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  8月1日(火) 23:51
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 この日、スパランド【CSPA】は深刻な人手不足に陥った。
 僕、城崎、胡桃沢さんの3人が一時的に離脱してしまった為、
 接客を父、受付を母だけでこなさなければならなくなった。

 ハッキリ言って、サービス的には最悪の部類だっただろう。
 それでも苦情は余りなかった。
 っていうか、感想は殆ど『カピバラ可愛い』だった。

「どうだ息子! 父の偉大さがわかっただろう! 本気を出せば
 お前達がいなくても十分にこの施設を維持出来るんだよ!」
「全くお父さんは調子に乗って……」

 父、仕事終わりの反省会でご満悦。
 母、呆れつつも見直している様子。
 結果的に、父の株が上がる事になった。

 ……ま、それはいいけどさ。
 それよりも問題は――――

「説明、してくれるって話でしたよね」

 湯布院さんだ。
 一日20時間寝ている筈の彼女が、今も起きている。
 今だけじゃない。
 城崎や彩莉の話では、朝からずっと"起きている"。
 一度も寝ていないという。

 一体、何があったのか。
 反省会を終えた僕と両親、そして城崎と鳴子さんの五人の視線が
 湯布院さんへと向けられる。

 ちなみに、胡桃沢さんには既に帰って貰っている。
 見事に犯人を言い当てた探偵さんに連れられて。

 恐らく、明日にでも辞表が提出されるだろう。
 そういう雰囲気だった。
 ちょっと残念だけど……仕方ない。

「はい。彩莉さんを部屋に招いて、彼女に一日かけて協力を
 仰いだのは、全て私の仕業です。水歌が連絡しなかったのも、
 私が口止めをしたからです」
「携帯は? 電波の届かない状態だったけど」
「それもお話しします。とにかく、全ては私の仕組んだ事なんです」

 つまり――――今回の件、彼女が犯人だったって事だ。
 でも当然ながら、彩莉は怪我一つ負っていない。
 恐らく、彩莉が異能力を消去出来る力を持っているかどうか
 色々試してみたんだろう。

 でも……

「どうして、僕達に黙って彩莉を? 話してくれれば……」
「話しても何処かの過保護なお兄さんが許可してくれないから、
 という可能性はありますが」

 鳴子さんの冷たい指摘に思わず声が詰まる。
 いや、でも非は向こうにある。
 幾ら家の中にいたとはいえ、半日の事とはいえ、
 小学生の子が突然いなくなれば心配するに決まってるじゃんか。

 ……僕が過保護過ぎるのか?

「すいません。一刻を争う事態でしたので、連絡をする暇もなく……」

 迷いの最中、湯布院さんは切実そうな顔でそう呟く。
 一刻を争う事態?
 それと彩莉と何の関係があるんだ?

「結論から言います。私は一昨日から約60時間、一睡もしていません」
「え……?」

 一日起きているどころか、60時間?
 二日半も眠らないでいられるものなのか?

「そしてその間、私は『私である時期』と『私であって私でない時期』と、
 二つの意識が存在しているみたいなんです」

 ……私であって私でない時期?
 な、なんか色んな情報が交錯して、訳がわからないんだけど……

「レム睡眠行動障害……?」

 不意に母さんが訳のわからない病名のようなものを口にする。
 それに対し、湯布院さんは小さく頷いた。

 レム睡眠、ってのはわかる。
 確か睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があって、レム睡眠は……
 身体が寝てて脳が起きてる状態、だったっけ。

「簡単に言えば、寝ている状態で見ている夢を、そのまま行動に移してしまう
 障害です。夢に見ている事を身体が勝手に実演しているんです」

 湯布院さんの説明は、わかりやすかった為直ぐ理解出来た。
 理解は出来たけど……

「私も初耳です」
「右に同じ」

 鳴子さんと城崎に目を向けると、そんな答えが返ってきた。
 同室で寝泊まりしていた二人が知らなかったって事は、
 つい最近症状が現れたのか。

 あ、だから部屋を変えてくれって頼んだのか。
 でも、どうやって自分が寝ている間に動いてるってわかったんだ……?

「一昨日の事です。私の財布の中に、こんなメモが入っていました」

 不意に、湯布院さんが一枚の小さな紙切れを出してくる。
 そこには――――二つのハイフンを挟んだ11桁の数字が並んでいた。

「……電話番号?」
「私の字です。でも、私は書いた記憶がありませんし、この電話番号も知りません。
 そしてもう一つ。私の財布から、10円が数枚なくなっていました」

 それって――――

「公衆電話……?」
「恐らく。私は無意識のうちに、何処かへ電話を掛けていたようなんです」

 公衆電話なんて外では見なくなって久しいけど、ウチのスパランドには
 まだお客様用に設置してある。
 それを夢現の中で使っていた……?

「公衆電話を使っているという事は、盗聴の畏れがあったのかもしれません。
 なので、水歌の携帯はアルミホイルで包んで電波を受信しないようにさせました。
 本当は彩莉ちゃんが携帯を持ってきた場合にと思って用意していたものなんですが」
「理屈はわかるけど……なんで彩莉なんですか?」

 城崎が連絡を断った理由もわかった。
 あとは、彩莉に関する疑問だけだ。
 僕は我慢出来ず、それを聞いてみた。

「……私が眠らなくなったのは、彩莉さんの影響かもしれないと思ったからです」

 そうか。
 彩莉の『異能力を消す』という能力が存在していて、それが
 湯布院さんの異能力と副作用を消した可能性があると思ったのか。
 だから彩莉を部屋に招いて、色々聞いたり試したりした。

「けれど、何も変わりませんでした。サイコメトリングは以前と
 変わらず使えますが、副作用の質だけが変わってしまったんです。
 水歌とは逆ですね」

 城崎は一週間前、自分に危機が差し迫った時、その対象を別の所へ
 無意識に瞬間移動させて危機を回避するという、
 新しい形のテレポートを開花させた。

 その後、副作用に変化は見られない。
 つまり、異能力が拡張しただけに留まった。

 逆に湯布院さんは、異能力はそのままに副作用が変化した。
 一日に20時間眠るという副作用から、全く眠れないという副作用に。
 どっちが危険かは言うまでもない。
 睡眠が取れないとなると、命の危険さえあるんだから。

「そんな訳で、今日一日は色々彩莉ちゃんの事を調べさせてって
 文奈さんにお願いされてね……あたしは素直に話してからあらためて
 彩莉ちゃんに協力して貰おう、って言ったんだけど」
「すいません……私の我侭で心配をさせてしまって」

 取り敢えず、真相はようやく判明した。
 彩莉を拉致監禁したのは湯布院さん。
 その動機は、自分の副作用が変質した事に、彩莉が関連しているかもと
 疑った為で、テレポートで飛んできた城崎を口止めして、
 恐らくサイコメトリングで彩莉の情報を引き出していた。
 でも彩莉は関係なかった。
 
 めでたしめでたし。

 ……となる筈もない。
 今回の事件の真相はわかったけど、湯布院さんの副作用が
 どうして変質したのかは明らかになっていない。
 このまま彼女が睡眠出来ない身体のままだと、衰弱しちゃう。
 焦るのも無理のない話だ。

「有馬さん」

 真剣な顔で僕の名を呼んだのは、鳴子さん。
 彼女が何を言うのか、俺はなんとなく予想がついていた。

「ここに来て、もう三ヶ月以上になります。この間、私達について
 どんな人間か、信頼に足るか否か、判断するには十分な時間が
 経ったと思います。その上で、お願いがあります」
「彩莉を本格的に調査させて欲しい……そうだね?」

 僕の言葉に、鳴子さんはコクリと頷いた。

 確かにこの三ヶ月――――彼女達は【CSPA】の為によく働いて
 くれたし、彩莉にもよくしてくれた。

 その間、彩莉の存在が消えると異能力が消えるという事実も判明した。
 彩莉が何かしらの関連を持っているのは間違いない。

 ……時期が来たのかもしれない。
 彩莉にリスクがある段階では、僕も許可が出せなかったし、鳴子さん達も
 遠慮していたんだろうけど、事態がこう切迫しては……な。

「……わかった。具体的にはどうするんだ?」
「"親"に、彩莉さんを合わせてみます」

 親?
 まさかここに来て彼女達が姉妹っていう新事実が判明――――
 そんな訳じゃないだろう。

「私達がいた研究所の中で唯一、異能力を除去した存在……貴方の"親"です。
 恐らく、事情を知っていると思います」

 その親が、今この場にいる俺の両親を指している訳じゃないのは明らかだった。
 なら。
 それなら一体。


 彼らは――――誰だ?


 俺は、親である筈の目の前の二人が、自分の認識の中から
 消えていくのを、緩やかに感じていた――――










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