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  4月28日(土) 09:06
 ――――――――――――

 普通ならば、ありえないくらいの寝坊……となる筈の時間帯。
 でも、この日の僕は、特に慌てる事なく、寝ぼけ眼で時間を確認し、
 ゆっくりと身体を起こした。
 まだ視界がフワフワしてるのは、頭が覚醒してないからか、昨日の後遺症か。
 何にしても、最悪な目覚めだった。

 


 ――――――――――――
  4月28日(土) 09:32
 ――――――――――――

 通常、スパ施設の朝食というと、『ブッフェスタイル』の所が多い。
 このブッフェスタイルというのは、セルフサービスの形をとっており、
 予め用意されている料理の中から、好きなモノを自分で選び、皿に取る
 と言うモノ。
 バイキングとは厳密には違うものの、そこまでマナーを重視するような
 高級店でもない限りは、殆ど同じようなモノと考えて差し支えない。
 これは、我が【CSPA】でも同じ。
 同じ皿を何度も使って貰って構わないし、何度席を立ってもOK。
 ただ、この方式は宿泊客がある程度の数揃わないと、かなりの赤字になる。
 よって、ウチは土日限定。
 平日の朝食は、こっちでメニューを決めて配膳し、それを部屋まで
 届けるという形式になっている。
 とは言え、現在は業務停止状態なんで、朝食を出す必要もなければ
 届ける必要もない。
 どうせこの期間中は宿泊料は貰えないからな。

「……何なのよコレ」

 にも拘らず、僕は律儀にも3人娘の泊まっている部屋へ赴き、
 朝食を支給した結果、詰られるという不本意な対応を受けていた。

「父は不貞寝してるし、母は元々料理が苦手なんだよ。僕が作るしかないんだから
 贅沢は言うな」
「その事情はわかるけど……目玉焼き作るなら、せめて半熟にしてよ。
 この赤身の全然ない黄色見るだけでイライラするんだけど」
「同感なのじゃ。黄色い目玉焼きは好かんのじゃ」

 僕のお手製ハムエッグは超不評だった。
 ……って言うか。

「ウチをボロボロにした元凶が、何口揃えて贅沢ぬかしてんだ?」
「痛い痛い痛い! こめかみキリキリ止めてーっ!」
「ぬあーっ! 頭が割れるのじゃーっ!」

 両者の頭をゴリゴリしたところで、フッと一息。
 ちなみに、鳴子さんは黙って醤油付けて食べている。
 湯布院さんは活動時間じゃないんで、ぐっすり寝ていた。

「な、なによー……暴力反対」

 ゴロゴロ床を転がり回るイカとは対照的に、
 涙目で不平を訴える城崎は、今にも噛み付かんとばかりに詰め寄ってくる。
 アグレッシブなのは認めるが……

「お前は昨日、自分が何したのか忘れたのか?」
「誰だって、ハダカ見られたら手ぐらい出るでしょ!?
 あによ、そのドヤ顔論破顔!」
「顔顔うるせーな……大体お前は」

 毎日テレポートして襲ってくるという、その荒んだ日常を注意しようと
 したところで、僕の頭の中に、一つの案が浮かんだ。
 
「……なあ。イカ」
「イカって呼ばないで欲しいのじゃっ!」
「お前の身に不幸な出来事が起こると、その分周囲に幸運が訪れる……
 これは間違いないよな?」
「間違いないのじゃ。あと、イカはイヤなのじゃ」
「で、もし半径5.3m以内に誰もいない場合は、その幸運分はストックされて、
 次に同じ状態になった時、ストック分も一気に加算される……つまり、
 倍の幸運がやって来る、と。ここまで間違いないな?」

 僕の確認に、釈然としない顔でイカは頷いた。
 黙々と朝食を摂っていた鳴子さんが、その時点でようやく顔を上げる。
 ……目玉焼き、夢中になるほど好きなのか?

「伊香保のハートラックを利用して、状況の打破を狙っているんですね?」
「ああ。幸運ってのは曖昧だから、必ずしも狙い通りにはならないにしても、
 何回もチャージした幸運をウチの一家の誰かが授かれば、いいように
 転がる可能性は十分あるんじゃないかな、って」

 って言うか、現状はもうそれしかない。
 信用は、お金では回復できないんだから。
 それこそ、神頼みに等しい『運』っていう要素にでも頼らない限り。

「でも、香保は基本、幸運の持ち主なのじゃ。不幸なコトは滅多に起きないのじゃ」
「そこで、そっちのテレポート女の出番だ」
「あによ、テレポート女って! 人をテレポート以外に個性がないみたいな言い方して!
 あたしのクールキューティーな魅力をもっと前面に出してよ!」

 そんな言葉はない。

「……人気の無い所へ、伊香保を連れて行くと?」

 頭のポンコツなツインテール女と違って、鳴子さんは僕の言いたい事を
 簡単に理解してくれた。
 ますますもって、この人の年齢がわからん。

「ああ。そうすれば、どんどんチャージされて行くからな。
 あ、でも……不幸と幸運が同時にチャージされたら、どうなるんだ?
 相殺されるのか?」

 イカの副作用は『幸運持ち』。
 よって、人里離れた山奥で生活させても、幸運に恵まれる方が多くなってしまって、
 逆に不幸ばかりが溜まってしまう。
 それじゃ意味が無い。

「そうなのじゃ。幸運と不運は絶対量があるので、当然相殺されるのじゃ」
「やっぱりか……弱ったな」

 起死回生のアイディアは、あっさりと現実の前に散ってしまった。
 こりゃ、本気で別の仕事探さないといけないな、両親。
 その為には、まずは弁償金を交渉しないと……

「方法はあります」
 
 もぐもぐとハムを食べきった璃栖さんが、鋭い目で告げる。

「私のタイム・レーザーを使えば、或いは……」
「時間を奪って、それでどうにかなるの?」

 首を傾げる城崎の傍で、僕も同じ角度を作る。
 運と時間。
 そこに何の因果関係があるんだ……?

「まあ、見てて下さい」

 鳴子さんは自信ありげな顔で、ペロリと唇を嘗めた。

 


 ――――――――――――
  4月28日(土) 12:51
 ――――――――――――

 共命町には、『修羅岳』という、それはそれは恐ろしい山がある。
 山の中は信じ難い密度で広葉樹が生えてて、その緑が日光を遮ってる為、
 真っ昼間でも薄暗い。
 しかも、戦国時代に何度となくここで合戦が行われたらしく、
 その時に作られた罠が、至る所に仕掛けられたままになっている。
 落とし穴、矢、かすみ網、釣り針等々。
 また、秘境みたいになってるんで、毒蛇や虫も沢山いる。
 地元の人間なら、まず足を踏み入れない。
 そんな修羅岳の最深部に、城崎のテレポートで僕と鳴子さん、
 そしてイカはやって来た。
 
「い、イヤじゃーっ! こんな所に何日もいたくないのじゃーっ!」

 案の定、直ぐにイカが我侭を言い出した。
 わざわざ僕まで一緒に来たのは、コイツが逃げ出すのを防ぐ為。

「逃げたいなら逃げても良いけど……死ぬぞ」
「し、死ぬのか!?」
「ああ。ここから山の外には、普通の方法だと出られない。
 罠に引っ掛かって死ぬのがオチだ。だから、テレポートで来たんだよ」
「う、ううう……怖いのじゃ。恐ろしいのじゃ。香保は普通の人になって
 普通に暮らしたいだけなのに、どうしてこんなコトになってしまったのじゃ〜」

 ダーッと涙を流すイカを脅すだけ脅して、僕と城崎は彼女から5.3m以上離れた
 位置にテントを張った。
 尚、流石に車椅子でココを移動するのは不可能なんで、鳴子さんは
 僕が背負っている。

「お手数をお掛けします。重くないですか?」
「いや、全然。もっと食べて良いんじゃない? なんか食べるの好きそうだし」
「……そんな事はありません」

 背負ってるんで、今の鳴子さんがどんな顔色なのかはわからないけど、
 なんとなく赤面してるような気がする。
 ま、それはさておき――――

「で、テントも張り終わったけど、あたしたちもここで野宿するの?
 取り敢えず、一日はここにいないといけないけど」

 城崎のテレポートは、一日一回。
 だから、自力で脱出しない限りは、明日のこの時間まではここにいる必要がある。
 まあ、イカへの脅しは少し大げさだったけど、実際ここから自力で
 出て行くというのは、ちょっと難しい。
 ここで一日過ごすのが、一番安全。
 だからテントまで持ってきたんだし。

「で……鳴子さん。肝心の『幸運チャージ』方法なんだけど……」
「彼女に幸運が訪れた際に、その『幸運の原因』となったモノ、若しくは伊香保本人を
 タイム・レーザーで打ちます」

 僕の背の上で、鳴子さんはキッパリ言い切った。

「例えば、何かの罠が作動してそれが偶々外れた場合、その罠の時間を
 瞬間的に奪います。そうすれば、その罠はその瞬間『存在しない物質』に
 なるので、幸運とはカウントされない筈です」
「でも、幸運が起こった瞬間、周囲には不幸が訪れるって話だったけど……
 間に合うのか?」
「そこは、タイミングと読みの勝負です。伊香保に幸運が起こる直前に打てば
 間に合うでしょう」
「随分シビアね……大丈夫なの?」

 既に自分の役割の大半が終わった城崎は、何処か他人事のように
 半笑いを浮かべている。
 この女は一回、本腰入れて説教しなきゃいかんな。

「やってみます。ただし、幸運、不運のジャッジは貴方がたにお願いします。
 私は打つ方に専念したいので。いつでも伊香保を狙えるように、
 5.3mギリギリの所で彼女を見張ります」
「了解」
「これ、一日で終わりそうにないわね……何であたし、山奥でスナイパーの
 手伝いみたいなコトしてるんだろ……痛っ!」

 不平不満ばかりの城崎にデコピンをかましつつ――――僕等の『イカ刺し大作戦』は
 始まった。

 


 ――――――――――――
  4月28日(土) 16:34
 ――――――――――――

「……」

 3時間半が経過した時点で、イカは早くもグロッキー状態になっていた。
 特に、忙しなく動いていた訳じゃない。
 むしろ、特定の場所でじっとしてただけの事。
 それなのに、突然超デカい鷲がやってきたり、超デカイ猪がやってきたり、
 超デカイ熊がやってきたり、既に5回に亘る巨大動物の来襲があった。

 これだけなら、不幸な出来事に思えるが、その内の4回はすんでのところで
 イカを回避し、事なきを得ている。
 つまりは、幸運。
 この状況を眺めていると、幸運ってのがいかに相対的なモノなのかがわかる。
 不幸があるからこそ、幸運が成立するって感じだ。

 だから、スゴく見分けが付きにくい。
『これは不幸か?』と思っても、実際には幸運な出来事だった……というオチが
 何度も続いている状態。
 実際、この5回のウチの1回、ホントにデカい野犬からイカが襲われた時は
 鳴子さんの誤射によって、なかったコトになってしまった。

「長期戦になりそうですね……」

 いろんな動物に襲われそうになったり、実際に襲われたりしたイカが
 山中で倒れ込んでいる様を、僕等は延々と注視し続けた。

 


 ――――――――――――
  4月28日(土) 18:56
 ――――――――――――

 ただでさえ視界が暗い中、夜になった修羅岳は、深淵の闇とも言うべき
 暗黒地帯と化していた。
 流石に、この状況で視認しながらのレーザー射出は不可能。
 放置するしかない。

「けど……今、あのイカの幸運チャージがどれくらいなのか、確認する方法って
 あんのか? それが出来ないと意味ないぞ」
「あります。あの子が持っている卓上計算機に、幸運と不幸の量が
 表示されますから」
「そう言えば、そんなの持ってたな」

 初めて遭遇した時のアレか。
 なら大丈夫か。
 起きててもする事ないし……寝るかな。

「って言うか、重大なコトに一つ、気付いたんだけど」
「何だよ、城崎」
「……テント、一つしかないんだけど。ここにアンタも泊まるの?」
「当然だ」

 このテント、そもそもウチのだし。

「い、イヤよ! なんで男子と一緒のテントで寝なくちゃなんないのよ!
 あっ、わかった! アンタ、最初からそのつもりだったんでしょ!?
 うっわ最低! コイツ最低! 璃栖! アンタも何か言ってやりなさいよ!」
「私は、別に……」

 明らかな過剰反応を見せる城崎と、妙にリアルに赤面する鳴子さんを
 眺めながら、僕は遠くに聞こえるイカの悲鳴に、思わず顔をしかめていた――――

 


 ――――――――――――
  4月29日(日) 06:54
 ――――――――――――

 携帯もロクに繋がらない山奥で、種類のわからない鳥の囀りが
 目覚まし時計代わり――――
 そんな、快適とは程遠い環境で目を覚ました僕は、
 寝袋の中からモゴモゴと身体を動かして、視界をテントの天井から下げた。
 そこには、同じように寝袋に入った女二人の寝顔がある。
 
 健全な高校生男子なら、この状況に多少はときめいたりドキドキしたり
 しないといけないんだろなあ……と、なんとなく嘆きつつ、
 チャックを開けて身体を出す
 まだ4月下旬という事もあって、朝は肌寒い。
 しかも、寝袋って意外とクッション性がないんで、背中と後頭部が痛い。

 ったく……これあと何日続ければ良いのやら。
 しかも、世間ではもうゴールデンウィークに突入してるってのに。
 年間でも1、2を争うかき入れ時に、何でこんな事になっちまったのやら。
 
「ん……」

 城崎も目覚めたらしい。
 まだ上がりきらない瞼をプルプル震わせながら、俺の方にボーッと
 した顔を向けている。

「何にも……しなかったでしょうね」
「クドいな。寝袋入ってて何か出来るかよ」
「……」

 まだ疑ってるのか、寝ぼけたままなのか、城崎は半眼のままで
 寝袋から身体を出した。

「ホントに、何もしなかったの?」
「するワケねーだろ」
「……何もする気起きないくらい、あたしって魅力ないの?」

 今度は襲わなかった事を非難し始めた。
 コイツ、面倒臭ぇーな……

「ってか、前も同じような事言ってなかったか? お前、
 自分に自信が無いの?」
「うぐっ」

 あ、図星だった。

「……あたし、女っぽくないってよく言われるのよ」
「まあ、アボカド好きってアピールしてたしな」
「うわっ、バレバレだった?」

 心底イヤそうな顔の城崎に、僕は堂々と頷いて見せた。

「……なんとなく、わかってると思うけど。ジェネドって、女ばっかりなのよ」
「まあ、4分の4だしな」
「そんな女子校みたいな中にいるとね、色々あるのよ」

 急に遠い目をしながら、城崎は微妙な微笑を浮かべ出した。
 色々、って何なんだろう。
 女らしくないと、不都合でもあんのか?
 どうも、そういう女子だけの集まりとか、良くわからない。

「ま、僕には理解できないところだけど、女らしく見せたいってのは
 なんとなく伝わってたよ」
「それがわかるって事は、やっぱりあたし、女らしくないのね……」
「別にそういうワケでもないんだが。何で無理してんだろな、とは思ったけど」
 
 特に興味があった訳でもない。
 ただ、乗りかかった船、って事もあったんで、なんとなく自分語りの
 誘導をしてみた。
 サービス業って、こういうところはちゃんとしてないといけないからな。

「女って、面倒な生き物なのよ。直ぐ派閥を作りたがるし、序列を気にするし」
「それは別に、女に限った事でもないだろ」
「一回、女になってみればわかるわよ。陰湿さが全然違うんだから」

 それは無理な相談だった。

「ジェネド同士で、派閥みたいなのがあったってのか?」
「ええ。あたしの場合は、こういう言いたいコトバーって言う性格だから、
 結構同性受けしちゃってさ。割と人が集まってたの」
「自分で言うかね……」
「事実だからね。で、それが面白くないコもいるのよ」

 チヤホヤされてる人を見ると、イライラする人間は確かにいる。
 僕も、ちょっとそういうトコあるし。

「で、まあ良くある展開って言うか……虐められたりして」
「ホントに典型的だな。ヘンな噂とか流されたのか?」
「ま、ね。チヤホヤされて調子乗ってるとか。それくらいなら可愛いモンだけど、
 裏で自分を良く言うように工作してるとか、本当は女が好き、とか。
 そんなコトまで言われたわ」

 うわ……そんなのホントにあるのか。
 小中高と、割と平穏に学校生活を送ってきた僕にとって、
 それは少し衝撃的な告白だった。
 もし、同級生に『こいつ、実はホモなんだぜ』とかいう根も葉もない
 噂をマジトーンで流されたら、一生人間不信になりそうだ。

「……」

 城崎の顔は、暗い。
 自分の暗部を語った事を後悔してるんだろうか。
 或いは――――過去の事を思い出して、陰鬱な気分になっているのか。
 なんにしても、朝っぱらから聞くような話じゃない。
 弱ったな。
 女が苦手な僕に、女を励ますスキルなんてないぞ。
 なんて言えばいいものか――――

「そしたら、ホントに女の子から告白されるようになったの」
「……はい?」

 突然、城崎の声のトーンが変わった。

「あの噂の所為で! ホントに言い寄ってくるようになったのよ! 女がよ!?
 しかも、露骨に胸触ったり、脚触ったりしてくる子までいたのよ!?
 何なんよアレは! あたし、ノーマルに見えないくらい女っぽさがないっての!?」
「そういう問題でもないと思いますけど」

 流石に、このけたたましさで寝続ける事は出来なかったのか、
 いつの間にか起床していた鳴子さんが割り込んできた。

「ま……そういう訳で、軽い女性不信になった彼女が、ジェネドの中で
 浮いてた私や文奈と合流したのは、必然だったというお話です」
「浮いてたんだ。わからなくもないけど」
「ええ。文奈は殆ど寝てますし、私は……こういう性格ですし」

 自分の事を『こういう性格』と称した鳴子さんは、ドロッとした目を
 僕に向け、微笑むでもなく、口元を緩めるでもなく、何処か悲しげに
 自嘲を露わにしていた。

「ジェネドの中には、私達のように、能力を捨てて普通に生活したい人も大勢います。
 でも、中には能力を使って、大きな事をしようと決起している集団もいます。
 徒党を組んで、悪巧みをしている連中もいます。こういう足枷があっても、
 自分の欲望を最優先できる人は、ある意味幸せなのかも知れません」
「……」

 成程、こういう性格っていうのは、この発言にかかってたのか。
 そして、そういう自分が、余り好きじゃないんだろう。
 少し、僕と似てる気がした。
 城崎のコンプレックス。
 鳴子さんのコンプレックス。
 どっちも、少しずつだけ、理解できる。
 遥か遠くにいる、得体の知れない女子という存在が、初めてちょっと
 身近に感じられた気がした。

「ところで、あのイカもアンタ等の派閥なのか?」
「派閥なんて組んでる訳じゃないんだけどね。あの子は……まあ、
 能力が能力だから、どのグループも持て余してて、はぐれモノ同士
 あたしたちと仲良くしてた、って感じかな」
「ま、周囲を不幸にするヤツなんて、誰だって持て余すだろうけど……」

 そこで、思い出す。
 昨日のイカ、どうなったんだ?
 一応、寝袋だけは与えておいたんだけど……釣り竿使って。
『幸運持ち』って副作用があるから、一日放置してても大丈夫だとは思うけど……

「見てみるか」

 まだ動きが硬い身体の間接を回し、テントを出ると――――

「……すー……すー」

 6mほど先に、周囲に蜂の大群やカラスの大群やシロアリの大群に
 囲まれながら、五体満足で眠っているイカの姿があった。
 これ……不幸の方がメチャクチャ溜まってそうだなあ。

「城崎」
「なーに? ってか、伊香保、無事? あの子のコトだから大丈夫だとは思うけど」
「いや、マズいかもしれない」
「え……伊香保! 大丈夫?」

 トタトタと、城崎がイカの方へ走り寄っていく。
 良い奴らしい。
 アホだけど。

「……へ?」

 現在、イカは『三大大群に囲まれながら無事でいる』という幸運状態にある。
 よって、溜りに溜まった不幸は、5.3m以内に入った城崎へと向けられる。
 その不幸は、言うまでもなく、三大大群の襲来――――

「き……きゃあああああああああああああああっ!?」

 決して早くない逃げ足で、城崎は山中を逃げ回っていた。
 さて、溜まった不幸を一旦リセットしたコトだし、今日も頑張ろう。

「……私も性格が悪いって二人によく言われますけど、少し救われた気がします」
 
 勝手に相対的順位を上げないで欲しい。
 そんな鳴子さんのジト目を背中に感じつつ、僕等は今日も『イカ刺し大作戦』を
 開始した。

 


 ――――――――――――
  
5月01日(火) 15:32
 ――――――――――――

「これは不幸の予兆よ! 璃栖、打たないで!」

「これは幸運だ! 鳴子さん、ファイヤー!」

 作戦3日目。
 流石に3日ともなると、なんとなくそれが不幸の予兆か、幸運の予兆かが
 わかるようになってくる。
 イカの周囲にだけ雨が降ってくるとか、虫みたいなのが
 寄ってくるとか、そういう場合は『不幸』。
 雷が落ちてくるとか、山賊が現れるとか、そういうのは『幸運』。
 要するに、命がヤバいくらいの危機だと、回避する可能性が高い、って事。
 そこを見極めた事で、イカに訪れるのが幸運か不幸か、なんとなくわかるようになった。
 まあ、流石に雷とかの場合は、タイムレーザーでも回避できないけど、
『雷どーん』→『木に直撃』→『木が倒れてくる』というケースもある。
 その場合も、命の危険があるから、まず『ギリギリのところで助かる』パターン。
 この場合は、その倒れようとする木を打てば、不幸チャージを回避できるって訳だ。
 そんな事を繰り返した結果――――

「す、すごいのじゃ。これまでにない幸運の量なのじゃ」

 どうにか目的を達成する事が出来た。

 


 ――――――――――――
  
5月01日(火) 18:40
 ――――――――――――

「湯哉ーーーーーーーっ! 何処に行ってたのよーーーーっ!」
「このバカ野郎が! てっきり樹海にでも行って自殺したのかと……!
 この親不孝モノっ!」

 そう言えば、両親に話しておくのスッカリ忘れてた――――
 等と、二人の涙ながらの出迎えを受けながら、反省などしつつ。
 
「私を一人だけ、置いてきぼりにして……後でわかってるんでしょうね?」
「い、いや、文奈は、だって……ご、ゴメンなさい……」
「後で反省文を提出します。だから、お仕置きは許して下さい。本当に許して下さい」
 
 そして、遠くでヘコヘコしている同じような立場の二人に同情などしつつ。
 僕は、膨大な幸運をもたらす神様のような存在となったイカを傍に置き、
 その瞬間を待ち詫びていた。
 現在、イカの5.3m以内にいるのは、僕と両親だけ。
 この状況で、イカに幸運か不幸が訪れれば、僕等に途方もない幸運が訪れる。
 イカに発生するのが幸運だとしても、今まで溜めた幸運値から、その分の
 不幸が差し引かれた状態になるだけなんで、特に問題は無い。
 溜め込んだ幸運の量は、たかが1回分の不幸でどうにかなるような量じゃない。
 それくらいじゃないと、今の状況を根底から覆す事は出来ないからな。

 さあ。
 起きろ奇跡!
 さあ!

「お兄さん……」

 祈るように待つ僕にやって来たのは、幸運じゃなく、彩莉だった。
 女神という意味では同じだけどね!

「お兄さん、急にいなくなって……彩莉、彩莉……」 
「あー、ゴメンな彩莉。ちょっとドタバタしてて……ゴメン」

 彩莉は僕の腰の辺りに顔を埋めて、泣き始めた。
 悪い事しちゃったな……携帯も繋がらないような山奥だったし。
 無駄に心配をかけさせてしまった。
 この落とし前は、早くつけないと。

「へぶっ! 鼻にタンポポの産毛が入ったのじゃ!」

 お、不幸の方が出たか!
 更に幸運値が上昇。
 ついに、それが全て、僕ら家族に与えられる!
 さあ、どんな幸運だ……?

「……って、何も起こらないな」
「53時間以内なのじゃ。もうちょっと待つのじゃ」

 そうだった。
 じゃ、こうしてても仕方ないな。

「取り敢えず、昨日と今日、無断欠席した事を先生に詫びとけよ息子」
「そ、そうだった……」

 学校の事すら忘れてた。
 なんか、色んな事を忘れ放題忘れてた三日間だったな。
 それだけ、切羽詰まってた、って事なのか。

 ……なんだかんだ言って、俺に取ってこのスパランドは、
 大事な場所なのかもしれない。
 そう自覚しつつ、僕は幸運の訪れを待った。

 


 ――――――――――――
  
5月03日(木) 23:44
 ――――――――――――

「……53時間、経過したんだが」

 結果――――何も起こらず。
 僕は未だ復興の目処が立たない【CSPA】を前に、プルプル身を震わせていた。

「おかしいのじゃ。確かに、53時間前に全ての幸運は消費されたのじゃ。
 ちゃんと香保が確認したのじゃ」
「だったら何で、何にも起こらないんだよ! ああ……もうダメなのか……」

 最後の希望は、なんかフワッとした感じでボツになった。
 最悪だ。
 どうすりゃいいんだ……

「仕方ありません。幸い、今はGW中ですから、もう一度幸運をチャージしましょう」
「い、いやなのじゃ! もうあんな思いはイヤなのじゃーっ!」

 ジタバタ抵抗するイカを押さえ付けようと、袖を捲り上げたその時――――

「おお、ここだここだ。君達はこの温泉施設の関係者かね?」
「へ?」

 突然訪れてきた中年男性に、僕は実に間の抜けた返事をした。

 

 

 ――――――――――――
  
5月07日(月) 07:30
 ――――――――――――

「では、次のニュースです。先日、爆発事故が起こったスパ施設に、
 まさかの展開! なんと、そこには埋蔵金が眠っていると言うのです!」

 そんな報道がテレビから流れる中、僕は改めて、玄関の方に足を運んでみた。
 いるわ、いるわ。
 噂を聞きつけたらしき人々が、既に長蛇の列を作って、開店を待っている。

 先日――――ここを訪れた中年男性は、某有名大学の教授だった。
 なんでも、埋蔵金の研究をしている人らしい。
 で、その人の研究の結果、この【CSPA】の下の地面に『共命町』の大名が隠した
 埋蔵金が埋まっている、という事が判明した、との事。
 それが大々的に報じられた事で、色んな事が目まぐるしく変わった。

 まず、例の爆発事件。
 真相は言うまでもなく、イカの手榴弾が原因だが、結果としてあの爆発は
『埋蔵金の情報を秘密裏に入手した地元の暴力団が、それを掘り起こす為に
 手榴弾で穴を掘った』等と言う、トンデモな説が何故か信じ込まれる事になった。
 で、事件の悪質さが薄くなった事で、業務停止も解除。
 そして、埋蔵金目当てに、町の外からも多くの人が押し寄せてきている――――
 というのが、現状だ。

「皆さん、落ち着いて下さい! 大丈夫ですよ! 埋蔵金は逃げも隠れもしません!
 スコップのレンタルは一日1,000円! ボーリング機器の使用は公平性を
 欠く為、禁止ですからね!」

 で、そのお客様向けに、『埋蔵金発掘ツアー』を父が画策。
 結果、大当たり。
 スパリゾート施設【CSPA】は、温泉とは別の方向でメジャーになった。
 爆発事故のマイナスイメージは、金の力で覆された……って訳だ。

「人間の欲は、斯くも恐ろしきものじゃ……」

 イカのそんな呟きに、今回ばかりは僕も同意せざるを得なかった。

「にしても……どうして53時間以内に幸運が発生しなかったのじゃ。
 それがどうしても解せないのじゃ。解せないのじゃ」
「ゲソなのに解せないのか」
「ゲソでもイカじゃないのじゃ! 伊香保は香保って呼んで欲しいと
 もう何度も何度もリクエストしてるのじゃーっ!」

 プリプリ怒るこのイカ、なんか全然帰る気配がない。
 居着く気じゃないだろな……冗談じゃないぞ、不幸を呼び込む女なんてのが
 いたら、また潰れかねない。

「はーい、ストップ! お疲れ様でーす!」

 外では、城崎がトラックの誘導をしている。
 その荷台には、数多のシャベルが積まれていた。
 慌てて手配した割には、結構な数だ。
 取り敢えず、これをレンタル希望者に配る事から始めないとな。

「それでは、ただ今より開店します!」

 ほぼ全員が温泉目的ではないものの、お客様の動機など、
 従業員にとってはどうでも良い事。
 大事なのは、訪れた方々を満足させる事が出来るかどうか。
 そういう意味では、かなり難しいけど……

「スパリゾート施設【CSPA】へようこそ!」

 僕は満面の笑みで、彼等を迎え入れた。

 


 ――――――――――――
  
5月07日(月) 23:54
 ――――――――――――

 かつてない程に忙しい一日を終え、この時間恒例の入浴タイム。
 僕は全身で温泉を感じつつ、心身の疲労を癒やしていた。
 なんだかんだ言って、発掘作業に勤しんだ人達も、その疲れを取る為に
 温泉に浸かっていた為、スパ施設としての機能は無事、健在。
 結果として、スパのお客様になってくれた方々が大勢いた事に、
 満足感を覚えていた。
 明日も忙しくなりそうだし、しっかり疲労を抜いておこう。

「湯哉君」

 そんな脱力全開状態の僕に届く、突然の声。
 一瞬、あのテレポート女の顔が浮かぶ。
 だが、今回はあの乱入形式でもなければ、城崎でもない。
 
「な、な、な……」

 堂々と、ごく普通に、湯布院さんが入って来た!
 当然、ハダカで!
 流石に、タオルで隠してはいるけど……ど、どういう事だ?

「少し一緒していいかしら」
「いや、幾らなんでもマズいでしょう!?」
「こういう所じゃないと、中々二人きりになれないもの」

 僕の意思はアッサリ無視され、湯布院さんはゆっくりお湯に浸かり、
 僕の方にすーっと近付いてくる。
 幾ら女が苦手でも、これはちょっと!
 ちょっとマズい!
 まさかこれ、誘惑か?
 お色気大作戦で、籠絡しようってハラか?
 
「い、言っときますけどね。こんな事しても、例の能力は使わせませんよ!
 自分の過去とか思念とか、見られたくないですからね!」
「わかってる。強制する気はないから、安心して」

 誘惑、じゃないらしい……なら尚更意味がわからない。
 なんで突然、男湯に乱入してくる?
 しかも、僕をピンポイントで狙って。

「一つ、言っておきたい事があるの。湯哉君に」
「僕に……?」
「ええ。貴方の今後に関する、重大な忠告」

 湯布院さんの声のトーンは、明らかに真剣そのものだった。
 僕の狼狽が、いつの間にか消え失せる程に。

「忠告……ですか」
「ええ。これから言う事は、常に頭の中に入れておいて」

 そんな前置きをした後、暫く沈黙が続き、そして――――

「私達ジェネドの中に、一人……スパイがいるみたい」

 そんな、イマイチ危機感の抱き方がわからない難題を、彼女は吐いた。







                                           to be continued...



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