ゴールデンウィークが終わった事で、歓楽シーズンは一旦終了。
でも、ウチのスパ施設【CSPA】は例外状態。
『埋蔵金発掘ツアー』が大当たりして以降、客足は途絶える事はない。
ここ二週間の総収入は、去年の半年分に匹敵するほど。
去年までが酷すぎたという意見もあるけれど、今は兎に角、大忙しだ。
どれくらい忙しいかというと、昼食を採る余裕もないくらい。
嬉しい悲鳴とはこの事……なんだけれど。
「幾らなんでも忙し過ぎでしょーがっ!」
――――――――――――
5月19日(土) 23:26
――――――――――――
そう従業員からクレームが来るのも当然ってくらいの、多忙ぶり。
幾らなんでも、この人数で回すのは無理があるって事で――――
宿泊客も寝静まったこの時間、僕と父、母、そして城崎の四人は
対策を練る為、話し合いを持つ事となった。
ちなみに、ここにいるメンツで従業員は全員。
普段は接客に関わらない母ですら、フル稼働という状況が続いている。
尚、鳴子さんはあくまでヘルプ扱いだ。
「確かに、この人数では限界があるな。アルバイトを雇うか」
「賛成! っていうか、あたしの時給って幾らに設定されてんですか?
この二週間、ホント休む暇もないくらい働かされたんだけど……」
「いやー、考えた事もなかったね。はっはっは」
「嘘でしょ……?」
ジト目で睨んでくる城崎に、父は満面の笑みを浮かべる。
それだけで母が顔を引きつらせているのが怖いけど、流石の母も
疲労困憊らしく、怨念を吐き出すには至っていない。
それくらい、僕等は弱っていた。
「まあ、真面目な話、お給料はマイワイフが全部管理してるんで、
そっちに聞いてくれ。ちなみに俺は目も合せられない。怖くてね」
それでも、父をビビらすには十分の眼力。
城崎も、一瞬母の顔に視線を向けたが、直ぐに逸らし、話題もそこで立ち消えた。
一応フォローしておくと、城崎の時給は1,000円を超えている。
一日10時間働いて貰ってるんで、一日10,000円以上。
でも、これでも3人分の宿泊費には届いていない。
だから、決して不当な条件で働かせてる訳じゃない。
「それは兎も角、この状況では従業員の追加は絶対に必要だ。
最低でも、料理担当のシェフ、接客担当の二人は要る。
だが、これまで一度も求人なんて出した事がないから、面接とかしなくちゃいけないが
やり方がサッパリわからん。どうすれば良いと思う、息子よ」
父は清々しいまでの笑顔で、そんな事を聞いてくる。
いや、僕だって知らないよ。
同じ店で働いてるんだから、知る訳がない。
城崎……も知らないだろうし――――
「近所の店の人に聞くしかないかな」
「ちょっと待った」
城崎がドヤ顔で挙手してくる。
まさか、面接の経験アリ?
「あたしはそういう知識一切ないけど、文奈さんと璃栖なら知ってるかも」
「そこまで他力本願な事を、よくドヤ顔で言えるな」
とは言いつつも、もし知ってるんなら聞いておきたい。
という訳で、召集――――
「……って、湯布院さん、寝ちゃってた?」
「はい」
しようと三人の宿泊部屋を訪ねた結果、車椅子に乗った鳴子さんだけが
迎えてくれた。
ちなみに――――先日、ウチのスパ施設が大破する原因を作った
伊香保運命という女は現在、ウチの近所の超格安アパートと
賃貸契約を結び、そこに住んでるらしい。
半径5.3m以内にトラブルを巻き起こす困った能力の持ち主であり、
ウチを壊滅寸前に追い詰めた事もあって、現在出禁中。
流石に、あの惨状をもう一度……となると、もう人生が詰むからな。
なので、彼女は除外。
もう寝てるだろうし、そもそも面接の経験なんて、する方もされる方もないだろう。
「と言う訳で、もし知ってたら教えて欲しいんだけど」
「要するに、雇用に関する知識で良いんですか?」
「まあ、ザックリ言うと」
なんとなく知ってそうな雰囲気だったんで、僕は少しの期待を込め、頷いた。
彼女等ジェネドがここへ来て、明日で一ヶ月。
その中で、少しずつ彼女達の性格は把握できてきた。
城崎水歌はあのまんま。
雑で荒くて自己中。
ただ、外見は良いらしく、お客様の評判は良い。
接客Lvは未だに1だというのに、僕より遥かに良い。
不満だ。
宿帳にも、『八重歯が可愛い』とか『ツインテール最高!』とか、
そんなんばっかり書かれてて、接客に関する褒め言葉は殆どない。
ってか、八重歯って何が可愛いのかわからん。
で――――湯布院文奈さんは、しっかり者のように見えて、
割と抜けてるところがある。
あと、おっとりしてるのかと思ったら、意外と気性が荒い。
彼女には、イカも含めて全員が逆らえないみたいだ。
そして、彼女と言えば……
「私達ジェネドの中に、一人……スパイがいるみたい」
先々週だったか、そんな事を言っていた。
妙に緊迫した物言いだったけど、仮にスパイがいたとして、
僕にとってはどうでも良い事。
なんで、誰がスパイか暴こうとか、おかしなトコがないか観察しようとか、
そういう事は一切ない。
ただ――――気になる点が一つ。
この発言の後、湯布院さんはこんな事を言っていた。
「念の為、貴方も気に留めていて下さいね。決して他人事と思わずに……」
まあ、彼女等の主張としては、僕はかつて彼女達と同じ境遇にいたらしく、
僕に何らかの異能力があるという認識らしいんで、そういう意味での
『他人事と思わず』なんだろう。
とは言え、僕にとってはやはり他人事。
正直、興味を持つ事は出来ずにいる。
仮に、目の前の鳴子さんがスパイだったとしても、どーでもいい話だ。
「わかりました。私の知っている事でよければお話しします。
ただ……その代わりに、協力して欲しい事が」
「協力?」
交換条件自体は、別におかしな事でもないけど……このタイミングだと、
先のスパイ発言がどうしても引っ掛かってくる。
もし彼女がそうなら――――僕にそれを隠したまま、協力をさせると
いう事になるんだろうけど……
「了解。何をすれば良い?」
仮にそうだとしても、僕には関係のない事。
きっと湯布院さんは、その抑止の為に『気に留めて』と言ったんだろうけど、
彼女の真意を汲んで、自分を押し殺す義理もない。
「メモ帳を、探して欲しいんです。これくらいの」
鳴子さんは、両手の親指と人差し指を伸ばして角を作り、
そのサイズを示してみせた。
紛失物……か。
車椅子の彼女一人では、探すのは困難だろうな。
「だったら、落とし物として届いて……」
「いませんでしたので」
既に調べたって事か。
にしても……メモ帳ね。
ますます怪しいな。
いや、怪しんでも仕方ないんだけど。
「わかった。それじゃ、先に求人の事を少し教えてよ。
その後に暫く探してみるから。日中は忙しすぎて手伝えないし」
「それで構いません」
「おっけ。それじゃ、まずは……」
と言う訳で、簡単な求人講座。
求人募集を出す方法は、沢山あるらしい。
まず、一番お金の掛からない方法としては、ホームでの宣伝。
店の前や入り口に募集要項を貼り付けたり、自分達の公式ホームページを
作って、そこで募集するという方法だ。
個人商店なんかは大抵、前者の方法で募集する。
だけど、これだけだと中々良い人材は見つからないのが実状だそうな。
もっと確実でコストの掛からない方法は、身内を雇う。
僕自身がそうであるように。
ただ、父や母の身内に、アルバイトを希望している人はいそうにない。
そもそも、この近所に住んでいる親戚自体、祖父と祖母くらい。
当然、これも除外となる。
「ある程度の人数から吟味したいのであれば、ハローワーク経由が妥当ですね。
インターネット上の求人サイトなどに登録すると、仲介料がかなり発生します。
人材紹介会社や、新聞などの求人広告を利用する場合も同じです。
都会では有効ですけど、この辺りの規模であれば、スーパーや大学の掲示板を
使わせて貰う方が効率が良いかもしれません」
「……やけに詳しいね」
「そうでもありません」
謙遜しつつ、鳴子さんは明後日の方に視線を向けた。
彼女は度々、こういう態度を取る。
目を見て話すのが苦手なのかもしれない。
ま、何にせよ……募集方法の次は、面接だ。
「面接は、別に専門職という訳でもないし、特にこれという決まりもないです。
雇うのは自分達なので、自分達の基準で決めて構いません。応募者が
持参してきた履歴書に目を通して、適当に威圧感を与えて、その時のリアクションで
ある程度人格を把握し、あとは当たり障りのない質問をして、長続きしそうか
判断し、合否を決めるといいでしょう」
「……メチャメチャ詳しいね」
「そうでもないです」
また視線を外す。
案外、照れ屋なのか?
……ま、それは良いとして。
「やっぱり、スーツ姿の方が良いのかな。やっぱり敬語使わないとダメかな?」
「……それは普通、応募側が気にする事だと思いますが」
今度は呆れられてしまった。
兎にも角にも、求人に関する情報はある程度仕入れる事が出来た。
なんとなくイメージも湧いたし、明日にでも張り紙を作ろう。
さっきの話は忘れないよう、今日の内に何かに書いておくか。
「ありがとう。それじゃ、メモ帳を探すとしよっか」
「はい。助かります」
「で、何を書いてるメモ帳なの?」
立ち上がりざま、何気なく呟いたその質問に――――
「……」
突然、鳴子さんはダラダラダラダラと汗をかき出した。
っていうか、尋常じゃない汗の量!
ホントどうした。
「な、何でもありません。ただのスケジュール表です」
「明らかに嘘なんだけど……」
「嘘じゃありません。そんな嘘吐きません。いいから早く探しましょう」
終始カチコチな所作で、鳴子さんは湯布院さんがスヤスヤ眠る
そのベッドの横で、電動車椅子を動かし始めた。
……怪しい。
ジェネド3人娘の中では一番冷静だと思ってた鳴子さんだけに、
余計に怪しく感じる。
やっぱり彼女がスパイ?
メモ帳の中に、その手掛かり、若しくは完全な証拠が記されているから、
早めに回収したがっている?
例えば、スパイ活動の記録とか。
でも、そんな大事なモノをなくすほど、迂闊な人という感じはしない。
そもそも、彼女が何歳なのかもわかってない。
一月経っても、知らない事だらけ。
まあ、知ろうとも思わんけど。
女子は苦手。
出来れば、関わり合いにはなりたくない。
彼女とは比較的会話の回数が多い気がするけど、だからといって
興味は湧かない。
「早くして下さい」
「はいはい」
急かす鳴子さんに生返事しながら、僕も部屋を出て、扉に鍵をかける。
ちなみに、【CSPA】は全室バリアフリー。
今の御時世、当たり前の事だ。
「で、心当りは?」
「正直、特定はできません。私の行動パターンをこれからトレースして
いくので、落ちてないか探して頂けると助かります」
「あいよ」
いちいち建設的な鳴子さんの意見に従い、後を追う。
鳴子さんの電動車椅子は、いわゆる『ジョイスティック』型。
足に四つ車輪が付いてる事務用の椅子に極めて近い形状だ。
ちなみに、路上でよく見かける、スクーターをコンパクトにした感じのヤツは
『ハンドル』型と呼ばれていて、屋外用と使われる。
いずれにしても、電動型は一人でも活動可能。
とはいえ、それを実践するのは、かなり難しい。
何かトラブルがあった場合、一人では対処できないからだ。
だから、大抵の場合は、同伴者が必要らしい。
一人で行動するのは、車椅子生活にかなり慣れていて、かつ勇気があり、
自己管理が完璧に出来ている人に限定される。
特に難しいのは、トイレ。
電動車椅子であっても、ここがネックで単独行動が出来ないという
人はかなり多いという。
少なくとも、行動範囲内に車椅子専用のトイレがなければならない。
しかも、かなりしっかりとスペースを確保してなければ、使い難いとの事。
最近はかなり増えて来てるし、ウチもちゃんと設置してるけど、
その条件をしっかり満たし切れているかというと、疑問が残る。
流石に聞けないしな……
「まずは、露天風呂へ行きましょう。最初にテレポートで
飛んできた場所です」
キュルキュルと車椅子を起用に操り、鳴子さんは廊下を進んでいく。
確かあの時、城崎達と一緒に飛んできたんだったな。
あの状況なら、メモ帳とやらを落としていても不思議じゃない。
けど……
「あの時から既に失くしてたのなら、もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「……」
返答がない。
っていうか、明らかに移動速度が上がっている。
このリアクションは、何なんだろう?
なんとなく『恥ずかしい』オーラが漂ってる気がするんだけど。
スパイ活動を知られるのが恥ずかしい、ってのは、なんかちょっと違う気がする。
なんか……どうでもいいってスタンスの割に、結構気にしてたりするな、僕。
妙に好奇心が擽られる。
隠しているモノを暴きたくなるのは、人間の性なのかもしれない。
或いは、僕の性格……という可能性もあるけれど。
「でも、あの時確か、風呂の中に突っ込んでたよね。そこでメモ帳落としたんなら、
とっくに掃除の時に見つけてると思うよ」
「……それもそうですね」
根本的な事を考慮してなかったらしく、鳴子さんは恥ずかしそうな声と共に
ピタリと車椅子を止めた。
相当動揺してるっぽいな。
風呂に沈んで使い物にならないであろう状態のメモ帳でも、回収せざるを得ないくらい、
重要な物。
いよいよもって、スパイ疑惑は確信に変わりつつあった。
「では、次は……応接室に入れて貰って宜しいでしょうか?」
「ああ。鍵はあるから、直ぐ行けるよ」
応接室は、現在進んでいる方向にはない。
鳴子さんは方向転換すべく、車椅子を180度回転させた。
なんか……
「どうかしましたか?」
「いや、こういう発言ってマナー違反になるかもしれないけど、
スゴいなー、と思って」
「別にマナー違反ではないですよ。このタイプの車椅子を開発した方々の
着想と努力の賜物です」
つれない返事と共に、鳴子さんはスーッと前へ進む。
応接室の場所も、完全に記憶に入ってるらしい。
この辺は、しっかり者って感じなんだけどな。
「でも、何でまた落としたんだろうね。テレポートで落下した時なら
わかるけど、それ以外の時に落としたりする? 大事な物なんでしょ?」
「そうなんです。普通は絶対に落とさないのに……」
そこまで呟き、鳴子さんは言葉を止めた。
「……大事じゃないですよ? ただのスケジュール表です」
今更訂正してもなあ。
流石に本人もそう自覚してるのか、赤面していた。
「それは兎も角、落としたという訳ではなく、置き忘れた可能性もあります。
こっそりとメモを取ってたりもするんで」
「なんで? スケジュール表なら見返す事はあっても、そんなちょくちょく
書き足すものでもないだろうに」
「……」
鳴子さんは痛い所を突かれた、というのを露骨に表情に出した。
そして直ぐに、『これ以上追求したら轢き殺す』と言う顔になる。
やっぱり女子って怖い……話題を変えないと。
「ま、それは良いとして。あれだ、鳴子さんの能力って、便利なのか
不便なのかイマイチわからないよね」
「そうですか? 私としては、割と重宝していますが」
「でも、他のモノの時間を奪うって、あんまり意味ないんじゃない?
どうせなら、時間を止められるとか、巻き戻せるとか、そういう
感じだったら便利なのに」
特に自己主張や疑問があった訳じゃない。
話題を変えた延長。
そんな僕の何気ない言葉に、鳴子さんはさっきとは違う表情を見せた。
ムッとしてる訳でもないし、呆れてる訳でもない。
これは……どんな感情なんだろう。
「時間は、巻き戻せないから時間なんですよ。時間から不可逆性を奪ったら、
この世の全ての法則が乱れます」
「まあ……そうなんだろうけど」
「時間は、平等だからこそ時間なんです。命や法律なんて、平等でもなんでもありません。
時間だけが、誰に対しても同じように流れるんです」
鳴子さんのこの言葉は、やけに耳に残った。
意味は理解できる。
ただ、彼女がどうしてこんな事を思うに至ったのか――――
それはきっと、彼女にしか実感できない事なんだろう。
「着きました」
気付けば、僕等は応接室の前にいた。
ここには鍵が掛かっているから、中には誰もいない。
滅多に使わないから、掃除も基本、後回し。
彼女等が来てから色々あった為、まともに掃除はしていない。
そう考えると、ここに置き忘れてる可能性は十分ある。
そんな事を考えながら、鍵を差し込み、開ける。
電気を付けると、そこには――――当然、誰もいない。
余り入る事のない、少し豪華なソファーと上品な花瓶、
誰が描いたかもわからない絵画が飾られた部屋。
パッと見、そこにメモ帳らしき物はない。
「あるとすれば……壁際の棚の上とか」
車椅子を考慮しても、十分届く高さ。
ただ、メモ帳らしき物はない。
「後は、棚の中とか……」
ローラー作戦を実行するも、見つからず。
ここにはない……か?
「何か思い出さない? ここに置いたかも、とか」
「……」
鳴子さんは瞑目しながら、首を左右に振る。
「別の所を探した方が良さそうだね」
「お願いします」
結局、ここでも見つからず、電気を消して他を回る。
その後――――鳴子さんが通ったという幾つかの場所を見回ったものの、
メモ帳が見つかる事はなかった。
――――――――――――
5月20日(日) 01:55
――――――――――――
「ありがとうございました。もう十分です」
もうすぐ2時という時間になったところで、鳴子さんが終結宣言。
普段は接客に追われる事もあって、【CSPA】という施設をこれだけ
隅から隅まで見回ったのは初めてだった。
そういう意味では、ちょっと貴重な体験。
「こんな夜遅くまで、すいませんでした」
「いやいや。先にお礼は貰ってるし。明日も、時間が空いた時にちょっと
気にかけてみるよ」
「お願いします」
深々と頭を下げ、鳴子さんはキュルキュルと自室へ戻った。
っていうか……これから自力でベッドに上がれるのか?
湯布院さんは勿論、城崎も流石にもう寝てるだろうし。
まあ、無理なら僕に一声かけただろうし、自分で出来るんだろう。
あんまり周囲が神経質になりすぎるのも、よくない。
さて、僕もさっさと寝よう。
その前に、喉が渇いたから、自販機でお茶でも買うか。
自分の家に自販機があるというのは、ちょっと嬉しい。
小さめのお茶ならワンコインで買えるし。
お金を入れて、ボタンをプッシュ。
あとは、取り出すだけ――――
「……ん?」
取り出し口に突っ込んだ手に、明らかにペットボトルとは違う物が当たる。
なんとなく、紙っぽい感じ。
まさか……と思うまでもなく、取り出したそれは――――メモ帳だった。
特に飾り気のない、100均に売ってるような普通のメモ帳。
表紙が青いのが、なんとなく鳴子さんらしい。
さて……どうしよう。
普通に考えたら、もう遅い時間だし、このまま自室に持ち帰って、
明日の朝にでもこっそり返すのが普通の行動。
ただ――――好奇心が、なんかザワザワ言ってる。
見ちゃえ。
折角、一人の時に見つけたんだし。
ここで見てもバレないんだから、見ちゃえ。
……好奇心ってより、心の中の悪魔って感じだな。
でも、実際問題、もしこのメモ帳に僕やこの『CSPA』に対して
損害を被る可能性のある記述がなされていない、とも限らない。
だからこそ、僕に一任せず、自分も付いて来たのかもしれないし。
彼女と一緒にいて見つけたら、覗き見る事は出来ないからな。
「……」
ただ、女子の持ち物を勝手に見るってのは、携帯電話の中を覗くのと
同じくらい、問題行為な気がする。
やっぱり、やめておこう。
僕は葛藤の後、自分の中の悪魔を軽く小突いて、自室へと戻った。
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