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  8月1日(火) 14:04
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 彩莉が行方不明になった――――その事実に動揺する一方で、
 僕は心の何処かで『見つけるのは簡単だ』という甘い考えを持っていた。

 だから、彩莉の部屋で彩莉の携帯を発見した時も、まだそれほど大きな
 不安を抱かずにいた。
 何故かというと、切り札があったからだ。

「……サーチ・テレポートの検索で彩莉ちゃんを?」
「行き先を入力するのなら、人物名だってアリだよね?」

 そう。
 城崎のサーチ・テレポートの検索機能で『芦原彩莉』と入力すれば、
 彩莉の居場所にテレポートする、という説だ。
 城崎曰く、試した事はないとの事だけど、多分上手く行くって自信はあった。

「それじゃ、やってみるけど……もし同級生のボーイフレンドとこっそり
 デートしてたらどうすんのよ。空気読めない知り合いみたいになるけど」
「その時はそのボーイフレンドを僕の所まで連れてくるように」
「目が怖いってば! 冗談よ、彩莉ちゃんに限って、お仕事投げ出して
 そんな真似しないでしょーよ」

 うむ、その通りだ。
 城崎も中々彩莉の事をわかってきたじゃないか。

「ここから遠く離れた場所じゃないとは思うけど……もし帰ってくるのに
 時間がかかるような場所だったら、携帯でそれを伝えてくれ。母に接客業させるから。
 何にしても彩莉を見つけたら連絡をくれ」
「了解。それじゃ、芦原彩莉……と」

 城崎は手慣れた操作でテレポート用の端末に彩莉の名前を入力した。
 すると――――その身体が一瞬にして消えてなくなる。
 どうやら成功したみたいだ。

 ……今となっては見慣れた光景だけど、非常識だよなあ。
 そんな事を思いながら、城崎からの連絡を待つ。
 待つ。
 待つ。
 待つ。
 待つ――――

「……遅いな」

 10分待っても電話がない。
 仕方ないから、こっちからかけてみる事にした。

 すると――――

『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません』

 ……何だ、おい。
 どうなってるんだ?

 幾らなんでも、電源を切っちゃってましたテヘ、なんてオチはあり得ない。
 仮にそんなボケかましてたとしても、彩莉を発見したらこっちに連絡をくれる筈だ。
 なのに、電話が来ない。

 メールはどうだろう?
 向こうから送って来た形跡はない。
 なら、こっちから送ってみよう。

『メッセージの送信に失敗しました』

 ……ダメだ、何回やっても送れない。

 心臓が少しずつ、暴れ出す。
 僕は次第に、現状が闇に包まれてる事を自覚し始めた。
 これは異常事態だと。

 昨日の夜まで、確かに彩莉はここにいたんだ。
 いつものように日中は掃除を手伝ってくれて、
 当たり前のように一緒に遅い夕食を食べて。
 
 どうしてこんな事になったんだ……?

 ダメだ、頭が全然働かない。
 相談できる相手が欲しい。
 こういう時、相談できるのは――――

「鳴子さん!」

 自室で経理の仕事をしている鳴子さんしかいない。
 湯布院さんは副作用で日中の殆どを寝て過ごしているし。

 ちなみに、彼女達ジェネド三人はずっと同じ部屋に寝泊まりしていたけど、
 先週からそれぞれ別室で生活するようになった。

 何しろ湯布院さんが一日の殆どを寝て過ごすから、他の二人、特に
 自室で仕事や執筆をする事の多い鳴子さんに気を使わせたくないという
 彼女の懇願で、倉庫や使ってない書庫を掃除して個室を作った格好だ。

 なので、かつて共同部屋だったここは現在、鳴子さん一人の部屋になっている。 

「……どうしました?」

 僕の様子で、ただ事じゃないのを瞬時に悟ったのか、鳴子さんは
 険しい顔でそう問いかけて来た。
 まあ、この子は大体こんな表情なんだけど。

「実は――――」

 僕は焦燥感をどうにか抑えながら、経緯を話す。

「……生憎、私や文奈も携帯の位置がわかるようなサービスは利用していません」

 鳴子さんの表情が次第に険しくなっていく。
 それに比例し、僕の中の不安も肥大化していった。

「まず、最悪のケースを想定しましょう」
「う、うん」
「彩莉さんは、何者かに拉致された可能性があります。その誘拐現場に水歌が
 テレポートしてしまった結果、あの子も束縛、監禁された。その場合は
 誘拐犯から連絡があるかもしれません」

 誘……拐?

「当然想定すべき事だと思いますけど……」

 鳴子さんは眉尻を上げ、意外そうにそう呟く。
 確かにそうだ。
 彩莉くらいの年代の子供がいなくなったら、真っ先にそれを心配するのが普通だ。

 でも、僕は今、明らかに平常心じゃない。
 完全に判断力とか洞察力とか、そういう力を失ってしまっているらしい。

「……彩莉さんの事になると、普段の有馬さんではなくなるみたいですね」
「そうかもしれない。今の僕はポンコツだ」

 よくよく冷静になってみれば、城崎をあんな安易に行かせるんじゃなかった。
 こっちで居場所が特定出来るようなシステムを搭載した携帯を持たせれば、
 万が一の事があっても居場所はわかったかもしれないのに……!

「生憎、水歌が持っている携帯はGPS機能非搭載です。居場所の特定は困難ですね」

 僕の考えている事が顔に出ていたのか、鳴子さんはしかめっ面でそう呟く。
 参った。
 彩莉がいなくなるだけで、僕はここまで能なしになってしまうのか。

「とはいえ、手立てがない訳じゃありません。文奈の能力を活かせば、或いは」
「湯布院さんの……そうか、サイコメトリング!」

 20時間以内のあらゆる物質、生物の情報を読み取れるという能力。
 この【CSPA】内のあらゆる物の視覚情報を読み取って貰えば、何処かに
 彩莉がいなくなった際の情景が残っているかもしれない。

 でも、湯布院さんが目覚めるのは多分夜だ。
 一日4時間しか稼働出来ない人だからな……

「文奈が目覚めるまで待つしかないでしょう。残念ですが、私の能力では
 お役に立てそうにありませんし……」
「いや、こうやって案を出してくれるだけでかなり助かるよ。
 今の僕、完全に役立たずだし」

 自分自身、ちょっと驚いている。
 別に冷めた人間だと自分を思っていた訳じゃないけど、有事に際しても
 それなりに冷静でいられると思っていた。
 実際、鳴子さん達ジェネドが現れた時ですら、驚きはしたけど
 取り乱す事もなかったし。

「彩莉さんの事が本当に大事なんですね」

 鳴子さんが微かに穏やかな顔で、そう語りかけてくる。

 彼女達にとっても、彩莉は特別な存在だ。
 彩莉が彼女達の異能力を消す力を持っているかもしれないから。

 でも、僕にとってはそんな事は関係ない。
 あの子の笑顔を守りたい。
 こんなクソありふれた陳腐な言葉を何の躊躇もなく言える、
 僕にとって彩莉はそんな存在だ。

 ふと、そこで気付く。
 自分が身勝手な事に。

「あ……ご、ゴメン。城崎を巻き込んじゃったのに、彩莉の事ばっかり」
「そうですね。少しだけでいいので、あの子の事も心配してあげて下さい。
 そうすれば、いつもの有馬さんに戻るんじゃないでしょうか」

 ……確かに、彩莉の事ばっか心配してたら視野が狭くなる一方だ。
 勿論心配事は尽きないけど、僕がここで彩莉の身をどれだけ案じようと
 事態は好転しない。
 冷静に、冷静にならないと。

「こういう時は、深呼吸をしても余り効果はありません。
 一度リフレッシュさせましょう」
「え?」

 突然、鳴子さんが僕に向かって人差し指を突き出す。
 ま、まさか――――

「タイム・レーザー、射出」

 光の点が、僕の視界内で広がって行き――――

「……あれ?」
「フリーズ時間は10秒です。頭、冷えましたか?」

 気付けば、さっきと何ら変わらない光景。
 どうやら殺傷力のあるレーザーじゃなかったらしい。

 タイム・レーザーは鳴子さん本人の時間をコストにする代わりに、
 色んなレーザーが撃てる。
 今のレーザーは、僕を一定時間フリーズさせるタイプのレーザーだったらしい。

「多分。重ね重ねゴメン、色々気を使わせて」
「いえ。私も以前弱味を見せた事がありましたから、おあいこです」

 多分小説の事を言ってるんだろう、鳴子さんは笑みこそ見せなかったけど、
 少し顔を綻ばせてそう話してくれた。

 ……よし!
 取り乱してばかりいないで、今はやれる事をやろう。

 湯布院さんはまだ寝てるし、強引に起こす事も出来ない。
 なら、彼女抜きでやれる事を考えないとな。
 別に異能力に頼らなくても、行方不明者を捜す為の手段は幾つかある。

「僕はこれからお客様に聞き込みをしてくる。鳴子さん、悪いけど
 スタッフに彩莉を見なかったか聞いてくれないかな。仕事の埋め合わせは
 後で僕がするから」
「調子が出て来ましたね」
「おかげさまで」

 それだけを返し、僕は鳴子さんの部屋から外へ出た。
 同時に、両頬を張る。
 もう目は覚めてるけど、自分への喝も兼ねてだ。

 城崎からの連絡は途絶えたまま。
 何か悪い事が起きているのは間違いない。
 僕も腹を括ろう。

 彩莉、そして城崎……どうか無事でいてくれ――――

 

 

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  8月1日(火) 16:21
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「取り敢えず、お客様への聞き込みは終わったけど……」
「その顔は、収穫なしだったみたいですね」

 2時間ほど掛けて、今【CSPA】にいるお客様および、今日来店した
 お客様の中で連絡先のわかる方(会員カードを作っている方々)に
 聞き込みをしてみたけど、彩莉を見かけたという人はいなかった。

 こういう聞き込みは嫌がられるのが常なんだけど、常連さんの殆どは
 彩莉の事を知っていて、寧ろ親身になって心配してくれる人も多かったのは
 ありがたかった。

 けど、鳴子さんの言うように収穫はなし。
 少なくとも、店の中で誰かに連れ去られたって事はなさそうだ。

「鳴子さんの方はどうだった?」
「有馬さんのお父様、お母様に話を聞いてみましたけど、お二人とも
 今日は一度も彩莉さんを見かけてはいなかったようです」
「一度も……?」

 僕は朝から事務室に入り浸りだったから、彩莉の姿は見ていない。
 でも、両親まで見てないとなると、不自然だ。
 幾ら【CSPA】が忙しいとはいっても、彩莉への昼食くらい用意してる訳だし……

「お母様が言うには、彩莉さんの今日の昼食は作り置きのサンドイッチだったそうです。
 でも、それには手が付けられていませんでした」
「……って事は、お昼前にはもう彩莉はいなかった?」
「その可能性が高いです。念の為に防犯ビデオもチェックしましたが、
 今日の映像内に彩莉さんは一切映っていません」

 となると、昼食時に外に出て、そこで誘拐された――――そういう最悪のシナリオは
 成り立たない。
 でも、それで誘拐の線が消えた訳でもない。
 要するに、進展なし、だ。

 どうする?
 これから湯布院さんが目覚めるまで、他にやれる事はないか?

 ……いや、一つある。
 これは行方不明事件だ。
 となると、警察を頼るのが筋なんだろうけど、まだ一日も経ってない段階で
 警察が親身になって動いてくれる可能性はそれほど高くないだろう。

 でも、この街には警察以外にも頼れる人がいる。
 こういう事件の時に頼れる存在――――そう、探偵だ。

「……はざま探偵事務所に依頼してみようかな」

 僕がポツリとそう漏らすと、鳴子さんは怪訝そうに眉をひそめた。

「探偵……ですか? それなら警察を頼った方がいいのでは?
 まさか、私達の素性を気にかけて……」
「いや、違うよ。この段階では警察より探偵の方が本腰入れて動いてくれる気がするんだ」
「……確かに、今の段階で警察に多くを求める訳にはいかないかもしれません。
 友達の家に遊びにいっているだけじゃないか、とでも言われるでしょうね」

 勿論、探偵だって同じ見解を示すかも知れない。
 そこは賭けだ。
 そして僕は、街の探偵さんを信じる。
 彼なら、この段階でも動いてくれると。

 とはいえ……ジェネドや異能力の事は伏せておくべきだろうか。
 でもそうなると、城崎の行方不明は説明が困難だ。

「鳴子さん。探偵さんに依頼する場合、君達の能力を話すかもしれない。大丈夫かな」
「そうですね……有馬さんにお任せします。それが必要だと判断したら、話して下さい。
 水歌の安否が掛かっている以上、秘密主義でいる訳にもいきません」

 幸い、鳴子さんからの許可は得た。
 湯布院さんは……事後承諾しかないだろうな、この場合。

「とにかく、打つべき手は打っておきたい。街の探偵さんに助力を仰ごう。
 それで、胡桃沢さんに紹介して貰おうと思うんだけど、彼女は今何処にいるかな」

 胡桃沢さんもスタッフだし、鳴子さんが話を聞いているに違いないと思った俺は
 ごく自然にその居場所を尋ねてみた。
 だけど――――

「……すいません。彼女には話を聞けなかったんです」
「え?」
【CSPA】中を探してみましたし、電話もしてみたんですが……何処にも」

 行方不明者、一名追加。
 いよいよ混沌としてきた事態に終止符を打つべく――――
 僕は街の探偵さんに全てを託すべく、依頼の電話をかけた。










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