「貴女の祖先は高名な占い師だった。そんな彼女にも、占いを疑う心が僅かに存在した」
突然の呼び出しにも拘わらず、依頼人のルーネスさんは俺の話に対し真摯な表情で
耳を傾けてくれている。
きっと、その期待に応えられるだろう。
そんな自信を胸に、俺は思い描いたストーリーの続きを言語化していった。
「光が強いほど影が濃いように、強大な存在であればあるほど、対になる闇もまた深い。
貴女にとって、祖先は絶対的正義。その対には『魔王』という表現こそが相応しい。
だから貴女は祖先の迷える心、占いへの疑念をそう名付けた」
つまり、祖先への敬意。
そしてその末裔は当然、彼女自身――――今目の前にいるルーネスさんの心の中にある、
占いへの猜疑心だ。
「貴女は今、占いを封印している。生活の基盤たる占いを。何故か? 答えは単純、
上手く行っていなかったから。きっと貴女は、その理由をずっと探していたんでしょう。
そして、自分の中にある占いへの猜疑心に気付いた。祖先と同じように、
自分の中に魔王がいた。魔王の末裔が。それを他人に見つけて貰う事で、
自分の中にいる魔王と向き合おうとしたんじゃないですか?」
……幾ら自分の中にもう一人の自分がいると自覚しても、実際に自分自身と向き合うのは
難しい。
特に弱い自分とは。
でも他人にそれを指摘されると、怒りや恥ずかしさといった感情を覚えると共に、
向き合う事が出来るようになる。
これも多くの人が実際に経験しているだろう。
そして、それこそが封印を解く方法。
占いを再会出来る為の唯一の方法だと、依頼人は考えた。
「最初は暗号だと思いましたけど、実際には少し違いましたね。ハッキリと具体的に『占いを
疑っている』と自覚するのが怖いから、つい婉曲的表現を用いて難解にしたんじゃないですか?」
認めたくない部分もあったんだろう。
でも同時に、認めなくちゃいけない自分もいた。
その折り合い、妥協点として、俺にあんな依頼をした。
これが、今回の依頼の真相。
依頼人が捜していた、希望していた答え――――
「……なんの事だ?」
――――あれ。
「さっきからグダグダと訳のわからん事を。このルーネスが占いを疑っている?
何を言っておる。そんな訳がなかろう」
「ち、違いました?」
「このルーネス、祖先の編み出した占術『猟奇占い』に何一つ疑いなど持っておらんわ!
このドアホが!」
……りょ、りょうきうらない?
「本来なら貴様も占ってやりたい所だが、生憎と占いに必要なハンマーを何者かに
こっそり奪われてしまってな。あのハンマーは先祖代々受け継がれた特注品。
祖先と仲が良かったという魔王の末裔なら、代わりとなるハンマーの在処を
知っておるやもしれん。そう思ったから依頼した訳だが」
ハンマーを使う占いって何?
そっ……そんなこの世に占いあんのかよおおおおおおおお!
ぐああああああああああああああああ恥ずかしい!
やっちまった!
やっちまったよ俺!
あんな偉そうに、完全に悦に浸って垂れていた講釈が全部キレーに的外れ!
解決編…だったはずなのに!?
うわああああああああああああああああやっちまったあああああああああああああ……
「所長……」
「探偵さん……」
「さ、さすがのわたくしも同情致しますわ」
「悪は滅びた……! だが何故か歓喜が湧かぬ……! そうか……!
これが俗に言う……虚しい勝利……!」
そんな、クイーンやラスボスさんにまで可哀想な人を見る目で!
人生最大の汚点……!
もうヤダ死にたい!
穴があったらねじ込まれたい!
「ま、仕方なかろう。このルーネス、空気より透き通った心を持つ者。魔王の末裔など
そう簡単に見つかるものではないと重々承知しておる。気長に待つ故、そう気を落とすでない」
なんかやたら気を使われて慰めて貰ったが、俺にそれを素直に受け止める気力は
残っていなかった。
探偵・狭間十色のライフはもうゼロよ!
「探偵って怖い仕事だね……ボク、もう一度自分を見つめ直すよ」
「私もそうします。今回殆ど役立たずでしたし、その所為で上司に恥をかかせて……」
ベレー帽ちゃんと胡桃沢君がしみじみと語り、クイーンとラスボスちゃんが俺の肩を
ポンポンと叩き何度も頷く。
空には恐ろしく美しい夕日が真っ赤になって浮かんでいたが、それすらも超える
羞恥心の炎に焼かれた俺は、彼女達の気遣いに涙しつつ、やがて灰となった。
――――結局、依頼人のルーネスさんが何者なのかは最後までわからず、
魔王の正体も不明のまま。
けれど俺にも意地がある。
この案件、時間はかかっても必ずやり遂げてみせる。
例え本当に魔王とやらが存在し、その魔王の末裔を見つける必要があったとしても……!
「でも、占いに使うハンマーって誰が盗ったんでしょうね」
あれから数日が経過し、未だ心の傷が癒えない俺は、胡桃沢君の質問に対し
死んだ魚類の目で答えた。
「大家だよ。騒音の苦情が殺到したって言ってたし、その原因の占い道具をこっそり
持ち出したんだろう。ハンマーなんて持ち歩かないだろうし、保管場所は職場でもある家。
そして合い鍵持ってるのは大家だけ」
「スゴい! 所長、やっぱりプロの探偵さんです! 偉い偉い!」
「そんな褒められ方しても嬉しくない……」
どうにも、この傷は簡単に治りそうにない。
慢心、ダメ、絶対。
そんな教訓と引き替えに大事なものを失った俺は、今の自分の対になる『汚名返上に燃える
爽やか大富豪』がいないか探す旅に出ようと心に誓った。
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