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8月1日(火) 17:39
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「異能力者全員が疑わしい。というより……状況的に三人の中の一人が犯人だと俺は思ってるよ」
その推理は、鳴子さんの部屋で堂々と、そして歯切れ良く言い放たれた。
言ったのは当然、街の探偵さん――――こと、狭間十色探偵。
ずっと憧れていた人物との初対面は、正直思い出したくもないほど
無様なパニック状態だったんで、記憶を封印するとして……
僕は依頼してから僅か20分で到着してくれた十色探偵を全面的に信頼し、
ジェネドの事、異能力の事も含め全てを話した。
その結果……そのジェネド三人娘が疑われてしまう事になった。
一体、どういう事なんだ?
城崎は彩莉の後を追い、行方不明中。
湯布院さんはいつものように自室で就寝中。
二人が犯人とは到底思えない。
唯一、鳴子さんだけは今、この場にいるけど……彼女の犯行とはとても考えられない。
タイム・レーザーは標的の時間を奪う事が出来るけど、
彩莉を監禁させる事が可能な能力じゃない。
加えて、彼女は車椅子での移動しか出来ない。
そんな鳴子さんに犯行は不可能だ。
十色探偵の推理は、正直僕の想定を大きく超えていた。
多分、助手の人も困惑しているんだろう。
妙に落ち着かない顔をしている。
ちなみに、この助手の人は黒羽根さんといって、偶然にも
僕や胡桃沢さんのクラスメートだった。
……そういえば、胡桃沢さんも行方不明なんだよなあ。
なら彼女の失踪もジェネドの中の誰かの仕業……?
「異議あり!」
そんな考えが脳裏を過ぎった瞬間――――まさにその胡桃沢さんが
ここ鳴子さんの部屋へ乱入してきた!
「く、胡桃沢さん!? 今まで一体何処に……」
「ご心配をおかけしてすいません。実はその……」
「詳細はボクが話すよ」
その胡桃沢さんを押しのけるように、ズカズカと部屋へ入ってくる
人物が一人……二人……そして三人。
迷彩色のベレー帽を被ったショートカットの女子と、大人しそうな
髪の長い女子、そしてこの真夏にタートルネックと長袖のシャツを
着込んだゆるフワな髪型の女子。
彼女達がウチへ来る予定だった胡桃沢さんの友達なのかな?
だとしたら、胡桃沢さんが失踪したのって……
「最初はただ胡桃沢が働いているというスパに遊びに来たんだけれどね。
そうしたら、事件が起こったと言うじゃない。ならボク達ディテクティ部の
出番だと思って、彼女に色々と事情を聞いていたんだ」
ベレー帽の子が、予想通りの返答をくれた。
でも、なんで電話が繋がらなかったんだ……?
「その過程でラスボス先輩……もとい、法霊崎先輩が興奮してしまってね。
胡桃沢の携帯を踏み潰してしまったんだ。恐らく関係者の人達は心配しただろう。
ディテクティ部を代表してボクが謝らせて貰うよ」
そんなしょーもない真相を語り、ベレー帽の子がお辞儀する。
って事は、胡桃沢さんは今回の件とは無関係なのか。
「あの、十色探偵」
「ん? 何?」
「この事は想定通りなんですか……?」
僕は好奇心から、そして彼の探偵としての素質を確かめるべく、
そう聞いてみた。
結果――――
「ま、一応ね……彼女の友達が遊びに来る予定だった、っていう話は聞いてたからね。
俺は彼女の交友関係を全て把握してる訳じゃないけど、その中には彼女達がいる事も
知ってたから」
うわ、探偵らしい答えだ!
やっぱり街の探偵さんは僕が思っていた通りの人だった!
そうなってくると、ジェネド三人の中の誰かが犯人って推理にも
俄然、信憑性が出て来る。
本当にそうなのか……?
「さて……一通り謝罪も終えたし、推理対決と行こうじゃないか。
胡桃沢の上司。キミにはボクのいない時にディテクティ部がお世話に
なったようだし……ね」
迷う僕の前で、唐突にベレー帽の子が十色探偵に対して不敵な敵意を見せる。
どうでもいいけど、キザな言い回しが好きな子だな。
「フフフ……オホホホホ! お久しぶりですわね、狭間十色!
セイブ・ザ・クイーンの称号を持つ貴方とこうして相見えるのは!」
タートルネックの子はお嬢様口調でお嬢様笑い。
っていうかあの子、一条有栖じゃん。
僕のクラスメートの女子だ。
殆ど会話した事ないからわからなかった。
「……」
そして、髪の長い法霊崎さんという先輩の女子は押し黙ったまま。
大人しそうな外見だけど、彼女が胡桃沢さんの携帯を壊したって話だし、
キレると手が付けられないタイプなのかもしれない。
……胡桃沢さん、濃い友達とつき合ってるんだなあ。
あの狼の耳は、彼女達への対抗意識で付けてるのかも。
とにかく、胡桃沢さんが所属しているらしい『ディテクティ部』とやらは
好戦的な姿勢で十色探偵と向き合っている。
「ええと……推理対決とか、そういうのは正直間に合ってるんで」
片や十色探偵は明らかに困惑気味。
友達の向けてくる敵意に対して及び腰……というより、
胡桃沢さんの突然の登場に驚いているみたいだ。
そりゃそうだよな。
僕の知る限り、二人は結構長い間会ってなかったみたいだし。
それなのに、こんな妙な再会の仕方をすれば、戸惑うのも無理ない。
「うわあうわあどうしよう。何の貢献もしてないのに胡桃沢さんキター」
どうして助手の黒羽根さんが一番困惑してるのかはともかくとして……
「……所長、お久し振りです」
「そうだね。こうして面と向かって話すのは、本当に久し振りだ」
……胡桃沢さんと十色探偵の間に、もの凄い緊張感が。
なんだろう。
僕には想像出来ないような複雑な何かが、二人の間にあるんだろうか。
「積もる話はありますけど、まずは今回の事件について、私なりに
見解があるので聞いて下さい」
「いいよ。ディテクティ部だっけ。別に君達と競う気はないけど、
判断材料は多いに越した事はない。有馬君もそれでいい?」
「はい。僕も同意見です」
僕と一つしか違わないのに大人な空気を醸し出している十色探偵。
その空気が、僕まで冷静にさせてくれる。
正直なところ、異能力について何も知らない彼女達が真相に迫っているとは
とても思えないんだけど、確かに何か一つでも手がかりを入手しているかも
しれないし、聞いてみる価値はある。
「気に入りませんわね……その余裕。わたくし達を甘く見ていたら
痛い目に遭いますわよ!」
「まあまあ、一条。落ち着きなよ」
興奮気味の一条さんを抑え、更には胡桃沢さんの手に片を置き、
ベレー帽の子が十色探偵と対峙する。
……そろそろ自己紹介して欲しいんだけどな。
「今回の事件……胡桃沢から事情を聞かせて貰ったけど、不可解な点がある。
まず、テレポートを使えるという城崎水歌に関してだ」
あれ?
普通に異能力の事しれっと口にしたけど……何で知ってるんだ?
思わず胡桃沢さんの方を見ると、彼女が両手を合わせて『ゴメンなさい』
のポーズをした後、ちょんちょんとオオカミの耳を指差していた。
……盗み聞きしてたのね。
にしても、アッサリと信じるもんだな。
探偵さんがそれをすると凄く懐深く思えるのに、彼女達だと
やけに浅慮に思えるのは、僕のひいき目なんだろうか。
「行方不明の女の子を探す為に、彼女の名前を指定してテレポートし、
彼女の所に飛ぶ。うん、筋が通ってるね。でも一つ妙な事がある。
どうして彼女は、そのテレポートを使って戻ってこないのかな?」
……あ、テレポートの使用制限、説明するの忘れてた。
「この事が示唆するのは、二つの可能性だね。一つは、彼女が意図的に
テレポートで帰って来ない。もう一つは、敢えて帰って来ないんじゃなく
帰って来られない事態に巻き込まれてしまった。前者の場合、確かに
探偵さん、貴方の言うように彼女が犯人の可能性は残る。その場合に
考えられるストーリーは? 胡桃沢」
「はい。水歌ちゃんが予め彩莉ちゃんを監禁していて、自分もそこへ
飛ぶ事で、被害者を装うってストーリーです」
ベレー帽の子の後を継いで、胡桃沢さんが推論を述べる。
十色探偵はその姿を、何処か優しい眼差しで眺めていた。
「でもこれは考えられません。水歌ちゃんがそれをする理由はありませんから。
私の知る限り、彩莉ちゃんとの仲は良好でしたし、水歌ちゃんは
そんな酷い事する人じゃないです!」
な、なんか私見が多いような……いや、確かに城崎は彩莉を誘拐なんて
するような奴じゃないけどさ。
案の定、十色探偵は苦笑いだ。
「な、何がおかしいんですか、所長」
「いや、なんでも。それで君達は、誰が真犯人だと思ってるんだ?
どうやら目星を付けているみたいだけど」
僕もそれは気になる。
特にあのベレー帽女子の余裕の表情。
もしかして、何か手がかりを掴んだんじゃ……?
「それはボクから説明するよ。胡桃沢には少々酷だからね」
前に出てくるのはいいけど、そろそろ本気で名前を教えて欲しい。
もし彼女がおかしな事を言い出した時に『おい、おかしいだろベレー帽の子!』とか
言いたくないよ。
「ズバリ言うよ。犯人は……」
「犯人はァァ……!」
うわっ!
ずっと黙ってた大人しそうな子が喋った!
っていうか怖い!
目が血走ってるし、首の動きがカクカクしてるし、スゲー怖い!
急にどうした!?
「あれ、ラスボス先輩。犯人を言いたいのかい?」
「犯人を……! 言い当てるのは……! 部長の……! 役目……!」
「わかったよ。ここはラスボスの顔を立てよう。じゃない、先輩の顔を立てよう」
ベレー帽の子が退き、法霊崎さんが前に出てくる。
『ラスボス先輩』と呼ばれているだけあって、凄まじい迫力だ。
ついさっきまで大人しそうな外見だったのに。
「ラスボス様! 見せ場ですわよ! 頑張って下さいまし!」
「ラスボスさん、ファイトです!」
……応援されてるし。
あ、探偵さん頭抱えてる。
こっちとしても、彩莉達の心配をしてる中でこんな茶番を見せられたら
同じ事したくなるよ。
「いいか……! よく聞け貴様ら……! 犯人は……! 犯人はァァ……!」
プルプル震える右腕を上げ、ラスボス先輩は一人の人物を
思いっきり力んだその指先で捉えた。
それは――――
「お前だァァァァ……!」
……僕かよ!
ラスボス先輩が指差したのは、紛れもなく僕だった。
へえ。
僕が……彩莉を……?
「有馬君、有馬君。気持ちはわかるけど、まず彼女達の話を聞こう」
何かを察したのか、十色探偵は僕の肩に手を置いてそう諭してくれた。
おかげで若干冷静にはなれたけど、事と次第によっちゃ全員
蹴り飛ばしてやる。
「それじゃ、推理の続きを。何故彼が犯人だと?」
「ククク……!」
ラスボス先輩が不敵な笑みを漏らす。
ただ、返答はない。
……まさか適当に指差しただけじゃないだろな。
「説明はボクがするよ。ラスボス先輩はお役御免だし、一条はまだ
新入りだし、胡桃沢は君の家に雇われている身で話し辛いだろうからね」
相変わらずキザな言い回しで、ベレー帽が割り込んでくる。
説明次第によっちゃ、まずはコイツから血祭りだ。
「ボク達がキミを犯人だと断定した理由は単純さ。けれど、まずその前に
他の可能性から提示しよう。最初の失踪者、芦原彩莉クンが自発的に
この状況を作り上げた可能性だ」
宝塚みたいな声の張り方で、ベレー帽は仮説を立てる。
意外にも、ちゃんと考えてはいるらしい。
「彼女の性格や人となりは胡桃沢から聞いている。とても真面目で優しく
気配り上手な女の子らしいね。ならば、従業員の目を盗んで
仕事の手伝いをサボり、外へ遊びに行く可能性は低い。近所に住む彼女の友達に
確認してみたけれど、一緒に遊ぶ約束もしていなかった。彼氏の存在もないようだね」
胡桃沢さんが駆り出された理由がここで判明した。
聞き込みなんてしてたのか。
濃いキャラクターの集まりだけど、意外とやってる事は普通だ!
「よって彩莉クンが勝手に外出した可能性はない。かといって、
建物の中にいる彩莉クンを誘拐するのも現実的じゃないよね。
よくテレビでクロロホルムを嗅がせて一瞬で気を失わせるシーンが
あるけど、実際にはあんな短時間で失神したりはしないものだよ。
首への手刀やボディブローも同じだね。人間を拉致するのは容易じゃないんだ」
……そうだったのか。
クロロホルムの件は知らなかった。
隣の探偵さんも驚いた顔をしてた気がするけど、見なかった事にしよう。
「となると、可能性は絞られてくる。この建物の中にいつもいる人物の
犯行……その線が濃くなるよね。そして、その中に彼女を誘拐する
動機を持った人物が一人だけいる。それがキミさ、有馬湯哉クン」
そこでようやく、僕の名前が出て来た。
「キミは日頃から彩莉クンを愛でて愛でて愛でまくっていたそうだね。
重度のシスコン、いやそれ以上だと胡桃沢も証言している。
つまり……愛し過ぎるが故に彩莉クンを自分だけの物にしたくなったのさ!」
ベレー帽、キメ顔で僕をビシッと指差し、そのまま沈黙。
……え、今ので終わり?
聞き込みとか真面目にした割に、最後なんでそんな荒いんだよ!
そんな滑稽なベレー帽の隣で、胡桃沢さんがおずおずと挙手。
その顔は、やけに罪悪感で溢れていた。
「あの、有馬君。ここで働かせて貰った恩を仇で返すような事に
なっちゃったけど、人の道を踏み外すのは良くないって思う。
大人しく自白すれば、身内だけの事で収まるんだから、ここは素直に……」
「だらっしゃあ! アホか! なんで僕が彩莉を拉致監禁しなきゃならんの!」
「あぉうっ」
思わず恫喝した結果、胡桃沢さんはクマに襲われたオオカミみたいな声を発し後退った。
なんてガバガバな推理だ……僕以外の動機について全然調べてなさそうだし。
「胡桃沢君……」
探偵さんも呆れ顔。
流石に怪しい空気を悟ったのか、胡桃沢さんは慌てて釈明を始めた。
「で、でも、あれだけの偏愛を目の当たりにしたら、それくらい
やってもおかしくないって思いますよ。それに、他に犯人の候補になりそうな
人はいないし……」
「一応、動機なら私にもあるんですが」
そんな胡桃沢さんに更なる打撃を与えたのは、鳴子さん。
ずっと黙って話を聞いていたけど、いい加減限界って感じで入ってきた。
「あまり詳しい事は話せませんが、彩莉さんは私達ジェネド……異能力者と
密接な関わりがある可能性を持っています。なので、私も、水歌も、
文奈も、彼女を拉致する理由があるんです。調査の為に」
「……へ?」
胡桃沢さん、話についていけてない様子。
でも、あれだけ説明を簡略化されてしまったら無理もない。
彩莉は、異能力を消去する力を秘めている――――かもしれない。
そして異能力者たる鳴子さん達は、その力を使って異能力とその副作用を
消去したい。
僕はこれらの事情を知ってるから、割とすんなり納得出来るけど……
でも、待てよ。
十色探偵はさっき、ハッキリと『三人の中の一人が犯人だ』って断言してた。
まさか、今鳴子さんの話した内容を推理した……訳ないよな。
そんな材料何処にもないし。
「そこで、探偵さん。貴方にお聞きしたいんですが……どうして
私達の中に犯人がいると断定したんですか?」
僕と同じ疑問を持っていたらしく、鳴子さんが車椅子に乗りながら
十色探偵に視線を向ける。
すっかり大人しくなってしまったディテクティ部の面々も。
この場の全員の視線を一身に集めた探偵さんは、一言――――
「いや、単に君のリアクションを見たかっただけなんだけど」
しれっと、そう答えた。
って、ブラフ!?
「……私の、ですか?」
「うん。状況的に身内の犯行の線が濃いからね。その中で
わざわざ俺に依頼してきた有馬君は真っ先に候補から外れる。
彼が犯人なら、事を大きくせずに身内だけで探そうとするだろうしね。」
「そーだよねー。普通、そう思うよねー」
ずーーーっと存在感のなかった十色探偵の助手がここぞとばかりに
ディテクティ部を攻撃し出した。
何か個人的な怨みでもあるんだろうか。
「で、残るスタッフは有馬君のお父さん、お母さん、異能力者三人、胡桃沢君。
一応、全員に可能性があると推定して考えてみたんだけど、その場合
まずお父さんとお母さんは比較的慌てたり騒いだりはしていないみたいだね。
それは自然な反応だと思うんだ。まだ彩莉ちゃんが姿を消して一日も
経ってないからね。有馬君の対応は明らかに過剰、過保護だ。
警察に連絡しなかっただけマシとも言えるけど」
あう、説教っぽい事を言われてしまった。
確かにまだ慌てるような時間じゃないのかもしれないけど……
「で、最初に怪しかったのが……」
頭をポリポリかきながら、探偵さんは胡桃沢さんに目を向けた。
「わ、私ですか!?」
「そりゃそうだよ。事件が起こった直後に行方不明なんだもん」
そう言われてみれば……そうだよな。
でも僕は彼女を一度も怪しまなかった。
彼女の人となりを知ってるから……かな?
「でも、こうして姿を現したし、動機もなさそうだからシロ。
そして鳴子さん、君も俺のブラフに過剰反応を示さなかったから、
シロの可能性が高そうだ」
「それはどうも。それにしても……貴方の言動は推理とは程遠いですね」
「推理が苦手な探偵なんでね」
鳴子さんの皮肉に対しても、探偵さんはまるで動じない。
うーん、カッコいい。
「となると、残りは二人。その内の一人、城崎水歌は彩莉ちゃんの
後を追う形でテレポートしたけど、その後連絡がない。
色々考えられるけど、こういうケースもあるんじゃないかな?」
十色探偵は指を一本ピンと立てて、含み笑いを浮かべた。
「テレポートで飛んだ先に、知り合いがいた。そしてその知り合いに
口止めされた。彩莉ちゃんの無事は保証されているから、
その口止めに了承した」
その仮説が導き出す答えは――――
「まさか……犯人は湯布院さん?」
「確か、その方……あと一人のジェネドについては、一度も
姿を見せてなかったですよね。部屋にも行っていない。
確かめる価値はあるんじゃないですか?」
「私、行ってみます!」
鳴子さんに続き、僕も部屋を出る。
まさか、湯布院さんが……
でも確かに、彼女の部屋についてはずっと『どうせ寝ているだろう』って
先入観があったから、全く近寄りもしなかった。
一日4時間しか起きられない彼女が、彩莉を拉致監禁しても無意味だ。
そんな決めつけがあった。
だけど――――
そんな事を考えている間に、湯布院さんの個室に到着。
元々は倉庫だった部屋を掃除して、彼女一人が生活する部屋となった。
思えば……個室が望ましいと言い出したのは湯布院さんだ。
幾ら他の二人に気を使わせたくないという理由はあっても、
彼女がそんな事を言い出したのは意外だった。
個室でなければならない理由があったのか――――?
「鍵が掛かっています……文奈! 起きていますか? 鳴子です!
開けて下さい!」
鳴子さんがドンドンと扉を叩く。
すると――――
「……もうバレちゃったのね」
割とアッサリと、そんな湯布院さんの声と共に、
扉のロックが解ける。
僕が慌ててその扉を開けると――――
「だから止めておいた方が良いって言ったのに」
「あ、お兄さん」
全く緊張感のない、行方不明の二人――――城崎と彩莉の姿がそこにはあった。
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