「お名前、聞いてもいいのでしょうか?」
 女子に、しかも7つ下――――14歳の女子にこんなことを聞かれて、それを
 運命の出会いとか思っちゃったりしたら、やっぱり犯罪予備軍なんだろうか。
 けれど俺は、そう思わずにはいられなかった。
 とはいえ、そこに恋愛の予感やめくるめく快楽や未来の幸せを期待した訳じゃない。
 それは、14歳という年齢が原因……って訳でもない。
 14って数字で思い浮かべるのは『14才の母ってドラマが昔あって、ミスチルの主題歌が
 ヒットしたなあ』ってことくらいで、そこに性的興奮は覚えない。
 確かに14って年齢にはちょっとしたスペシャル感があるけど、なんかギリギリOKな
 響きを感じない訳でもないけど、とにかく年齢は関係ない。
 ついでに言えば、性別も関係ない。
 俺が彼女との出会いに運命を感じたのは――――俺がもう死んでしまっているからだ。 
 死んだあとに誰かと出会えば、それは運命の出会いとしか言いようがないだろう。
 ともあれ――――そこに到るまでの半生、じゃなく全生を語ろうと思う。


 俺が死んだのは、今年の最高気温を記録した文字通り死ぬほど暑いお盆のことだった。
 死因は交通事故。
 子供や動物を庇って死んだとか、甲子園に向かう途中にバスが大破したとか、
 その手の美談は一切ない。
 登校中に後ろから撥ねられて、朦朧としたなかで救急車に乗せられて……そこでブラックアウト。
 撥ねた車種もわからん。
 どうせなら高級車であって欲しい気もするけど。
 ……で、ここからが本題なんだけど――――どういうわけか、俺にはまだ意識がある。
 身体は一切動かないし、多分身体そのものがもうないと思うんだけど、
 記憶や人格は生前のまま。
 眼球も視神経もないだろうに、どういうわけか視界も存在している。
 最初は地縛霊にでもなっちまったのかと思ったんだけど、どうも違うみたいだ。
 地縛霊って普通、自分が死んだ場所から離れられない幽霊のことだと思うんだけど、
 俺が今いる場所は――――自分ントコのお墓の前だ。
 お盆に何度も来たことのある、父方の墓を背にした際に見える景色と一致してるから間違いない。
 俺は今、自分ンチの墓の前で、身体もなく佇んでいるらしい。
 見える景色は一切動かす、まるで止め絵のように固まっている。
 人が現れることもない。
 幽霊って……こんな感じなのか?
 撥ねられた直後のことは、今もハッキリと思い出せる。
 痛みは全く感じなかった。
 ただ、すべてが遠くに聞こえた。
 通行人の悲鳴も、ドライバーと思しき人の動揺しまくった慟哭も、救急車のサイレンの音も。
 そして……ため息混じりの救急隊員の声も。

「あー、こりゃもうダメだ。もたねーわ」

 意識確認の声に応える余力がなかったから、気を失っていると思われていたんだろうけど
 結構ムゴいぞ、おい。
 まだ生きてる人間に、救急隊員が『もたねーわ』とか言っちゃダメだろ……
 トラウマレベルの発言だぞ。
 いや、もう死に行く人間にトラウマもモラルもへったくれもないけどさ。
 俺はこの言葉を聞いて、自分がどんな状況にあるのか理解せざるを得なかった。
 どうやら俺にとっての死に神は、神様でも悪魔でもなく人間だったらしい。
 ……でも、どこか腑に落ちない。
 死を自覚した人間が幽霊になって化けて出るものなのか?
 なんとなく、幽霊って自分が死んだってことがわからないまま死んじゃって
 この世に留まっちゃった、ってパターンが多そうな気がするんだよな。
 でも……この世に未練があって留まるパターンも多そうだ。
 俺の場合、これには該当してしまう。
 今の俺の年齢は21。
 本来なら来年大学四年生で、単位も大方取り尽くして就職活動に励まなくちゃ
 ならない歳なんだけど……進級に値する単位数にすら届かず、大学一年の時点で
 留年が続いている。
 というか、ハッキリ言っちまえば引きこもりだ。
 一人暮らしじゃなく、自宅から大学に通い始めたんだけど、途中で
 通学をやめて部屋に籠りっきりになっちまった。
 理由はハッキリしない。
 友達がみんな違う大学に行って、交友関係がリセットされたのが原因かもしれない。
 大学入学直後、俺は『ぼっち』だった。
 一年前期の単位も、出席だけしてればいい講義は問題なかったけど、
 テストのある講義は軒並み落ちた。
 それがショックだったのも、理由の一つかもしれない。
 とにかく、明確にコレってのはなかった気がする。
 それまでの順風満帆な人生とのギャップに翻弄され、俺は孤立の道へ進んだ。
 それからは家族との会話も拒絶し、毎日扉の前に運ばれてくる食事を
 ビクビクしながら部屋に入れて、空になった皿を部屋の前に出す毎日。
 トイレは家族(両親と妹)のいない時間や寝静まった時間にササッと。
 夜中には自販機でコーラとキットカット買って、夜食を堪能。
 コンビニすら行かず、誰とも会話しないで一日を終える。
 そんなクソみたいな生活をしていた。
 こう見えても(幽霊だとしたら見えないか)、高校まではそれなりに
 充実した日々を送っていたんだ。
 成績は進学校の中でもそれなりの位置だったし、友達も多くはないけどそれなりにいた。
 部活だって、中学からずっと続けてたオリコン研究部で6年間部長を
 務め続ける偉業を達成したくらいだ。
 大学受験もなんなく志望校に合格。
 合格発表の日、親が泣いて喜んでたのを見て、合格したこと以上に
 親孝行できたことに感動したりした。
 卒業式の日には、小中高時代の友達とカラオケボックスで一晩中
 これまでの思い出を語り尽くした。
 本当に、輝かしい毎日だった。
 けど、大学生活は俺に優しくなかった。
 オリコン研究部もなかったし。
 堕落した俺は、毎日の空白を埋めるために新しい趣味を発掘しようと考えた。
 そこで出会ったのが、当時人気のソーシャルゲーム……からは少し
 外れた変わり種のゲームとして紹介されていた『King sing Song』。
 最近のソーシャルゲームはアイドル育成とかが多いんだけど、
 これはミュージシャンやアイドルや俳優など、曲を販売する人達全般の
 カードを集めて育成し、最終的に日本を音楽で救う……というかなり壮大なゲームだ。
 特徴的なのは、ボカロ的な『簡易楽曲作成システム』で次作の曲を作り、
 それによって『楽曲カード』の強さ(セールス力)が決まる点。
 もちろん、良い歌悪い歌の判定なんて、ゲームができる訳じゃないから
 音階の並びやリズムやらを適当に数値化して強さが決まってる感じ。
 なんで、セールス力の高いカードを作るコツってのもあったりする。
 まあ、そういうゲームな訳だけど、俺は特にNo.1ヒットを目指す訳でもなく、
 自分が過去に好きだった曲を模倣した『楽曲カード』を作って
 この曲はセールス力これくらいか……ってのを知って楽しむ遊び方をしていた。
 例えば、誰もが知る『世界にひとつだけの花』を模倣して作成した曲は
 このゲームだとそんなにセールス力高くない……とか、実際にはあんまり売れてない
 フジファブリックの『若者のすべて』は意外と高い……とか。
 売り方も『CDならどんな特典を付けるか』、『配信ならどの配信サービスを利用するか』
 など、戦略面もかなり重要視される。
 で、何が心残りかって言うと……
 別にこのゲームそのものに心残りがあるわけじゃない。
 さっきも言ったようにNo.1を目指した訳でもないし、
 課金も大した額してないし、悔いはない。
 かといって、別に現実のミュージシャンを目指していた訳でもない。

 俺は――――繋がりが欲しかった。

『King sing Song』の作中で俺の分身として操作していたミュージシャンは、
 25歳の男性シンガーソングライターだった。
 その『ゲームの中の俺』は社交的で、バンドのボーカルとして迎えたいって
 ユーザーも何人もいた。
 作った曲が気に入って貰えたこともあれば、夏フェス(ゲーム内イベントね)
 で知り合った他のミュージシャン達と意気投合したこともあった。
 でも……現実の俺には恋人は勿論、友達すらいない。
 家族との会話も皆無。
 立派なニート予備軍だ。
 ってか、寧ろ既にニートに両足突っ込んでるのかもしれない。
 講義にも出ず、アルバイトもせず、親から無言で口座に振り込まれる小遣いを使って
 ソーシャルゲームに熱中しているだけの日々。
 学生ニートってヤツだ。
 俺が死んでも、きっと誰も困らない。
 むしろ喜ばれる気さえする。
 やっと無駄な投資をせずにすむ――――って。
 俺は、何になりたかったんだろう。
 何を目指すべきだったんだろう。
 例えば、それこそミュージシャンの夢を抱いて、路上で箸にも棒にも
 かからないようなチンケな歌うたって、モノ好きなレコード会社の
 スカウトや重役が偶々それを聴いてて、瞬く間にデビュー……
 なんて淡い期待をしながら生きていればよかったんだろうか。
 夢を持っていれば、働かなくてもロクデナシでも
 世間の目は割と優しい。
 その夢が創作分野であれば余計にそうだ。
 もしかしたら、そういうダメな男の面倒を見るのが生き甲斐な
 女性のヒモになれるのかもしれない。
 そういう生き方でもよかったのかもしれない。
 俺は、仮想空間にはない本物の繋がりが欲しかったから。
 なんでもいい。
 人との繋がりでも、社会との繋がりでも。
 何かと繋がって、自分はここにいる、ここで確かに人間としての営みを
 まっとうしている……そういう実績が欲しかった。
 余りにも底辺の願望だってのはわかってるけど、今の俺にはそれが精一杯。
 高校までの俺は、もうこの世にはいない。
 いや……今の俺もそうか。
 死んじゃったんだから。
 なんて情けない人生だったんだろう。
 そう思うと、成仏できなかったのも納得だ。
 このままじゃ死ねないって気持ちが、死ぬ間際に強く働いたんだろう。
 執着ってほどの想いじゃない。
 ただ――――恥ずかしかったんだと思う。
 何も成さず、何も残さず、何も生み出せず、ただ与えられたモノだけを
 浪費して死んでいく……そんな自分が余りにも恥ずかしかった。
 惨めだった。
 その惨めさが、俺をこうしてこの世に迷わせた。
 俺はそう結論付けた。
 刹那――――
「あのー、そちらもしや新入りさんでいらっしゃります?」
 それは、あまりに唐突な声。
 女の、それも若い女性の声ってのはわかるが、どこから聞こえてくるのかは不明。
 頭に直接響くような感じだ。
 姿は一切見えないし、視線を変えることもできない。
「あ……あの……誰?」
 恐る恐る声を出してみる。
 不思議なことに、生前と同じ感覚で喋れた。
「なんとなんと! その声はかなり若くていらっしゃりますね!
 お年聞いてもいいのでしょうか!?」
 妙にテンションの高い女子の声に、コミュニケーション能力に
 乏しい俺は思わず怯んでしまった。
 女子と話した記憶……そう、あれは高二の夏。

「宮野くん、充電器持ってない?」
 
 隣の席の清水さんという子に話しかけられて以来だ。
 なお、持ってなかったんで首を左右に振っただけ――――あ、会話してねぇ。
 うおお……どこまで遡ればいいんだ。
 ゲームの中なら……いや、それはダメだ。
 それを言っちゃ色々終わりだ。
「あれ、ダメでいらっしゃりましたか」
「……いや別にいいけど……21歳だけど」
 取り敢えず、どうにか会話できた。
 久々の女子との会話。
 ……全然嬉しくねぇ!
 死んでから会話しても殆ど無意味じゃん!
 やっぱり無理してでも、大学入学してすぐどっかのサークルに入って
 合コンとか経験しておくべきだったのか?
 でもなあ……時間を巻き戻しても無理っぽい。
 そんな思い切りの良さがあるなら、そもそもソーシャルゲームなんかで
 廃人になったりはしないさ。
「21歳でいらっしゃりましたか。浅尾は14なので、7つも違うのです!」
「そ……そう」
 声は相変わらず、何処から聞こえてくるのかわからない。
 ただ……ハッキリしてるのは、声以外に何も変化がないってこと。
 今見えている景色は、相変わらず墓を背にした静止画。
 そこで女の子の声だけが聞こえるってのは、とにかくシュールだ。


 ――――そんな訳で、冒頭に戻るとする。

「お名前、聞いてもいいのでしょうか?」
 そう問われた俺は、殆ど口にしたことのない自分の名を告げる。
「宮野涼太」
 今度は割とスッと出てきた。
 長らく忘れていた、会話ってヤツのやり方を少しずつ思い出してきた感じだ。
 人間として終わってる気もするけど、実際そうなんだから仕方がない。
 今度はこっちから聞いてみよう。
「……そ、そっちの名前は?」
「浅尾ですか! 浅尾は浅尾煌綺羅といいます。煌めく、綺麗の綺、羅刹の羅と
 書いて『キラキラ』と読むのですよ」
 ……キラキラネームだ!
 まさか本当の意味でキラキラネームを付けられた人と出会うとは……
 世も末だ。
 もうそこにはいないけど。
「浅尾のことは浅尾とお呼びになって下さいませ」
「しかも本人気に入ってない!」
 あ……思わず。
「宮野さん、もしかして今のはツッコミでいらっしゃります?
 宮野さんはツッコミができる方でいらっしゃります?」
「……あ……いや……」
「ありがとうござります! 嬉しいです!」
 何が嬉しかったんだろう……謎だ。
 ツッコまれるのが好きなんだろうか……
「浅尾、ここにきて結構長くなるのですが、浅尾より後に若い人が来てくれたのは初めてなのです」
 浅尾――――さん、ちゃん、うーん……どっちだ。
 どっちでもいいか。
 いや、7つも離れてるし浅尾ちゃんがいいか。
 でもなんかイヤらしい感じもするし、呼び捨ての方がいいか。
 ……コミュニケーション不全な俺は、こんなどうでもいいことに頭を悩ませてしまうのです。
 とにかく、浅尾は妙なことを言い出した。
 ここにきて――――ってのは、あの世にきて、ってことか?
 ってことはだ。
「……あの……もしかして君……死んでる?」
「バッチリ」
 妙な肯定のされ方をされた。
 まあ、俺も死んでるしな。
 死者同士の声が通じ合うほうが、どっちかが生きてるよりは健全だ。
「ところで宮野さんは、今のご自分の立場というか、状況をおわかりに
 なられているのでしょうか?」
「……いや……それがあんまり。死んだってのはわかってるんだけど。
 俺……やっぱり幽霊なのかな」
「正確には霊魂でいらっしゃります。似たようなモノなのですけど」
 霊魂……なんとなく人魂っぽい響きだ。
 道理で、身体が動かないわけだ。
 幽霊なら、足以外はありそうなもんだしな。
 要は肉体そのものだけじゃなく、霊としての身体もないんだ。
 けど、人魂だとしたら気ままにフワフワ浮いてるイメージあるけどなあ……
「詳しいことは、浅尾も知らないのですけれど。えっと、菊池さーん、聞いてますよねー?
 宮野さんにもう少し上手に説明してあげてくださいましましー」
 浅尾は何処かへ向けて、そんな呼びかけをした。
 すると――――
「ここは死者の集う場所……つまり墓地だよ」
 今度は別の声が聞こえてきた。
 ちびまるこちゃんに出てくる花輪くんみたいな、キザな声だ。
 あ、キザって死語かも……でも代用する言葉が思いつかない。
「死者の魂は墓地に集うのさ。これは生前にもなんとなく聞いたりイメージしたり
 したよね? つまりはそれが正解なのさ」
「は……はあ」
「そして死者の魂が固定される場所っていうのは、自分の家の墓の前なのさ。
 引き寄せられる、っていうのが自然なのかな。みんな死んだらそこへ勝手に向かうんだよ。
 別にこの世に未練があったり、自分が死んだことを自覚していなかったりしなくても、
 人は死ねば霊魂になって墓地に集まるのさ」
 つまり――――今俺がいる場所は、俺の魂が見ているそのまんまの風景――――
 家の墓の前らしい。
 眼球も視神経もないのに、どうやって見えてるのかはしらないけど。
「死んで肉体や脳、神経を失っても、魂には生前の記憶があるのさ。声を出した記憶、
 声を聞いた記憶、匂う記憶……とりわけ五感は魂にも染みついている記憶だから、
 例え本来それらを司る器官が失われても、自然に再現できるんだよ。でも実際には
 器官は存在しないわけだから、完璧に再現はできないのさ。見えているつもり、聞こえている
 つもり、っていうのが的確かな。だから物理的な意味で五感が機能してるわけじゃないんだよ」
 よくわからないけど、そういうことらしい。
 要は見えているこの風景は、俺の過去の記憶を映し出しているに過ぎない……
 ってことなのかな。
 実際、俺はこの風景を子供の頃に何度か見ているし。
 脳もないのに、そんなことが可能とは思えないけど、現実に見えている以上は
 そう理解するしかない。
「何か質問は?」
「あ……えっと……ありません」
「そう。それじゃ説明を終わるよ」
 質問は、とか挙手を求められたりした時、思わず壁を作ってしまうのは
 学校の授業の時と同じ。
 コミュニケーション不全がこんなところで出てしまう。
「あ……ありがとうございました」
 それでも、かろうじて礼は言えた。
「霊だけに礼……ふふふふふ」
 最後に不気味な笑い声を残し、説明してくれた花輪くんっぽい声はなくなった。
 菊池、とかいう苗字だったか。
 きっと彼も霊魂なんだろう。
「説明、おわかりになられたでしょうか?」
 今度は浅尾の声。
 なんだろう、声だけのやり取りって何処かネットワーク上でのやり取りに似てる気がする。
 その所為か、単に浅尾とのやり取りに慣れたからなのか、俺はさっきまで感じていた
 不安を少し薄めていた。
「う……うん。要するに……俺は今自分チの墓の前に霊魂になって存在してるんだよね?」
「そのとーりです! 浅尾や菊池さんもそうなのですよ。っていうかここの墓地の全員がそうです。
 100人くらいいるんじゃないでしょーか。人、って数えるのもヘンなのですけど」
「100?」
 この墓地にある墓、100やそこらじゃなかった気がする。
 本当に100なのか?
 その数字は本当に正しいのか?
 君のいう100って数字は、たとえおおよその数量を表す副助詞『くらい』を用いていると
 しても、果たして正しく妥当性を帯びた数字だと断言でき――――
 ……いかん。
 落ち着け、俺。
 生前の『悪い癖』が出て来ちまった。
 死んでまでこんな強迫症状に支配されてどうするんだ。
「うーん。もしかして100より全然多かったかも?」
 俺の表情がそうさせた……なんてことは絶対にないんだけど、無言だったのが
 よくなかったのか、浅尾は100という数字を否定した。
 もし、俺がさっきの思考をそのまま言葉にしてたら――――きっと悪い意味で変人と
 思われていただろう。
 危ない危ない。
「とにかくですね、たくさんの霊魂が墓という自分の居場所を持ってるのですよ。
 浅尾、ここは学校の教室みたいなものって思ってるのです。
 お墓は自分の席、って感じで。宮野さんは新入生ですねー」
 ここが学校?
 ……なんか壮絶な絵を想像してしまった。
 同時に、想像という行為が今の自分にできることに驚く。
 よく考えたら、今こうして考えていること自体が想像ではあるんだけど、
 死んだ人間が想像でここにない絵を思い浮かべるのって、なんかシュールだよな……
「ではでは、早速なのですけど、宮野さんにはこれから働いて頂こうと思っているのですよ」
 複雑な思いでいた俺に、突然禁句が襲ってきた!
 学生ニートに働いてもらう……だと!?
「ちょ……ちょっと待てよ」
「今の、キムタクさんの真似をしていらっしゃったホリさんのモノマネということで
 いいのでしょうか? 二次モノマネはクソでらっしゃりますよ?」
 ずいぶんサラッと毒吐いたな!
「そうじゃなくて、働くって……え? 死んだ人間って働くの?」
 地獄に落ちて罰ゲームっぽいのやらされるのは想像できるけど、まだこの世に
 留まっている段階で働くってのは想定外だ。
 そもそも、働いたら負けだと思っているとかいうコピペを地でいくくらい、
 俺はガッツリ引きこもりなんだ。
 ってか、それ以前に肉体がない。
 そんな俺に何ができるんだ……? 
「働くと言いましても、ただお話をするだけの簡単なお仕事なのですよ。
 墓守、って聞いたことあります?」
「墓守……」
 聞いたことはあるけど……死んですぐにやる仕事なんて定義じゃなかったぞ。
「小難しいことはなんにもないのです。お墓が寂れないよう、適度に賑やかにすれば
 それでお勤めご苦労さま、なので」
「……それ、働いてるって言うのか?」
「お給料は出ませんけど、大事なお仕事なのですよ? お墓が穢れないように」
「そう。とても重要なのさ」
 また菊池家の花輪くんが割り込んできた。
 彼、解説係なんだろうか。
「お墓は死者を祀る聖域であり、眠れる者に意味を持たせる場所なのさ。
 だからお花を供えたりロウソクの火を灯したりして、明るく温かくするんだ。
 でも、それだけじゃ足りないのさ。色や温度だけじゃなく、音も必要なんだよ。
 君は誰かのお葬式に出席したことはないかい?」
「……祖父の」
 この、俺の家の墓に眠ってる爺さんだ。
 確か、小学生高学年の頃に亡くなった。
 その時は――――人が死んだってのに寿司だビールだと大人達がやたら
 飲み食いして、大騒ぎしてた印象がある。
 これって不謹慎じゃないのか……と子供ながらに思っていた。
「死者は生前のように肉体や脳で魂を活性化させることができないから、不安定なのさ。
 ならどうやってエネルギーを保つかっていうとだね、明るさ、楽しさ、温かさといった
 精神的な活力になり得るモノを外部から取り込むことが必要なんだよ」
「楽しーことならいっぱーいー♪ 夢見ることならーめいーっぱーいー♪」
 浅尾が突然ちびまるこちゃんのマイナーな方の主題歌を歌い出した。
 ただしこっちもそれなりに有名。
「もちろん、愛情や慈しみや惜しむ心も活力になり得るんだよ。死者の周りの
 人が、死者を想う心はそのまま魂の活力となり、死者を不浄の理から救うんだ。
 死んだら腐るのは肉体だけじゃなく、魂もだからね」
「え゛……魂って腐るんですか?」
「活力を完全に失えばね。そうなると、自然とその魂の在処たる墓も穢れるんだよ」
 花輪くんの話を総合すると――――生前関わりをもった人達が
 愛情や惜しむ気持ちを死者に注がず、無関心な状態が続いた場合、
 魂は腐っていくらしい。
 ってことは、だ。
 俺……腐るってこと?
 だって俺、誰からも惜しまれてないし、愛情なんて微塵も持たれてないよ?
 完全に一家のお荷物、恥さらしだったんだし。
 死んでなお腐るって……そんなの余りにも情けなさすぎやしないか。 
 ゾンビみたく動けもしない、ただ腐った置物……
「う、うわあああああああああああ!?」
「おおっ!? 宮野さんがご乱心でいらっしゃります!?」
「きっと生前、余り人と接してこなかったんだね。可愛そうに」
 浅尾と花輪くんが見せるリアクションに救いはなく――――
 俺は絶望で頭を抱える……ことすらできず、ただただ錯乱した。
「落ち着きなよ。君ばかりが不幸じゃないのさ。実際、死者にも色々いるからね。
 家族以外からも長年想われてウハウハな魂もあれば、誰にも惜しまれず忘れられた
 不憫な魂もあるんだよ」
「慰めになってないです……」
「だからこその『お仕事』なのさ。そもそも、不憫な魂ばかりが集まると、
 数多くのお墓が穢れてしまって、墓地そのものが暗黒化してしまうから、
 それを防ぐための相互扶助として、この墓地にいる霊魂みんなが明るく楽しく
 温かいお喋りをするのさ。そうすれば、最低限の魂質は保たれるからね」
 魂質……品質みたいなものか?
「仕組みがわかったところで、協力してくれるかい?」
 花輪くんは相変わらずキザな声で問いかけてくる。
 そりゃ、断わる理由はない。
 腐りたくないし、自分の家の墓を穢したくもない。
 けど……
「一応、確認として聞いておきたいんですけど。魂が腐ったらどうなるんですか?」
「まず、現世に正体不明の悪臭を撒き散らすんだよ」
「えええ!? 想像してたのとなんか違う!」
「あと、実家に多少の厄災を発生させるとも言われてるね。もちろん、腐り具合
 によって程度も変わってくるよ」
 うわあ……死んでまで家族に迷惑かけるのか。
 そんな最悪な人生あるかよ。
 もう人生ですらないけど。
「……わかりました。やらせて下さい」
「了解痛み入るよ。それじゃ浅尾さん、あとはよろしく」 
 再び花輪くんは声を消した。
 彼、生前はやっぱりウェーブがかった七三ならぬ十〇分けの髪だったんだろうか。
 一度見てみたかった気もする。
「花輪くんは説明お上手でいらっしゃりますねー。羨ましいです」
 何気に浅尾さんも彼の事を花輪くん呼ばわりしていた。
 もはや苗字が思い出せない。
「というわけで、宮野さんにはこれからお喋りをしてもらうのです」 
「……あの……了承しておいてなんだけど、俺そういうの苦手なんだけど」
「人見知りでいらっしゃりますか? 浅尾もどっちかっていうとそうなのですけど」
 そいつぁウソだ。
 引きこもり歴約3年、対人恐怖症を煩ってる俺にはわかる。
 この子は寧ろ社交的だ。
 会話のリズムでわかる。
 俺なんて『……』が多いのからもわかるように、会話のリズムすら作れない。
 声だけの存在になっても、ダメなまんまだ。
 引きこもり生活の頃、俺はこういう自分がとにかく恥ずかしかった。
 家族への劣等感や恐怖は尋常じゃなかった。
 もし小遣いの振り込みを止められたら。
 もし家を追い出されたら。
 もし父親が死んだら。
 もし……
 とにかく、当時の生活の中心だったゲームをできない環境に追いやられたら
 どうしよう、という不安が常にあった気がする。
 そう考えると、今こうしている自分が少し不思議だ。
 死んでからは、ゲームへの執着心は割と綺麗サッパリなくなっている。
 まあ、いくらゲーム中毒者とはいえ、死という現実よりゲームってほど
 病んではいなかった……ってことなのかな。
「浅尾とこうしてお喋りしていらっしゃるじゃないですか。大丈夫ですよ」 
 ニパッと笑う――――かのような声で、浅尾は俺に安寧の言葉をくれた。
 14の小娘に慰められるくらい情けない自分……ってのは、この際置いておこう。
「でも……その、喋るって、具体的にはどうすればいいんだ?」
「宮野さんはマニュアル人間でいらっしゃりますか?」
「……否定できないかも」
 ハッキリ言われると凹むな。
 実際、ゆとり世代とか言われてるし、かなり具体的な説明がないと
 不安ではあるけど。
「さっきも言いましたけど、難しく考えないで、お喋りしていればOKなのですよ。
 自発的に話しかけてもいいですし、声たちの言葉に応えるだけでもいいので」
「声たち……」
 不気味な表現だ。
「ちなみに、他にどんな感じの人たち……っていうか、霊魂たちがいるのかな?」
「お年を召された方が多くいらっしゃりますね。団塊の世代の方々もいらっしゃります。
 ご高齢になって性格が丸くなった方もいれば、よりクソ生意気になった方も
 おられますので、千差万別十人十色、霊魂によりけりなのです」
「……君、さっきからしれっと毒吐くよね」
「老人介護のコツは、程よいガス抜きなのです」
 死んでなお介護とは……しかもこの子14歳なんだよな。
 なんとなく、初めて俺に接してきた時の喜びようがわかった気がした。
「では、丸くなった例とクソ生意気な例をご紹介します。えーと、田荘のおじいさま、
 石山のクソジジイ、出て来て貰えますでしょうか?」
 信じ難いほどに露骨な呼び方の違いに対し――――
「なんじゃとこのクソガキャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 恐らく石山という爺さんの方の声が、雷のように飛んできた。
 雷オヤジ、なるほど昔の人は的確な例えをしてる。
「石山の、そう怒るでない。新しい仲間の前でみっともないのう」
「フン。死人に新入りもクソもあるかいボケカス死ね。大体貴様はえーかっこしーなんじゃい」
「そういう訳ではないのじゃよ。石山の。お前はいつまで経っても大人になれんのう」
 田荘という爺さんの優しい声と、誹謗中傷に溢れる石山の爺さんは
 その後も二人でやり取りを続け――――やがて声は消えた。
「……あの、自己紹介すらしない内にいなくなったんだけど」
「大抵の年寄りはボケ入ってると思って頂いて構わないのですよ」
 つまり、そういうことらしい。
 溶け込む自信、全くないんだけど……
「とまあ、こんな感じなのです。特定の人に絞ってお話してもいいですし、
 誰彼構わず話しかけても構いませんので、ノルマを満たすようにして下さい。
 ちなみに、ノルマ達成すると御褒美が貰えるのです」
「え? ノルマって……どんなのどうやって確認するんだ? それに御褒美って……」
「うおーっ! キラキラたんが喋ってるーっ! キラキラたーん!」
 突然の割り込み!
 しかもなんかキモいぞ!
「変質者が現れました……最悪なのです。浅尾、ここでオサラバします。ドロロンちょ」
「待ってよキラキラたーん! キラキラたーん!」
 耳が重くなるような声は、ずっとキラキラたんと連呼していた。
 ……死人にもロリコンがいるのか。
 っていうか、説明が中途半端なまま浅尾が消えてしまったのは痛手だ。
 人見知りの俺にとって、会話の相手を新規開拓するのは相当ハードル高い。
 できれば、あの子との会話でノルマとやらを達成したかった。
 つーか……御褒美ってなんなんだろう。
 生き返るなんてことはできないだろうけど……もしかして成仏できるとか?
 でも、成仏って御褒美なんだろうか。
 いや、それ以前に今の状態は成仏してないのか、もうしてるのか、それすらわからない。
 わからないことだらけ。
 でもまあ……死んでまでゆとり世代だなんだとバカにされたくもない。
 恥をかく覚悟で話しかけてみよう。
 生前の俺には考えられないポジティブシンキングだ。
 とにかく、恥かくのが怖かったからなあ……
「……あのー……どなたかいらっしゃりませんか」
 恐る恐る、語りかけてみる。
 返事は――――
「あら、キラキラちゃんの言葉遣いが移ってらしてよ」
 あった。
 恐らくおばあさん。
 かなり品のいい、それでいて可愛い感じの声。
 チャーミング、ってのも死語なのかもしれないけど、そういう声だ。
「あ……初めまして。宮野といいます」
「御丁寧にどうも。私は久野家の者です」
 久野さんか。
 この人はなんか喋りやすそうだ。
「あの……さっきの会話、聞いていらしたでしょうか」
「ええ。ここは精神世界みたいなものだから、聞く気があれば誰の声でも聞こえるし、
 聞く気がなければ誰の声も聞こえないのよ。睡眠も、生前の記憶によって『寝ている
 つもり』になれるから一応可能なの」
 久野さんはとても的確な説明をしてくれた。
 ってことは、さっきのロリコンは寝てるかなんかして浅尾と俺の会話を
 当初は聞いてなくて、起き抜けに割り込んできた……って感じなのか。
「何か他にご質問はあるかしら?」
「あ、はい。ノルマってのがあるらしいんですけど、それってどうやって
 わかるんですかね。あんまり時間の概念とかなさそうですし」
「そうね。基準は一応あるみたいよ。自分の魂やお墓が、しばらく放置しても
 大丈夫なくらい『明るさ』や『楽しさ』で満たされた場合、かしら。
 その場合は花輪くんが教えてくれるわ。あの人が係だから」
 この貴婦人っぽいおばあさんですら、彼を花輪くんと呼んでるのか……
 まあとにかく、達成すれば申告して貰えるってことはわかった。
「あと……御褒美は?」
「それは達成してからのお楽しみ、ってことでいいんじゃないかしら」
 久野さんは上品な笑い声をあげて、答えを濁した。
 ちょっと怖い。
 にしても……会話に参加してくる人が一人だけ、ってのは寂しいな。
 ……もしかして俺のせいか?
 俺がなんかいかにも今時の内気で何考えてるかわかり難い、
 イライラするようなヤツだからって敬遠されてるのか?
「心配しなくても大丈夫よ。今はちょうど夜だから、睡眠とってる人が多いだけ。
 もう少ししたら、起きてくるから」
「……この状況でも、昼とか夜とかあるんですか?」
「なんとなく、よ」
 久野さんは茶目っ気たっぷりに、そう答えた。
 いいなあ、こういうおばあさん。
 俺の祖母は……あんまり思い出したくないような人達だったし。
「せっかくだから、生前のことを色々話して下さらないかしら。
 ノルマのこともあるけれど、話を聞いてみたいの。貴方の」
「……俺の? つまらないですよ?」
「あら。自分でそう言うのなら、期待できるわね」
 久野さんのそんな優しい声に、俺は自然に笑っていた。









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