚魚にゃー。稚魚リーダーにゃん」
セスナとユイに嘲笑われたリーダーことシャハトはカクンと項垂れ、そのまま床に崩れ落ちた。
「では、これから具体的な作戦会議を開きます。万博の期間は三日間。開幕は四日後ですが、明後日には現場に行って……」
「ユグドォォォ! お客様よォォン!」
そんな絶叫と共に無造作に扉を開き、内股でドスドスと駆けてきたのは、オカマの元傭兵王ウンデカ(21)。
主にこの『守人の家』の家事全般を担う上に、戦闘力的にも最強クラスという万能オカマだ。
「どなたですか?」
「それがさァ、聞いてよォ! 超大物なのよォ! しかもイイ男なのこれがァ! イヤァァァン! 夢に出てきてワタシを食・べ・てェェェェ!」
2mを超えるオカマがクネクネしながら悶える様は、世界でも有数の猛獣、鬼嫁グリズリーが子供を殺され怒り狂う姿と酷似していた。
そんな地獄絵図に辟易しているユグドの耳に――――
「シュッと失礼するゼ」
そんな、気障ったらしい声が届く。
扉の方に目を向けると、そこには声の主と思われる男がいた。
目についたのは、青を基調としたタイトな服装と真っ赤なマント。
明らかに一般人や傭兵の格好とは異なる。
髪は男にしては長く、金色の美しくしなやかな前髪に切れ長の目が隠れていた。
その姿に、ユグドは見覚えがあった。
「……ノーヴェ=シーザー?」
ポツリとそう呟くのと同時に、ユグドの周囲の面々が一様に目を丸くし、扉の前に立つ男を凝視する。
当然の反応だ。
この名前を知っていれば、誰でもそうなる。
何故なら――――
「帝国ヴィエルコウッドの……皇帝だとぉー!?」
顔を引きつらせ口をパクパクさせるシャハトの言葉通りの身分だからだ。
ルンメニゲ大陸において、最も巨大な権力を持つとされる帝国ヴィエルコウッドには、まだ20代半ばの王がいる。
それが彼、ノーヴェ=シーザーだ。
普通に生活していれば、その名と容姿は自然と知識の中に入ってくる。
一度も目にしたことがない者であっても、直ぐに真偽の判断がつくくらいに。
勿論、外見と口調を似せようと思えば似せられるが、国際護衛協会などという特に国政と縁のない組織の前に皇帝の偽物が現れる理由などない。
「ようユグド。久々の割にシュッと変わってないな。成長止まったか?」
「もう17なんだから、成長だって止まりますよ。そっちだって、相変わらず神出鬼没ですね。皇帝のクセして」
呆れ気味にそう告げるユグドに対し、トゥエンティを除く他のアクシス・ムンディの仲間達はノーヴェの名を聞いた時より目を丸々とさせ、次の瞬間――――全員一斉にユグドへ覆い被さった!
「錯乱したか、ユグド! かの皇帝を前にまるで友人に対するかの如き振る舞い……命が幾つあっても足らぬぞ!」
「お前よぉー! お前そりゃねーよぉー! 幾ら最近の若者はフランクなのが可愛いとか言われてるご時世でもよぉー! ムチャクチャだよぉー!」
「ユグドたまに毒舌が過ぎるっしょ! 正直ドン引きっしょ!」
「早く謝るですはやー! 床に頭をめり込ませて謝るですめりー!」
「にゃにゃにゃ! ふぎゃーっ! ふぎゃぎゃぎゃぎゃーっ!」
結果、一番俊敏なユイが他の連中に押し潰される現象が発生。
ユグドはこっそり回避していた為、その様子を床に転がったまま横目で眺めていた。
「……お前さん、随分と騒がしいトコにいるんだな」
「帝国ほどじゃないよ」
「確かに……コイツはスタイリッシュに一本取られたゼ」
カッカッカ、と大笑いするノーヴェを尻目に、会議室内にはユイの鳴き声が延々と響きわたる。
そして――――
「イヤァァァァァン! ワタシを仲間ハズレにしないでェェェェ!」
最後に2mを超えるオカマがダイブし――――
「ぎにゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
鳴き声は断末魔の声へと変貌を遂げた。
【Draupnir's heritage;PRELUDE】
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