「まずは……この琥珀の間を作った人物が誰なのかを考えてみましょう」
ようやく迷いが消えたユグドの目の中で、琥珀色一色の空間が妖しく光る。
この派手な色味も、ノーヴェをおびき寄せる為と考えれば、合理性は兎も角として納得は出来るが――――
「もしかしてノーヴェさん、琥珀色が好きだったりします?」
「スタイリッシュ。黄金の美しさと夕焼けの侘びしさを兼ね備えた、深みのある色だゼ」
ユグドの質問によって、確かな合理性も明らかとなった。
これで身内の犯行である点と、ノーヴェを狙い撃ちした点はほぼ確定だ。
「となると……怪しいのは皇位継承順位1位の人間か、その人間の関係者ですかね」
ノーヴェを貶め、皇帝の座から引きずり下ろす事で自らが皇帝となれる、或いは同等の権力を得られる。
そういう人物が犯人候補の一番手と考えるのが自然だ。
一方、ノーヴェの見解はやや異なる。
「そうとも限らないゼ。俺様を嫌ってるヤツは帝国内にも腐るほどいるだろうからな。自分の地位向上とは関係なく、俺様に消えて欲しいと願ってる連中は相当いるゼ」
「……もしかしてノーヴェさん、ぼっち皇帝なんですか?」
「25歳で大陸一偉い役職に就くってのは、そういうモンだゼ。お前さんならシュッと想像くらい出来るだろ?」
投げやりでもなく、自嘲でもなく、ノーヴェは堂々とそう言ってのける。
嫌われる事に対し、全く抵抗や恐怖心がない。
その意志の強さは、ユグドが彼の美徳として認識している通りだった。
「だからといって、周り全員が敵とは思ってないゼ。俺様が強い皇帝でいる限りは味方、ってヤツが大多数だ。中には崇拝してやがる物好きもいる。現状に悲観してる訳じゃないゼ」
そう言って笑うノーヴェに、帝国を支配する皇帝としての威厳は微塵も感じられない。
そもそもユグドは、ノーヴェが皇帝としての振る舞いを見せるような場面に出くわした試しがない。
寧ろ、まるで冒険者のような自由さで剣を振るう一介の剣士としての印象が遥かに強い。
ただ――――その剣士としての力を付けた背景には、皇帝としての格を持ち合わせない年齢故の苦悩があったのかもしれないと、ユグドはこの時初めて思い当たった。
若き皇帝でありながら世界屈指の剣士。
この上ない肩書きだ。
しかしそれは、若き皇帝"だからこそ"世界屈指の剣士とならなければならなかった、とも解釈出来る。
「ま、良い物食って良い所住んで良い剣も自由に買える身分なんだから、それくらいの苦悩は背負って然るべきですね」
「……その通りだが、もうちょいシュッと労ってくれていいんだゼ?」
「ならその気持ちを仕事に反映させましょう。現状では、貴方の周囲の人間による罠が濃厚、ただし犯人の特定は困難……ってとこですね」
現時点ではそれ以上の予想は出来ないと判断し、ユグドは琥珀の間から視点を変える事にした。
「次は……これからどうするか、ですよね。幾ら罠とはいえ、ノーヴェさんは22の遺産を集めてる訳で、回収しなくちゃならない」
「スタイリッシュ。実際、誰の仕業かなんて些末な問題だゼ。重要なのは、どうすればこの場所にある22の遺産を俺様の物に出来るか、だゼ」
そう唱えつつ、ノーヴェは腰に下げていた王剣アロンダイト――――ではないが業物と思しき長剣を抜き身にし、素振りを始めた。
「何故今、剣を抜く必要が……?」
「鍛錬の時間だゼ。今後の検討なんざ、シュッと素振りしながらでも出来るからな」
「オレを急かす為に剣を抜いたんじゃないでしょうね……ったく」
不穏なやり取りの最中、ユグドは常時『琥珀の間』のあらゆる場所を調べていた――――が、22の遺産どころか手がかりすら見当たらなかった。
他に考えられるのは、隠し部屋や別の場所へと通じる隠し通路などの存在。
その場合、調査する上で最も確実なのは打診法。
叩いて、その音で空洞があるかどうかを判定する、原始的ながら有効な手段だ。
とはいえ、このような簡単に行える方法は既にノーヴェが試行済み。
案の定、結果は空振りに終わった。
「罠にはめる気があるのなら、必ずノーヴェさんが22の遺産を発見出来るように仕向けている筈。でも実際には見つからない……か」
それが何を意味するのか。
ユグドは暫しの間思案に耽り、やがて――――ある仮説を得た。
その実証を始めるべく、まずノーヴェへ事実確認を行う。
「さっきの匙が22の遺産を感知できる範囲って、どれくらいですか?」
「そうだな……水晶匙ザストゥンの有効範囲はシュッとこの部屋の面積の三倍程度だゼ。当然、匙を中心にしてな」
つまり、部屋以外の範囲も感知可能。
だとすると――――
「この部屋が隠し場所とは限らない、って訳だな?」
ノーヴェのクワトロばりの先回りに、ユグドは深く頷く。
これだけ目立つ空間があれば、どうしてもそこが隠し場所だと思いがちだが、そうとは限らない。
何より――――
「どんなに丁寧に隠しても、目立つこの部屋に置いていたら巡査隊が貴方より先に見つける可能性があります。そこで持ち去られたら計画は台無し。他の場所、例えば近くの通路に隠していれば見つからないでしょう。一方、水晶匙ザストゥンを持つ貴方なら、いずれは……」
「今のお前さんの発想に行き着くって訳か。あり得る話だゼ」
ノーヴェも納得したところで、ユグドは琥珀の間から出て、蝙蝠が飛び交う通路を探索し始めようと歩を進める――――
「待て、ユグド。どうやらお客さんだゼ」
――――その寸前、ノーヴェが発した強力な殺気で、半ば強引に引き留められた。
「部屋の外にいるヤツ。さっさと出てきな。いるのはわかってるゼ」
気配を察知したらしく、確信を持った声で柔らかく警告。
ゆっくり向きを変え、先程自分達が入って来た出入り口の方を向く。
だが、声や所作ほど紳士的な心境ではないらしく、ノーヴェは素振りしていた剣をそのまま構え、戦闘態勢を整えた。
「……お見事です。まさかこのわたしが気配を読まれるとは」
帝国ヴィエルコウッドの公用語、ヴィエルコウッド語による女声が坑道内に響く。
が――――姿は現さない。
ノーヴェは世界でも有数の実力者。
まともに正面から挑んでくる気はないらしい。
「……ノーヴェさん。妙です」
だが、それ以前の問題にユグドは思い至り、今にも室外に飛び出しそうなノーヴェを引き留める。
「シュッとわかってるゼ。このタイミングで敵が現れるのは、不自然だって言いたいんだろ?」
「ええ。ハイドラゴンで移動したオレ達を尾行できる筈がありません。つまり――――」
「最初からこの場所にいた。スタイリッシュな回答はそれしかないゼ」
「そう、待ち構えていたという事になります。でもそれだと、別の問題が……」
「コラー! なんでわたしを無視するんですか! もっとちゃんと関与してください!」
――――それは唐突な出来事だった。
一瞬にして、これまで積み上げられた緊張感や切迫感が崩れ落ちる。
つい先程まで神秘性すら漂わせていた謎の人物は、妙に俗っぽい話し方で怒りを露わにし出した。
「なんか……ガッカリだゼ」
「裏切られた気分ですよね、なんとなく」
「そ、そんな言い草あんまりです! わたしだって一生懸命空気を読んでしばらく沈黙を続けていたのに! もう! もう!」
声は更に幼くなっていく。
ユグドとノーヴェはいい加減辟易し、両者同時に溜息を吐いた。
「あ、あーっ! わたし、嫌いです! そういう捻くれた反応、嫌悪します! 斜に構えて心の中でバカにするようなその態度、よくないと思います!」
挙げ句、説教をされてしまった。
これには流石に、ノーヴェの感情が揺れ動く。
「……おい。お前さんが何者かはシュッと知らないが」
その感情の昂ぶりを表情と声に乗せ、ノーヴェは琥珀の間の出入り口へと歩を進めながら問いかける。
更にその途中、手にしてる長剣をさりげなく一振り。
それはごく自然な動きだったが、見る者が見れば一目でノーヴェの剣術の水準がわかるほど、恐ろしく鋭い剣筋だった。
「俺様と敵対する以上、死ぬ覚悟はあるんだろうな?」
そして、威圧。
ただし殺気を込めている訳ではなく、単純に目の周囲に力を入れ凄んだだけ。
それに対し、女性は――――
「あ、あわわわわわわわわわわ」
絵に描いたような狼狽を見せていた。
ユグドが思わず顔を引きつらせるほど。
「登場の仕方に対して本人の精神面がついていってない……」
「ううううるさいですよ! わたしだって、わわわわたしだって不調な時くらいあるんです! べべべ別に狼狽なんかしていないですから!」
「なら戦闘にはシュッと支障がないな。覚悟しやがれ――――」
「ひーーーーーーーーーっ! くっ、来るなーーーーーーーーーーっうびゃっ!」
ノーヴェが部屋から一歩外に踏み出しただけで、女性は発狂寸前のような悲鳴を上げ――――逃げ出した。
そしてその途中で足をもつれさせ、コケ倒れた。
「痛い! 痛いです! 折れました! これ絶対折れました! ヤバいヤツです! 救護隊! 救護隊ーーーっ!」
そして、暫くのたうち回り泣きわめいていた。
「……嘘だろ?」
これには流石のノーヴェも驚愕。
ついさっき不敵に登場した人物が、ここまで無様な姿を晒すのは想定しようがない。
余りの落差に、ノーヴェは思わず自分の顔を触って問う。
「……なあユグド。俺様って……顔とか声が怖いのか? あそこまでビビらすほどじゃないよな?」
「声はともかく、目付きは十分悪いですね」
「マジか……シュッとしてるのが裏目に出たか」
そう漏らし暫く俯いたのち、ノーヴェは自分の手荷物から縄を取り出した。
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