- 2日前 -
「……まさかこんなことになるとは」
心底呆れ果てたという口調で俯くユグドが今立っているのは、アクシス・ムンディの拠点がある中立国家マニャンの西に位置する大国、伝説国家ブランの北東部にある港町『メール』。
ルンメニゲ大陸の北西部一帯を占めるこの国は世界中の様々な伝説が集っており、聖剣エクスカリバーや月を堕とす魔術を記した書物など、世界的な武具から荒唐無稽な物まであらゆる伝説が混在している国として有名だ。
今回アクシス・ムンディが護衛を行う武器万博は、このブランの港街メールにて開催される。
メールは必ずしも栄えた町ではなく、ブランの中心都市『レジャン』や、エクスカリバーを祀っている『エクスカリバー大聖堂』といった観光名所と比べると知名度も低い。
それでもここが一大イベントの舞台に選ばれた理由は、ただ一つ。
「あれが会場か。中々スタイリッシュな舞台だゼ」
そうノーヴェが感心しながら眺めている方向に存在している。
そこにあるは――――旅客船スキーズブラズニル。
つまり、アクシス・ムンディが護衛を任された稀少武器のコーナーは、船舶の内部に設けられるという訳だ。
しかも、この船は今回の展示の為だけに調達されたらしい。
「ま、確かに万博の護衛を船の上でやるなんてシュッと予想できないだろうよ。けどな、護衛の観点で言えば、侵入経路も想定可能な敵も限定される分、アリな舞台だゼ?」
「いや、それは事前に聞いてたんで。信じられないのはそっちじゃなくて、貴方だ貴方」
隣で腕組みするノーヴェに対し、ユグドは頭痛が止まらないといった表情で眉間に親指の関節部を当てた。
「一体何処の世界に、護衛業に精を出す皇帝がいるんです? 明らかに世界有数の守られるべき存在でしょう、貴方は」
「守られるなんてガラじゃないからな、俺様は。そもそも、俺様より強いヤツがこの世に何人いるんだって話だゼ。カッカッカ」
そう高笑いするノーヴェの言葉通り、この皇帝は強さに関しても世界有数。
少なくとも、アクシス・ムンディに彼以上の使い手はいない。
そういう意味でも、万博の護衛など明らかに本来すべき仕事とは言えないのだが、二日前ノーヴェはにべもなく『俺様を護衛に加えろ』と命じてきた。
「やっぱり変わってませんね、以前お会いした時とちっとも」
「そういうお前さんだって変わってないゼ? 皇帝たる俺様に随分と生意気な口を利くところもな。お前さんの仲間、シュッと青ざめてただろ」
「今更、貴方に媚び諂うのは無理です。最初にあった時点で皇帝と知っていれば、話は別だったんですが」
交渉人ユグドと皇帝ノーヴェの出会いは、今から一年半前まで遡る。
当時、ユグドはまだアクシス・ムンディには加入しておらず、龍騎士ラシルへのプレゼントと考えていた龍槍ゲイ・ボルグの購入資金8500万マルツを工面すべく世界中を旅していた。
その途中で立ち寄った帝国ヴィエルコウッドに、ノーヴェはいた。
当然だ。
彼はその国の皇帝なのだから。
ただ、皇帝と一般人が接する機会など普通なら皆無。
それでも現実に起こり得たのは、ノーヴェが歴史上稀に見る行動派の皇帝だったからだ。
それも、国や騎士団を動かすのではなく、自分が動き回るという意味での行動派だ。
ユグドがノーヴェと出会ったのは、ヴィエルコウッドのごくありふれた酒場。
身分を隠し、一人で静かに飲んでいたノーヴェにゴロツキが数名絡んでいた場面だった。
ノーヴェの力をもってすれば、数秒で全員をあの世へ送れるほどの雑魚ども。
それに対し――――
「お前さん、俺様を取り囲んでた傭兵をシュッと押しのけて俺様の前に立ったんだったな。そして呆気にとられる傭兵どもを尻目に言ったセリフが『その剣をこの程度の連中を斬るのに使わないで下さい。せっかくの名剣の刃が無駄に痛みます』。あれは最高にスタイリッシュだったゼ。カッカッカ」
「……」
赤面するユグドに対し、ノーヴェは痛快そうに笑う。
武器屋の倅であるユグドは、武器に対してかなりの愛着を持っている。
特に、一目で業物とわかる武器に関しては、ラシルの件を抜きにしても執着せずにはいられない。
骨太と思われるゴロツキどもを斬るのは、その剣の寿命を縮めてしまうだけ――――そう惜しむほどに、ノーヴェが持っていた剣は優れていた。
「最初は頭のシュッとイカれた野郎だと思ったもんだゼ。もしお前さんが武器に精通してなかったら、あの時点で斬ってたかもな」
「こっちだって、皇帝だと知ってれば話しかけもしませんでしたよ。まさか、酒場で見つけた気のいい名剣の持ち主が世界的な権力者なんて……」
それを知ったのは、奇妙な出会いから2週間後。
その間、二人は毎日ヴィエルコウッドの有名な武器屋を巡り、武器談義に花を咲かせていた。
「どうせならずっと黙ったままでいて欲しかったですね。別れ際についでみたく『あ、俺様ってこの国の皇帝なんだゼ』とか言われても、対応に困るんですよ」
「そのシュッと困った顔が見たかったからな。カッカッカ」
当時と全く同じ顔で笑うノーヴェ。
ユグドはそんな無邪気さを持ち続ける彼の姿を、少し懐かしく思っていた。
「……で、目的は?」
「だから今言ったろ。お前さんの困った顔が……」
「じゃなくて。今回、俺を訪ねてきた理由ですよ。護衛のヘルプを申し出てきたのとも無関係じゃないんでしょ?」
ジト目でそう決めつけるユグドに対し、ノーヴェは――――
「スタイリッシュ。当たりだ」
細い人差し指でユグドを差し、肯定の意を唱えた。
「この仕事を受け持つ以上は、お前さんも知ってるよな? 22の遺産は」
そして、笑みを消しながらユグドの顔を射抜くような鋭い目で見つめる。
戸惑いつつも、ユグドは首肯した。
「ここまで言えば、俺様の目的もシュッとわかるだろうゼ」
「22の遺産を……守るため? 最初から協力する気だったと……?」
「肯定だゼ。22の遺産は世界の文化遺産だから保護しないとな。そのための交渉と、遺産を付け狙うクソどもをシュッと排除するのが目的だ」
つまりそれは――――明確に22の遺産を狙っている敵がいることを意味する。
護衛の仕事では、常にいるかどうかわからない、襲って来るかどうか不明な仮想敵を予め設定しておくものだが、ノーヴェの口調は断定的だった。
「嘘だと思うか?」
「……皇帝の情報収集能力を疑う理由はないです。それに、貴方が幾らヒマ皇帝でも、俺を騙すためにわざわざ足を運んだりもしないでしょう」
「そういうことだゼ。武器万博の主催者は22の遺産の真の価値を知らないらしい。かといって、国で圧力かけて中止に追い込めるほど小さなイベントでもない。なら、俺様が守るのが一番確実かつスタイリッシュな方法って訳だ」
皇帝が単独で護衛に参加するという時点で荒唐無稽な計画ではあるが、ノーヴェの性格を知るユグドはほぼ納得した。
とはいえ、22の遺産がノーヴェにとってどれほどの意味を持つのか、ユグドには知る術がない。
幾ら気の知れた間柄でも、聞かれて直ぐ答えるような軽いものではないだろう――――そう判断せざるを得なかった。
「ま、そういう訳だから遠慮せず俺様を駒扱いしていいゼ」
「贅沢な話ですね……遠慮はしませんけど」
実際、そんな余裕はない。
今回は、アクシス・ムンディの未来を左右するほどの大仕事。
そのためユグドを含む全員が出動する予定だったが、ユイが負傷により離脱を余儀なくされ、セスナがその看護を受け持つことに。
更にスィスチはまだ休養中とあって、戦力不足は否めない。
ノーヴェの思惑と一致するのなら、それを利用するのに躊躇いは不要と判断し、ユグドは最も重要な場所にノーヴェを配置することを決めていた。
「せっかくなんで、仮想敵についての情報も少しくれません? 準備期間が短かったんで、調べる暇がなかったんですよ」
「いいゼ。護衛は協力第一だからな。22の遺産を狙ってるヤツらはごまんといるが、今回襲撃の可能性が高いのは……」
腕組みしながら、ノーヴェは前髪から覗く眼光を鋭くする。
そして、その口から出た敵の名は――――
「龍騎士ラシル=リントヴルムだ。知ってるか?」
ユグドのよく知る人物だった。
「……一応」
「有名人だから当然だな。大層な美人らしいが、腕もシュッと立つって噂だ。一度お相手願いたいもんだゼ」
そう言うノーヴェもかなり整った顔立ち。
二人が並べば、外見上は絶世の美男美女カップルとなりそうだ。
「でも、なんで龍騎士が遺産を狙ってるんですか?」
「そこまでは知らないゼ。わかってるのは、その龍騎士の女が22の遺産のウチの一つを所持してるってことだ」
「……龍槍ゲイ・ボルグ」
ポツリと呟いたユグドの言葉に、ノーヴェの眉がピクッと動く。
「そういえばお前さん、その武器をシュッと買おうとしてたんだったか。残念だったな」
「あ、いや、それはいいんです。ただ……」
ユグドは、ラシルがゲイ・ボルグを欲しがっていた本当の理由を知っている。
そもそもあれは、彼女が元々愛用していた武器だ。
その為、普通に考えればゲイ・ボルグが22の遺産であるはずがない。
遺産は、かつて世界を支配しようとしていた邪教集団が生み出した呪いの武具なのだから。
しかし、引っかかることが一つ。
ゲイ・ボルグの彫刻細工として装着されていた赤い石『カーバンクル』は、確かに呪いを有していた。
カーバンクルをゲイ・ボルグの一部とみなすなら、ゲイ・ボルグ自体が呪いの武器という解釈もできる。
となれば、22の遺産である可能性は否定できなくなる。
「なんだ? 隠してる情報があるのならシュッと言いな。こっちもスタイリッシュに話したゼ?」
「あ……はい。では黙秘します」
ユグドはしれっと情報の隠匿を図った。
「おい。何処の世界で皇帝が素直に話して年下の一般人が黙秘するなんて構図が成立するんだ?」
「きっと弱者に優しい世界なんでしょう。それに、黙秘も一つの情報ですよ。情報不足もね」
そう指摘したユグドに対し、ノーヴェは――――終始口の端を吊り上げていた。
怒った様子は一切ない。
自分に媚びへつらう相手より、刃向かってくる相手の方が遥かに好印象。
それがノーヴェ=シーザーの嗜好だ。
「チッ……何にしても、今回は海の上が舞台だ。敵は海か空か、どちらかに限られる。当然、龍騎士は候補に入るだろうよ」
ノーヴェの想定はラシルの移動手段を多分に考慮してのものらしい。
だが、ユグドの視点からはラシルがゲイ・ボルグ以外の22の遺産を集める理由など見当たらない。
二人の見解は真っ二つに分かれた。
尤も、それを知るのはユグドのみだが――――
「わかりました。では、空海双方の敵を想定して配置を組み立て直します」
「シュッと快諾だ。それじゃ、俺様は一足先に宿に戻るゼ」
「その前に、一つ」
踵を返したノーヴェを、ユグドはやや強めの声で引き留める。
「貴方の目的は、本当に22の遺産を守ることだけですか?」
そんな、本来なら無礼極まりない問いかけに対し――――
「黙秘だゼ」
ノーヴェは気にも留めない口調でそう答え、その場を去って行く。
その後ろ姿を、ユグドは苦笑しながら眺めていた。
「……素直な人だ」
呆れ気味にそう呟きつつ。
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