リコリス・ラジアータにはカメラやモニター、マイクといった物はない。
そういう環境で、授賞式は一体どう進行されていくんだろう――――
野外ホールの楽屋で待機する間、俺にはそんなどうでもいい事を考える余裕があった。
不本意だけど、アルテ姫に仕掛けられたドッキリに上手く乗せられた格好だ。
ちなみに、他の二人はまだ来ていない。
授賞式は直ぐにでも始まりそうな感じだけど……
「よるれりほー。お久しぶりにゅるん」
なんて事を考えている間に、アーニュルがにゅるにゅると入室。
アルテ姫の祝賀会以来か。
授賞式用の正装姿なんだろうけど、にゅるにゅるしてるからよくわからん。
「御無沙汰。お互い元気で何よりだよな」
「にゅにゅん。こんな所で再会するのは少し照れ臭いにゅ〜」
……そんなまともな感性があったのか。
いや、この人喋り方だけおかしくて、割とまともな性格だったっけ。
同じタイミングで紹介受けたイヴさんとベンヴェヌートの方が余程変り者だ。
で、その変り者は――――
「ベンヴェにゅ〜トはきっとギリギリに来るにゅん。自分が一番に目立たないと生きていけない奴にゅ」
「真打ちは最後に現れる、ってか」
何から何まで面倒臭い奴だ。
ま、今更あいつの文句を言っても仕方ない。
あとは本番を待つのみだ。
「一分後に授賞式が始まる。野外ホールのステージ前に椅子が用意されているから、そこへ」
……と、待つまでもなく早速本番か。
いきなり楽屋に顔を出したクレハさんの案内に従い、俺はアーニュルと一緒に野外ホールへと向かった。
まず目に飛び込んできたのは、観客席を数多く設置した急勾配のスタンド。
野外ホールっていうと、テレビで見かけた事のあるフェスの光景のような、ステージの前に観客があるタイプを想像してたけど、闘技場跡なだけあってアリーナ型の施設になっている。
ステージはフィールド跡地の中央に設置されていて、高さは俺の身長と同じくらい。
直方体のステージで、広さはテニスコート四面分ってトコだ。
どれだけの観客が入るのかはわからないけど、あそこでスピーチをするって事は、相当な数の視線にあらゆる角度で晒される訳か。
「オタク、あんまりキンチョーしてないにゅん。こういう式には慣れてるにゅ?」
どの口でそんな事を言いやがるのかってくらい、アーニュルが全く緊張感のない顔で尋ねてくる。
「いや、初めてなんだよ。作法とか全然わからないから、変な事しでかしそうになったらそっと教えてくれな」
「了解にゅ。スピーチでスベったらありったけの大声で愛想笑いするにゅ」
「それは止めてくれ……」
とんでもない爆弾をブチこまれそうになりつつ、ステージ前に到着。
するとそこには――――
「随分と遅かったじゃないか」
正装姿のベンヴェヌートがいた。
というか、背中に孔雀を背負ってた。
いや、実際に孔雀はいないけど、そんな感じの飾り物を背負っていた。
「……授賞式のスピーチって、そこまでして笑いを取らないといけないのか?」
「何を言っているのかはわからないが、この衣装はカメリア王国に伝わる由緒正しき礼服だ。私の晴れの舞台を飾るに相応しい、な」
案の定、自分の為の式典だと信じて疑わないそのナルシストっぷりがいっそ清々しい。
見てろ、必ず一矢報いてやる。
「お互い思うところはあるが……ここに集った我々はカメリア王国の次世代を担う画家。その出発の式典、まずは握手で始めようではないか」
「にゅるにゅる」
肯定か否定か、そもそも意思の伝達なのか怪しいアーニュルの返答を受け、ベンヴェヌートは左手を差し出した。
それをアーニュルが同じく左手で握り返す。
「一応、利き手では握手しないのが画家の礼儀にゅる」
「そいつは知らなかった。ありがとう」
意外と律儀に有言実行してくれたアーニュルに感謝しつつ、俺は左手で彼と握手する。
残るはベンヴェヌート。
「……」
「……」
拒む理由も、敢えて利き手を差し出す理由も無数にある。
でも、俺は堂々と左手を出した。
「君のそういうところは、正直買っているんだよ。ユーリ」
ベンヴェヌートは満面の笑顔でソフトに握り返してきた。
「これまでも、私に牙を剥く写実派や幻想派の画家はいた。古典派にすらもいた。だがその殆どは品のない、ただ罵詈雑言を並べるだけのつまらない連中だった。その点、君のその精神は私の完璧な人生における障害物に値する画家だ。それだけに惜しい――――」
「えーっっ、それではーっっ! もうすぐ第一回カメリア国王杯大賞発表授賞式を開催しますっっ! 来賓、観客の方々は会場にお入り下さいっっ!」
相変わらず長文をダラダラ続けるベンヴェヌートの話を遮るかのように、司会進行役の案内がアリーナ中に響きわたった。
ってか司会、ピュッピさんなのか。
メガホンみたいなのを持ってるけど、当然電子回路搭載の拡声器じゃないよな。
「あの道具には万能樹脂が使われてるにゅる。声を増幅してくれるにゅ」
本当に万能だな、万能樹脂。
そしてアーニュルも解説役としてかなり有能だ。
ジャンやリエルさんに頼れない状況で、彼が隣にいるのはありがたい。
そういえば、リエルさんはどうしてるかな。
このコンテストの発案者のメアリー姫を護衛してる筈だから、会場にいると思うんだけど……
「っと」
周囲を見渡していた俺は、次々に席が埋まっていく観客の入場の早さに圧倒された。
観客席の数はよくわからないけど、多分一万とか二万とか、それくらいの規模だと思う。
その席がみるみる内に埋まっていく光景は、鳥肌モノだ。
「フン、愚民が何人集まろうと物の数ではない。それよりも……」
一方、すっかりそんな光景に慣れているらしいベンヴェヌートの視線は、最上段の一角にある貴賓席へ向いていた。
そこにいるのは――――ゴットフリート殿下と、見知らぬ容姿の男性。
一瞬国王かと思ったけど、アニュアス宮殿で見かけたあの男性とは違うし、何より正気を失っているという国王がこの場に来るとも思えない。
「ステラリア王国の第一王子、アーサー=ティエポロ王子にゅるん」
「……隣の国の王族まで来てるのか」
それ以上に驚いたのが、その公賓とゴットフリート殿下が並んで座っている事。
自分が実質的な国王だとアピールしている――――
「アーサー殿下、今日こそは小生と国家間の相互利益と文化交流のあり方について朝まで語り明かしましょうぞ。今回ばかりは観念して貰いますよ」
「いや、その……朝までは勘弁して欲しいのだが」
――――ような気がしないのは、漏れ聞こえる会話の内容の所為か。
彼が俺達にとって善か悪か、結局最後まで掴めなかった。
「アーサー殿下は無類の絵画好きで知られている。この授賞式であの方の目に留まれば、その画家の名と作品は国内に留まらず、世界へと進出するだろう」
恍惚の表情で語り出すベンヴェヌート。
……キモいって言葉大嫌いだけど、それ以外では表現出来ない顔だ。
「実に惜しい。せめて君にそこのアーニュルほどの画力があれば、このような最高の舞台で最高の好敵手と最高の勝負が出来たのだが……フフ、それは贅沢過ぎるリクエストというもの」
「随分と主役気取りだな」
「せいぜい、自分を引き立たせるスピーチを考えておくといい。それすらも、私を引き立てる言葉となる」
これ以上会話する気にもなれず、俺はステージの傍に置かれた椅子の背もたれに身体を預け、ズルズルと沈み込んだ。
それから暫くし、観客席が埋まった頃合い。
「それではっっ、第一回カメリア国王杯大賞発表授賞式を開催致しますっっ!」
メガホンを使ったピュッピさんの金声により、授賞式開催が宣言された。
……って、今更だけどリハーサルなしかよ!
「ではっっ、まずカメリア国王杯の発案者っっ、メアリー王女殿下にご挨拶を賜りますっっ」
「ご紹介にお預かりました、メアリー=ヌードストロームですわ」
しかも進行早っ!
いつの間にステージ上にいたんだ、メアリー姫。
「このカメリア国王杯は、現在のカメリア王国の美術水準を測り、この国の未来を担い支えるであろう画家を発掘する目的もあり、国王陛下への献上という形で応募させて頂きましたわ。大勢の、本当に沢山の方々が応募してくれた事、陛下に代わり御礼申し上げますわ」
深々と一礼し、メアリー姫は凛とした佇まいで挨拶を続ける。
「……果たして、このコンテストが正しい未来、正しい美術国家の有り様を映し出せたのか。それはこれから明らかになっていくのでしょう。このコンテストはカメリア王国の国民全員のもの。そのみなさんと、行く末を見守りたいと願いますわ」
そして、かなり手短なその挨拶が終わり、ステージが拍手で包まれた。
後半の内容は意味深なものだった。
果たして、どれだけの人にその真意が伝わったのか。
「……」
ステージを降りるメアリー姫は、ピュッピさんに一言何か声をかけた後、俺に一瞬だけ目を合わせ、微かな動きで頷いてみせた。
写実派の支援者である彼女は、アルテ姫とは違って俺の絵を本心から好んでる訳じゃないだろう。
それでも、国の為に、或いは父親の為に、俺の絵を推してくれている。
俺に最大限の配慮をしながら。
どうにかして、その献身と努力に報いたいんだけど……
「御深慮に満ちたお言葉っっ、ありがとうございましたっっ。次に今回っっ、大賞を決めるにあたって応募作品を審査して下さった皆様をご紹介しますっっ。なんとっっ、ゴットフリート殿下が審査して下さいましたっっ!」
当然、王位後継者候補のゴットフリート殿下が最初に紹介され、喝采を浴びる。
貴賓席で立ち上がり声援に応え、そのまま着席。
スピーチはしないらしい。
あの話し好きのオッサンの事だ、多分締めの挨拶を任されてるんだろう。
長くなりそうだな……
「殿下をはじめっっ、巨匠ジャック=ジェラール氏などっっ、錚々たる方々が審査して下さいましたっっ! 今一度盛大な拍手をっっ!」
巨匠、審査員だったのかよ!
よく見ると、ステージを挟んだ向こう側に設けられた審査員席にちゃっかりいやがった。
まあ、ベンヴェヌートが審査員を古典派で固めようとするのなら、真っ先に声がかかる人ではあるよな。
肩書き巨匠だし、審査員には打って付けだ。
でもこの師弟、あんまり良い関係じゃなさそうだし、案外俺の方に票入れてくれたりしないかな……いや、やっぱ無理か。
金積まれたら簡単に投票しそうだもんな、あの人。
「それではっっ、早速ですが大賞の発表に移らせて頂きますっっ!」
いよいよ、勝負の時が近付いて来た。
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