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  7月21日(金) 12:16
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 一学期終業式――――それは多くの高校一年生にとって、一年で最も幸せな一日。
 何しろ、翌日から一ヶ月以上にわたる長期休暇が待っている。
 その前に通知表という厄介なブツの撒布が待っているものの、高校の場合は
 テストの成績、順位、偏差値が重要視される為、小学、中学の頃ほどの脅威はない。

 一方、高校三年ともなると受験勉強の為の合宿や補習が待っている為、夏休みは
 通常日程以上にキッツいスケジュールを組まれるらしい。
 二年後は天国一転、この日は地獄の始まりと言えるのかもしれない。 

 けれど、高一の時点ではそんな事は関係ない。
 一学期最後のホームルームが終わった教室内は、解放感と期待感が充満した
 熱気溢れる空間と化し、カラフルな希望が喧噪となってアチコチから聞こえてくる。

「さて……と」

 そんな熱気にあてられつつ、僕は普段より重い学生鞄を担ぎ
 さっさと教室を後にした。

 楽しい楽しい夏休み――――僕にとって、それは小学生の頃から縁遠い存在だった。
 夏休みだからといって遊び呆ける事も、二度寝する事もできやしない。
 寧ろより早く起き、より重労働に勤しみ、より神経を磨り減らす日常が待っている。
 それが、スパランド【CSPA】で生まれ育った僕の宿命だ。

 基本、【CSPA】の経営は昔から不安定。
 固定客がつけば安定するのが本来の推移なんだろうけど、ウチの場合は定期的に
 奇妙なトラブルが勃発して一旦客足が離れるというケースが多過ぎる。
 これはジェネドの連中が来る前からの、いわばお家芸みたいなものだ。

 懸念はこれだけじゃない。
 夏休みの期間というのは、スパランドにとってある意味勝負の時期。
 これから気温がどんどん上昇する季節柄、温泉需要は逆にどんどん減衰していく。
 その中で如何にお客様に足を運んで貰うか、それを考えなくちゃならない。

 大手の温泉宿やスパリゾート施設では、夏休みの期間に親子連れを呼び込むべく
 いろんなイベントを展開していく。
 また、町内で行われるイベントに協賛する事で、そのイベントと連動した
 様々なキャンペーンを実施する事も多い。

 ウチの場合、単独で大々的なキャンペーンを継続的に行うのは不可能。
 何しろ今年は勝負をかけるべく、春先からずっと無理してきたからなあ……
 赤字覚悟で普及を目指す逆ざや商法なんてのは、体力のある大手にしかできない。
 目先の利益に拘らざるを得ない【CSPA】は今夏、自発的なキャンペーンに
 打って出るような無謀な真似はできないだろう。

 けど、ただ店を開けておくだけでこの先何年も大丈夫、って楽観視できる
 経営状況じゃないんだから、何かしら手を打つ必要はある。
 そこで今、僕が目を付けているのが――――町との連携だ。

 ここ共命町は、観光客を一年中呼び込めるような強い観光名所や名産はない。
 だから町主導で少しでも観光客を集める為の色んな試みを行っている。
 つい先日も、町おこしの一環として町のイメージキャラクターとなる
 ゆるキャラ〈ぐみょーん〉が誕生したばかりだ。

 まだまだPR不足なのは否めないし、くまモンとふなっしーが散々市場を食い尽くした
 ってのに、今更ゆるキャラ作っても遅いだろ……という冷たい声も聞こえてくるけど、
 町が何もしないで死に体になってるよりはずっといい、と僕は思っている。
 
 で、本題。
 この共命町の町おこしと上手く連携できれば、それほどお金をかけずに
 大々的なキャンペーンができるんじゃないか――――
 僕はこの日、ずっとそんな事を考えていた。
 決して通知表からの現実逃避じゃないので悪しからず。
 さっきも言ったように、高校生にとって通知表は大した意味はない。

「……さっきからずっと通知表眺めっぱなしだけど、よっぽど……だったの?」
「ぐはっ!」

 突然、槍でグサリと刺すかのような声に僕は悶絶。
 まともに友達のいない僕に気軽に話しかけてくるクラスメートと言えば、
 彼しかいない。
 先月までウチで働いていた"販促の天才"、日比野泰三だ。
 色々あったけど、今は僕の唯一の友人として接している。

「気にする事はないよ。高校生にもなって通知表なんて気にしても仕方ないし」
「まさにその通りだと思ってるから。気にしてないから全然」
「脂汗がダラダラ流れてるんだけど……」

 それは夏だからさ。
 灼熱の季節は人をテカテカにするもんだ。

「通知表はともかく……日比野君は夏休み、やっぱりバイトなの?」
「まあね。長期休暇の時期は姪の家庭教師をするから、そのスケジュールに
 合った短期のバイトを探そうと思ってるんだけど」

 家庭教師か……死ぬまで縁がないなー。

「君の妹の彩莉ちゃん、何度も千里の所に足を運んでくれてるみたいで……
 近い内に直接お礼言いに行くつもりだけど、習い事とかしてるかな?」

 千里――――日比野君の妹の名前。
 彩莉とは年齢が離れてるけど、いいお友達になったみたいだ。

「いや。夏休みの間は基本、ウチで掃除や何やら手伝ってるけど
 顔を合わせるくらいならいつでも問題ないよ。ただし僕同伴だけど」
「……前々から思ってたけど、君ってもしかしてシスコン?」

 日比野君には言われたくない。
 とはいえ、自覚もある。
 彩莉に対して過保護になる自分を止められないし、止める気もない。
 周囲から白い目で見られようと仕方がない。
 僕がそういう生き方を選んだんだから。
 
「取り敢えず、日中なら大体OKだから」
「了解。予定が決まったら連絡するよ」

 そんなやり取りを終え、日比野君は教室を出て行った。
 労働学生、年の離れた妹、友人の少なさ……何かと彼とは共通項が多い。
 ジェネド――――異能力者の存在を知っている事もその一つ。
 他人に言えば笑われそうなその存在を身近に持つ者として、
 彼が近場にいるというのはとても心強い。

 この頃、ふと思う事がある。
 あの異能力は、一体なんの為に存在するのか。
 彼女達はどんな経緯を辿ってああなったのか。
 "副作用"という重しと共に、彼女達に身についてしまった
 その能力には、どんな意味があるのか。
 
 当事者ではないだけに、どうしても本腰を入れて探ろうとまでは思えない。
 でも、彼女達の目的である"異能力の消去"には彩莉が関わってくる
 可能性がかなり高い。
 なら、僕にとって無関係とは言えない。

 この夏休みの間――――何か進展があるんだろうか。
 それとも、このまま何も変わらない日常が続くんだろうか。
 このモラトリアムは一体、どこまで続いているんだろうか。

 そんな事を考えながら、僕は太陽も空も雲も見えない天井を
 ぼんやりと仰いでいた。

 


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  7月22日(土) 12:56
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「……うむ! さすが我が息子。夏休みで時間もあるだろう。
 好きにするといいさ!」

 翌日――――昼食時を利用して父に町との連携の模索を
 申し出た結果、一任の許可が実にアッサリと出た。
 アッサリし過ぎて丸投げ感がハンパないが、まあいい。
 これで一応、僕に今回の【CSPA】のプロモーション活動が
 任された事になる。

<では次のニュースです。昨日、××県の△△動物園から脱走したあの動物――――

 お昼のニュースがテレビから流れる中、僕は今後すべき
 行動について熟考していた。
 
 まずは観光協会に連絡して町おこしの予定を聞いてみるか。
 話の流れ次第では、ファーストコンタクトの時点で
 こっちからコラボレーションの打診をできるかもしれない。
 とにかく、今夏の【CSPA】は共命町の町おこしに協力・賛同するよと
 アピールしなくちゃならない。
 協賛店になれれば各種イベントに出張して宣伝活動もできるし。

「う〜さぎ〜う〜さ〜ぎ〜何見〜て〜跳ねる〜」
 
 ……何だ?
 窓の外から聞こえるこの間延びした歌声は――――伊香保ことイカの声だ。
 イカがウサギの歌とは……白同士相性がいいんだろうか。
 何にせよ、うるさいんで注意しとこう。

「おいイカ。敷地内では静かに……」

 昼食の残りを片付け、窓から身を乗り出した僕の視界に
 見覚えのあるような、ないような微妙な被り物が飛び込んで来た。
 なんかくまモンっぽい目のウサギだ……

「……ウサビッチ?」
「誰がビッチなのじゃ! 香保はまだ13歳の微妙なお年頃なのじゃ!」
「いや、そういう語源なのかどうかは知らんけどさ。
 何にしてもウサビッチの被り物はウチではNGだ。せめてキャシーにしてくれ」 
「嫌なのじゃ! ミッフィーサイドに訴えられるのじゃ!
 あんな大金持ちに勝てる訳ないのじゃーーーー!」

 ×の口のウサギにトラウマでもあるのか、イカはビッチの格好で
 悶絶していた。
 
「っていうか……何なんだよ、その被り物は」
「これはコンテスト用に香保が用意したゆるキャラなのじゃ」
「……コンテストぉ?」
「そうなのじゃ。町公認のマスコットゆるキャラがダメになった
 らしいから、新しく公募してるのじゃ」
 
 マスコットゆるキャラって……〈ぐみょーん〉の事か?
 あれ、ダメになったのか。
 確かプロのデザイナーを雇ったとか聞いたけど、契約面で揉めたか?

 なにしろゆるキャラビジネスって当たるとデカいらしいからな……
 くまモンの経済効果は2年で1200億らしい。
 勿論、どんぶり勘定ってヤツだろうし町に入る金が
 そんな大きい金額な訳ないんだけど、それを最大限考慮しても
 突き抜けた額なのは間違いない。

 町おこしでこの規模の経済効果を生み出せば、間違いなく
 その企画部長は将来安泰だ。
 地元の色んな公益法人の無意味なポストへ天下りし続けて
 職には困らない人生を謳歌する事だろう。
 
 まあそれはいいとして、そのコンテストには少々興味がある。
 直接参加しよう、って訳じゃない。
 ウチでもゆるキャラをプロデュースして、新たな共命町の
 顔となったキャラと共演させる事ができれば、ローカルの
 テレビ番組くらいには出られるかもしれない。

 ローカルのテレビ番組をバカにしちゃいけない。
 地元民は結構好んで見てたりするものだ。
 中には何十年も愛され続けてる番組もあるし、
 そういう所でアピールできると中々の宣伝効果が期待できる。

「イカ。そのウサビッチじゃ優勝は無理だから止めとけ。本気で優勝
 狙うなら、もっと地元に密着した何かをモチーフにしとけ。
 ウサギなんて共命町と関係ないだろ?」

 それ以前に著作権的にヤバいんだけど。

「むむ……タメになる事聞いたのじゃ。感謝なのじゃ」

 イカは素直にペコリと頭を下げた。
 どうでもいいが、コイツの場合は存在自体が著作権違反な気がする。
 語尾にゲソとでも付けたら即、王者の名を持つ雑誌から触手攻撃に遭いそうだ。

「うーむ。この町に合った動物となると……何がいいかのう」

 どうやらイカはモチーフを動物に限定している様子。
 まあ、ゆるキャラの多くは動物ベースだし、もしかしたら"共命"町という名前
 から〈人間と共に生きる命=動物〉を連想しているのかもしれないが、
 そこまで深く考える頭がこのイカにあるとも思えない。

「そうじゃ! 共命町だけにミョウガをキャラクターにするのは
 どうじゃろ!? Goodミョウガ、略してGooミョウ……こっ、これじゃ!」
「いやいやいやいやいや……どの辺がこれじゃ、なんだよ。
 ミョウガなんてゆるキャラにしてどうすんだ」
「類似キャラがいないか調べてみるのじゃ」

 イカはアワアワとポケットからスマホを取り出し、検索をかけてみた。
 ……スマホ持ってたのか、イカのクセに。

「……う。既にいるのじゃ」
「いるのかよ!」

 ミョウガまでゆるキャラにしてしまうこの世の中……末期だ。

「しかもアンパンマンの作者のデザインなのじゃ。億万長者が相手じゃ
 勝ち目はないのじゃ。最近不運続きじゃのう……諦めるしかないのじゃ」

 金持ちにコンプレックスがあるのか、イカはしゅーんとなって
 スマホをしまった。

「ま、ダジャレだけでキャラ作っても弱いだろ。この町の特色も入れないと」
「でも、この町には何の特色もないのじゃ」

 そうなんだよな……そこが観光面での悩ましいポイントだ。
 だからこそ、当てれば一人勝ち状態になれるんだけど。

「ミョウガは少々愚案だったのじゃ。やはりゆるキャラだけに、ほんわかした
 元ネタが欲しいのじゃ。何かないかのう」
「ほんわか、か……ああ、それでウサギを起用したんだな」
「そうなのじゃ。動物は癒やされるのじゃ」

 癒やし……か。
 確かに、それは必要な要素かもしれない。
 
「ここで悩んでも仕方ないのう……原点に戻って一から出直すのじゃ。
 有馬の、かたじけないのう。親身になって相談に乗ってくれてありがとうなのじゃ」
「気にするな……っていうかお前、僕をそんな呼び方してたのか」

 万が一、イカが優勝すればコラボレーションがしやすい。
 ここはウチの企画をプロデュースしつつ、イカの方にも
 助言をした方が得策だ……という腹の内は黙っておくことにしよう。

 さて、僕の方も本格的に企画を練るとしよう。
 とっかかりはイカがくれた事だし……な。
 忙しくなりそうだ。

 

 
 ――――――――――――
  
7月22日(土) 23:49
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「――――という訳で、どんなゆるキャラがいいか話し合おう」

 早速、本日の業務が終了したところで城崎、湯布院さん、鳴子さんを召集。
CSPA】のマスコットゆるキャラをどうするか話し合うことにしたんだが……

「アホくさ……」

 いかにも小馬鹿にしたような顔で、城崎が嘆息。
 他の二人も余り乗り気じゃないのか、眠そうに目を細めている。

「くまモンとふなっしーが散々流行った後なのに、これからゆるキャラ作っても
 今更感アリアリでしょ? 必死だな、って嘲笑されるのがオチじゃないの?」
「生憎、お前のその感想を僕は今朝もう通り過ぎた。古いのはお前だよ、城崎」

 不敵に微笑む僕に、城崎がツインテールをブワッと逆立て
 凄んでくる。
 ……異能力よりこっちのがスゴくね?

「そこまで言うのなら、聞きましょうか。どんなスゴいプランを発表してくれるのか」
「おう。耳の穴かっぽじってよく聞け」

 しばし城崎と睨み合い――――僕は午後の間ずっと考えていたプランを
 三人に話すべく、プレゼン内容の構築を脳内で完成させた。

「ゆるキャラは既に時代遅れ。でも共命町が町おこしにゆるキャラを募集している
 以上、ゆるキャラとかけ離れた企画を立てても連携はできない。
 そこで……僕は改めてローカル・パブリック・リレーションズについて本気出して
 考えてみた」
「前置きが長いです」

 鳴子さんが白い目で呆れ気味に責めてくる。
 フッ、言ってろ言ってろ。
 今にその白い目を点にしてくれる。

「ローカル・パブリック・リレーションズ……要するに地方の宣伝活動ってのは
 いつの時代も、全国的な流行の後追いが前提だ。先進的な事はまず上手くいかない。
 全国規模のブームをより親しみやすく、よりかみ砕いた内容で年輩者や子供に
 提供するのが正しい方向性だ」
「確かにそうかもしれませんね。地方特有の市民性というか町民性というか、
 ある程度内省的な文化の中で生まれ育った人達は安心感を欲するものです」

 湯布院さんは言葉を選んで話しているけど――――
 要するに、田舎の人間ってのはやたら保守的な面が色濃いって事だ。
 それが良いか悪いかはこの際問題じゃない。

 問題なのは、ローカルRPっていうのは常にそういう人達を
 ターゲットに行う宣伝活動って事だ。
 その大前提を忘れて、新しい方、先進的な方へ向かうとロクな結果にならない。

 前に父から聞いた事がある。
 既に何度も読んでストーリーどころかセリフまで頭に入ってる読んだマンガと
 まだ一度も読んだ事がないマンガがあるとする。

 僕らにしてみれば、どう考えても後者を読みたいと思うもんだ。
 もう何度も読み直したマンガを改めて読む必要なんてない。

 でも、父の年齢になると、前者をついつい手に取ってしまうという。
 そこにあるのは、懐古という名の安寧だ。

 一度読んで面白いと思ったマンガなら、読み返してもやっぱり面白い。
 改めて読めば、新たな発見もあるかもしれない。
 自分が年齢を重ねた事で、解釈や理解が変わっているかもしれない。

 そういう期待感もあるけど、その期待感はリスクのない期待感。
 何より、読む上で新しく理解する事が殆どない。
 一方で、新しいマンガは設定、世界観、キャラ同士の関係など
 色んな情報を新しく仕入れる必要があるし、それが自分の好みかどうかもわからない。
 
 そういうリスクや面倒が、年をとるとやたら億劫に感じるそうだ。
 僕からしてみれば、そんな事より新しいマンガを読みたいと思うもんだけど
 その好奇心は年々パワーダウンするそうだ。

 都会から離れた田舎には、こういう好奇心が弱まった年輩者が沢山いる。
 そして、いくら〈スパ〉と現代風な名称にしていても、僕達が
 営んでいるのは温泉だ。
 どうしたってお客様は年輩の方が多い。
 となれば、革新的なPRは逆効果。
 安心、安全をモットーとした宣伝活動が功を奏す。

「つまり、これから僕らが出すべき企画は、ゆるキャラと何らかの関係性があって
 尚且つかつての流行を踏襲した内容って事になる。誰もが知っている事の
 焼き回しを、如何に新鮮に提供するか。それが求められるって訳だ」
「……言ってる事はまあ、わかるけど。それって一歩間違ったら
 時代遅れな上にオリジナリティの欠片もないクズ企画にならない?」

 そう――――城崎の指摘通り、外せば余りにも恥ずかしい企画となる。
 実際、数ある町おこしやご当地ヒーローの中にはそういう赤面モノの企画なんて
 ごまんと存在している。
 その仲間入りを果たしてしまうか、地域密着を成功させて揺るぎない
 地盤を構築できるかは、立案を担当する人間のセンス次第だ。

「クズ企画になるかどうかは、僕の案を聞いてから判断して欲しいな」
「自信あるみたいですね。楽しみです」

 両の掌を合わせ、湯布院さんがおっとりと微笑む。
 その笑顔に応えられるだけの企画――――だといいけど。
 如何にもイケイケって感じでプレゼンしてるけど、正直、自信は半々だ。

 それでも僕がこうして店の為に企画を考えて自信ありげに話しているのは
 日比野君の存在が大きい。
 短い間だったけど、彼と一緒に仕事をして得たものがある。
 それは、積極性の大事さだ。

 日比野君の企画立案が優秀なのは、中身が優れているというのも
 勿論あるけど、それだけじゃない。
 これならイケる、と思わせるだけの確信を、プレゼンターである
 彼が常に漲らせている事。
 上手くいって当然、という顔でいる事。
 これが重要だ。

 従業員が企画に対して半信半疑だと、その不安がそのまま伝染してしまい
 それはお客様にも伝わってしまう。
 特に年輩者はそういう空気に敏感だ。
 そうなれば、成功するものもしなくなる。

 精神論に終始する訳じゃないけど、これは無視できないと実感した以上は
 見習うべきだ。

「勿体振らないで、いい加減発表しなさいよ。どんな企画にするつもりなの?」

 心なしか、城崎が前のめりになってきた。
 これも一応、積極性が生んだ求心力……だ、きっと。
 
「まあ、そう焦るな。企画書はもう作ってる。一枚だけど」
 
 僕はあらかじめ印刷し、クリアファイルに挟んでいた企画書を
 三人に配り、目を通すよう促した。

 その企画書には、具体的な活動内容は記されていない。
 これから煮詰める必要がある。
 ただ、どういう主旨でどんなPRをしていくか、って所はしっかり記してある。
 記す必要があったからだ。
 この三人にはそれを伝えなくちゃならないから。
 この企画は――――三人あってこその企画だ。

「……マジ?」
「この企画は……」
「本気……ですか?」

 動揺する三人に、僕は大きく頷いてみせた。
 イカから得たインスピレーションを元に考えた案。
 上手くいけば、共命町の活性化にも繋がるビッグな企画だ。

 時は夏休み。
 だからこそ可能な企画がある。
 だからこそ有効な企画がある。
 そしてそれは、ゆるキャラを全面に押し出そうとしている共命町の
 観光プランとも連携が可能だ。

「この夏……僕達は伝説になる」

 僕は絶対的な自信があるかのような口振りで、そう宣言した。







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