剣聖を破壊する作業は、最初から難航が約束される旅路だった。
こちらは民間人に与える称号とは違い、騎士のみに許された由緒正しき称号。
しがらみは歴史そのものであり、煩わしさは途方もない。
例えば、剣聖が犯罪を犯した場合、それは犯罪とは見なされない。
剣聖の名に傷を付けないよう、内々で処理される。
それこそ、王宮の重鎮を殺害でもしない限りは無罪放免どころか罪を犯した記録さえも残らないだろう。
そういう立場にいるのだから、剣聖に全てが明かされないのもまた然り。
彼の者にあらゆる情報が集まれば、最高権力者の求心力はますます低下する。
力ある者に人間が惹かれるのは自然の理なのだから。
剣聖に真実を知る術はない。
剣聖を汚す事は許されない。
ならば、ガラディーンの選択――――旅の終着点は一つしかない。
「剣聖をデュランダル=カレイラに譲り、その事実を速やかに国民に浸透させる。それを実現させたのが、あのエル・バタラでの一幕だった訳ですが……あれだけでは『剣聖の破壊』ではありませんよね?」
リジルの指摘通り、ガラディーンはまだ旅を終えてはいない。
だから彼が今もこの集いの中にいる。
勇者計画は、勇者候補の評判を最大まで上げ、そこから一気に落とすという筋書きで進められていた。
それに便乗し、ガラディーンは自身がデュランダルに敗北する事で、世代交代を国民に印象付け、剣聖の称号を彼に譲ると決めた。
国王のヴァジーハ8世も、デュランダルが国外まで名を轟かす剣士であり、自分を決して裏切らない騎士道精神を持った人物だと信じている為、ガラディーンの提案には異を唱えなかった。
直接対決での勝敗ほどわかりやすいものはない。
国王がデュランダルが新たな剣聖に指名すれば、ガラディーン派からの反感は免れず、ガラディーンを支持する国民からも反発される恐れがあるが、戦闘による敗北ならば誰も何も言えない。
それも、御前試合などの王宮主導の大会ではなく、長い歴史を持つ武闘大会での一戦とあれば、疑う者は殆どいないだろう。
全ては順調に事が運んだ。
そして今、彼が目指している最終地点は――――
「剣聖を譲り受けたばかりのデュランダル=カレイラを殺す事……それが貴方の目指す剣聖の破壊ですね」
その場にいる誰もが、リジルの発言に対し顔色一つ変えずにいた。
ガラディーン本人の口から、それを発した事はない。
だが、全員が理解していた。
彼の最大の目的であり最終到達点は、自らの手で新たな剣聖を壊す事だと。
「貴方が知りたい事は、恐らくはこの国の中枢ともいえる部分。そこに立ち入るには、剣聖という称号を持たず、かつこの国の未来の担い手もいない状態……国防を貴方に依存するしかない立場に国家を追いやるしかない。それだけの力を持つ事で、ようやく国家の最重要機密に手が届く。そんなところですか」
歴史を汚さず、未来を汚す。
ガラディーンの選択は、彼の人となりを知る人間には到底受け入れ難いものだった。
「……真実らしきものを得るだけならば、貴殿達が触れようとしている我が国の恥部に触れれば、自ずと可能となろう。だが、それは所詮記録に過ぎん。記録とは、記録した者の立場によって何色にでも染まる。某が知りたいのは、一色の真相のみ」
たった十日足らずの戦争。
それが、ガラディーンの人生を激変させた。
過去に囚われた偏執狂――――カラドボルグの目に、彼はそう映っている。
そして、だからこそスティレットと組む事が出来ているとも言える。
「それでも、王様を脅す材料としては最高よねン♪ だからあたし達も同じ道を辿ってここまでこれたのよン♪」
スティレットの目的がメトロ・ノームにあるのも、この場にいる者達の共通認識だ。
彼女はメトロ・ノームの価値を知っている。
そこに眠っている"国の恥部"が、どれほどの金を生み出すのか――――それを数年単位で試算し続けているのは、世界中でも彼女くらいだろう。
何しろそこにはエチェベリア以外の国の恥部も含まれているのだから、国を跨いで商売するスティレットにとっては世界中の財宝を一箇所に纏めているようなものだ。
だが――――カラドボルグは、彼女の目的はそこではないと見ている。
自分でも哀れになるほど、そう信じている。
「だからこそ儂は感謝している。何に阿る事なく、己を貫いた皆の行動があってこそ、この時を迎えられた。封印の場所は既に特定されている。残るは解除のみ」
瞑目し、ビューグラスは切々と語る。
苦痛を感じない死――――その完成にはまだ足りないものがある。
彼はそれを得る為に、今こうしてここにいる。
「あの柱に目を付けた、貴方の慧眼にも拍手を送りますよ。そしてそのやり口にも。光る柱の前にアルマ=ローランをおびき出したかったんですよね?」
かつて行われた、花葬計画の勧誘に擬態した調査。
その対象となった柱には、当初から永陽苔が生えていた。
しかしその苔は、何故か夜になっても発光しなかった。
つまり、光が失われていた。
他の柱に永陽苔は生えていなかったため、人為的に苔が生えるよう細工されていたのは間違いない。
しかしその光は封印されていた。
その事実を知ったビューグラスは、一芝居打つ事にした。
柱の永陽苔を一旦取り除き、新たな永陽苔が生えるようにし、活性化させ柱を強く光らせた。
そうすれば、光を封印した人物は必ず駆けつけると睨んで。
案の定、最有力候補者は現れた。
アルマ=ローラン。
メトロ・ノームの管理者たる彼女が現れてしばらくした後、光は消えた。
そこでビューグラスは確信した。
元々の永陽苔の光を封印したのはアルマであると。
何故そのような事をする必要があったのか?
そこは彼女にとって、絶対に死守しなければならない場所だった。
だが同時に、その場が特別である事を悟られる訳にもいかなかった。
光り続け目立つ状態が続くのは、アルマにとって非常事態だった。
だから光を消した。
そう判断するのが妥当だ。
メトロ・ノームはかつて、人体実験をはじめ様々な非人道的な試みが行われた無法地帯だった。
そのデータこそが、世界中から集められた"恥部"に他ならないとビューグラスは睨んでいる。
よって少なくとも、ある段階まではそれらの資料はメトロ・ノームに保管されていたと考えられる。
だが現在、そういった物は何処を探しても見当たらない。
国家が介入して全て持ち去ったと考えるのが妥当で、実際そういった証言もあるが、だったら"管理人"などという存在は必要ない。
まして会員制にして人の行き来を制限する意味など皆無だ。
ならば、あの永陽苔の生えていた柱は――――目印。
ビューグラスはそう結論付け、柱の真上に該当する地上の施設を探したが、そこには何もなかった。
残るは、地下。
地下の更に下。
「……メトロ・ノームには更なる地下がある。そうですな?」
ヴァレロン・サントラル医院――――地下四階。
息切れするクラウ=ソラスの問いに、アルマは何も答えずにいた。