――――――――――――
  5月28日(月) 0:15
 ――――――――――――

 スパ施設【CSPA】の週末は、ミーティングをもって終了。
 ここで一週間の反省をするのと、次の一週間、そして今後の方針を決めるべく、
 従業員全員で話し合いをする。

「えー……というワケで、今日のミーティングのメイン議題は『企画』です」

 今週は議長担当なんで、僕が話を進行。
 進行役は苦手なんだけど、交代制だから仕方ない。

「これから梅雨に入っていき、お客様の足は遠のく事が予想されます。
 なので、今後テコ入れ、もっと言えば新規開拓を狙って、新しい企画を
 打っていこうかと思ってますけど……案がありましたら、挙手の上
 発表して貰えますでしょうか」

 ミーティング参加者は、父、母、そして城崎。
 あとの異能力者2人は従業員じゃないんで、こいつ一人だけが参加している。

「おい、新入り。新入りなんだから率先して意見を言え」
「うむ。確かにこういう場では年少者が先陣を切るというのが
 昔からの恒例だものな。娘さん、ここは一つ斬新な企画を頼む」
「水歌さん、宜しく御願い」

 僕に続き、父と母も畳みかけるように期待の眼差しを城崎へと向けた。
 こいつら、何も思い浮かんでないんだろうな……

「え……う……そ、それじゃ一つ」

 期待されてるのが満更でもないのか、意外と城崎はアッサリ立った。
 もしかしたら、常日頃こういうのはどうだ、って考えてたのかもしれない。
 だとすれば、期待しても――――

「レディースデー、とか。ほら、水曜日は映画とか、女の人だけ割引するでしょ?
 あんな感じで……って、なんで三人揃って舌打ちすんのよ!
 言えって言うから言っただけでしょー!?」

 時間の無駄だった。
 ちなみに、レディースデーを実施してるスパ施設は、多分全国で100店舗を超えると思う。
 ウチも以前やってたけど、あんまり意味がなかったんで止めた。
 例えるなら、動物番組のミーティングで『子犬を出そう!』って言うくらいのもんだ。

「大体、6日で全部忘れるような人間に、そういうアイディアを求める方が
 間違ってんのよ。全く……」

 ブツブツ言いながら、城崎は着席し、メモ帳搭載の端末に『有馬一家は揃って性格悪い』と
 書き記していた。

 この城崎を初めとした異能力者の連中には、例外なく副作用ってのがあるらしい。
 で、コイツの副作用は『6日間しか記憶が持続しない』。
 かなり不便だけど、こうして重要な事はメモしておく事で、どうにか
 生活を成り立たせているらしい。
『メモした事は信じる』という前提は崩れないらしいんで、
 何もかも忘れてるワケでもなさそうだ。
 ま、何にしても……

「フザけた事メモしてんじゃねーっ! 僕をこのポンコツ夫婦と一緒くたにすんな!
 その端末没収だ没収!」
「なっ、ちょっと止めてよ! 私の命なのよそれは!」

 両親を目の前に、ギャーギャー言い合う。
 割と最近、こんな感じが日課になっていたりする。
 
「こら息子、親に向かってポンコツとは何事だ」
「そうよ。私とこの浮気クソ野郎を一緒にしないで欲しいわ」
「むうっ、なんたる事か! この一家の大黒柱を不適切な言葉で罵るとは!
 母さん! この俺がいつまでも甘い顔をしていると思うなよ!」

 そして、両親は両親で勝手に夫婦ゲンカを始めた。
 ミーティングも何もあったもんじゃない。

「……不適切かしら?」

 けれど、今度は母の一言で空気が一変。
 空間の澱みで人が死にそうな雰囲気だ。

「私が何も知らないとでも? 貴方が普段、女性客をどんな目で見て、
 どんな淫らな事を想像しているのか、私が何も知らないとでも言うのかしら?」
「……」

 父は、ニッコリ笑う母に心底怯えていた。
 ……これ、ミーティング続けるの?
 この空気で言葉発すると、なんか舌をケガしそうなんだけど……

「ところで、水歌さん」
「はっ、はい! なんでしょうかお母様!」

 城崎もすっかり怯えていた。

「貴方の能力……テレポートでしたっけ? それを使って何か出来ないかしら」
「へ?」

 城崎の能力――――サーチ・テレポート。
 今、僕の手の中にあるこの端末の『テレポート検索』に場所や人物を入力すると、
 そこへたちまちテレポートするという、嘘みたいな能力だ。
 ただし、一日一回が原則。
 着地点もアバウトらしい。
 とはいえ、それを差し引いても、かなり便利そうな能力だ。
 けれど、副作用のこともあって、彼女はこの能力を消したいらしい。
 いわば、忌むべき能力。
 当然、断るところだ。

「だ、大丈夫……です。やります」

 いいのかよ!
 っていうか、テレポートとかその辺の異能力を自然に受け入れてる母は
 何気に適応能力高いと思う。
 この辺は似た者夫婦なのかもしれない。

 と、いう訳で――――来週の【CSPA】は、城崎のテレポート能力を使った
 新企画を立ち上げる事になった。

 


 ――――――――――――
  5月28日(月) 8:12
 ――――――――――――

 学校に行きながら働いていると、学校って空間が妙に幼く見えてしまう。
 それは小学校でも、高校でも同じ。
 実際、高校生っていっても、中身はお子ちゃまな連中が多い。
 ウチのクラスは特にそうなんじゃないか、って思う。

「一条さん、今日も御夕食は高級レストランなんですよね? 羨ましいですぅ〜」
「おーっほっほっほ! 当然よ! わたくしの舌に合うお店など、この共命町には
 数えるくらいしかありませんもの!」

 今、高らかにお嬢笑いした一条有栖という女子は、特にその傾向が強い。
 今時、どんな環境で生まれ育ったら、あんなテンプレ的な御嬢様が出来上がるのか。
 なんにしても、高飛車な姿はお子ちゃまそのものだ。

「瞳倫ちゃーん、お昼休み何するー?」
「えー、ケーキ食べたいー」

 かと思えば、小学生かとツッコみたくなるユルい会話も聞こえてくる。
 瞳倫ちゃん、と呼ばれた女子は、さっきの一条有栖と並び、このクラスの有名人。
 高見瞳倫。
 これでタカミメロンと読む。
 そりゃ、有名にはなるだろう……けど、親は何考えてこの名前付けた?
 キラキラネーム、っていうヤツか。
 僕にはよくわからん。
 そもそも、女子の存在自体、よくわからないんだけど、このクラスの女子は
 特に幼い気がする。
 普通、女子って同世代の男よりマセてるって言うんだけどな……

「胡桃沢さーん! 今日日直よね? 赤チョーク取ってきてくれる?」
「わかりました」

 そんな中、際立って大人びた雰囲気の女子が一人。
 胡桃沢水面さん。
 彼女は、このクラスでは浮いた存在だ。
 落ち着いた雰囲気。
 どこか陰のある表情。
 そして、頭の上の……なんかの耳。
 被り物なんだろうか、毎日ネコ耳みたいなの付けてる。
 大人びた空気感とのミスマッチが半端ない。
 只者じゃないのは間違いない。
 彼女も、もしかしたら僕とは違う意味で、学校とは違う主戦場を持ってるのかもしれない。
 女子には興味がない僕だけど、彼女の事は異性とは違う意味で気になる。
 気になる……

「有馬君」
「ん……?」

 突然呼ばれた僕は思わず身をビクッとさせる。
 放課後を全て実家のスパに捧げてる僕は基本、親しい友達はいない。
 学校って空間は、どうしても群れから離れた人間はなじめない。
 僕はいつも一人だった。
 って言っても、悲壮感のある『ぼっち』ってワケでもない。
 話しかけてくるくらいのクラスメートは多いし、何か催しがある時も
 班にあぶれたり、孤立したりはしない。
 単に、必要な時だけ適度に接するという、それはそれでモノ悲しい関係。
 ある意味、学校と僕の関係そのものだ。
 なので、話しかけられるとビクッてなるのは仕方ないところだ。

「あの、ちょっと聞きたい事あって」
「へ? 僕に?」

 ただ、この時話しかけてきたクラスメートは、僕とは殆ど話した事のない、
 名前すらすぐには出てこないような、そういう男子だった。
 目の下のクマが濃く、ヒョロっとした体型。
 髪の毛は特に染めてもいない、普通の髪質。
 ただ、前髪はかなり長めで、目にかかりまくってる。
 返事を待つ間、暫く考えて――――ようやく苗字だけが出てきた。
 日比野、だったか。
 僕の知る限りでは、彼も僕とおなじく、『ぼっち』仲間だ。
 放課後になると同時に、廊下に出て行く同士。
 だから顔だけは覚えていた。
 
「有馬君の家、温泉なんだよね?」
「まあ、そうだけど……お客様になってくれるとか?」

 冗談半分で、疑問を返す。
 基本的に、ウチのスパはあんまり若い世代には受けてない。
 娯楽が少ないから、当たり前なんだけど。
 その所為で、年配者の割合が増えて、余計に若い人が入りにくい空気になってる。
 そういう所を改善しないと、今後の経営が厳しい……というのが、
 実は今の悩みの種だったりする。
 最近、テレポートが得意技というヘンな女子がアルバイトで加わって、
 客層が変わるかな……と期待したものの、効果はなし。
 埋蔵金騒動で一時大賑わいしていたのが、今となっては懐かしい。
 ああいうミーハー客はリピーターにはならないんで、結局は元の木阿弥状態だ。
 なもんで、以前から従業員の募集をしてるんだけど、誰も応募してこない。
 ウチのスパ、そんなに人気ないんだろうか。
 ……あ、もしかして。

「それとも、ウチでアルバイトしたいとか?」

 客として来るよりは、こっちの可能性が高い。
 そもそも、客なら僕に話しかける必要ないもんな。

「実は、そうなんだけど……高校生はダメなのかな」
「いや。ウチのガッコはアルバイト禁止だった気もするから、
 それに関して一切の責任をこっちが負わないって約束できるならOK」
「それは大丈夫」

 臆する事なく、日比野は頷く。
 似たような事を何度も言われた――――と推測できるくらい冷静だ。
 
「バイト歴はどれくらい?」
「中学から」

 長いな。
 ってか、今時勤労学生でも珍しいのに、中学生からバイト生活なのか……

「了解。面接するから、履歴書持参で一旦ウチに来て」
「もう持ってる。印鑑も」
「……あっそ。じゃ、放課後一緒に来る?」

 日比野は大人しい性格なのか、特に感情の起伏は見せず、
 ただ静かにもう一度頷いた。

 


 今にして思えば――――僕は彼に、自分と近い空気を感じ取っていたのかもしれない。
 表面に見えるのとは違う『陰』を背負っていると。

 


 ――――――――――――
 
 5月29日(火) 17:02
 ――――――――――――

「えっと、今日から1ヶ月、研修生として働いて貰う事になった日比野泰三君です。
 先輩になる人は、仕事を教えてあげるように」

 というわけで――――特に問題点はなく、口数こそ少ないけど熱意は十分に
 感じ取れたんで、採用。
 取り敢えず研修という形で、一月様子を見る事になった。

「先輩って……もしかして、あたしの事?」

 玄関で指を頬にあて、キョトンとしている昨日までの唯一のアルバイト、
 城崎水歌は首を傾げながら状況を掴めずにいた。
 なお、スパ的にはそろそろかき入れ時のハズなんだけど、お客様はやって来ない。
 平日とはいえ、厳しい事態だ。
 普通、こんな状況でバイトを追加なんて無謀なんだけど、
 彼にはカンフル剤として期待できる点が一つある。

「勿論、お前しかいないんだから、しっかりしろよ。彼はアルバイト歴3年、
 しかも前職は土産屋の通販事業部で広報企画をやってたらしい」
「広報企画……って、何するトコなの?」
「商品をたくさん売るための創意工夫をする仕事。販促だな」
「反則……ね」

 なんかニュアンスの取り違いがあった気もするけど、気にしない。
 兎に角、彼の経歴は高校生の割にスゴかった。
 これまでやったバイトは全部で10種類以上。
 その内、僕の知ってるお店は半分程度だったけど、その殆どは
 ここ数年で業績を伸ばしている。
 この不景気の中では考え難いくらい。
 でも、明確な理由が存在した。
 彼――――日比野泰三が、その要因だったという事になる。
 つまり……

「彼は販促の天才なんだ」

 僕がそう断言すると、日比野君は謙遜するように首を左右に振った。

 商売ってのは、いい商品、いいサービスを提供する事が一番大事だ。
 でも、それだけでは残念だけど、成功しない。
 いい商品、いいサービスを世の中にアピールする事が必要。
 しかも、ニーズに合わせたアピールをしなくちゃならない。
 この【CSPA】を例に挙げると、スパって施設は温泉の好きな人、
 疲れてる世代、オシャレなスポットに興味のある世代に需要がある。
 特に最後のは、普通の温泉宿とは大きく違う、個性の出ている点だ。
 だから、そういう世代――――要するに会社入りたてくらいの
 20代前半、そして温泉が好きな世代である年配者に対して、
 こういう施設ですよ、こんな良いトコありますよ、っていうアピールをする必要がある。

 ただ、ウチはその宣伝がヘタすぎる!
 原因は父だ。
 あのアホが、ワケのわからない企画をバンバン立ち上げた結果、
 ウチはイロモノに近い扱いを受けた時期もあった。
 埋蔵金の事件も、最初は盛り上がったけど、鎮火したらただの道化。
 スパ施設ってより、『ヘンな場所』のイメージが根強くなっている。
 だから、販促のスペシャリストである彼が加入するのはとてもありがたい。
 
「反則の天才? サクラでも雇うの? 『この温泉に入ったら肌すべすべで
 透明になっちゃったよー』とか言って、お客サマを騙すとか」
「やっぱり間違えてたか……っていうか、透明人間作ってどうする」

 そもそも、ウチの温泉はノーマルなんで、効能はあんまりアピールポイントにならない。
 そこが悩みの種……って訳でもない。
 スパなんて、そんなもんだ。
 効能を宣伝の中心にしてるスパ施設って、あんまりないし。

「よくわかんないんだけど……要は、あたしが先輩で、あたしがこの男子を
 アゴで使っていい、って事よね?」
「……」

 日比野君は露骨に怯え出した。
 っていうか……僕と2人の時と違って、無口を通り越して萎縮してしまっている。
 もしかして、女子が苦手なんだろうか。
 だとすれば、僕と同じ人種って事になる。
 僕の場合は、萎縮はしないんだけど。

「とにかく、彼には早速、このスパランドの広報企画を中心にやってもらうんで、
 仲良くするように。早ければ今週末にも、彼の企画を立ち上げるんで。以上」
「はーい……ってちょっと待ってよ。今週の企画はもう決まってるんじゃなかったの?」
「ああ、例のテレ……飛ぶヤツね。アレはもういいや。なんか胡散臭いし」

 ミーティングで決定していた、テレポートを利用した企画。
 そのタイトルは『ドリーム・トレイン』だった。
 当たり前の事だが、お客様にテレポートの事がバレちゃいけない。
 僕らにはバレてるものの、異能力なんてものの存在が不特定多数の人間にまで
 見つけられてしまったら、今後彼女達はマスコミをはじめ、いろんな連中に
 付きまとわれたり、見張られたりする事は目に見えてる。
 いくら小生意気でも、生活が出来なくなるようなリスクは背負わせられない。
 なもんで、『企画参加者にテレポートがバレないで、かつテレポートの恩恵が
 得られるような企画』として、『ドリーム・トレイン』は考案された。

 内容は単純。
 参加者に目隠し&イヤホンをして貰って、車に乗り込んで貰い、
 車を発車させる事なく何十分か放置し、その後にテレポート。
(城崎のテレポートは、人数制限も重量制限も不明らしい)
 すると、着いた頃には乗り物ごと別の都道府県の観光名所に……
 というもの。

 ただ、乗り物ごとテレポートできるかどうかの実験はしてないし、
 テレポートが一日一回って制限がある以上、一泊する必要があるんで、
 正直企画倒れになりそうな気配がプンプンする。
 なにより、目隠しの時点で胡散臭い。

「なっ……あたしはねー! そのヘンテコな企画やるって言うから
 色々試したり自分なりに考えたりしてたのよ!? あたしの努力はどーなんのよ!」
「それに関しては、すまん。ただ、努力は自分の目的を達成する為の過程であって、
 それ自体を褒めたり称えたりするのは過程の必要性を教える必要がある小学生まで
 なんで、見当違いの努力をしてしまった自分の責任もあるって事で、納得してくれ」
「できるかっ! 見当違いって何よ見当違いって! 言われたから率先して
 準備してたんでしょ!?」

 まあ、そうなんだけど……そもそも、考案の時点で僕は反対してたんだよな。
 そもそもキレた母の言う事は大抵、まともじゃないし。
 普段はノーマルな大人の女性なんだけど。

「まあ、お前の能力を活かす機会はこれからあるハズなんで、
 その時に役立たせてくれ」
「……うー」

 一応、城崎は納得したのか、唸りながらも逆立っていたツインテールを
 正常な位置に戻した。
 っていうか日比野君、こんなやり取りを目の当たりにしてても到って冷静にしてるな。
 意外と、肝の据わった人物っぽい。

「それじゃ、城崎はいつものように接客を中心に。日比野君は僕と一緒に
 事務室に。母と一緒に、今後の方針を話し合うから」
「わかりました」

 同級生に敬語を使われるのは、どうにもむず痒い。
 とはいえ、それを躊躇なくできるこの日比野君は、やっぱりバイト慣れしてる。
 もしかしたら、トンデモない拾い物をしたのかもしれない。
 彼がこの【CSPA】の救世主になる……そんな予感が、頭の片隅に浮かぶ。

 


 今にして思えば――――僕はこの時、少し浮かれていたんだと思う。
 これまでとは違った未来の展望が見えた事に。

 


 ――――――――――――
  6月11日(月) 19:45
 ――――――――――――

 月が変わって――――6月。
 梅雨の季節とあって、今日は朝からさめざめと小雨が降り続いている。
 それなのに。

「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」

 月曜日という、一週間で一番条件が悪い日にも拘わらず、【CSPA】には
 多くのお客様が足を運んでいた。
 しかも、団体客が多い。
 スパみたいな施設が潤うかどうかは、団体客の多さに懸かってる。
 と――――言うのは簡単だけど、実際問題、団体客はメジャーな施設を
 選択するのが常だし、やっぱり老舗の温泉宿が強い。
 だから、半ば諦めてたんだけど……

「いやー、今日は大入りだな。ついに軌道に乗ったな。やっぱり俺の目に狂いは
 なかったな! いやー日比野君、君の企画は大当たりだネ! でもそれを
 最後に承認したのは俺だってこと、ちゃんと忘れないでくれよな!」
「はい。社長の賢明な御判断あっての事です」
「くっはーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
 おい息子! 聞いたか息子テメコラ! これが正しい従業員の姿勢だわかったか
 テメーコラ今まで散々コキ下ろしやがって殺すぞドラ息子!」
「お客様の前で汚い言葉を使うな!」
「ヒーッヒッヒッヒィ! これだけ沢山、それも毎日お客様はやってくるんだ!
 1人や2人に愛想尽かされようと構いはしないのだ! ギャハハハハハハハ!」
 
 廊下に仁王立ちし、父は調子に乗っていた。
 というか、有頂天だ。
 サービス業失格なセリフまで飛び出していた。
 
 ……どうしてこうなった?

 いや、確かにスゴい盛況ぶりだ。
 これは僕が望んだ事でもある。
 だけど、どこかおかしい。
 あのクサレ父がおかしいのは、いつものことだけど、質が違う。
 こんな事を言うタイプのアホじゃなかった。
 それに、団体客が多いのも、やっぱりしっくり来ない。

 父が大絶賛し、日比野君が立ち上げた『今日の企画』は、『レイニーサンキューデー』と
 いう名称で、雨の日に来てくれてありがとうという感謝の気持ちを込めて
 入場料39%引+酒類39%引を行うという、とても単純なもの。
 近所のスーパーでもやってそうな、ありふれた企画だ。
 なのに、団体客まで増えているというのは、腑に落ちない。
 何か、裏で特別な交渉をやっているのかもしれない――――

「主任」

 突然、日比野君が僕にそんな呼び方で近付いてくる。

「主任って……僕、そんな役職じゃないよ?」
「お客様の手前、こう呼ぶのが最良だと思いましたから」

 ……一理あるといえば、ある。
 僕みたいな若い学生が『主任』と呼ばれているだけで、
 ちょっとした話題になる可能性も、否定はできない。
 こういうちょこっとしたところでのアイディアは、確かに冴えている。
 ただ……失礼だけど、この日比野君、ちょっと不気味だ。
 目のクマや前髪みたいな外見によるもの――――とは明らかに違う。
 内面的な怖さが、彼にはある。
 
「それで、主任。今の企画の次に立ち上げる企画がまとまりましたので、
 今日の夜に会議を開いてもいいですか?」
「あ、ああ。いいよ」
「では、11時に事務室に御願いします」

 無機質な語感で、日比野君は背を向けてさっさと奥へ引っ込んだ。
 次の企画……か。
 彼は一体、何をしようとしているんだろう。
 そもそも、この職場を選んだ動機がわからない。
 面接の時に当然聞いたんだけど、上手くはぐらかされた。
 具体的に言えば、会社の面接みたいな、如何にもな答弁。
 あれじゃ真意はわからない。
 それにもう一つ。
 これだけ実績ある身で、どうして職を転々としているのか。
 アルバイトだから、最初から短期の契約だったのかもしれないけど、
 業績を上げたのなら、契約延長を希望する所だってあったハズ。
 もう少し、彼に関しては調べるべきかもしれない――――

「不思議ですね」
「うおっ!?」

 キュルキュルと音を立てて近付いてきたのは――――鳴子さんだった。
 
「そこまで驚かなくてもいいと思いますけど」
「いや、最近影が薄いもんだから、存在に気付かなくて」
「失礼ですね、有馬さんは」

 以前、僕は彼女の『知られてはいけない趣味』を知った。
 趣味っていうよりは、夢みたいなものらしいけど。
 それ以降、なんとなく距離が縮まった……ような気がする。
 当然、異性のアレじゃなく、人としてのだけど。
 女子が苦手な僕の性質上、仲良くとはいかないけど、
 会話する上で軽口が自然と出るようになってる。
 ……ま、城崎あたりは最初からそんな感じだったけど。

「それより、不思議です」
「何? 気になる事でもあった?」
「新入りの彼です」

 既にここにはいない日比野君の幻影を追うように、鳴子さんは
 彼のいた場所をじっと睨んだ。
 目が大きいのにジト目の機会が多い彼女は、この表情が
 デフォっぽい気もするけど。
 
「ここへ来た目的がわかりません」
「そうなんだよな……なんでウチなんだろ。特別給料がいいわけでもないのに」
「何か理由があるのかもしれませんね。例えば……私たちのように」
「……まさか、彼まで異能力者って言うの?」

 この2ヶ月弱の間、僕は何人もの異能力者と出会ってきた。
 今このスパ施設にいる城崎、湯布院さん、鳴子さんの3人……と、あと1人。
 名前なんだっけ。
 イ……イ……思い出せないな……ま、いいか。
 あとは、実際にはまだ目覚めてないけど、目覚めかけの少年。
 4.5人ってトコか。
 ここに、更に1人加わる可能性があるとなると、いよいよ異能力者の
 バーゲンセールだ。

「わかりません。少なくとも、私はあの人と面識はありませんでした。
 伊香保の時は、すぐに判明しましたが……」
「あー、思い出した! イカだイカ! イカだよ! あー、スッキリした!」
「イカはイヤなのじゃーっ!」

 窓を突き破る勢いで、久々に聞く声。
 気付けばすぐ傍にイカがイタ。

「なんでもかんでも語呂を合わせればいいってもんじゃないのじゃ!」
「いや、言い出しっぺお前じゃん。っていうか、ここに近付くなって言ったろうが。
 お前のスキル、この店1回潰してるんだぞ?」
「う……その節はすまなかったのじゃ」

 今、このイカは近くのアパートに住んでいる。
 基本、出禁なんだけど……

「今は不幸チャージ中なのじゃ。問題ないのじゃ」

 このイカこと伊香保運命の能力は、『ハートラック』。
 自身に幸運が訪れると、周囲半径5.3m以内、5.3時間以内に不幸を撒き散らす
 というハタ迷惑な力だ。
 逆に、不幸が起これば、幸運を授けるらしい。
 なので、『不幸チャージ』ってのは、彼女に何か不幸があって、
 幸運を授ける状態にあるって事だ。
 周囲への幸運/不幸は、彼女自身に訪れた不幸/幸運の度合いに比例する。
 
「どんな不幸をチャージしたんだ? ダンプにでも轢かれたとか」
「死ぬのじゃ! 伊香保はスルメじゃないから轢かれたら死ぬのじゃ!」

 一歩先を行くツッコミ、お見事。

「番号を選ぶ宝くじを買って外したのじゃ」

 ……それ不幸なのか?
 ただの無駄遣いなんじゃ……

「3桁の数字を選べと言われたから、今日の日付にしようって思って610にしたら、
 611が出たのじゃ。当たってたら39万円ゲットだったのじゃ」
「なるほど。不幸でも無駄でもなく、今日が何日かもわからないほどアホだったのか」
「アホじゃないのじゃ! 香保はクレバーに自分の人生を歩んでるのじゃ!」

 どっちかって言うと焼きイカっぽい人生な気もするけど、
 面倒なんでこれ以上相手にするのは控えよう。
 ちなみに、彼女の近くにいれば、39万円分の幸運を授かる可能性がある――――けど
 39万円分の幸運って、なんか微妙だ。

「伊香保の所為で無駄に話が途切れましたが、あの人物は胡散臭いです」
「ひどいのじゃっ! 扱いがぞんざいなのじゃーっ!」

 割と薄情な鳴子さんの物言いに、イカが涙目になっていたが、無視。

「……胡散臭さで言えば、アンタ等のほうがよっぽど上だけど」
「多少、自覚はあります」

 あったのかよ。

「と言っても、今はある程度害のない存在だと思われている、と解釈しています。
 ですが、あの新入りの彼は違います。危険な臭いがします」
「……」

 困った事に、僕も同意見だった。
 でも、彼がこの2週間でやった事は、【CSPA】の再建だけ。
 それは胡散臭いどころか、救世主そのものだ。
 だからこそ、胡散臭いんだけど。
 たった2週間だぞ?
 しかも、誰にでも思いつきそうな企画を一つ、立ち上げたに過ぎない。
 どうしてこんな事になるんだ。

「……鳴子さん。この状況、要するに『短期間で物事が異常に良い方向に進む』っていう
 異能力、存在するの?」
「わかりませんが、可能性はあります。そこの塩辛のような女子の持つ能力に
 近いものなら、物事を好転させる事はできるでしょう」
「塩辛じゃないのじゃ! 香保は熟成した大人の女性というだけで、発酵はしてないのじゃ!」

 多分、発酵と薄幸をかけた高度な例えだったんだろうけど、スルー。

「スルメだけにスルー、とか思わないで欲しいのじゃ!」

 ……このイカ、ツッコミキャラだったのか?

「ま、何にしても、警戒はしておいた方がいいのかもな」
「そうですね。場合によっては、文奈の能力で手掛かりを得る必要もあるかもしれません」

 文奈さんの能力『サイコメトリング』は、人、物質を問わず『20時間以内の最も強い思念』を
 読み取る事が出来る。
 仮に、日比野君が何か明確な目的で働いているのなら、それを読み取る事で、自然と
 彼の狙いもわかるだろう。
 そういう意味では便利な能力だ。

「……何ですか?」
「いや、能力格差が大きいなと」
「私のタイム・レーザーが役立たずだと?」

 っていうか、使いどころがない。
 時間を奪う、代わりに自分の時間も失う。
 正直、使い難い能力だろうと思う。

「異能力とハサミは使いようです。と言っても、私はこの能力を消す為にここにいるんですけど」
「香保もそうなのじゃ! この能力の所為で出禁になるのはもうまっぴらなのじゃ!」

 イカはペチャンコなスルメだけに、真っ平という言葉を選択した。

「違うのじゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 


 今にして思えば――――この時、疑問に思うべきだったのかも知れない。
『ハートラック』の39万円分の幸運が、誰に訪れたのかを。











  前へ                                                      次へ