- Lulu's view -
これまでのあらすじ。
女みたいな顔の少年情報屋が、賊になった。
メトロ・ノームに巣くう悪の組織――――土賊。
そんな下世話な組織の一員となったリュリュは、
民家も殆どないその地下空間で暴れ回る彼等に
心の底から同情を禁じ得ずにいた。
どう考えても、真っ当な人生を送れる人達ではない。
頭を務めるアドゥリスは兎も角、残りの二人は
色々な意味で人生が詰んでいる。
愉快痛快な怪物くんだ。
当然、プリンスでもなければ人気楽士でもない。
そんな妖怪がまともな人生など送れる筈もない。
同情を禁じ得ず、リュリュは暫し自分の目的を封印し、
彼等と行動を共にする事にした。
情報屋という職業柄、悪の組織の実態を知っておく事は
決して無駄ではない。
お酒が強くなれる、と言う点も大きい。
情報屋たるもの、飲めなければやってられない。
例え、まだ飲む年齢に差し掛かっていないとしても。
情報屋は、法を遵守すべき職ではないのだ。
斯くして、リュリュはメトロ・ノームを訪れる数少ない
人達を「がおーっ」と襲いつつ、酒場で乾杯を繰り返すという
堕落した日々を満喫した。
結果、太った。
それはもう、肥満という表現になんら不足のない程に。
あれだけ細く、脆そうだった身体は、ぷにぷにでぷくぷくな
モノとなってしまった。
「自己管理もできねぇヤツに、土賊は勤まらねぇ。テメーはクビだ」
結果、賊をクビになるという、この上ない屈辱を味わった。
通常、色んな職業をクビになり、最後の最後に辿り着く成れの果てが
山賊や海賊といった『賊』。
土賊をその一種と思っていたリュリュは、余りの屈辱感に身悶え、
三日三晩、やけ酒をかっ喰らった。
結果、酒には強くなった。
何杯飲んでも酔えない体質になってしまった。
無論、情報屋としては便利なスキル。
しかしながら、リュリュは既に情報屋としての情熱を失ってしまっていた。
と言うか、人として生きる事にすら、懐疑的になっていた。
賊すらクビになる人間に、生きる資格はない。
まして、幼女の女神と女神お姉様に合わせる顔など、ある筈もない。
というか、このメトロ・ノームから出る手段もわからない。
一生、この閑散とした地下で生活するくらいなら、ここで
死んでしまった方がマシだ、とさえ思っていた。
完全なるやさぐれ状態。
リュリュは、墜ちた。
トコトンまで墜ちてしまった。
通常、こうなってしまった人間は飲んで荒れる。
ベロンベロンになって、それでも浴びるほど飲んで、
身体を壊して、廃人となってしまう。
しかし、今やリュリュは酔えない体質となっていた。
酒にも逃げられない少年は、現実逃避すべく、夜の街を彷徨った。
それはもう、フラフラと。
しかも、数少ない武器防具屋で衝動買いした『少女魔術士グッズ』
一式を身にまとって。
当たり前だが、リュリュは魔術士でも少女でもない。
だが、やさぐれた人間の行動理念は、理論的に説明できるものでもない。
リュリュはフラフラしまくった。
色んな意味でフラフラしていた。
こういう場合、ニヤニヤしたゴロツキや傭兵がその肩を掴んで
『よう、お嬢ちゃん。こんなトコで何してんだ? 暇なら俺と遊ぼうぜ』
とでも話しかけ、その後路地裏に連れ込まれて、あんなコトやこんなコトを
されてしまい、最終的にはボロボロになってしまうものだが、
リュリュは全く話しかけられなかった。
というか、メトロ・ノームには繁華街がないので、そんな展開に
なる環境もなかった。
結果――――『最近、メトロ・ノームに魔女の幽霊が出る』という噂話が立った。
心ならずも魔女っ娘リュリュとなったリュリュ。
こういう場合、噂を聞きつけた町民が押しかけて来て、
大勢からチヤホヤされたり、貴族の目に留まってサクセスストーリーを
歩んだりするものだが、住人が殆どいないメトロ・ノームでそんな現象が
起こる筈もなく、魔女っ娘リュリュは数人の間でだけのブームで終わった。
それはもう、悲しいくらいに局地的すぎるブームだった。
そんな、存在感と心をなくしてしまったリュリュの元に、救いの手を
差し伸べる人物が現れる。
「……良かったじゃないか。連中とつるんでも、良い事は何もない。
真っ当な人生に戻るきっかけを得たと、そう思う事だ」
酒場【ヴァン】のマスター、デュポール=マルブランク。
200kgを越える巨漢の彼は、その体型と同等の心の広さで、
リュリュに新たな職場を与えた。
それは、酒場の倉庫番。
太りすぎて身動きが取りにくいリュリュでも、そこにいるだけで
仕事が勤まる倉庫番は出来る。
お給料も支払われる。
リュリュはそんな粋な計らいに、心の底から感謝した。
同時に、尊敬の念が生まれる。
何より、彼の傍にいると、太りすぎた自分が然程目立たない。
リュリュは、そんなマスターに心酔した。
人間、一度そういう見方になると、何でも好意的な解釈をしてしまう。
その人間のラインをギリギリ保てていない体型も、
とても微笑ましく、愛らしいものに見えてくる。
リュリュは、困った。
幼女の女神。
女神お姉様。
そこに――――ふくよか紳士が並び立った。
女神と紳士が同じ場所にいるというのは、どう考えても不自然。
しかし、自分に嘘は吐けない。
ノノも好き。
アルマも好き。
デュポールも……好き。
同じくらいに、好き。
リュリュはグラグラした。
自分の性癖に、それはもうグラグラ、グラグラした。
フラフラとかグラグラとかし過ぎて、ワケがわからなくなった。
この感情は一体何なのか。
自分は一体、何者なのか。
人生って一体なんなのさ。
リュリュは、自分が本当に男なのか、もしかして女なんじゃないのか、
とまで疑い出した。
その葛藤と苦悩で、眠れない日が続く。
余りに悩みまくった結果、特に運動していないのに、ゲッソリと
やせ細ってしまった。
結果として、リュリュは自分を取り戻した。
だがそれは、倉庫番としての自分との決別でもある。
マスターとの決別でもある。
「ようやく、自分自身を取り戻したようだな。後は、自分の進むべき道を
自分なりに考えると良い。ゆっくりとな」
マスターはトコトン紳士だった。
何故ここまで他人を思いやれる人間が、自分の体型を管理できないのかは
さておき。
リュリュは言われた通り、自分の人生をゆっくりと咀嚼し、
これからの事を考えた。
そして、辿り着いた答えは――――自分は情報屋だ、という結論だった。
幼少期。
リュリュはいつも、女の子に間違えられていた。
同世代の男子から、虐められていた。
女みたいな顔だと、何度も何度も笑われた。
そんなリュリュに、一人の紳士が金言をくれた。
「気にする事はないよ! 普通、大人になれば、誰だって歳を取って、
老けていくんだ。でも、君みたいな顔は、歳を取れば取るほど
精悍さを増して、磨かれていく。バランスが良くなるんだよ。
20年、30年後には、君が同世代の誰より輝いてるさ!」
その言葉に、勇気を貰った。
彼もまた――――酒場のマスターだった。
残念ながら、その後リュリュはすぐに引っ越してしまった為、
彼とはそれ以降、会っていない。
だからこそ、その時の印象は一生モノ。
自分も、困っている人がいれば、助けてあげたい。
その時に、助けられる自分でありたい。
けれど、傭兵や騎士といった道は、体型や血筋を考えれば、無理。
ならば、別の角度で――――それが、リュリュの情報屋を目指した
原点だった。
そこに回帰したリュリュは瞑目し、最近の出来事を反芻する。
色んな人に出会った。
色んな難題にぶつかった。
だが、その中で培われた経験は、情報屋としての自分の糧として
確実に血肉となっている筈。
そして、今の自分のもう一つの原点は――――フェイル=ノートの調査。
特殊な性癖で、女神を誑し込んでいるあの男を、ブタ箱へとぶっ込む。
リュリュは目覚めた。
覚醒した。
リュリュの身体に、神々しい光が溢れる
一皮むけ、悟りを開いた今のリュリュは、ただの情報屋ではない。
聖なる情報屋。
奇しくもそれは、師匠が通った道。
リュリュもまた、聖なる存在へと、その高みへと上った。
「良い顔だ。もうここに戻ってくる必要もあるまい。自分の道を邁進するんだな」
マスターとガッチリ握手を交わしたリュリュは、力強い一歩を踏み出し、
酒場【ヴァン】を後にする。
その感動の別れの所為で、このメトロ・ノームから出て行く手段を
聞くのを忘れたけど再度訪ねる事が出来ず、暫く地下でうーあーと唸る
日々を過ごした。
三日後、ようやく脱出したその日の夜――――
「あら、久びー、りゅりゅりゅ。どったの? なんかキラキラしちゃって。
え? これからフェイりゅんを本格的に調査して、ブタ箱にぶっ込む?
っていうか、もう別の調査員が派遣されて、シロってコトで決着ついた
みたいだけど。あと、報告がずーっと滞ってたから、職場放棄ってコトで
あんたギルドクビになったみたいよ。よかったじゃない、これで晴れて
師匠であるところの私と同じ身の上になったんだし。自由っていいぜー?
人間関係とか縦社会とか、そういうメンドーなの全然ないし。お仕事もないけど。
あれ、どったの? そんな泣くくらい、私と同じになったのが嬉しい?
いや参ったねこりゃ。にゃっはっは」