「残念ですが、あなたは今お亡くなりになりました」
それは余りに穏やかで柔らかく、まだあどけなさの残る少女の声。
緊張からか表情は少し堅いものの、瞳はまるで冬の湖のように深く深く透き通っている。
そんな少女の甘ったるい声で自身の死亡宣告を受けた細身の老翁は、薄くなった白髪頭をポリポリと掻きながら、無数の小皺に囲まれた目を大きく見開いていた。
「す、すいませんっ。驚かすつもりじゃなかったんです……すいません」
老人の目に映る少女は、パッチリとした目をギュッと瞑り、心底反省した様子でヘコヘコと頭を上下させる。
とはいえ、それが心からの反省であるか否かは、今の老人にとって瑣末な問題だ。
当然、重要なのは――――
「……死んだ? 俺が?」
自分の現状、そして少女が何者か。
前者の答えは、既に出ていた。
少女の周囲には澄み渡るような青い空間が広がっていて、所々湯気のような白いモコモコとしたものが散見される。
その遠くには灰色のモコモコ。
雨雲だ。
ここは、雨上がりの空。
飛行機やヘリコプターの窓を介さない、完全に静止したパノラマの空。
生きている人間が目にする機会のない景色だ。
例えば自分が寝ている最中に何者かに拉致され、上空まで運ばれ空に放り出された所で目が覚めたとしても、そこには『落下』という要素が確実に加わる。
固定された景色は立派な死の証拠。
とはいえ、自分の死を宣告され瞬時に理解できるケースは極めて少ない。
少ないからこそ、少女の存在には意義がある。
何故なら、少女は。
「そうです。わたし、あなたをあの世に案内しに来ました」
少女は――――
「お嬢ちゃん、もしかして……死神……なのか?」
呆然とした顔の老人が漏らした言葉に、そうコクリと頷いた。
「死神のメノウといいます」
死神メノウの不慣れなおつとめ
- Memories of days
gone by
-
死神は人間が崇め奉るあの"神"ではない。
神様どころか、どうやらただの浮遊霊らしい――――その事実をメノウが知ったのは、つい三ヶ月前。
つまり、あの世に逝き損ねた魂が、死神となっているらしい。
メノウもその中の一人。
死神となってしまった浮遊霊が再度霊界へ向かう事のできるチャンスはあと一度だけ。
【108人分の魂】を霊界へと導くのが、その好機を得る条件だ。
108は人間の煩悩の数。
それだけの彷徨える魂を救えた死神ならば、信頼に値する。
閻魔大王をはじめとした、あの世の偉い方々が決めたルールの一つだ。
だから、死神は死にそうな人間の元へ現れる。
一刻も早く、あの世へ逝く為に。
人の死を嗅ぎ取り、魂をあの世へ運ぶ存在だから死神――――なのではない。
死神だから、必死になって死が迫る人間を訪ねているだけだ。
何せ、死神の数は多い。
一つの町に常時十人前後の死神がいる。
それに対し、町中で人が死ぬ頻度はせいぜい一日に数人。
交通事故の少ない田舎なら、数日に一人という地域もある。
競争率の激しさは難関大学や国家公務員試験並だ。
「って事は……お嬢ちゃん、俺が死ぬのをずっと待ってたってのか」
そんな事情など知る由もない老人は、メノウの説明に対して憤るでも狼狽えるでもなく、外見相応の落ち着きをもって真摯に耳を傾けていた。
「す、すいません。あなたのおうちの屋根に八咫烏さんが止まっていたので」
八咫烏は、カラスの浮遊霊。
人間の死臭を嗅ぎ取る性質があるとされている。
死神は空中を移動しながら、八咫烏を目印にもうすぐ死ぬ人間を探す。
そして、実際にその人間が死んで魂が浮かび上がったところを話しかける。
人間は魂となった時、自分が死んだことを理解できない。
死神に死の宣告を受けなかった魂は浮遊霊となり、この世を彷徨うことになる。
その中で、まだ若く窓口業務に向いている霊だけが集められ、あの世から来たエージェントから説明を受け、死神となる。
死神に見落とされる死者の数と、死神が108つの魂をあの世へ導く事に成功した例の頻度は、ほぼ同じ。
結果、死神の数は増えも減りもしない。
以上の事を、メノウは自己紹介も兼ね老人に説明した。
「どうやら、本当に俺は死んだんだな。俺の夢にしちゃ内容がしみったれてらぁ」
「……」
妙にわかりのいい老人に、メノウは小首を傾げ不思議に思う気持ちを表現した。
死者の魂は基本、生前と変わりない人格を宿し続けている。
要するに、人間として生きてきた常識や先入観を持ったまま。
その為、死神に関する説明をした直後は大抵『これは夢だ』と取り合わない人間が大半を占める。
まだ死神としての経験が浅いメノウであっても、それは同じ。
なのにこの老人は、特に疑う様子もなければ、現実逃避する様子もない。
「あの、わたしがこう言うのも何ですけど……信じてくれるんですか?」
おずおずとそう聞くメノウに対し、老人の答えは明朗だった。
「まぁな。この年齢だ。死後の世界について、あれこれ考える時間は山ほどあったさ。その中にはこんな御伽噺みてぇなのもあった。なんせ、俺は夢を売る人間だったんでな」
「夢を売る……?」
「ミュージシャンだったんだわ、俺」
その意外な告白に、メノウは思わず目を丸くした。
メノウにとって『ミュージシャン』という言葉が当てはまるのは、10代〜50代の人間。
目の前の老人は、齢80に迫ろうかという姿で、仮に音楽活動をしていたとしても、『歌手』という言葉の方がしっくりくる。
まさかこれだけ年を重ねた老翁から『ミュージシャン』という言葉が出てくるとは、夢にも思っていなかった。
「それも、現役バリバリのな。若い頃からずーっと夢や希望を歌い続けてきたんだぜ」
空中で腕組みしながら、老人は自分を語り出す。
とあるバンドのボーカルをしていた事、ここ20年ほどはプロデュースする方に回っていた事、それでも自分はロックシンガーでありたいと願っていた事――――自分の死を理解したばかりの人間とは思えないパワーで、老人は自己の人生を振り返った。
「あの……もしかして、有名な方だったんですか?」
芸能関係に明るくないメノウは、無礼を承知でおずおずと尋ねてみる。
すると、途端に老人の顔がクシャッと歪んだ。
「……売れないミュージシャンってヤツさ。それでもカッコつけて夢を歌ってりゃ、女にはモテたもんだ。そういう時代だった。お嬢ちゃんの世代にはわからんかもしれんがな」
実際、メノウにはまるで理解できない世界だったが、過去を振り返る老人の顔が死人とは思えないほど活き活きとしている理由はわかった。
「お歌、お好きなんですね」
「……そうだな」
色々と思うところがあったのか、メノウの言葉に老人は暫く沈黙しながらも、最終的には肯定した。
「好きだから、売れなくても会社にクビ切られてもツッパってやってこれたんだろうよ……その結果、孤独死じゃ笑えんけどな」
他人事のように述懐する老人に対し、メノウの顔が曇る。
確かに、この老人の家に人が出入りした様子はなかった。
身寄りもなく、看取って貰う事も出来ず、たった一人で死を迎える人間の絶望たるや、死神であっても想像は難しい。
「ま、死んじまったモンは仕方ねぇか。お嬢ちゃん、あの世へはどう逝くんだい?」
「あっ、は、はいっ。ご説明します」
死んだ人間の魂は天へ召される――――というのが生前の人間のパブリックイメージだが、実際には真逆だ。
あの世は地球の内側に存在する。
だから、死神の案内がないとまず見つけられない。
事実、この老人も死して魂となった直後、無意識にここ――――空へと向かって昇っていた。
「地面に潜るのか?」
「そうです。魂だけなので、スーッと通れるそうです」
「そいつは眉唾だなぁ。お嬢ちゃん、実際にあの世って所へ逝った事ないんだろう?」
思わず首を捻る老人の言葉に、メノウは俯き沈み込んでしまった。
「……ありません。わたしは、逝き損ないですから」
「そんな行き遅れみたいな言い方すんなよ。まだ若いのによぉ」
失言だと悟ったのか、老人は慌ててフォローを試みるが、中々素直になれない世代とあって上手に空気を軽く出来ない。
どんよりとした少女と困り顔の老人が浮かぶ光景は、真昼の空にはあまりにも似つかわしくなく、風景から浮いていた。
「……そ、そうだ! お嬢ちゃん、俺の歌を聴いてくれよ。この世で最後のライブ、たった今ここで開いてやっからよ」
「ライブ……ですか?」
「おうよ。もちろん無料ライブだ。ここだけの話な、チャリティーでも売名でもない無料ライブなんてそうそうないんだぜ? 誰でも最初は、好きで歌ってた筈なのによ」
ヘッ、と鼻を親指で擦り、老人は勇ましく笑う。
まるで少年のような純粋な笑みにつられ、メノウも小さく微笑んだ。
「あの、そういえばまだ名前、聞いていませんでした」
「芸名と本名、どっちがいいかい?」
「……芸名でお願いします」
「わかってるじゃねぇかお嬢ちゃん! そうよ、俺はこの名前をあの世まで持っていってやるんだよ。剣崎蓮って名前をな!」
還暦を超えた高齢者とは思えない名前を若々しい口調で叫び――――
「それじゃ今日はとびきりゴキゲンなナンバーをお届けするぜ! 『終わらない歌』!」
やはり時代を感じる紹介に続いて、剣崎老人はギターを弾く真似をしながら自曲を歌い始めた。
「♪いつだって途中下車 ♪「命賭けだ」なんて言葉だけ ♪一丁前」
その歌は――――本人の発言通り、夢や希望を歌った曲だった。
陳腐でなんの捻りもなく、ただ単に綺麗事を並べただけの安っぽい歌詞。
勢いばかりでキャッチーさはなく、まるで頭に入ってこないメロディ。
売れない曲のテンプレートのような歌だった。
「♪終着駅までは ♪電車賃がないから ♪そんなクソッタレな言い訳は ♪もうヤメだ」
歌声も嗄れ、声量もない。
魂は己の記録であり、記憶。
だから老いた自分をいつまでも認められない人間は、死した瞬間に若返る事もあるという。
「♪終わらないぜこの歌は ♪この声が続く限り ♪例えキレイじゃなくても ♪鼻で笑われようとも」
剣崎老人は――――
「♪雨上がりの空に見た ♪泥だらけの虹みたいに」
そうではなかった。
彼はちゃんと老いを、枯れていく自分を自覚していた。
自覚し、そんな自分を鼓舞するかのように、或いは無理矢理叩き起こすかのように、がなり声で荒々しく歌い上げた。
「……フゥ。ワンフレーズしかもたねぇか。すまんなお嬢ちゃん、ここまでだ」
一曲歌い上げる事も叶わず、老人は息も絶え絶えに天を仰ぐ。
暫くそのままの体勢で息を整え、そして――――何かを区切るように、一つ大きな息を吐いてメノウの目を見据えた。
「どうだった? 俺の歌」
忌憚ない意見を求める、真剣な低い声。
メノウは気圧されながらも――――
「あの、わたし……音楽の事、よくわからなくて。だからすいません、よくわかりませんでした」
素直にそう答えた。
シンガーとして一生を貫き通した男の、最後の歌。
普通なら、どう感じたとしてもベタ褒めしておくべき場面だというのに。
「……ふ……」
「あ、す、すいません。わたし……」
「ふははははははははは! 死神ってのは随分と空気が読めねぇんだなぁオイ!」
それでも剣崎老人は爽快に笑ってみせた。
寧ろ、何処か嬉しそうですらあった。
「今のはなぁ、俺のバンド時代最後の曲だ。最後に作った曲だ。でもな、俺はまだこんなモンじゃねぇ。もっと良い曲が作れる自信があったんだよ」
だから、あの程度でベタ褒めされたくない、いつか大勢のリスナーを虜にするようなライブを――――そんな思いがずっとあったのだろう。
「……でも、今のが俺の遺作だ。俺は売れないミュージシャンだからよ、俺が死んだらもう誰も歌っちゃくれねぇ。この世にゃ残らない歌だ」
「そんな……」
「いいんだよ、それで。俺の作った歌だからな。俺と一緒に死んでくれるなら本望だ」
剣崎老人の身体を模した魂が、スーッと下がっていく。
本来自分が逝くべき道を理解した魂は、自覚せずそこへと向かう。
夢や希望などない、死後の世界へと。
「なあ、お嬢ちゃん。俺の人生って一体なんだったんだろなぁ」
ゆっくりと高度を下げながら、剣崎老人は問いかける。
自分の生まれた意義を。
「夢持ってさ、音楽の道をずーっと突き進んで来たけどよ。結局なーんの実績も残せないでさ。俺が死んだってニュースにもならねぇし、命日にカラオケで俺の歌が歌われる事もねぇ。俺、なんだったんだろうなぁ」
「……」
メノウは困惑したまま、何も答えられずにいた。
彼と何十年も寄り添って生きてきた人間ならまだしも、死んだ後に初対面を果たしたメノウが人生の総括など出来る筈もない。
剣崎老人もその事は十分にわかっているらしく、寂しそうな笑顔を覗かせていた。
だから、答えを聞く為の問いかけではなかったのだろう。
「あの、これを」
そんな難解な質問への回答を持ち合わせていなかったメノウは、その代わりと言わんばかりに、カードの束とペンを取り出す。
当然、現世で使用されている物ではない。
あの世について説明してくれたエージェントに頼んで支給して貰ったシロモノで、魂となった人間にも使える『霊物』と呼ばれる道具だ。
「何だい? あの世に行くのにはサインか何か必要か?」
「いえ……このカードに、ご自身が大切に思っていることを書いて欲しいんです」
「アンケートか何かか? ま、いいけどよ」
今一つ要領を得ないといった様子ながら、剣崎老人はカードの束とペンを受け取った。
「大切に思ってること……か。そいつは物でなきゃダメか?」
「いえ。物でなくてもいいですし、名詞でなくても構いません。カード一枚につき一つ、何枚使って貰っても大丈夫です」
「おっしゃ。わかった」
剣崎老人の手がスラスラと動く。
カードは次から次に捲られていき、幾つもの言葉が綴られていった。
そして――――
「……これくらいかな。こんなモンでいいか?」
18枚目のカードに書き終えたところで、剣崎老人は満足げに頷く。
その顔は何処か、達成感に満ちていた。
「ありがとうございます。あの、それで……」
「まだ何かあるのかい?」
「その中から、一番大切なカードを1枚選んでください」
メノウは感情がこもらないよう努めつつ、そう告げる。
18枚、18個の『大切なもの』の中から、たった一つを選べ――――そう言われた剣崎老人の顔には、明らかに困惑が浮かんでいた。
「……お嬢ちゃん。そいつは酷ってもんだぜ」
死した直後に、自分にとって大切だと思った事。
それは紛れもなく何事にも代えがたい尊いものであり、人生における宝物。
そこに取捨選択を迫られるのは、剣崎老人にとって耐えがたいものだったのだろう。
「お嬢ちゃんは、俺が『歌』を選ぶと思ってるんだろう? ああ、確かに歌は俺の人生そのものだ。でもな、俺だって色々あったんだ。ケンカ別れしちまったけど、かけがえのない仲間もいた。家族は持てなかったけど、惚れて惚れて惚れまくった女もいた。大切なのは歌だけじゃねぇ。そんな過去の思い出に、順位を付けろってのか?」
声を荒げる事はなく、しかし静かな怒りを向けられ、メノウは思わず俯く。
でも、引けない。
彼女にとってこの問い掛けは、とても重要な儀式だから。
「選べませんか」
「……選べねぇよ。選べる訳がねぇ」
「あなたは、自分に一番大切なものがなんなのかわからないまま、この世から消えてもいいんですか」
「!」
視線が交錯する。
少女と老人は暫しの間、睨み合いとも見つめ合いとも言い難い時間を共有した。
そして――――
「……わかったよ。よくわかった」
折れたのは、剣崎老人の方だった。
18枚のカードを両手に持ち、じっと見つめ続ける。
時に目を瞑り、時に顔をしかめ、深い溜息を落とし、歯を食いしばり。
「これだ」
一枚のカードを選んだ。
「ありがとうございます。では、そのカードをわたしに下さい」
「……俺はこいつを、あの世に持って行けねぇのか?」
「いえ、そんな事はありません。これはただの"儀式"ですから」
カードを受け取りながら、メノウはそう答える。
そしてそのカードを胸に当て、下唇を噛み――――
「これが、あなたの一番大事なもの。あなたが生きてきた証」
そして告げる。
「わたしはそれを忘れません。わたしが……ずっと覚えています。だから……」
感情を抑えきれず、メノウはそこで言葉を詰まらせた。
そんな彼女の誓いと、そして気遣いに老人は天を仰ぎ――――
「そう言われちゃ、仕方ねぇな」
まるで少年のような、何の含みもない笑顔を向けた。
「じゃあな、お嬢ちゃん。最後に歌と愚痴聞いてくれて感謝してるぜ。それと……」
全て吹っ切れた。
未練はない。
悪くない人生だった。
そんな想いが伝わってくる。
「"終わり"知らせてくれて、ありがとよ」
全てを納得した老人の笑顔は、これから死に向かうとは思えないほど健やかで、そして安らかだった。
「あ……」
メノウはまだ微かに濡れた道路に向かって降りていく剣崎老人に何も言えないまま、ただその姿が消えていくのをぼんやりと見送る。
それは、死神としては余りに不慣れな対応だった。
とはいえ、それも仕方がない事。
死神歴三ヶ月――――そんな新米の死神に一丁前の仕事が出来るほど、この世界は甘くないのだから。
「……ダメだな、わたし」
満足いく仕事が出来ず、落胆を噛みしめながら、メノウは受け取ったカードを顔の前に持ってくる。
そのカードに記されていた文字は、『歌』ではなかった。
でもそれは驚くべき事でもない。
これまでに請け負った他の四件の仕事でも、本命と思われるものが書かれた事はなかったから。
人間はつまるところ、そういう生き物なのだ。
だからこそ、メノウはあの世へ旅立つ魂に対し、カードとペンを渡していた。
これは彼女だけの儀式。
決して死神の儀式ではない。
死した者が何を大切にして生きてきたか、そして――――何を失ってしまったのかを自覚させる為の、メノウ独自の手向けだった。
自分が死んだと自覚したばかりの人間に対し、無慈悲とも取られかねない危険な餞別。
それでも、剣崎老人は感謝の言葉をくれた。
この世で最後の言葉――――遺言なのだから、そこに嘘はない。
彼にとって、メノウの存在が救いとなった証だ。
「……」
メノウは暫く誰もいない地面を眺めたのち、高度を上げ空へと舞った。
次の死に逝く人間を探さなければならない。
108人達成まで、あと103人。
その道は余りに遠い。
「あ……」
メノウの視界に、生まれて間もない虹が映る。
そのまだあどけない顔が、緩やかに綻んだ。
「♪雨上がりの空に見た」
鮮やかに橋を架ける七色の光を見ながら、嗄れた夢の欠片を口ずさむ。
あの世とこの世の狭間に揺蕩うそのその歌声は、決して響く事はない。
ただ野暮ったく、そして薄っぺらなまま――――
「♪泥だらけの虹みたいに」