アミューズメント施設としては平均的な……と言えるほど他の街のゲーセンを知ってる訳じゃないけど、特に大きくも小さくもない、それなりの規模の遊技場だ。
「うん、そうだね。早速入ろうか」
「もしかして、常連? 脱衣麻雀ってした事ある?」
「どっちもNO。僕は基本、うるさい場所は苦手」
自分で大きな声を出すのも好まない。生まれた直後は泣いたり喚いたりもしたんだろうけど、物心がついてからは叫んだり怒鳴ったりした記憶は一切ない。
きっと、周囲に恵まれたんだろう。怒気を向けるような相手もいなかった。
「それはこの場所に長く居たくないって意思表示? 遠回しにそれを伝えてる?」
「……そう察したのなら、聞き返すより行動で示した方がポイント高いよ」
「難しいのね、気を使うって」
ブツブツ言いながら、隼瀬さんは一足先にゲーセンへ入っていった。
僕も足早に後を追う。本来は明るめな筈の店内は、サングラス越しのため異様に暗い。
っていうか、僕はこの時点でようやくサングラスにマスクで店内に入るのは危険だと気付いた。店員から密着マークを受けるのは目に見えてる。
「こっち! 早く!」
僕とは対照的に、隼瀬さんは全く気にする素振りもなく、変装したまま大声で僕を呼んでいる。プリクラコーナーを発見してテンションが上がっているみたいだ。
店員の目が痛い……とはいえ、勝手に変装を解いたら隼瀬さんに罵倒されそうだ。
「……」
よくよく考えたら、別に罵倒されても問題ないんでさっさとグラサンをとった。
「ホラホラ、こっちこっち。なんかいっぱいあるけど、どれがいいの?」
向こうは向こうで、すっかりプリクラに夢中らしく僕の行動なんて気にも止めていない様子。
無邪気といえば無邪気だけど、強制された身としてはなんか釈然としない。とはいえ、これを彼女の内面がどうこうと指摘するのも変な話だし、僕の中だけで消化するとしよう。
「僕に聞かれても困るけど……全然知らないし」
そう答えつつ、あらためてプリクラコーナーを眺めてみる。モデルだか芸能人だかの顔がデカデカと筐体のカーテンにプリントされていて、何故かいかがわしい雰囲気を醸し出している。いや、一切いやらしい要素はないんだけど……何故だろう。
「こういう写真みたいな顔の表情もわからないの?」
「うん。大きさは違うけど、実際の人の顔と同じ」
「そっか。ありがと」
またさり気なく礼を言われた。多分、彼女なりに僕との距離感を測っているんだろう。
「あと四分か……もうどれでもいいよね? これにしましょ。時間もないし」
やたら制限時間にこだわる隼瀬さんは、一番手前の筐体へ入っていく。特に難癖付ける理由もないんで、僕も素直に続いた。
「……狭いね」
いや、そういうモノだとは思ってたけれども、実際に入ってみると思った以上に狭い。なんか巨大な白くて丸い照明器具の所為で余計に圧迫感がある。そんな中で女子と二人……同じ二人きりでも廃ビルの時とは訳が違う。僕は思わず緊張してしまった。
「そう? 私はもっと狭いと思ってたけど。これなら十人くらい入れそう」
「確かに、そんな大勢で撮ってる印象はないけど……」
とにかく、隼瀬さんとの距離がやたら近いのは気になる。こんな経験は初めてだ。
どうやら僕にも、人並みに女子を意識する機能はしっかり備わっていたらしい。これはちょっと嬉しい。僕が普通である証だから。
「で、どうやって撮るの?」
「……操作方法知らないの?」
「触った事ないもの。なんか画面がここにあるけど、女の人が寝てるだけで何も説明とか書いてないし」
恐らく撮影する時に使うであろうその画面には、確かに何の説明もなく、機種名と思われる英語とモデルらしき女性の姿が映っているだけ。不親切な。
「スマホで調べてみる?」
いつの間にかサングラスとマスクを外していた隼瀬さんは、中々シュールな事を言ってきた。幾らなんでも、プリクラの筐体の中でスマホを使って操作方法を調べる人はそういないだろう。
『コインを入れてね』
「わ! プリクラが喋った!」
「へぇ、自動音声なんだ」
どうやら音声でナビしてくれるらしい。多分常識なんだろうけど、僕も隼瀬さんも全く知らなかった。
『コイン入れてね』
「なんか……微妙に上から目線じゃない? 『コインを入れて下さい』の方がよくない? あ、こういう指摘するのは性格に難アリって言われる?」
「多分言われる」
「んぐ……じゃ、今のはナシ。これくらいフレンドリーなのがいいのよね、きっと」
どうも彼女は、内面の健全性をマジョリティな方向に求めているきらいがある。
この事は明日にでも伝えておこう。今言うとちょっと空気読めてない感じになりそうだし。
「とにかく、お金を入れてみるよ。幾らだろう」
「そこの投入口に四〇〇円って書いてるけど」
幸い、財布の中には五〇〇円玉が一枚あった。
「入れてみたけど、どう?」
「あ。画面が切り替わった。あ、なんか言ってる! なんか言ってる!」
急に隼瀬さんのテンションが再浮上。僕もそれにつられてか、ちょっと楽しくなってきた。
『好きなコースを選んでね』
音声での説明が始まり、画面に女性の写真が二つ並ぶ。
……髪型が違うけど、全く違う女性なのか同じ女性なのかは不明。何が違うんだ?
「……何が違うの?」
隼瀬さんもわかってない様子。初っ端から思いっきり詰まってしまった。
「ま、どっちでもいっか。こういう時って左よね」
よくわからない基準で、隼瀬さんが左をセレクト。
『撮影が始まるよ』
「早っ! え、もう? 更科、どうしよう! 撮影するって!」
「落ち着きなよ……撮って貰えばいいじゃない」
「一人で撮ってどうするのよ! ホラ、早く隣!」
ムリヤリ引っ張られ、僕は隼瀬さんの隣に並ばされる。床に足を置く場所が記されているから、それに従い――――
「撮影するよ。三、二……」
「え、もう三? こういうのって十とかから始――――」
「一」
カシャッ、というおなじみのシャッター音が筐体内に響き、撮影は終わった。
『こんなふうに撮れたよ』
「……」
画面に映し出された隼瀬さんがどんな表情なのか、僕にはわからない。ただ、隣の彼女は明らかに落胆していた。
「何、この魚の煮付けみたいな目……お金損したじゃない」
なお、彼女は一円たりとも出していない。あとで半分くれるつもりならいいけど……
『三、二……』
「え? 一枚じゃないの? ちょっと、まだ心の準備が――――」
結論を言うと、撮影は六回も行われた。そしてその中からベストショットを選ぶという方式だった。
「ったく……最初からそう説明すればいいのに……」
隼瀬さんは不満そうだったけど、僕としては四〇〇円が無駄にならずラッキー。
そこからは、画面と音声に従って背景やら明るさやらの設定。これも何気に初心者泣かせというか、最初はわかりにくかったけど、二人で試行錯誤しながらどうにか切り抜ける。
そしてプリクラ名物の目の大きさの設定へと辿り着いた。
「更科、目の大きさ変えても顔の違いはわからない?」
「どうだろう……試した事ないからなあ」
元々の自分の顔すら把握してないから、目が大きいからといって違いがわかるとは思えない。ただ、明らかに大き過ぎる目に設定した場合、そこに違和感を覚えるかどうか――――それは正直、見てみないとわからない。
「やってみる? 一番大きいの」
彼女の言葉に、僕は小さく頷く。
その後、同じくプリクラ名物の落書きもどうにか無事終わり――――僕にとって、そして隼瀬さんにとっての初プリクラが印刷されて出て来た。
「気持ち悪! 何コレ!」
ミモフタもない感想を漏らしつつ、隼瀬さんはそのプリクラを僕にも見せてくる。
結果は――――
「……気持ち悪いね」
意外にも、素直にそう思えた。決して彼女の感想に引っ張られた訳じゃなく、生理的に嫌悪感を抱いた。
それは、僕の中に『人間の顔の基準』が確かに存在する証。そしてそれは、かつて僕が人間の顔を『見えていた』証でもある。
こんなとある日に、僕は今まで知らなかった自分の体質に関する新情報、それも重要な情報を知る事が出来た。
「やっぱり、幾ら私でもこれだけ目を大きくすると不気味なのね」
向こうは向こうで、そんな検証をしていたらしい。つまり、彼女の美しい顔はあくまでもバランスで成り立っている――――と。
「あ、今三〇分経過。それじゃ今日はここまでね。現地解散でいいでしょ?」
「うん。明日の放課後、頼むね」
「了解。それじゃ、コレ」
隼瀬さんは一〇〇円玉を四枚、僕に手渡してきた。
「誘ったのは私だから」
そう言い残し、サングラスとマスクをして先に筐体を出て行く。
きっと、アレコレ言うより行動で示した方がいいという僕の意見に従ってカッコつけたんだろうけど、肝心のプリクラは全部彼女が持って帰ったから、特に僕が得した訳でもない。
とはいえ、素直な部分も持ち合わせているのは、この一日でよくわかった。
それ以外にも、たったの三〇分で彼女の色んな面を見られた気がする。
そして、僕自身についてもそうだ。目を不自然に大きくした写真に拒否反応を示した件は勿論、他にも『自分の知らない自分』を今日だけで幾つも発見した。
デート……恐るべし。
最終的にそんな教訓っぽい感想で締め、僕はそのままの顔で家路についた。
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