傭兵国家メンディエタ、滅亡。
その衝撃的な報せは瞬く間にルンメニゲ大陸全土へと轟いた。
同時に経緯についても、多くの情報屋を経由して中立国家マニャンにまで届けられたが、諸説入り交じったその内容は眉唾ものだった。
メンディエタを力で支配していた魔王ザモラが何者かによって倒され、その勝者が新たな魔王、いや大魔王となった。
ここまではよくある話だ。
問題はその後。
その大魔王がなんと、魔王を大量生産すべく魔王ギルドを設立。
あっという間に凄まじい数の魔王がメンディエタ内で誕生した。
ザモラに破れ散り散りになっていた王宮騎士団が再生し彼らに挑むも、結果は歴史的惨敗。
"魔王国家"メンディエタの誕生を誰もが予感したとある日――――大魔王はフラッと姿を消した。
当然国内は大混乱。
今の今まで国を統治していた絶対的強者が消えたのだから。
本来なら、新たな支配者になるべく国内の実力者達が直ぐに何らかのアクションを起こす筈の状況。
更には、領土拡大を狙うべく隣国の職人国家マニシェや伝説国家ブランが動き出すところだが――――大魔王の圧倒的な力は国外にまで知れ渡っており、誰も、どの国も即座に動こうとはしなかった。
もし罠だった場合のリスクが余りに巨大だからだ。
そういった状況にあって、本来メンディエタの王として君臨すべき国王とその一味はというと――――
「ついに来たのよ! 捲土重来の時が!」
メンディエタからは少し離れた位置にあるマニャンの『守人の家』会議室内でメンディエタのある西側を指差し、いきり立っていた。
尤も、鼻息荒くそう訴えるのは王族ではなく王族に仕える元侍女のノア一人だけ。
元メンディエタ国王で、ノアが仕えるラレイナ王はその威厳を微塵も感じさせずクワトロと茶をすすっているし、王妃ものほほんとした顔でフェムやチトルと談笑している。
そして彼らの娘、ティラミス=ラレイナに至っては、セスナ、ユイの2人とカードゲームに勤しんでいた。
「ひーん! ティラミスちゃんまた負けちゃいました!」
「よっしゃーっ! これで10連勝達成っしょ! さあ脱げ、脱ぐっしょ!」
「むぐぐ……今日のセスナ運良すぎるにゃん。ティラミス、ここはひとまず降参するにゃ」
「いーえ! ティラミスちゃんの辞書に敗走の文字はありませんもん! 最後まで脱ぎ切る所存です!」
「それは勝ったこっちがドン引きっしょ! 元と言っても王女様をスッポンポンにしたら将来がヤバいっしょ!?」
しかも脱衣カードゲームだった。
「こらーっ! せっかく国を取り戻せるって話してるのに何してるの! 王族が揃いも揃って無関心とかあり得ないでしょ!?」
ノアが激怒するのも無理のない話。
とはいえ、彼らが今一つ真剣になれないのには、相応の理由がある。
「ま、今の経済状況じゃ捲土重来どころか帰国すらままならないですしね」
「ううう……それ言われると、辛い」
爪を削りながら呟くユグドの言葉に、ノアはがっくしと項垂れる。
彼女は勿論、王族達も資金集めには余念がなかった。
王族でありながら、民衆の働く職場で汗水を流し、頑張って稼いでいた。
だがその殆どは、生活費と22の遺産の情報集めで消えていた。
何しろ、労働経験がロクにない王族達。
賢明に働いているつもりでも、戦力にならず大した額が得られなかったのも理由の一つだ。
「それで、路銀を借りる為にウチに来たって訳?」
「それなら〜、お・あ・い・に・く・さ・まァ。アクシス・ムンディにそんな余裕ないわよォ」
別室にいたスィスチ、ウンデカが半笑いで戻ってくる。
ちなみに本日のアクシス・ムンディは何の依頼も入っていない為、『守人の家』の大掃除中。
この場にいないトゥエンティとシャハトはゴミ捨てに出かけている。
「アンタ達も休憩ばっかりしてないでェ、早くお掃除始めちゃってよもゥ。ほらァ、クーワートーロー」
「しかし国王殿がお見えになられているというのに、余り忙しなくする訳には……」
「いーのよォ。コイツらってばァ、しょちゅう夕飯たかりに来てるからァ、ワタシの中ではしょ・み・ん以下なのォ」
かなり辛辣な物言いのウンデカに対し、ラレイナ国王は一瞬眼光を煌めかせ――――
「昼飯もだな。はっはっはっはっはっは」
「だってウンデカさんの作るお食事、宮廷料理よりずっと美味しいんですもの」
王妃と共に高笑い。
そこに王族としての矜恃は砂粒ほども存在しない。
ノアは落としていた肩を更に落とし、ついには四つん這いになって涙を流し始めた。
「私達アルカディア家が人生を捧げた王族がこんなふうになっちゃうなんて……ご先祖様に顔向け出来ない……」
「あ、せっかくその体勢になったんですから、雑巾掛け手伝って下さい。今日中に掃除全部終わらせたいんで」
「うがー! えーいいですよ手伝いますよ! その代わりユグド、ちゃんと相談乗ってよね!」
半ば自棄になって叫ぶノアに対し、早々に雑巾が投げつけられる。
それを鮮やかな反応速度で受け取り――――
「うおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーん!」
叫び声と泣き声が入り交じったような声で、ノアは会議室を掃除し始めた。
「流石、元侍女。掃除は得意分野みたいですね」
「ええ。それはもう。先代のフライヤも優れた侍女でしたけど、子供の彼女はそれ以上の素質よ」
ユグドの声に反応したのは、ラレイナ王妃。
"娘"ではなく"子供"と表現したのは、彼女の事情を知るが故だ。
「……実のところ、わたくし達は王族として返り咲かなくてもいいと思っているんです」
「そうなんですか? 22の遺産探しに躍起になってる印象でしたけど」
「王族という身分は栄華を極める反面、精神的に辛いところもいっぱいありますから。ですよね? フェムちゃん」
「あら。そうでしたかしら?」
同じく王族のフェムは、惚けたように曖昧な返事をしたものの、表情は完全に同意していた。
或いは――――彼女もまた、その辛さから離脱する為にこのアクシス・ムンディに加入したのかもしれない。
そう思わせる一幕だった。
「でも、このままじゃダメでしょう? 逃げ出したままじゃ、王族としての責任を果たせてないと思うんだけど」
やや鋭さを帯びた目で、スィスチが不躾に言い放つ。
彼女自身、過去の過ちを認め、針の筵となる覚悟でアクシス・ムンディに戻った経緯を持つ身。
その実感がこもっているからこそ、力を持った言葉となった。
その力に動かされたのは――――ラレイナ国王。
先程までとは打って変わり、風格をまとった姿で大きく頷く。
「その通りだ。だが現実的には、今我々が帰還したところで誰も我等を認めはすまい。魔王に乗っ取られ、おめおめと逃げ出すしかなかった王など……な」
そして同時に、切なさも。
実際、落ちた元国王が今さら現れたところで、かつて彼の下で働いていた武人達が戻ってくるとは限らない。
寧ろ、敵対視される可能性すらある。
ラレイナ国王の危惧は当然のものだった。
「でも! それでも戻らないと始まりませんよ! それに、あ、掃除終わったから。それに、メンディエタは私達の故郷じゃないですか!」
ノアは切実な思いを国王に、かなり汚れた雑巾をユグドへとぶつける。
色々な意味でノアの周囲はキラキラ輝いていた。
「手伝いに感謝を。で、相談っていうのは?」
「勿論、どうすれば王様が王様に返り咲けるか。その悪魔みたいな知恵を貸して欲しいの」
予想通りの答え。
ユグドは苦笑しつつ、雑巾を頭越しに背後へ放り投げた。
「なら期待に応えて、ミもフタもない事言いますよ。金です」
「……お金? お金が必要って事?」
「ええ。国の復興には相当な資金が必要です。それを調達出来れば、確実に返り咲けますよ。逆に言えば、それ以外はちょっと難しいです」
既に一度逃げ出した身。
仮に絶大な信頼を国民から得ていた王族であっても、その一度失った信頼は無条件で取り戻せる程安くはない。
最もわかりやすい形で、国の為に力を示す必要がある。
それが、復興資金の調達だ。
「復興資金ねェ……それってェ、途方もない額なんじゃないのォ?」
テーブルを拭き終えたウンデカが会話に入ってくる。
かなり力を入れて拭いていた割には、ノアの掃除した場所と比べると輝き不足。
それはなんとなく絵面の問題のような気がしつつも、ユグドは敢えて触れない事にした。
「当然。普通に仕事してたら、百万年あっても集めきれない額でしょう」
「じゃ、どうすりゃいいのよ」
ジト目で睨んでくるノアに対し、ユグドは一つの明確な回答を持ち合わせていた。
ただ、それを言えば白い目で見られるのは確実。
少なくとも、ノアは絶対に納得しないだろう。
そういう類の案だった。
ただ、それ以外の案は全て非現実的。
それくらい、ラレイナ王がメンディエタの国王に返り咲くのは困難を極める。
ならば、ここですべきは――――
「おーう。俺様今帰ったぜぇー。やっぱアクシス・ムンディの主役がちゃんといないと、この『守人の家』もしまらねぇーよなぁー」
「燃えないゴミ、バカみてーに重かった……」
このタイミングで、シャハトとトゥエンティが帰宅。
占星術士と元海賊の二人を視界に収めたユグドは、即座にそこから連想する。
ノアを納得させる為の秘策を。
そして、その秘策を実現する為の筋道を。
「娯楽国家セント・レジャーに行きますか」
「……え?」
「別名"ギャンブルの都"。一攫千金、狙いましょう」
斯くして――――
結果的に一ヶ月にも及ぶ事となったセント・レジャー遠征が、その幕を開けた。
【Idolatry in dreams ; FANTASIA】
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