ラストストーリーX発売から一年――――
 
 日本最大級のゲーム会社【ワルキューレ】は【ラストストーリー】シリーズの最新作となる
 ラストストーリーYの開発を発表した。
 様々なハードが入り乱れる群雄割拠時代に突入した中で、ラストストーリーYの対応機種は
 ユートピアの後継機となる【ユートピア2】が選ばれた事も話題となり、前作のラストストーリーXの
 高評価も相成って、発表は過去最大の反響をもって迎えられた。
  更に開発の発表から三ヶ月後、全容及び発売日が告知された。
 新機種の性能を活かし大幅に向上したグラフィックと新システムの導入が更なる期待感を煽り、
 予約の数は前作を大幅に上回った。
 リアリティ志向ではなく、あくまでファンタジーの路線を追求する姿勢も支持を集める要因となった。

  そして――――

「えー、では、これからラストストーリーYの店頭販売を開始致します!
 列を乱さぬよう、節度ある行動をお願いします!」
  ラストストーリーYの発売風景が流れるテレビのニュースを、冬は食卓でゆったりと眺めていた。
  近年は通販やコンビニ、或いは予約と言った販売形式に多様化に伴い、
 昔のようにゲームの発売日に行列が出来る事はなくなった。
 それでも、日本の電気機器販売の中心地などでは数百人と言う数の人間が
 一つの店に並ぶ光景がカメラに写されている。時代は進んでもその魅力に陰りはないと言う事だ。
「あ、このゲーム知ってる。兄貴も買うんでしょ?」
「ん……」
「あれ? リアクション薄。もう飽きちゃったの?」
  すっかり普通に日常会話を交わすまでに回復した妹と適当に会話し、冬は朝食を取り終えた。
「あら、片付け手伝ってくれるの?」
「自分のくらいは」
  空の食器を台所の流しに置いて、自分の席に戻る。
 もう食事を終えたら直ぐ部屋に戻ると言う事はなくなった。
「冬。合格発表は何時だった?」
「来週の水曜」
「おお、そうだったな」
  父は相変わらず帰りは遅いが、週末は家族と同じ時間に食卓につく。
 それだけで家庭内の空気は別物になった。
「じゃ、行って来ます」
「はい。行ってらっしゃい」
  暫くテレビを見ていた冬は、時間を確認し、家を出る。
  三月になったばかりの風はまだ冬の名残を残しているが、肌寒さは大分薄れ、心地良い。
 厚手のシャツをなびかせて歩く中、お目当ての場所と、そこで待つ神楽が視界に入った。
「よっ」
「うい」
  軽い挨拶を交わし、並んで歩く。
「何か久しぶりだよね。二人で会うの」
「受験生だったからな」
「お、過去形。凄い自信」
「無理な所は受験してないから」
  とは言え、常に学年上位をキープしていた冬の成績に妥当な大学という事になれば、
 競争率はそれなりに高い。
 実は結構不安だったりするのだが、周りには平静を装っていた。
「佐藤は春から県外のクッキングスクールに通うし、秋葉も遠くの大学だし……
 唯でさえ少ない友達がどんどん身の回りから消えてくね」
「如月はまだ芸能界にしがみ付くらしいけど」
「大丈夫なのかな。すっかりゲーム専門の歌手って感じになったけど」
「食っていけるんなら十分立派だよ」
  その場にいない人達の話題に花を咲かせながら、まだ開花していない桜並木を眺める。
 その下で、神楽は柔らかく微笑んでいた。
「私達も、離れ離れだね」
「……そだな」
「どうする?」
  刹那――――笑みが消える。
「どうするって?」
「だから……」
  核心を告げようと口を開いた神楽の直ぐ後ろに、夢未来の入り口が見える。
 ラストストーリーYの発売日と言う事もあって、店内は広い世代の客で賑わっていた。
「お、着いた着いた。ちょっと待ってて」
「まーた逃げる」
「るさい」
  紅潮した顔を背け、店内へ早足で向かう。そして一分で戻った。
「……」
  冬の手に握られているのは、茶色のビニール袋に包まれた直方体のパッケージ。
「……っく」

  そして、その中身は――――

「くっくっくっ……うははははは! ようやく! ようやく発売日!
 ビバラストリY! どれだけこの日を待った事か! あー受験長かった!
 これでやっとゲーム漬けの日々に戻れる!」
  心の鬱憤を全力で開放する。聞いてくれる人がいるから出来る事だ。
「嬉しそうねー」
「拗ねるな拗ねるな。【ジエンド オブ エデン】が延期になったからって」
「っさいなー。もう、あのメーカーいっつも延期するんだから」
  神楽が本気で腐っているのを見て、冬は思わず苦笑いを浮かべた。
「お互い、大学生になっても止められそうにないな」
「なれるかどうかわかんないけどね、まだ」
「大丈夫だろ。ゲーム断ちまでして勉強したんだから」
「だと良いけど」
  神楽も同じ顔になる。冬は神楽の飛び切りの笑顔より、こう言う顔の方が好きだった。
 だからついつい意地悪な事を言ってしまうのだが、それは永久に秘密にしておこうと
 心に誓っている。何しろ恥ずかしいからだ。
「……本当は、止めないまでも少し距離を置こうって時期もあったんだけど、
 結局発売日になるとテンション上がっちゃうんだよな」
「多分、一生そんな感じよね」
「そう。だから、共通の趣味を持ってる友達とも一生の付き合い」
 その代わり――――と言う訳でもないのだが、先程の質問に対する回答を贈る。
 特別な意思を添えて。
「……友達?」
「あれ? 何か間違えた?」
「まあ良いけど。一生、ねえ」
  しかし神楽は不満そうだった。
 それでも『一生』と言う言葉には感じるものがあったようで、何度か繰り返し呟いていた。
 そんなやり取りをしている二人の視界に、かつて【芸夢触富 遊凪】だった建物が入る。
 二人が初めて出会った場所。今はもう、レトロな雰囲気もなければ無口な店主もいない。
 未だに新しい店も入っておらず、無機質な空間だけが広がっている
「もう大分経つんだね。ここ潰れて」
「……」
  冬は暫く過去の風景を眺めていた。

  初めてここを訪れた、何も知らない子供だった頃の自分。
  次に訪れた時の、宝物に囲まれたような感覚で目を輝かせていた自分。
  一人の少女とぶつかって、走り去って行くその姿を呆然と眺めている自分。
  父親と久し振りに話をした時の、何処かむず痒く、それでいて心地良く微笑んだ自分。
  この場所がゲームショップでなくなる事を知り、寂しさで溢れている自分。
  そして――――今の自分。
  いつの日もそこにあり、そして見守ってくれたその場所に、冬は万感の思いを込めてお辞儀をした。
「行こう」
「うん」
  冬の言葉に神楽が頷く。
  幾度となく通い詰めたその場所に留まる事は、もうない。
  進み出したのだから。
「これからどうする? やっぱり家?」
「そりゃそうだろ。って言うかお前買わないの? ラストリY」
「あんたから借りるし。もう学校も行かなくて良いんだから一週間もあれば余裕でしょ?」
「……お前の家に入り浸ってプレイ中ネタばらししまくってやる」
「えーっ?」
  ワルツを踊るかのように、楽しげに歩き出す二人。
  笑い合いながら、少年と少女は旅に出た。
  そこには怪物も魔王もいない。
  冒険と呼ぶには余りに平凡で、在り来たりな旅。
  けれど、彼らはいつだって共闘の日々を送る。
  世界だって救う。
  何故ならば。

  彼らの胸の中には――――共通の言葉があるのだから。

 
  R.P.G. I need you.





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