エッフェンベルグの北に位置するベルカンプは、宗教国家という二つ名で知られる異質な国だ。
現在、ルンメニゲ大陸で最も有名な宗教は、魔術の始祖を神と崇めるアランテス教。
何しろ魔術士がそのまま教徒ということもあって、魔術国家デ・ラ・ペーニャを中心に、世界各国に膨大な数の教徒が存在する。
そんな絶対的な存在が君臨していることもあり、他の宗教は全て少数派というのが現状。
かつては栄華を極めた精霊信仰も、今となっては自然国家ライコフなど一部の国でひっそりと伝えられるのみとなっており、アランテス教一強時代が長らく続いている。
だが、この宗教国家ベルカンプだけは他の国とは違い、アランテス教会の影響力が然程ではない。
というのも、この国には実に2,458種類もの宗教団体が存在しているからだ。
街を歩けば勧誘、村を歩けば勧誘、校外に出れば勧誘、山奥に逃げても勧誘。
各地域で熱心な勧誘合戦が繰り広げられている。
尤も、この中で国から宗教団体だと正式に認められているのは僅か12。
それ以外の宗教は全て『モグリ』であり、その多くは邪教、新興宗教など怪しげな連中とあって、ベルカンプはルンメニゲ大陸全15ヶ国の中でも際立って不気味な国だと言われている。
行商人がそれなりの額を支払って護衛を雇うのも無理のない話だ。
「……とは言ってもよぉー、なんとかならねぇかぁー? あの勧誘ラッシュはよぉー。聞いてるだけでウンザリだぜぇー」
ベルカンプの南東に位置する首都ホーフスタットまで無事行商人を送り届けたアクシス・ムンディのリーダー、シャハト=アストロジーがそう嘆く間にも、右から左から勧誘の声が無造作に投げつけられている。
ただ、その声はシャハトに向けられたものではない。
というのも、アクシス・ムンディの面々は皆一様に真っ黒なローブで全身を覆っているからだ。
ローブは魔術士が好んで着る衣服であり、アランテス教の証としての一面もある。
尤も、ローブを着る一般人がいない訳ではないし、体型を隠す服装としても知られている為、ローブを着ているからといってアランテス教と決めつけることはできない。
だが、集団で真っ黒のローブを身につけているとなると、話は別。
真っ昼間に堂々とそんな怪しげな服装で街中を歩くのは『我等は世界最大派閥アランテス教の一味なり!』と誇示する意図があるか、単に危ない連中かのどちらかだ。
幾ら厚かましさでは右に出る者のいない宗教勧誘であっても、こういった連中に好き好んで接触することはない。
このベルカンプに赴くにあたって、ユグドが考えた勧誘防止策は見事に当たった。
行商人も予想以上に円滑な移動が出来た事に大喜び。
率先してアクシス・ムンディの名を多方面に宣伝すると約束してくれたくらいだ。
今回の仕事は大成功だった、と言えるだろう。
「……でも、一回も敵に襲われない護衛は張り合いがないにゃん」
「だよな。おれ、この日の為に得物新調したんだぜ。なんか拍子抜けしちまった」
謎の猫格闘家ユイと新入りの元海賊トゥエンティがブツブツ不満を言い合いながら歩く姿を、ユグドは後ろから生暖かい目で見守っていた。
「ユグド、そのクッソ細くした気持ち悪い目は何っしょ? クッソ不気味っしょ」
「セスナさんにはこの『敵襲があったら真っ先に考えなく突っ込んでボロボロにされて治療代を消費するであろう無駄に好戦的な二人があんなこと言ってるよハハハ』って目がわかりませんか? 音楽家なのに繊細さがないですね」
「……思った以上にユグドの闇は深いっしょ」
仲間に酷評されるも、ユグドは意に介さず終始機嫌がよかった。
今回の仕事は、交渉から完遂まで全てに納得のいくものだったからだ。
新規開拓に成功し、危険度も最小限に抑え、費用も余り掛からずといい事ずくめ。
嫌な予感は杞憂に終わった――――そう思えば心が晴れやかになるのも無理はない。
足取りも軽やかになるというものだ。
「ところでよぉー、これからどうするよぉー? 一仕事終えたことだし、全員でパーッと打ち上げでもするかぁー?」
先頭を歩くシャハトの呼びかけに、全員が立ち止まる。
打ち上げ、それ自体はとても魅力的な言葉。
しかしアクシス・ムンディにおいては寧ろ危険極まりないものとなる。
「あらァァん! いいわねェェ! ワタシ今日トコトン酔いたいキ・ブ・ン♪」
図体のやたらデカい、酔うと暴れるオカマ――――ウンデカがいるからだ。
身長2m超え、隊員随一の腕力を誇るこの生命体が理性をなくし猛牛と化す様は、下手な戦場より余程生命の危険を覚える。
ウンデカ以外の全員が、言い出しっぺのシャハトを殺す勢いで睨みつけた。
「よぉーし! そんじゃ今日は俺様の奢りだぁー! 死ぬほど呑ませてやるから覚悟しろよぉー!」
そんなリーダーらしい気風の良さを見せても周囲の目つきは一向に変わらず――――
「そういえばここ、ユイの故郷のブランの近くにゃん。ユイ、この機会に里帰りするにゃん。さらばにゃー!」
「思い出したっしょ! もうすぐホッファーで魔曲の演奏会があるっしょ! 聞きに行かねばねばねばねば!」
「あー……おれ、海賊だったけど酒飲めないからパス。先に帰ってるわ」
ユイ、セスナ、トゥエンティは間髪入れずにスルリと逃げ出した。
なお今回、鎧っ娘ことチトル=ロージと元騎士のクワトロ=パラディーノは『武器万博』護衛の際の怪我が癒えていない為、拠点で療養中。
加入を表明していたフェム=リンセスは親を説得する為に美術国家ローバへ一時帰国。
残されたのはユグド、シャハト、ウンデカの三名となった。
「……」
涙ぐんだシャハトの目線が訴えかけてくる。
お前だけはいてくれるよな?
お前はあいつらみたいな薄情者じゃないよな?
そう訴えてくる。
粘着質に。
熟考――――
「急用が僕を追い越していきました。追いかけなければなりません、男として。では」
――――する要素など微塵もないので、ユグドもサッと抜け出した。
後ろからユグドぉーてめぇーとかいう気の抜けた叫び声が聞こえるも、一切無視。
こうしてユグドは宗教国家ベルカンプでひとりぼっちとなった。
これまで交渉のため世界各国を渡り歩いてきたユグドだったが、この国に関しては極力避けてきた。
一度だけ訪れた際の印象が最悪だったからだ。
とにかく、街を歩けば勧誘の嵐。
宿屋に泊まれば30分おきにノック音。
観光など一切無視した嫌がらせに等しい執拗さに精神をやられてしまう。
そして――――
「すいません! ちょっとよろしいですか?」」
一人になった途端、早速の声かけ。
いくら黒ローブ着用でも、集団でなければ怪しさは半減する。
このレベルでは勧誘を牽制するまでには至らないらしい。
ちなみに、かけられた声はヴィエルコウッド語。
ベルカンプの遥か南に位置する帝国ヴィエルコウッドの公用語だが、ここベルカンプでも公用語として使われている。
ルンメニゲ大陸における言語は、各国それぞれ独自に体系化されている為、各国に自国語が存在する。
また、多民族国家においては複数の公用語を持つケースもあり、言語の種類は多い。
これは通貨においても同様で、交易の活性化を阻害しているという意見も多く、双方において統一すべきという声も上がっている。
そういった背景もあって、近年では一つの言語を大陸共通の公用語にしようという動きがある。
率先して訴えているのは、大陸で最も強大な力を持つ帝国ヴィエルコウッド。
自国の公用語であるヴィエルコウッド語を『ルンメニゲ語』とし、全ての国で公用語として使用するようにと訴えている。
ベルカンプでヴィエルコウッド語が使用されている理由は、この訴えに賛同しているからだ。
宗教の自由を謳っている宗教国家はその性質上、他国と比較し様々な人種が集う。
かつてこの国では、複数の公用語が入り乱れ、国内が中々一枚岩になれず差別や内戦が氾濫していた。
それを改善したいベルカンプと、自国の言語を広め国力を強化したいヴィエルコウッドの利害が一致した結果、現在のベルカンプがある。
「……はい。なんでしょう」
ユグドは辟易しつつも、万が一勧誘以外の目的である可能性を考慮し、ヴィエルコウッド語で対応した。
交渉士という職業柄、大陸全ての言語を一通り頭に入れている。
勿論、全ての言語を使いこなせる訳ではないが、ヴィエルコウッド語に関しては母国語であるロクヴェンツ語の次に流暢に話せるため、日常会話に関しては全く問題なく扱える。
声をかけてきたのは、見るからに怪しげな風貌の、やけに眉の太い男。
外見から、年齢は20代半ば〜後半と思われる。
声にしろ顔にしろ、やたら暑苦しく――――
「私は慎ま乳(つつまちち)教団の教徒、エクスカリバル=スタンドゥアローンと申します。慎ましい胸をした女性こそが女神。なだらかな微曲線を描いた胸部こそが神聖。この真理を説く役目を神より賜りし者として、貴方の未来を預かりに来ました」
そして真なる変態だった。
「……聖剣みたいな名前を付けてくれた親御さんにまず謝ろうか」
「何故です!? 神の使徒となったこの私に相応しい名前だと思うのですが!?」
「それより、二度と僕に話しかけないでくれますか。オレは慎ましい胸をした女性を否定する気は一切ありませんが、自らの性的倒錯を誇示する男には反吐が出ますので」
ニッコリと微笑み、ユグドはエクスカリバルと名乗る変態に呪詛をぶつける。
その笑顔に一瞬怯みながらも、流石にこの程度の脅しには慣れているのか、エクスカリバルは屈しない。
「最初は誰でもそ――――」
「貴方が幾ら慎ましい胸を愛そうと!」
だがそんな不屈の男を、ユグドは食い気味に制する。
「貴方が幾ら慎ましい胸を愛そうと、慎ましい胸が貴方を愛することは決してない。決してだ」
淡々と、それでいて徐々に接近しながら圧力をかけてくるユグドに、エクスカリバルは思わず後退し――――
「貴方に本物の覚悟があるのなら、慎ま乳教団の教徒になるのではなく、慎ましい胸をした女性の奴隷となるべきだった」
「……!」
膝から折れ、地面に崩れ落ちる。
「そ……そうか……そうだ……私は何を浮かれていたのだ……教徒など……私は僕……慎ま乳の奴隷であるはずだった……どこで間違えた……?」
ユグドの指摘に心から感銘を受けたらしいエクスカリバルを無視し、ユグドは再度歩き出す。
その後も面倒な勧誘に対して適当な発言で回避し――――気付けば夜。
一分歩く度に勧誘という状況ではまともに動くこともできず、あっという間に一日が消費されてしまった。
「部屋には誰も近づけないで下さい。あらゆる勧誘はお断りしますので。もし一人でも通せば、僕はその事実を少し感情的になって多方面にバラまくかもしれませんが、仕方ないですよね」
「は、はい。ではそのように対処致します」
宿の主人に笑顔で懇願し、三階に寝床を確保。
ユグドは疲れ切った心を癒やすべく、窓の傍に立ちそこから見える景色に視界を委ねた。
昼間は混沌とした街並みも、夜になると少しは見栄えする。
ユグドには夢がある。
野望と言い換えても差し支えない。
アクシス・ムンディを世界一の護衛組織にするという野望だ。
その道のりは遠く険しいが、今回のように好評を博すような仕事を何度もこなしていけば、いつか必ず大きな仕事に巡り逢う。
そこで成功を収めれば、一気に距離を縮められるはず。
そうすれば、あの女性をあらゆる脅威から守ることができる――――
「……なんだ?」
眺めていた風景に突如、邪魔者が現れた。
しかも大勢。
宿の下の広道に十数人の人物がワラワラと押し寄せ、宿の前を走り去って行く。
何事かと考える間もなく――――
「だ、ダメです! 通すなと脅されています! もし通せばこの宿はかつてない風評被害に……」
宿の主人の必死な制止を無視し、ユグドの部屋の扉が勢いよく蹴破られた!
「……」
内開きならぬ内破壊を行った人物は――――骸骨だった。
正確には、髑髏を模した仮面を被っていた。
性別は当然、不明。
仮面はフルフェイス型で、髪もその中に収まっており、身体には革製のスリムな鎧の上から銀色の胸当てを身につけている。
鎧を着けている時点で男の可能性が高いのだが、何しろチトルのような例があるので断言はし辛い。
「ここに、人を匿っているのはわかってる」
初めて発せられた声は、ヴィエルコウッド語。
仮面によってくぐもったものになっていたが――――明らかに女声だった。
「素直に差し出せばよし。抵抗すれば、このドラゴンキラーで……」
そして、女性と判明した髑髏の襲撃者は、左腕をググッと上げ、そこに装着されたアームブレイドを掲げてみせた。
一目で業物とわかるほど、その剣は美しく輝いている。
「ずしゃっ、ずしゃっと切り刻んでやるの……フフフ……」
だが、言動は美しさとは対極の内容。
髑髏の仮面に見合った、禍々しい脅迫だった。
「さあ、出しなさい! こっちは別に、その身体を切り刻む機会の方を貰っても全然構わないけど!」
「……なんなんですか、これ」
一人で勝手に吠える髑髏を無視し、ユグドはその後ろで狼狽している宿の主に声をかけた。
「じ、自分は悪くありませんよ? この方が『人を探してるから全室見て回る。鍵を寄こせ』って仰るものですから、この部屋だけはダメですと答えたら『そこが怪しい』と言い出して……」
「当たり前でしょ……他に気の利いた断り方なかったんですか」
頭を抱えつつ、ユグドは再度髑髏の方に目を向ける。
仮面はかなり精巧な造りで、薄暗い場所なら確実に骸骨が立っているように見えるだろう。
睨まれるだけで萎縮しそうなほどの恐怖――――とは紙一重の滑稽さがそこにはあった。
「貴方が何を探しているのかは知りませんけど、ここにはオレ以外誰もいませんよ。望むなら勝手に探して下さい」
「その余裕……怪しい……さては既に切り刻んで窓から捨てたとか」
「どうしてそう、いちいち猟奇的なんですか」
呆れ気味に嘆息するユグドに対し、髑髏の襲撃者は顎をクイッと上にあげた。
鼻で笑っているようだが、仮面で覆われている為全く意味を成していない。
「どうやら髑髏に耐性があるみたいね。大抵の人間は恐怖の余り白状するんだけど……攻め方を変えるとしよっか」
脅す為の作戦だったらしい。
髑髏の仮面を被っているのもその一環だったのか、あっさりと脱ぐ。
案の定、女性だった。
「ふぅ……」
そう息を吐きながら、髑髏の襲撃者は美しき女性の襲撃者へと姿を変える。
仮面から解放された黒髪は、ラシルの長髪とほぼ同じ長さ。
目つきはややラシルより悪く、鼻筋はラシルとよく似てスラッとしており、唇はラシルよりやや薄めながら全体的にかなり整っている。
体型は鎧をまとっている為判断し辛いが、身長はラシルとほぼ同じくらいだ。
目つきはともかく、全体像としてはラシルと比較しても遜色ない美女。
首元は装飾豊かな首飾りで彩られ、より美しさを際立たせている。
「なんか特定の女性としつこく比べてるかのような視線が気になるけど……ま、いっか。どう? 少しは話しやすくなったでしょ?」
そんな美女が突然、目を細め笑顔を見せる。
先程までの髑髏の仮面との落差の大きさは、確かに親近感を抱かせるものだが――――
「作戦ってのがバレバレな時点で無意味だと思うんですけど」
「ちいっ……笑顔だけで色仕掛けは無理か」
そういう問題でもないが、元髑髏の美女は指を鳴らして悔しがっていた。
それなりに頭を使っている点は散見されるが、どうにも要領を得ない。
「こうなったら、もう力ずくで吐かせるしかないねー。覚悟なさい。私、強いから」
「いやいやいやいや……だから好きなだけ探せ、っつってるでしょ」
「そんなアッサリ探させようとしてる時点で、ここにはもういないってのはわかってるの。居場所を吐かせないと、ね」
彼女の中では、既にユグドが彼女の探している何者かを匿っている設定が定着してしまったらしい。
左腕をグルリと回し、不敵な笑みを浮かべている。
元々悪い目つきが更に悪くなった。
「運が悪かったねー。貴方が匿っている人物は、ここで貴方を殺してしまっても一切問題ないくらいの大物なの。恨むなら自分の軽薄さを恨むのね」
元髑髏の美女が笑みを消す。
同時に膨れ上がった殺気は、相当に鋭敏。
自ら強いと宣言するだけのことはある。
このままでは、濡れ衣の罪で処刑される――――
「……仕方がない」
訳にもいかないので、ユグドは即興で策を練った。
これだけの短時間で練られる策など知れているが、何もしなければそこで人生が終わってしまう。
「どうやら、ここまでですね」
「……え? 観念しちゃった?」
「ええ。最後まですっとぼけられると思ったけど、参りましたよ」
ユグドは観念したかのようにため息を漏らし、肩を竦める。
当然、ユグドはこの女性を満足させる答えを知らない。
誰も匿ってなどいないのだから。
一方、髑髏の女性は何故か若干戸惑っていた。
「とはいえ、ここで漏らす訳にはいきませんね。聞いてる人が他にもいるし、この宿の壁はお世辞にも厚いとは言えないですから」
「あ……うん、そう! 確かにそうよね。一応、あんなでも王女だからねー」
ポツリと漏らした元髑髏の女性の言葉に、ユグドは思わず目を丸くした。
この女性だけでなく、先程窓から覗いた大勢の人間が必死になって探していると推察すれば、相当な権力および財力を有した人間或いはその肉親であるという予想はできた。
だから敢えて、ここで話すのは危険だという理由で一旦場所を移すと提案し、その途中で逃げようと考えていたのだが――――流石に王女とは想定していなかった。
「お、王女……?」
当然、宿の主人も驚きを隠せない。
「あ、しまった」
ついでに発言した本人も。
失言に気付き、サーッと顔が青ざめる。
「王女を追ってることは、国家機密……それを知った人間は生かしておけない」
「なっ!?」
羞恥でプルプルと震えながら、元髑髏の女性はアームブレイドを装着した左腕をスチャッと構えた。
責任転換というか、完全な言いがかりなのだが、国家機密を知ってしまったとなれば確かに死は免れない。
背後に立つ宿の主人は恐怖の余り――――
「……ならばここで貴様を倒すのみ」
なんか覚醒した。
「今でこそ宿屋の主人に落ち着いたが、自分も昔はこの国の邪教を全て潰そうと立ち上がった誇り高き傭兵軍の生き残り。散っていった戦友に顔向けできないような死に方は許されない」
「……へ?」
「憤怒ッッッ!」
全く、本当にこれっぽっちも予期していなかった宿の主人による異様な速度の手刀に反応できず――――
「へごっ!?」
ゴスッという鈍い音と共に、元髑髏の女性はその場に沈む。
「ふう……これで戦友に顔向けできる」
「は、はあ」
キラキラと輝く汗を拭いながら、やりきった感で満たされた笑顔を見せる宿の主人に対し、ユグドはただただ呆然としていた。
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