正式に依頼を受けた翌日――――
「今日は私事で集まって頂いて申し訳ありません。でも、この難解な依頼に立ち向かうには、
 皆さんのお力が必要なんです。どうか協力して下さい」
 はざま探偵事務所は、かつてないほど女子の人口密度が高くなっていた。
 胡桃沢君は現在、助手として働く一方、青野高等学校の学生として日々勉学に励んでいる。
 そして同時に、“ディテクティ部”なる部活に所属している。
 元々は学校の七不思議の謎を解き明かす為に発足した部らしいが、現在は探偵の
 真似事をしているそうだ。
 部員は胡桃沢君を含め四人。
「構いません事よ。ここへ来るのも随分と久しぶりですわね。相変わらずハエの休憩所の
 ようです事」
 人生ナメてるとしか思えない"クイーン"こと一条有栖。
「ボクも構わないよ。今追ってる事件はないし、何より面白そうだしね」
 迷彩色のベレー帽を被ったボーイッシュな女子。
 そういや本名、未だに知らん。
クク……! ついに訪れた我が宿敵の棲処……! 全力をもって潰してくれよう……!」
 細身で大人しそうな容姿なのに、言動がラスボスな法霊崎竜子さん。
 というか、この人がもう魔王の末裔でよくないか?
「すいません、法霊崎さん。私の大事な職場なので、潰さないで頂けると」
ならば……! 今回だけは許してやろう……! しかしゆめゆめ忘れるな……!
 この私を怒らせた代償は高くつくという事をな……!」

 胡桃沢君の慣れた様子を見る限り、どうやらディテクティ部には溶け込めているらしい。
 そんな訳で、いきなり部の面々を頼るという何とも心許ない展開に突入していた。
 とはいえ、探偵には人脈も大事。
 自分だけで解決しなければならない決まりなどないし、利用出来るものはなんでも利用して
 依頼人の希望を叶えるという割り切りも必要だ。
 よって今回は不問とした。
 とはいえ……この連中がどれだけ頼りになるかは未知数、というか相当怪しげだ。
「早速だけど、会議を始めようよ。ディテクティ部出張部、第一章の開幕だね」
 そんな俺の不安など何処吹く風、ベレー帽ちゃんが場を取り仕切る形で話し合いがスタートした。
「それでは説明を始めますね。今回の依頼人はルーネスと名乗る占い師の方です。
 身長は145cm程度、かなりの美人さんでしたけど年齢は不明です」
年齢不詳……! 怪しい……! 第一発見者を疑うのは捜査の基本……!
 いやいや、依頼人だから。
「きっとその方が犯人ですわ! 素性を明かさないのがその証拠!」
 いやいやいやいや、犯人とかじゃないから。
「取り敢えず落ち着こう。水面、続きを」
 なにやら興奮状態のラスボスさん&クイーンとは対照的に、ベレー帽ちゃんはクールな佇まい。
 以前少しだけ話した事があったけど、その時も彼女には有能だという印象を持った。
 恐らく胡桃沢君と彼女の二人で成り立っている部なんだろう。
「あ、は、はい。ええと、なんでしたっけ。あ、依頼人の年齢ですが、なんと! 不明です」
「それは聞いたよ」
「そ、そうでした」
 ああっ、胡桃沢君もポンコツ組の方に!
 君はプロの探偵の助手を務めている、格の違う女だというのに……頼むからホームで
 テンパるのは勘弁して。
「ええと、彼女の依頼内容について説明しますね。なんでも彼女、偉大な占い師の
 末裔らしくて――――」
 幸いにも落ち着きを取り戻した胡桃沢君は、過不足なく説明を行っていた。
 さて、そんじゃこの時間を利用して、俺は俺で今回の依頼の本質を探ってみるとしよう。
 依頼人のルーネスさんは、自分の祖先と親しかった魔王の末裔を探している。
 その人物を捜し当てる事が出来ればミッションコンプリートだ。
 だけど一先ず、このエキセントリックな表面上の目的は置いておこう。
 最初に考えるべきは、『依頼人の希望するモノの本質』だ。
 魔王どうこうとか、末裔どうこうとか、その手の単語で彼女を中二病だとか漫画やアニメのキャラに
 なり切ってるだとか決めつけるのは早計だ。
 そんな表面上の推理は誰でも出来る。
 でも、はざま探偵事務所の方針は、そういう所を暴く事じゃない。
 推理さえも必須条件じゃない。
 依頼人に満足して貰う事、その一点だ。
 だから依頼人の言葉や態度の裏にあるものを見定めなくちゃならない。
 彼女は今、占いを封じられて行う事が出来ないと言っていた。
 占い師にとっては死活問題だ。
 ならば――――
「依頼人は、占いを再開したいんだよね。そこに主眼を置くべきだ」
 思考に浸っていた俺は、自分の内なる声と完全にリンクしたその声に思わず反応し、
 顔を上げた。
 その意見を発したのはベレー帽ちゃんだった。
「だって占い師が占いを出来ないなんて、致命的だよ。まずは何よりそこの改善を目指すと
 思うんだ」
「それは私もそう思います。だから魔王の末裔を捜してるんじゃないでしょうか?
 魔王の末裔なら封印を解けるかも、って言ってました」
 その通り。
 依頼人は確かにそう言っていた。
 言葉通りなら、中々ファンタジックな内容だ。
 でも違う視点で見れば、全く別の解釈が生まれてくる。
 何故、依頼人は探偵を頼ったのか?
 重要なのはそこだ。
 彼女が口にした『魔王』や『末裔』といった言葉は――――
「暗号かもしれない」
 そう。
 言葉通りの意味じゃなく、何か別の意味を持っている可能性が高い。
 特定の一文じゃなく、依頼人の会話全てに暗号が用いられていたのかもしれない。
 でもその指摘はベレー帽ちゃんじゃなく胡桃沢君にして欲しかった……そこで他人事みたく『おー』って顔しないでよ、しっかりしてくれたまえよプロの助手。
「依頼人は、何らかの理由で占いをする事が出来なくなった。そして、その事を誰かに伝えるのも
 困難な理由もあった。だから、暗号を使って助けを求めた。暗号を解くのなら、頼む相手は……」
「探偵、ですわね!」
 ベレー帽ちゃんの推理を乗っ取るかのように、フラリとクイーンが立ち上がる。
 邪魔になる予感しかしない。
「流石はディテクティ部の書記、ここまで見事に導いたその手腕に喝采を送らせて頂きますわ。
 けれどもここからは主役の出番! このクイーンが魔王の正体を暴きますわ!」
フ……! 言うではないか一条の……! ならば聞かせるが良い……!
 貴様の推理を……!

 ラスボスさん絡んだ時点でもう茶番確定。
 ここからは聞き流しても良さそうなので、あらためて自己見解の続きと行こう。
 ベレー帽ちゃんの言うように、依頼人は暗号を用いた可能性がある。
 恐らく占い道具を盗まれたか隠されたかして、その犯人を捜してるんだろう。
 ただ、暗号を用いた理由については少々難題だ。
 そもそも、どうして占いの道具を奪われてしまったのか。
 これを先に考えておく必要がありそうだ。
 良く当たる占いだから、犯人が自分で使いたくなった?
 高価だから盗んだ?
 いや、そんな理由で盗まれたと依頼人が判断していたなら、暗号を使って伝える必要はない。
 ストーカーに粘着されていて、そいつの仕業だと踏んで依頼してきた――――これならどうだろう。
 過去、知らない間に盗聴器を身体に仕掛けられていた経験がある、とか。
 それなら依頼人の行動にも合点がいく。
 占い道具を盗まれたんじゃなく、ストーカー被害によって占いの仕事そのものが出来ない状態に
 なっていたとすれば、『封印』って言葉も納得だ。
 なら『魔王』がストーカー本人を意味するんだろうか。
『末裔』の方は?
 確か祖先同士は仲良しだったと言っていたしな。
 ストーカーの祖先と仲良し……?
 親同士が知り合いで、最初はその縁で交友関係があったけど、次第にストーカーと
 化してしまった……とか?
 いや、ちょっとこれはおかしい。
 なら依頼人の表現は『魔王の末裔』じゃなく『魔王の祖先』になる筈。
 魔王なのはあくまで祖先の方だ。
 それに、ストーカーの身元をほぼ特定出来ているのなら、それは完全に警察へと持っていく
 案件だ。
 というか、占い師として毎日仕事をする以上、警察の抑止力がないと完全解決は無理だろう。
 でも依頼人は探偵を捜していた。
 ストーカーの線はなさそうだ。
 なら――――
「犯人は、織田信長の子孫ですわ!」
 なんか迷走に迷走を重ねた上の最終的な結論が聞こえて来た気がしたけど、どうしよう。
 ……いやでも待て。
 意外と良い線言ってるかもしれない。
 確かに織田信長って、自らを魔王と名乗ったと言われている。
 それに織田信長は占いを完全否定していて、その証明をしようとした――――という諸説もある。
 接点はゼロじゃない。
 なら、こういう仮説はどうだろう。
 かつて、織田信長は占いを"信じていた"。
 知り合いの占い師と仲が良かったからだ。
 でも仲違いし、占いを信じられなくなった。
 そして完全否定派に回り、占い師を公開処刑した。
 その歴史が先頃判明し、現代のルーネス――――依頼人には『織田信長に見捨てられた
 占い師の末裔』というレッテルを貼られてしまった。
 だから訂正して欲しくて織田家の末裔を捜している。
 ……なんだこの整合性。
 ガチであり得るというか、寧ろパズルが綺麗に揃った時の爽快感さえ滲んでしまった。
「もー、そんな訳ないじゃないですか一条さん。フザけてないで、ちゃんと考えましょうよ」
 胡桃沢君、胡桃沢君マズいって!
 寧ろ一条の推理は現在の本命だって!
 このままじゃ君、ベレー帽ちゃんはおろかクイーンよりも下、ラスボスさんと同点3位に
 なっちゃうよ!
 プロの探偵の助手が、滅んだら周囲がゴゴゴゴゴと地鳴りをあげそうな人と最下位争いとか、
 止めてくれよ……
一条の……! やはり貴様はまだまだよ……! 織田信長の末裔など……!
 捜したところで占い師とは何の関係もないではないか……!

「それもそうですわね」
 あ、クイーンが最下位争いに戻って来た。
 ラスボスさん、吸引力スゲェぜ。
 これで胡桃沢君の部活内ランキングは2位タイだ。
 ……っていうか、仮に織田信長の末裔捜してるのなら魔王とか言わず素直にそう言うよな。
 無意味な焦燥だった。
「ボクの推理が正しければだけど」
 早くも疲労感漂う俺に対し、不意にベレー帽ちゃんが視線を向けた。
 俺に語りかけている訳でもなかったが、その目は何処か挑戦的。
 以前の借りをここで返すよ、と言わんばかりだ。
「暗号を用いた理由は、犯人に『自分が犯人を捜している』事を気付かれたくなかったから、
 じゃないかな」
「?」
 ベレー帽ちゃんの推理に、他のディテクティ部の3人は揃って小首を傾げていた。
 だ、ダメだ……完全に『ベレー帽ちゃんと愉快な仲間たち』状態だ。
 胡桃沢君ったら、全然プロの仕事を趣味に活かせてない!
 ヤダもう! 恥ずかしい!
「自分が疑っていると犯人に知られたくない。そういう事情があるのかもしれない」
 つまり、ベレー帽ちゃんはこう言っているんだ。
 依頼人が捜して欲しいと願っている魔王の末裔とは、現在においても依頼人の関係者だと。
 親しい間柄か、仕事の先輩か、日頃世話になっている人か……いずれにせよ、疑う事自体が
 今後に支障を来たすような相手。
 もし警察に『占いを妨害しているのは、私の友人の××ちゃんです!』と言えば、
 二人の友情は消滅するだろう。
 世話になっている人なら、万が一濡れ衣だった場合は恩を仇で返す事になりかねない。
 だから安全策という意味で、暗号を用い探偵を頼った。
 それなら、万が一依頼した事がバレても、特定の誰かを疑い依頼を出したという記録は
 残らない――――
 な、中々やるじゃないか。
 この可能性は十分にある。
「仮のボクの推理が正しければ、『魔王の末裔』を捜すのは難しい事じゃない。
 対象は依頼人の関係者だから相当絞られる。あ、でも……」
 説明しながら、ベレー帽ちゃんは今度は先程の挑戦的な目とは正反対の不安げな目で
 俺の方を見てきた。
「あの、今回の件はボク達に一任するとの事だけど、質問もダメかな? 探偵の基本に関する
 質問だけど」
「構わないよ。何?」
「依頼人の近辺を調査するのって、御法度かな?」
 確か彼女、探偵を目指しているんだったっけ。
 成程、確かに目指すだけの事はあると感心してしまう良い質問だった。
「そう、ダメ。例えば依頼人から『旦那の浮気調査をして!』と頼まれた場合に旦那とその周辺を
 調べるのはOK。要は、調査の中心に依頼人を置くのがNG」
「だよね。信頼関係が成り立たないよね」
 その通り。
 探偵と依頼人は、当然契約によってその関係性が保証されている。
 信頼があるからこそ、高いお金を報酬として受け取る事が出来る。
 要するに、報酬の中には『依頼人の嫌がる事はしない』『必要以上に暴かない』などの保証が
 含まれている訳だ。
 変に依頼人を調査して、依頼とは全く関係のない秘密やら不貞やらが出て来たとしたら、
 どうする?
 探偵は正義の使者じゃない。
 悪事を暴く為の職業は他にある。
 俺達は、俺達の職務を果たす事だけに行動を限定しなくちゃならない。
 だから探偵という職業は、他の類似する職業と差別化を図る事が出来るんだ。
「だとしたら……暗号の謎を先に解いて犯人を明確にしない限り、調査は出来ないね。あくまで
 犯人を中心に置かないとダメなら、そうなるよね。んー……」
 ベレー帽ちゃんは暗号に苦戦しているのか、眉間に皺を寄せ唸っている。
 こういうのは一端袋小路に入り込むと中々抜け出せないんだよな。
 ちなみに俺にはもう、ある程度メドがついている。
 ヒントは、あの一条の言っていた『織田信長の末裔説』にあった。
 依頼人は実際に織田信長の末裔を捜している訳じゃない。
 織田信長が占いを信じていなかったというエピソードが、暗号のヒントになっているんだ。
 魔王=織田信長=占いを信じない人。
 そう仮定すると、彼女の祖先の占い師は、自分と占いを信じていない人と共に
 旅をしていた事になる。
 更に依頼にはこう言っていた。
『祖先の良き隣人であった魔王の末裔』
 隣人という言葉は、キリスト教で用いられる身近な人や他者を指す言葉で、宗教に関係なく
 比喩的に用いられる事も多い。
 だから昨日は気にも留めなかったけど、これもある意味では暗号だ。
 そして、『祖先と末裔』を『過去と現代』と置き換えてみると――――
「あの、ちょっと良いですか」
 不意に、胡桃沢君が真剣な面持ちで挙手した。
「暗号の謎、もしかして解けたのかい? 水面」
「いえ、そっちは……でも、周辺調査を出来る方法を思い付いちゃいました」
 その顔が自信に満たされていく。
 ようやくメインの役所を果たせる――――そう言わんばかりに。
「依頼人を中心に置いて調査するのはダメなんですよね。だったら、『依頼人を中心にしなくても
 依頼人の周りを調査出来る相手』を調査するというのは、どうでしょう」
 胡桃沢君のその発想は、中々の掟破りだった。

 


 基本的に、探偵と依頼人はビジネス関係にある訳だから、契約を交わすための書類は仕事を
 受けた時点で作成する。
 そこには依頼人の個人情報、要するに氏名・年齢・住所・電話番号といった基本的な情報も
 記載して貰っている。
 年齢に関しては任意という事もあり、記載されていなかったものの、それ以外の欄はちゃんと
 埋められている(氏名はルーネスだったけど)。
 依頼人が住んでいるのは、ウチの事務所から電車で30分ほどの距離にある
 同県のアパートだった。
 マンションじゃなく、アパート。
 それも相当ボロい。
 恐らく築50年くらいだろう。
 面した道路から見上げると、3階に依頼人の部屋があるのが一目でわかった。
 ドアに『ルーネスちゃんのドキドキ☆占いコーナー』と書かれた大きめのプレートを設置している。
 職場兼自宅、といったところか。
 それにしても、あのネームセンスは……ま、いいけどさ。
「それじゃ、行きましょう」
 そんな訳で、俺達がこれから向かうのは彼女の部屋――――じゃない。
 胡桃沢君が言っていた『依頼人を中心にしなくても依頼人の周りを調査出来る相手』のいる所。
 その人物とは、アパートの大家さんだ。
 理屈はこう。
 依頼人が捜している魔王の末裔は、依頼人の近くにいる可能性がある。
 例えば、その魔王の末裔の方も依頼人を捜しているかもしれない。
 或いはベレー帽ちゃんが言っていたように、依頼人の関係者かもしれない。
 そういった理由から、依頼人の近所について――――今回の場合はアパートについて調べる
 必要があり、それなら大家に話を聞く事は許容範囲だという訳だ。
「仮にその話の中で依頼人に関する話題が出たとしても、それは会話の流れ上、
 仕方がないですよね」
 アパートの直ぐ傍にあった大家の家の前で、胡桃沢君は不敵に微笑みながらそう主張する。
 元々倫理観の問題だから、誤魔化そうと思えば幾らでも誤魔化せる話なんだけど……
 ズルいと言うか、セコいと言うか。
 全く、誰に似たんだか。
 とはいえ、電車賃を使ってここまで来た以上、無駄足だけは勘弁。
 俺は特に反対する事なく、ディテクティ部の女子四人が大家宅のチャイムを鳴らす後ろ姿を
 眺めていた。
「最近変わった事かい?」
「はい。例えば、住民の誰かが困っていると訴えていたとか」
 出て来た大家は、化粧の濃い初老の女性だった。
 彼女に対する胡桃沢君の質問はかなり漠然としたものだったが、ある意味では
 誘導尋問でもある。
『それは会話の流れ上仕方がない』の部分を引き出す為だ。
「そりゃもうアレだよ。アイツだろう? 占い師の」
 期待通りの答えに、胡桃沢君をはじめディテクティ部の面々が同時に身を乗り出す。
 果たして――――
「苦情殺到だよ。部屋から何かを執拗にブッ叩く音が延々と聞こえて来るもんだからねえ。
 参ったよ、アレには」
「……え?」
「ありゃ多分、ヤってるね。じゃないとあそこまで執拗にブッ叩かないよ。間違いなくヤッてるよ。
 だからワタシャ仕方なく……ん? あれ?」
 大家が全部話す前に、ディテクティ部の四人は逃げ出した!
 慌てて礼を述べ、そいつらの後を追う。
「うわ……うわ……」
 胡桃沢君は何故か真っ赤。
「そんな……まさかこんな事に……」
 ベレー帽ちゃんは真っ青。
「ど、どうして逃げ出しましたの? わたくし、見知らぬ地に置いて行かれるなんて無理ですわ!
 絶対無理ですわ!」
 クイーンはプルプルと震え。
一体どうしたというのだ……! この我が敵に背中を見せるなど……!
 なんたる屈辱……! ぬうう……!

 ラスボスさんは歯軋りを――――って、この二人はどうでもいいか。
 問題は、胡桃沢君とベレー帽ちゃんの表情だ。
 大家の証言に対する解釈が明らかに二人の間で割れている。
「ど、どうしよう。ボク、ダメなんだ。探偵を目指すなんて偉そうに言っておいて、流血沙汰は
 どうしてもダメなんだ。怖い……怖いよ。ママぁ、怖いよう……」
「そんな、あんな小さな子が……へ、変態なのはいけません! 健全に、もっと綺麗に
 生きないと……!」
 というか……どっちも強烈に誤解してそうな気がする。
 まあ、ここまでだな。
「よし、調査終了。みんなご協力ありがとう。依頼人の"捜しもの"とその在処はわかった。
 後は俺に任せなさい」
「猟奇殺人は嫌だぁ……え? 捜し物?」
 ようやく我に返ったベレー帽ちゃんに、俺は深々と頷いてみせる。
「胡桃沢君。今回の報告書は君がまとめてくれな。責任者だし」
「えええ!? ダメですよ! 私そんな生々しいアレを赤裸々に書くような文章力も語彙も
 持ってませんし!」
「一応言っておくけど、部屋で変態プレイやってるとかないから」
「で、でも大家さんはヤッてるって……あ」
 自分がどれだけ恥ずかしい想像をしていたかを理解し、胡桃沢君は震えながら顔を覆い、
 その場にしゃがみ込んでしまった。
 このムッツリスケベが!
 そう詰ってやりたいところだけど、今日のところは勘弁しておいてやろう。
 一応、彼女も功労者だ。
「た、探偵さん。さっきの大家さんの証言だけど……明らかに依頼人は普通じゃない。
 暗号じゃなかったんだ。支離滅裂なだけだったんだ! どうしよう、ボク達も執拗に暴力を
 振るわれるかも……!」
 ベレー帽ちゃんの方は『ヤってる』をエロじゃなくクスリ的な方向で解釈していたらしい。
 いやま、確かにそうとっても不思議じゃない。
 でも俺の見解とは全く異なる。
「違う……の?」
「ああ。俺の見解はこうだ」
 依頼人である占い師ルーネスの捜しているもの。
 それは、人であって人ではないものだ。
「魔王の正体は、占い師の心の中にある『疑心暗鬼』」
 人は誰しも自分の心の中に、強い自分と弱い自分を持っている。
 俺の周囲には、複数の人格を有した白鳥和音という人物がいるけれど、今回の件は
 彼女のように複雑な事情はない。
 誰だって、自分の能力や力を信じている自分と、自分を疑う自分を持っている。
 絶対的自信をもって他者を導く占い師と言えど、例外じゃない。
 占いを信じる圧倒的な濃度の自分の隣に、占いを信じられない薄っぺらな自分がいる。
 そういうものだろう。
 魔王=織田信長=占いを信じない人――――この正体は、自分の中にある僅かばかりの
 猜疑心。
 そう解釈すれば、全てがしっくり来る。
 共に旅をしていたという意味も。
 必ず現世に転生していると確信する理由も。
 魔王の末裔は、すなわち初代ルーネスの末裔と同義。

「――――貴女が捜していたのは、貴女自身だったんじゃないですか?」

 その場で依頼人に『捜しものが見つかった』と連絡した俺は、彼女にアパートの前まで来て貰い、
 その結論を述べるべく脳内整理を始めた。








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