時は流れる。
 優しくも厳しくもなく、ただ漫然と、淡々粛々と日々は積もっていく。
 ただ、そんな平等な時間の経過とは別に、日常というものの中には、常に起伏が潜んでいるものだ。
 感情を揺り動かす出来事は人それぞれだが、それによって時に人生は方向を大きく変換したり、
 それ自体が消失したりする事もある。
 日常の中には、常にそんなビッグウェーブが存在しているのだろう。
(……終わったーっ!)
 ここ数日の神楽未羽には、そんな大きな波が何度も押し寄せていた。
 その内の一つは昨日消え、もう一つは今消えた。
 尤も、それらの波はまだ余波を残している。
 体調管理に気を使いつつ、来週末の三者面談に挑む事となるだろう。
 ただ、これらの波は、大きくはあるものの、所詮は誰にだって発生する、ありきたりな波に過ぎない。
 例えば、RPGの世界で大陸を横断する際に発生する、リヴァイアサンが起こした大津波のように。 
 しかしながら、大きな波はまだ、これだけではない。
 日常を揺るがすと言うのとは違うが、感情を大きく動かした波が残っている。
 未羽は、それを机から出し、鞄には仕舞わずに廊下に出た。
 既に放課後となっている学校の様相は、それでも浮ついた様子はあまりない。
 受験生が多数を占める3年生と言う時期、ひとつのテストが終わった程度で息抜きできるような
 環境には到底ならないからだ。
 それでも、未羽は跳ねるように廊下を走った。
 教師の注意も耳に入らない。
 久々に体調が良好になった事による開放感も、少なからずある。
 だが、それはさしたる理由ではない。
 最大の理由は、もうすぐ目の前に現れる――――
「はろはろー! 優等生さん、首尾はどうだった?」
 未羽の陽気な声は、試験の答え合わせでざわついている教室の喧騒にまぎれつつも、
 確実に対象となる相手へと届いていた。
「……ま、程々に」
 その相手は、一瞬戸惑っていたが、直ぐに何時もの調子で気だるげに答える。
 彼――――睦月冬にしてみれば、驚きと安堵を同時に表現したのだろう。
 大した規模ではないが、風邪という障害でちょっとばかり長くなったケンカ期間。
 その終わりが一瞬で訪れたのだから、驚くのは当然だ。
 とは言え、その流れを作ったのは、他ならぬ睦月本人だった。
「はい、これ。ホント助かった〜。ありがとね」
「ん」
 未羽から手渡された――――返還されたノートを、睦月は素っ気無く鞄に押し込める。
 それが照れ隠しなのは、耳の辺りの色で明らかだったが、未羽は特に指摘するでもなく、
 にっこり微笑みながら、睦月の机の上に座った。
「にしても、素直じゃないねー。素直にメールの一つでも送ればいいのに」
「風邪引いてる時にメールってチェックするものなのか?」
「そりゃ、するでしょ。届けば震えるし、気付くし」
「そうだったのか……」
 どうやら、睦月は睦月で色々考えすぎていたようで、小さく頭を抱えていた。
「ま、お陰で私は堂々と三者面談を迎えられるから、その考え過ぎに感謝感謝だけどね」
「あーあ。時間損したな。それだったら、メールでさっさと終わらせて、グロース進めときゃよかった」
 ピクリ――――と、その言葉に未羽の眉が動く。
「え?」
「あ、いや、今のは失言。やっぱあれで正解だった、うん」
「そうじゃなくて。アンタ、『グロース』、やってんの?」
 未羽は机に座ったまま、座中の睦月にずいっと顔を近づける。
 傍から見ると、風紀的にアウトな体制だった。
「まあ、普通に」 
「普通にって、ちょっ、アンタあれだけ私の『ジエンド』馬鹿にしといて、どう言う事? どう言う事!?」
「馬鹿にした覚えなんてないよ? 売り方とか、それに付き合う某ユーザーの金の使い方に
 『バッカじゃねーの?』って言っただけで」
「その某ユーザーって誰の事かな。おい」
 更に顔を近づける未羽に、睦月はいろんな意味で顔を背けた。
「ふーん、そうなんだ。グロースやってるんだ」
「って言っても、先週始めたばかりで、全然進んでないんだけどな」
 睦月は小さく息を落としつつ、開けっ放しだった鞄を閉める。
 実際、試験前なのだから、それが当然だった。 
 まして、その間睦月には自分の試験勉強以上にやる事があったのだ。
「へー。それじゃ、どこまで進んだか一応聞いておこうかな? んふふふ」
 ラストリなどの他のRPGに関しては、ほぼ勝率0割の未羽だったが、
 ジエンドシリーズに関しては完全にホーム。
 しかも週末、体調の回復と試験勉強を両立させる最中、ちょこちょこ気分転換と称して
 進めたりしていた。
 見舞いに来た佐藤、秋葉の2人が『これ、ちょっとやってみてよ』と言って来たりも
 したので、それが良い免罪符になったのだ。
 ちなみに、佐藤は『何か良くわからないけど、綺麗』という感想を抱いていた。
 一方の秋葉は、特に言葉を発する事無く、じっと画面を見つめていた。
「ま、わからない所があったら私に聞いても別に良いけど? ノートのお返しにもなるし」
「そう? それじゃ遠慮なく。『ルルース街』の宿屋にあるでっかい箱、何かイベント起こる?
 あれ、やけに気になってさ」
「……」
 ルルース街。
 知らない。
 未羽の頭の中に、未知な言葉が何度も反芻されていた。
「……あれ。街の名前覚えてないとか? あそこだよ、『クリームース山』を登って……」
「きゃーーーっ! 止めてーーーーっ! 私の楽しみ、取らないでーーーーっ!」
 金切り声の悲鳴が、睦月の教室にこだまする。
 その後、教室の視線が2人に集中したのは、言うまでもない――――


「……楽しそうねえ」
 その様子を、教室の入り口から眺める2人の人影。
 佐藤と秋葉は顔を見合わせ、苦笑していた。
「折角、カラオケにでも行こうと思ってたのに。あれじゃ誘い難いったら」
 試験お疲れ会と快気祝いを兼ねて、今日は皆で遊ぶ予定を立てていた。
 だが、今この教室に入っていくのは、余り得策ではないようだ。
「メールでも送っておきましょう」
 秋葉が不器用にメールを打つ最中、佐藤はジト目で教室の様子を眺めている。
 睦月は頬杖を付きつつ窓の外を見ており、未羽は真逆の方向を見ながら腕組みしていた。
「それがいっか。にしても、仲良しこよしな事で」
「夏莉は、彼氏作らないんですか?」
「世界を股に掛けるパティシエは、男に費やす時間なんてないの」
「……」
「何、その目。私に男がいないのは私の性格が原因、みたいなその目」
 その秋葉の目は鏡のように佐藤を映していた。
「ま、いーや。先に2人で行っとこ」
 メールを送り終えた秋葉はゆっくり頷き、2人は教室から離れ――――
「あ、おーい! お前ら試験どうだった?」
 ようとした所、8流芸能人が声をかけて来た。
 ちなみに、この8流芸能人は進学を希望している訳ではなく、既に就職しているので
 模擬試験は意味をなさない。
「……」
「……」
「何だよ、そんなに睨むほどダメだったってか。しゃーねーな、そういう時は
 パーッて騒いで忘れるのが一番だっつー事で、カラオケでも行かね?」
 カッカッカ、と笑う8流芸能人に対し、2人は沈黙のまま顔を傾けつつ
 その顔を凝視する。
 まるで品定めでもするかのように。
「……あ、あー」
「あ、はい」
 そして顔を見合わせ、小さく頷き合っていた。
「……お前ら、まさか俺を忘れてた、とか言わないよな?」
「か、カラオケね! 別に良いけど、奢りね奢り。じゃ鈴音、行こ行こ早く」
「おい! お前ら忘れてたろ! 最近ローカルでも深夜しか出てないからっつって
 俺を忘れてたろ! つーかマジ忘れてたのか、ネタなのかだけはっきりしてくれっ!」
 泣きながら詰め寄る8流芸能人を背に、佐藤は満面の笑顔で、秋葉は微かな笑顔で
 、廊下を早歩きして行った。


 試験は終わり、カラオケも堪能し――――未羽は午後7時を回った辺りで、自宅に戻った。
 一応塩水でうがいをし、部屋に向かう。
 脱力しながら制服を着替え、ベッドに倒れ込みつつ、メールチェック。
 何も届いていない事を確認し、ケータイをテーブルに置く。
 そして、直ぐにユートピア2の電源を入れた。
 起動音が鳴る間、未羽は今日の出来事を巻き戻すように回想していた。
 まず、カラオケ。
 異性も交えたカラオケと言うと、大体合コンの延長で自己アピールの場になるものなのだが、
 今日の面子ではそう言ったことは一切ない。
 自分の好きな歌を好きなだけ歌える。
 尤も、もう未羽はもう何年もそう言うカラオケだけしか経験していないので、新鮮味はない。
 ただ、単純に楽しかった。
 そして、試験。
 病気明けということで、普通なら絶望的なはずのその試験は、間違いなく前回より遥かに
 好成績だと断言できる出来だった。
 その要因は――――週末に秋葉が持って来たノートにある。
 睦月が預けたノートだった。
 そこには、試験対策の様々な記述がなされていた。
 普段の本人より、遥かに丁寧な文字。
 出題傾向と対策は市販の参考書より的確で、かつ細かなフォローがなされていた。
 未羽の苦手な数学と物理は特に、大きめの字でわかりやすく必勝法を記していた。
 あのノートを作成するのに、どれくらいの時間がかかるものなのか。
 少なくとも丸2日、ケータイを持つ暇もないくらい書き込まなくては、無理だろう。
 そして、最後のページには、何時もよりやや乱雑な字でこう書かれていた

『ごめん。これで絶交は勘弁して』

 なんと言う、女々しい言葉。
 だが、ここまでの物を作り上げた上で最後に書かれている言葉であれば、
 それは強い力を持つ。
 要は、そこまでしてでも絶交はしたくないと言う心の現れだ。
(見舞いに来て、2人きりで看病……なんてシチュエーションと、どっちが良かったんだろ)
 未羽は暗転したテレビ画面を眺めつつ、そんな事を考えていた。
 すると――――
「……ん?」
 突然インターホンが来訪者の存在を教示し、未羽に微かな動揺を与える。
 しかし、モニターチェックした瞬間、それは杞憂となった。
「何? どうしたの?」
 対応し、ロックを解除してから1分強。
 今未羽の前にいるのは、睦月冬だった。
 その手には、鞄が2つ持たれている。
「忘れ物。つーか、受験生が鞄忘れるなよ」
「あ……」
 カラオケ店に忘れていたらしい。
 未羽が記憶の糸を辿りつつそれを受け取ると、睦月は苦笑しつつ踵を返した。
「じゃ、また明日」
「ちょっ、ちょっと」
 その背中に、未羽は反射的に声をかける。
 そこにある選択肢は2つ。
 お礼を言うか、言わないか。
 未羽は、後者を選んだ。
「……お茶くらい、飲んでいったら?」
 視線は、右斜め前方、壁。
 微かに見える傷の跡は、いつ、どうして付いたのかわからない。
 ただ、そんな傷はきっと、無数にある。
 ちょっとした事で生まれる、小さな溝。
 微かな割れ目。
 日常の中で生まれる、僅かなヒビ。
 敢えて直す必要はないのかもしれない。
 でも、それを修復する為に何かをすれば、それが待ったく別の事に繋がるのかもしれない。
 ここ数日のように。
 そして、今日のように。
「じゃ、じゃあ。お邪魔……します」
 睦月の視線も、完全に泳いでいた。
 落ち着きのない様子で靴を脱ぐその姿を、未羽はやはり落ち着きのない様子で眺めていた。
「はい、どうぞ」
 差し出される来客用のスリッパ。
 それに足が差し込まれると同時に、マンションのドアが閉まる音がする。
 それは、終わりを知らせる音。
 2人の試験は、今日と言うこの日に、ようやく終わりを向かえたのだ。
「ね」
 未羽はチェーンロックをし終わり、クルリと回る。
 そして、ドアに後頭部をコツンと当てて、まだ緊張気味の睦月の顔を見ながら、少し俯き気味に微笑んだ。
「一緒に、しよ?」
 
 

 ――――港町パジェスを離れる日がやって来た。
 密航専門の船乗りを、街の外の森の中で見つけたリーヒラーティとラナは、その後の人質イベントなどを
 キッチリ消化し、無事外の世界へと出る事となった。
 船乗りの用意した貨物船に乗れば、ヤクンイタを飛び出し、自由の身となれる。
 ただ、それは同時に、自分の生まれた故郷を捨てる事になる。
『良いのか? それでも』
 潮風を受けながら、リーヒラーティは呟く。
 しかし、ラナに迷いは無かった。
『私はもう決めたから。これからどう生きるか、どうやって生きるか。私が、私の意志で決めたの』
『……わかった。もう、二度と問わないよ』
 そのリーヒラーティの言葉に、ラナは表情を緩め、頷いた。
 船乗りの呼ぶ声が聞こえる。
 ラナはその覚悟そのままに、足早に船へと向かった。
『ラナ!』
 そんなラナを、リーヒラーティが叫ぶような声で呼ぶ。
 それは、リーヒラーティが初めてパートナーとなる女性の名前を口にした瞬間だった。
『君と会えて、やっとわかった』
 リーヒラーティの声は、潮風を掻き分けるように、ラナへと届いて行く。
『俺は、他人と違う事を最初は何処か誇らしく思っていた。自分にだけあの病気が及ばない事に、
 優越感すら感じていた』
 ラナは沈黙のまま、その言葉の続きを聞いている。
『そしてそれは、研究所を出た後でも、心の何処かに篝火のように残っていた。自分は他人とは違う。
 だからこんな境遇なんだ――――と』
 リーヒラーティは、苦笑しつつ、天を仰ぐ。
 夜の闇に覆われたそこに、月は見えない。雲に覆われているようだ。
『だが、それは完全に誤りだった』
『私も、そうかもしれないから?』
 ラナの問いに、リーヒラーティは首を横に振る。
『俺は、他人と比較できるほど俺自身を知ってるわけじゃない、って事。他人も、自分すらわからない、
 わかろうともしないバカな野郎だったんだ』
『……そんな事、ないよ』
 リーヒラーティはかぶりを振り、貨物船の方に向かって歩き出す。
 それは、ラナの方に向かう事と同義だ。
『俺は、まだ何もわかってない。俺自身の事も、あの病気の事も。今はまだ逃げるだけしかない身だけど……いつか、知りたいと思ってる』
『うん。私も……同じ思い』
 2人の距離は、手を伸ばせば届くところまで近付いた。
『一緒に探そう。俺達の生きる術を。俺たち自身を』
『良いよ。一緒にいてあげる。暫くはね』
『ああ。宜しく頼む』
 お互いの手が伸び、重なる。
 不意に、潮風が雲を押しのけた。
 始まりの終わりに祝福を授けるかのように。
 月の明かりは、遠慮がちに2人を包み込んでいた――――

 

 神楽家の夜は遅い。
 女性ながらの大黒柱、神楽母(38)が遅くまで働いているからだ。
 現在出版社に勤める彼女は、編集の仕事を行っており、兎に角実働時間が長い。
 その割に、得られる報酬には余りその苦労が反映されていないので、現状には満足していない。
 だが、自分の年齢、能力、そして家庭環境を考えた場合、致し方ない部分もある。
 何より、吐血して倒れた時、割と真摯な対応(主に金銭)をしてくれたので、それなりの信頼感はあった。
「ふぅ……」
 本日の帰宅時刻、22時45分。
 これでもかなり早い方。
 珍しく、自身が担当している作家の原稿提出が早かったので、
 日にちが変わる前に帰る事が出来たのだ。
 右手には、品の良いデザインの箱。
 普段は中々寄れないアウトレットモールに足を運び、評判の良いエクレアとシュークリームのセットを
 買っていた。
 クリームの甘さが上品で、自身も娘もお気に入りの一品だ。
 神楽家の親子関係は、極めて良好。
 以前はちょっとギクシャクしていたり、親の帰りが遅い事に不満を抱く娘が
 塞ぎこんでいたりした時期もあった。
 だが、今はかなり理想的な関係を築いている。
 若干過保護なくらいだ。
 娘が先週末、病気でダウンした時も、娘の友人全員に電話で看病を依頼したくらいだ。
 約一名、歯切れの悪い返事をした者がいたが、それは止むを得ない事ではあった。
 流石に、異性の家に押しかけるのは抵抗があるのだろう。
 寧ろ、神楽母はその初々しい対応に好感を持っていた。
 何しろ今の時代、年上相手に平気でタメ口を聞く頭のおかしな輩が多い。
 チェーンアクセをジャラジャラ鳴らして、常に眠そうにしている連中。
 語尾に『ッス』をつければ敬語だとでも思っている連中。
 神楽母は、もしそう言う男を娘が連れて来た場合、全力で闘い、
 刺し違えてでも倒す心意気を常に持っている。
 幸いな事に、今のところ娘にそう言った男を好ましく思う兆候は欠片もない。
 と言うか、例の男子と殆どくっついているようなものだと佐藤夏莉と言う女子から聞いていた。
 あの奥手そうな子ならば、問題は起こすまい。
 神楽母は安心しつつ、今日も鍵を使ってドアを開けた。
「ただいまー……あら?」
 靴がある。 
 勿論、ドアを開ければそこは玄関。靴はあって然るべきだ。
 しかし、どうした事か。革靴がある。勿論男物の。
「こ、これは……」
 神楽母の脳裏に一瞬、休みの日にワイドショーで見かけた夏休み特集の映像がよぎる。
 なんか、夏休みは性が乱れるとか言っていた。
「みっ……!」
 一瞬我が娘の名を怒号の如き勢いで叫ぼうとしつつも、神楽母は躊躇する。
 良く靴を見ると、学校指定の革靴だった。
 そして、このサイズには覚えがあった。
「何だ……冬君か」
 娘でも苗字で呼んでいるのに、何故か母は名前で呼んでいる少年、睦月冬。
 信頼している男子の可能性が極めて高くなった事で、神楽母は安堵を覚え――――
 そして首を横にブンブン振る。
 現在、22時54分。
 高校生の就寝時間には程遠いが、かと言って他所の家にお邪魔する時間としては、余りに深い。
 これは、どう言う事か?
「みっ、未羽ーっ? 冬君来てるのーっ?」
 目を泳がせつつ、神楽母は自宅に入る。
 居間の電気は点いたまま。そこに2人の姿はない。
 当然、そうなれば――――
「部屋……夜の11時に、自分の部屋で2人きり……」
 神楽母の喉がゴクっとなる。
 もし、娘のそう言う行為が現在進行形で繰り広げられているのならば。
 親としてどう言った対応をすればいいのか、神楽母にはわからなかった。
「ど、どうしたら……そうだ」
 取り敢えず、睦月母へ連絡を入れる事にする。
 万が一、ここで『息子は家にいるわよー』と言われたら、卒倒しそうな心持ちだった。
 が――――睦月家の電話には誰も出ない。
 睦月母は現在、ケータイを所持していなかった。
「ど、どうしましょ……」
 神楽母は仕方なく、単身で娘の部屋の前まで、抜き足差し足忍び足で近付く。
 ――――超静かだった。
「これは……どっちなんだろう」
 或いは『事後』と言う選択肢も十分ある。
 もしそうなら――――親としてどうすべきか。
 だが、見過ごすわけには行かない。 
 もし、万が一サーファーとかDJとか自称している男が娘の部屋にいたら、
 親としてぶっ飛ばすしかないではないか。
 神楽母は扉の前に立ち、ふーっと深呼吸をする。
 そして、その目を吊り上げ。
「み、未羽ーっ?」
 ノックもせず、そのドアを開けると――――




「え? お母さん?」
 そこには、テレビの前で並んで座り、ゲームに興じている2人がいた。
「あ……すいません。お邪魔してます」
 相変わらず、礼儀正しい少年。
 その少年と、少しバツの悪そうな少女の顔を見た神楽母は――――
「シュークリームとエクレア、どっちが良い?」
 やはり困った顔で、そう問い掛けるのだった。

 


 

             R.P.G. 〜I need you〜 Spin-off work ”The end of examination”
                                        fin.




 

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