それから――――
「お前ら、本当にひでぇーよなぁー。海賊から海に突き落とされた俺様をガン無視するなんてよぉー、おかげであと少しで溺れ死んでたんだぞぉー」
一仕事終えたアクシス・ムンディの面々は、無事に『守人の家』へと帰還。
ただしユグド、シャハト、トゥエンティ、セスナ以外の面々は重傷のため、現在施療院に入院中。
暫く大きな仕事は取れない状態になってしまった。
「アンタだって、チトルさんが落っこちた時に手を貸してくれなかったでしょうが。自業自得です」
「リーダーって普段は面倒見いいのに、テンパるとゴミになるっしょ。寧ろゴミ置き場っしょ。臭ーし! 臭ーし! キーッキッキッキ!」
いつものように、無駄に毛髪の多いセスナからキッキキッキ笑われたシャハトは、いつになく身体を震わせ、バタンと机を叩いた。
「上等だよぉー! いつもいつもイジられっ放しだと思うなよぉー!? セスナ、表に出ろよぉー! 俺様がリーダーってのを身体でわからせてやっからよぉー!」
「ひーっ! リーダー鬼畜っしょ! 女のあーしに身体でわからせるってそれ、鬼畜っしょ!」
「お前を女なんて思ったことねぇよぉー! オラとっとと来やがれよぉー!」
流石に堪忍袋の緒が切れたのか、シャハトはセスナの毛髪を引っ張って外へと出て行った。
残ったユグドは、所在なさげにしているトゥエンティを横目でチラリと眺める。
「……あんだよ」
相変わらず粗い口調で、トゥエンティはユグドを牽制した。
だが、既に一度クビにならないよう懇願した手前か、余り強くは当たれないようだ。
そんなトゥエンティに対し、ユグドは書類をポイッと放り投げた。
「各方面に請求した慰謝料その他が入ってくるまで、治療費を稼がないといけないんですが……単独での仕事、やれます?」
「た、単独? それって、おれが一人で護衛やるって意味だよな? これが仕事の概要か?」
「ええ。貴女ができるのなら、受けるつもりですけど。大きな仕事じゃないですが、役場からの依頼なんで結構重要です」
「……」
ユグドの説明を聞いているのかいないのか、トゥエンティは食い入るように書類を見つめていた。
問題児だとばかり思っていた新入りだったが、実際は一番仕事熱心でまともな性格だと判明し、ユグドは苦笑を禁じ得ずにいる。
彼女が戦力になってくれれば、あの忌まわしき『武器万博護衛依頼』の件も無駄ではなかったと言えるのだが――――
「あの、あの、あのー。ここ、アクシス・ムンディ様がいらっしゃる所でしょうかー」
不意に、扉の向こうからほんわかした少女の声が届く。
最初の三度繰り返す『あの』の時点で、それが誰かは明白だった。
「はい、そうですよ。どうぞ、扉は開いてます」
「失礼しますわ!」
だが、先に入って来たのはその少女、パールではなく――――フェム=リンセスだった。
後ろから、例の格好のままのパールがおずおず入ってくる。
呪われているという嘘を敢えて否定せず、ラシルが言った通りにしているらしい。
「……なんでここ、王族が頻繁に出入りするんだ?」
思わず頭を抱えそう呟くが、トゥエンティは反応なし。
ひたすら集中して書類に目を通しているため、聞こえていないようだ。
仕方なく、ユグドは一人で対応することにした。
「それで、御用件は何でしょう」
「貴方はあの時の! 確か……確か……」
「ユグド様だよっ、フェムちゃん」
開けた扉をおずおずと閉めつつ、パールがフォロー。
「そ、そうでしたわ。ユグド様……って、なんでこのあたくしが庶民に様を付けなくちゃならないの!?」
突然現れ突然キレ出す美術国家ローバの姫君に対し、ユグドは迷惑料を請求したい衝動に駆られながら必死で耐えた。
「……で、御用件は」
「ユグドとやら。貴方、パールに多額の慰謝料その他を請求したようですわね!」
「ええ。常識の範囲内で」
「嘘を仰い! 明らかに国家予算を圧迫する金額でしてよ!?」
実際にはそこまで大げさな額ではない。
王族が相手なので、多少多めにはしているが。
「……とは言っても、こっちの損害も相当なものなんです。組織を守る為にも、お金は必要なんですよ」
「ローバとシーマンを敵に回してでも、ですの?」
「いずれこのアクシス・ムンディを世界一の国際護衛協会にするために必要であれば、躊躇する理由にはなりません」
頬杖を突きながらキッパリそう断言したユグドに、迷いはなし。
その真剣な目に、パールが何故かポーッとしていたのはともかくとして――――
「よろしくてよ! その覚悟、よろしくてよ! ではあたくし、貴方がたの組織に加入致しますわ!」
「……は?」
これは流石に想定外。
というより、余りに意味不明な事態。
ユグドの頬を支えていた手がカクンと落ちる。
「フェムちゃん!? フェムちゃん!? フェムちゃん!?」
意思の疎通ができていなかったのか、パールまで驚きを隠せずにいるが、フェムは気にも留めず――――
「パールはあたくしの親友なのですわ。この子の借金はあたくしの借金も同然! ならば、あたくしが働いて完全返済しますわ!」
加入の舞を踊り始めた。
なお、言われなければそうだとわからない踊りの模様。
「……いや、真っ向から拒否します」
「無駄ですわ! あたくしの加入は既に国際的義務と同義なのですわ! おーっほっほっほ!」
「そんな訳が――――」
「ユグドはどこだ! あのバカはどこだ!」
突然、閉まっていた扉が凄まじい勢いで破壊され、破片が部屋に舞う。
その破片が踊っていたフェムの頭上に降り注ぎ――――
「痛っ!? 痛っ痛っ痛っ痛っ痛たたたたっ!?」
次々とフェムに突き刺さり、床へ倒れ込んでのたうち回る惨状となった。
だが、一国の王女の負傷はしれっと無視され、部屋に飛び込んで来た人物――――ラシルは怒り狂った顔でユグドへ詰め寄る。
「ユグド貴様! 妾が一世一代の大勝負をしている時に、リュートを勝手に使役して勝手に帰るとは何事じゃ!?」
「いや、俺暇でしたし。疲れてたんで妥当な判断かと」
「このドアホがっ! 徹夜で闘った妾に労いの言葉一つかけずに帰宅するとは、貴様それでも妾の守護者かっ! 妾にホレてる男のとる行動かっ!?」
「だから何度もホレてないっつってるでしょーが」
「ぐぬぬ……年下趣味などと冗談で茶を濁したかと思いきや、まさか本当にそうなのではあるまいな……」
キリキリと歯軋りをしながら、ラシルはパールをギラリと睨んだ。
「あの、あの、あの、私はそんな……ユグド様が年下がお好みだったなんて……そうなんですか……」
どうやらパールはユグドより年下らしい。
そんな事実が判明した、とある日の午後。
他にも、色々なことが判明した。
例えば――――
「だ、ダメだあ! おれは子供はダメなんだ! 学校の警備なんて、おれにはできねえよ……無力だおれは!」
トゥエンティの子供嫌い。
「ちっくしょぉー。まだ身体が万全じゃないんだよぉー。じゃなきゃリーダーの俺様が女のヒラ隊員にボロボロにされるわけねぇよぉー……」
「勝ー利! 勝ー利! キッキッキ!」
シャハトのシャレにならないリーダー失格っぷり。
そして――――
「……そこで妾は、意を決してゲイ・ボルグを手放したのじゃ。すると皇帝は一瞬驚きのあまり混乱し、その隙を見逃す妾ではなく――――」
「ちょっと待った。ここにさっき届いたノーヴェさんからの手紙があるんですけど、解説が食い違ってますよ」
「なんじゃと!? 妾の話が正しいに決まっておろうが! そもそも敗者の弁など嘘だらけに決まっておるわ!」
「手紙ではノーヴェさんが勝ったけど、船はくれてやったって書いてますが……どっちが正しいのやら」
「妾を信じられぬと申すか!? おのれユグド! そこに直れ! 修正を執行するのじゃ!」
ラシルおよびノーヴェの、異常なまでの負けず嫌い。
とはいえ、これらが判明したところで、アクシス・ムンディの発展には全く役立ちそうにない。
「……取り敢えず、怪我人を施療院に運ばないとな」
唯一の収穫が『血みどろになった踊り子王女の加入』という混沌。
喧噪の止まない空間で、ユグドは前途多難な未来を本気で憂い、静かに、そして深くため息を落とした。
世界最高の国際護衛協会への道は、余りに険しく、そして遠い――――
これは、そんな未来の前奏曲。
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