「――――うわっ!」
窒息したかのような感覚に襲われ、俺は声をあげながら上体を起こした。
慌てて周囲を見渡すと、そこがハイドランジアの一室だと直ぐにわかる。
ってうか、俺の部屋だ。
薄暗い自室を、樹脂ランプの灯りが照らしている。
……何で俺、自分の部屋のベッドの上にいるんだ?
「あ、気がつきましたか?」
突然、自分の部屋で自分以外の声を聞く恐怖は中々のもの。
反射的に身体を大きく振動させ、緩慢な動作で声のした方を向くと――――
「……リエルさん?」
意外な人物が、椅子に腰かけ俺の顔をじっと眺めていた。
「気を失う前の記憶はありますか?」
「えっと……ああ、そっか。気絶したのか、俺」
何を隠そう、初体験だ。
ブラックアウトなんて、創作物ではごまんと見たシーンだけど、自分で経験してみると想像以上に意識がフワフワして不気味な感じだった。
今も寝起きほどボーッとはしていなくて、割と頭がスッキリしている。
「取り敢えず、記憶はあります。その……俺をここまで運んでくれたのは……?」
「僭越ながら。ジャン殿は負荷をかけられない身体との事でしたので」
「う……す、すいません」
まさか騎士の人に担いで貰うとは。
恥ずかしいけど、ちょっと得した気分だ。
「その事はいいんです。騎士としての務めですから。それより問題は、再三に亘って私の警告を無視した件です」
げっ、やっぱり説教か。
でもまあ、仕方がない。
元いた世界で言えば、編集長やプロデューサーが直々に出した修正の指示を完全無視したようなものだしな。
「口やかましく言う気はありませんが、貴方の行動は無謀過ぎます。小さいお子さんを見かけたのなら、私に知らせて下さればよかったんです。武装していない、訓練も受けていない民間人が亜獣と対峙するなんて……」
「いや、そうは言っても傭兵や騎士だって亜獣との戦いは経験が浅いって、ジャンが」
「そういう問題じゃありません!」
一喝されてしまった。
反論しようにも、なんか力が入らない。
「今後は、ああいった軽率な行動は慎んで下さい! いいですね?」
「は、はい」
「声が小さい!」
「はいっ!」
ぐ、軍隊かよ……いや、実際その畑の人だったか。
実際、命を落としてもおかしくなかった訳だし、全面的に俺が悪い。
猛省しよう。
「……ふふっ」
シュンとした俺に、リエルさんが急に微笑み出す。
「立場上、少しキツい事を言いましたけど、私個人の意見としては、貴方の勇気ある行動に拍手を送りたいところです。貴方が出て行かなければ、レナちゃんがどうなっていたかわかりませんから」
「あ、いや、そんな……勇気なんて言って貰うほどの事じゃ」
これは決して謙遜じゃない。
勿論、レナちゃんを助けたい気持ちはあったけど、それ以上に自分自身の為、ってのが大きかったからな。
「絵描きさんってもっと内向的な印象がありましたけど、ユーリ先生は大胆というか、勇敢な方なんですね。驚きました」
ニコニコ微笑むリエルさんに、俺は罪悪感のような感情を抱いていた。
余りにも、実際の俺とかけ離れた批評だったからかもしれない。
ただでさえ俺は、このリコリス・ラジアータで罪悪感ばかり育てている。
経歴を偽っている事。
ギルドの手伝いとは言っても、殆ど仕事もないのにずっとここに置いて貰っていた事。
そして――――元いた世界では平凡な絵柄に過ぎなかったイラストを、さも自分のオリジナリティであるかのように誇示している事。
きっと、限界容量を超えてしまったんだろう。
「勇敢なんて……俺は、そんなんじゃないんですよ。さっき貴女が仰ってた絵描きへの印象通り、内向的で、根暗で、ダメなヤツなんです」
俺は、ずっと自分の中で嫌がっていた自分語りを、出会って間もないリエルさんに対して始めていた。
「俺、この国に来る一年前までは別の……国に住んでたんです。そこで俺は売れない絵描きで、かといって努力もしない、勉強もしない、働きもしない、生産的な行動を何一つとしてしない。本当に情けない、カッコ悪い人生を送ってたんです」
「……」
「この国へ来たのは自分の意思じゃなく、偶然でした。でも、それは俺にとってチャンスだったんです。ダメな自分、落ちぶれた絵描きとしての自分を一旦リセットして、生き返らせるチャンス。沢山の人に自分の絵を褒めて貰いたいと、そう願ってこの一年を過ごしてきたんです」
一生懸命努力して絵を描けるようになった。
夢へ向かって必死に頑張って、そして掴んだ。
だから大いに報われたい。
……そんな健全な思いじゃなかった。
マンガ家への夢を諦めて、妥協して、そして偶々いい話を貰って、運良くイラストレーターになれた。
だけど、それなりに報われたい。
沢山いるイラストレーターの中の上に入りたい。
自分がトップをとれる絵師じゃないのは知ってるから、なんとか第二集団の後方くらいで、のらりくらりやっていける――――そんなポジションで楽に生きていきたい。
……こんな浅はかな人生設計だった。
「チャンスを掴んだじゃないですか。貴方の絵、評判ですよ? これからもっと沢山の人が貴方を褒め称えると思います」
「あ、ありがとうございます。でも、それだけじゃダメなんです」
他人の評価はとても大事だ。
プロのイラストレーターはそれが全てと言ってもいい。
でも、人間としては?
ジャンは、俺の絵心を武器と言った。
なら、それを扱う人間がしっかり戦わないと、幾ら武器が使えても何にもならないじゃないか。
「リエルさん。騎士って、逃げる事が許されていますか?」
「え? そうですね……敵に背中を見せるのは恥という教えはありますね」
「やっぱり」
騎士にはそういうイメージがある。
俺には到底無理な世界だ。
「俺は、逃げるのはアリだと思ってるんです。でも、逃げっぱなしはよくない。逃げたら逃げたで、いつか逆襲をする。カッコ悪い自分に報復する。それって、勇敢でも何でもないんですよね。自分の為なんだから」
「それは……」
「自分への報復の為にカッコ付けて、それが出来る自分でいたくて、それで貴女の忠告を無視してしまいました。本当にすいません」
心からの謝罪。
そして言いたい事を全部言わせて貰った事への感謝。
面倒臭いヤツと思われたのは間違いないな。
でも、本物の勇敢さを持つ騎士にこそ聞いて欲しかった。
ジャンでもなく、他の誰でもなく、彼女に。
《絵ギルド》が売れて、少し足元が覚束なくなっていた俺の本来の姿をしっかりと映し出して貰えるように。
「……少し、驚きました」
頭を上げた俺に、リエルさんはやや目を見開き、そう口にする。
「まさか出会って間もない私に、そこまで心の内を明かすなんて。私、もしかして結構期待されちゃってますか? 上手に励ましてくれるとか」
「いやいやいやいや滅相もない! ただその……あー……ダメだ、なんかいい言い訳がちっとも浮かばない」
妙にスッキリとはしてるけど、まだ寝起き。
自分語りならともかく、受け答えはまだしっかり出来ないみたいだ。
「ふふっ。ユーリ先生は個性的な方ですね。そして、熱いものを奥に秘めているみたい。絵から受ける印象そのままで、なんか安心しました」
「そんな事は……って、リエルさん、俺の絵見たんですか?」
「ルカから送って貰ったんです。私が好きそうな絵を描く画家がいらっしゃるって」
……そういや、もし売れなかったら知り合いに買い取って貰うとか言ってたけど、その知り合いってのがリエルさんだったのか。
騎士って金持ちそうだし、間違いないだろう。
「正直、驚きました。私の想像を超えた絵でしたから。ユーリ先生の絵は他の誰とも違う、独特の味があって……確かに私好みでした」
好み、とな。
この世界に来て初めて言われた言葉かもしれない。
実は『この絵、綺麗です』とか『スゴい』とか『上手』とか褒められるより、好みと言われる方が嬉しかったりする。
経験上、そう言ってくれる人は大体、ちゃんと見てくれてる人だから。
「ところで、ユーリ先生。ご自分がどれくらい寝ていらっしゃったかわかります?」
「え? あー……五時間くらいですか? 夜みたいだし」
ちなみにリコリス・ラジアータの時間の流れは元いた世界と同じらしい。
一日は二十四時間で全く同じ、一年は三五〇日でほぼ同じ。
ただし月や季節の概念はなく、西暦に近い『世界暦』ってのが今一八七六年で、世界暦一八七六年六五日とか二四〇日とか、そういう言い方で日付を表している。
「いえ。時間で言うなら、ちょうど六〇時間です」
……はい?
「そ、それって……二日半寝てたって事? 俺が?」
「はい。それはもうぐっすりと」
う、嘘だろ?
幾ら気絶したって言っても、そんなに目覚めないものなのか?
っていうか、なんで俺が"ぐっすり"寝てたのをこの人が知ってるんだ……?
「その二日半で、色々進展があったんです。私の務めは貴方にそれを伝える為だったんですけど、その、いつの間にか……」
「す、すいません。みっともない自分語り始めちゃって」
「とんでもないです。お陰で、ユーリ先生の事を思いの外知る事が出来ましたので、私には有意義でした」
騎士の人にそこまで言って貰うのは光栄だけど、それよりこの二日半で何があったのかが気になって仕方がない。
そんな俺の様子を察してか、リエルさんは直ぐさま"空白の二日半"を補完してくれた。
まずは何といっても、あのフクロウ亜獣。
幸いにも、俺の憶測は当たっていたらしい。
亜獣は自分の子供をエミリオちゃんから受け取ると、まるで笑っているかのように目を細め、我が子に何度も頬ずりし、背中に乗せて飛び立っていった。
子供といっても大型犬くらいの大きさではあるんだけど。
亜獣騒動はそれにて終幕。
ところが、問題はここからだった。
なんといっても一番の話題は『エミリオちゃんが騒動に決着を付けた』点。
騎士のリエルさんがエミリオちゃんを称える姿が多くの市民に目撃され、彼女は一躍、時の人となったそうだ。
今も何処ぞの貴族に招待され、食事会の主役となっているらしい。
同時に別の意味で問題となっているのが、傭兵ギルドの体たらく。
亜獣相手にまるで有効な対処が出来ず、唯一の功績はというと、亜獣を屋根に足止めしたり牽制したりする事で被害を最小限に食い止めた、何者かによる遠距離射撃だった。
ただ、それが傭兵ギルドの傭兵による仕業じゃないと、俺は知っていた。
亜獣の目を、俺とレナちゃんからエミリオちゃんと亜獣の子供に向けさせた銃撃。
あれは間違いなく――――ジャンの仕業だ。
あいつが名乗り出る筈もないから、公式発表では傭兵ギルドによる牽制となっているらしいけど。
とはいえ、牽制は牽制。
それが精一杯という結果に終わった傭兵ギルド〈ナルシサス〉の評価は、この一連の騒動によって少し傾いた。
当然、面白くないのがリチャード。
今後、総合ギルドを推進する際に亜獣対策の遅れが指摘されるのは間違いなく、それを回避する為か当初リチャードは俺の行動に目を付け、『ハイドランジアの人間が邪魔をしたから対応が難しくなった』とイチャモンを付けようとしていたらしい。
だが、その目論見も失敗に終わった。
なんといっても、こっちには騎士のリエルさんがいる。
彼女がリチャードの主張を完全否定した為、どうにか事なきを得た。
リエルさんが言うには、リチャードのフザけた主張にいち早く反論したのはパオロ=シュナーベルだったそうだ。
返り討ちに遭うのがミエミエだったってのもあるけど、他に理由があったのかもしれない。
例えば、ハイドランジアとジャンを守る為……とか。
もしそうなら、意外と悪人じゃないのかも。
レナちゃんはその後、無事幼妻に引き取られ、隣町へ帰っていった。
俺が気絶してた為、サインは後で郵送する事にした。
『あのね〜、レナもエミリオたんみたいにお絵かきされたいの〜』
帰り際、レナちゃんはそんな事を言っていたらしい。
あの子が絵のモデルになってくれるのなら、当然大歓迎だ。
サインと共に、約束するという旨の手紙を送っておこう。
そして――――ハイドランジアの運営に関しても変化があった。
今回、エミリオちゃんの功績が称えられた事で、実質彼女が主役の《絵ギルド》に興味を持つ人が増え、街内でもバカ売れ。
ブームに乗り遅れまいとする若者を中心に、ここ二日で凄まじい数の注文を受けたそうな。
そういった反応を受け、《絵ギルド》の販売委託業務を請け負いたいという業者が既に三件、問い合わせをしてきたらしい。
ジャンはその交渉の為に動き回っているという。
ハイドランジアの閉鎖自体が取り止めになった訳じゃないし、国の政策、街の方針にまだ変化はないけど、このまま《絵ギルド》が評判になっていけば、生き残れる道が見つかるかもしれない。
そんな強い希望の光が見えた。
「……と、おおよその説明は以上です」
「え? これで終わりですか?」
そう問う俺に、リエルさんは不思議そうに首を傾げる。
「重要な件は全てお話しましたよ?」
「いや……その」
怖々と、俺は目で訴えた。
貴女はどうしてここにいるのか、と。
幾ら俺の絵を好んでいてくれるとはいえ、仮にも騎士という偉い立場の人が、わざわざ潰れかけギルドのプライベートルームで俺が目覚めるのを待つ仕事を受けるなんて、不可解だ。
「もしかして、私ですか?」
「え、ええ」
「そうですね。隠しても仕方ないですし……実は私、暫くこのギルドで働く事になったんです」
……なんですと?
「元々、ナルシサスで視察がてら体験入隊という形でお仕事を手伝う予定だったんですけど、実は亜獣騒動の件でナルシサスに市民からの苦情が殺到したみたいで。そこに私がいると混乱を招くからと、お払い箱になったんですよ」
確かに、その状況で騎士がいたら彼女への非難は免れない。
そうなると、彼女を派遣した国にも責任が及ぶ。
ナルシサスにとっては絶対に避けなければならない事態だ。
「ですので、予定を繰り上げて、冒険者ギルド〈ハイドランジア〉が本当に閉鎖すべきギルドなのか、その調査をしながらお手伝いをする事に」
「……そ、そうなんですか?」
リエルさんは柔和な表情でコクリと頷く。
『私がルピナスへ来た理由は三つあるんですが』
確か、レストランでそんな事を言ってたっけ。
一つはナルシサスの視察。
一つはジャンの素行調査。
そしてもう一つがハイドランジアの調査って訳か?
いや……ジャンの素行調査とハイドランジアの調査は同義だ。
どっちもハイドランジアを存続させるべきか否かの判断材料を集める作業だしな。
だとしたら、あと一つは……従姉のルカと会う為とか?
「ユーリ先生、あの……」
不意に、リエルさんが畏まったように俯く。
な、なんだ?
ズボンのチャックが空いてるとか……そんな訳ないよな。
ってかファスナーなんてないし、この世界の服には。
「まだ意識を取り戻されたばかりの方に、こんな事をお願いするのは変だと思うんですが……」
「は、はい。なんでしょう」
「あの……」
口元に手を当て、微かに頬を赤くしたリエルさんが――――
「サインを頂けないでしょうか」
「……喜んで!」
ああ、こういうシチュエーションからのサイン要求、普通なら肩透かしなんだろうよ。
でも俺は嬉しいね!
一瞬、なんかイケない事でも起こるんじゃないかって展開になっただけでも嬉しいね!
赤面した女性を目の前にする機会なんて、実はそうそうない。
ハーレムものの主人公にでもなった気分だ。
「ありがとうございます! 実はルカから送って貰った《絵だけで描いてみた冒険者ギルドの報告書》持って来ているんで、それにお願い出来ますか? あ、でも購入もしていないのに厚かましいですよね……あの、正規の料金をお支払いします」
微妙にリエルさんのテンションが上がってるのも、素直に嬉しい。
「そんなの気にしないで下さい。《絵ギルド》、貸して貰えますか?」
「は、はい!」
ベッドからのそのそと立ち上がった俺は、リエルさんが自分の鞄から取り出した《絵ギルド》を受け取り、机の上に置いてあったペンを使って、最後のページにササッとサインを書いた。
久々な割にちゃんと書けたな。
……練習、しまくったもんなあ、プロになれるってわかった時に。
色んな有名人のサインを参考に、結局一番妥当な『ローマ字を読めるギリギリのラインまで崩した感じ』になったんだけど。
「ありがとうございます……はぁ……」
リエルさんは満面の笑みで吐息を漏らし、俺のサインを暫く眺めていた。
そういえば、まだレナちゃんのお母さんの幼妻にはサインしてないから、これがリコリス・ラジアータの絵描きユーリとしては最初のサインか。
元いた世界と同じサインだけど、またちょっと違った感動があるな。
「大事にしますね。それと、少しの間ですがお手伝いさせて頂きます。よろしくお願いします」
「あ、はい。こちらこそ……」
不意に差し出された手を、早速緊張しながら握る。
って、反射的に握っちゃったけど、握手の習慣、前の世界と同じでいいんだよな……?
「あの、顔が急に青くなりましたけど……やはりまだ体調が思わしくありませんか?」
幸い、リエルさんの反応は至って普通。
セクハラに該当する行為だったら、騎士への不埒って事で今ので死んでたかもしれない、俺。
死にかけて二日半寝て、起きて直ぐ死ぬとかイヤすぎる……
「いえ、随分長い事寝てたんだな、って今更ながらに」
「そうですね。勿論、一人の人間として貴方が無事でいてくれた事が喜ばしいですけど、一ファンとしてもホッとしました。あのままユーリ先生の目が覚めずに続編を読めなかったと思うとゾッとします」
「……続編?」
「これだけの反響ですから、望む声はもうあがってるみたいですよ。当然、私もその一人です。今から楽しみにしているんですよ?」
続編か。
当然考えてなかった訳じゃないけど、正直一作目に全神経を集中させてたから、構想は全くない。
描く事自体は何の抵抗もない。
でも、報告書があがらないと描けないのが《絵だけで描いてみた冒険者ギルドの報告書》。
問題は、その報告書の主役たる冒険者が三人も減ってしまった点だ。
幾らエミリオちゃんに人気があっても、一人でこなせる依頼の数は限られている。
まして、彼女は非力だ。
出来れば戦闘力のある冒険者を新しく招きたいところだけど――――
「……」
「ど、どうしました?」
俺はあらためて、リエルさんの全身をじっと見つめた。
この世界の傭兵や冒険者は金属製の鎧を装備しないらしいけど、騎士もそれは同じなのか、彼女の服装は軽装と言って良い部類。
だから身体のラインは比較的外からも把握しやすい。
「リエルさん」
「はい。何ですか?」
「……俺に力を貸してくれませんか? 共同作業なんですけど」
「え? きょ、共同作業……ですか?」
「そうです。運命共同体になって欲しいんです」
じっと目を見て、そう頼み込む。
俺のそんな申し出に、リエルさんは――――
「……からかってます?」
ジト目で小さく息を吐いた。
「いや、内向的な自分にサヨナラをしたくて、つい……」
「敢えて誤解を招くような言い方をしないで下さい!」
激しく怒られた。
なんだろう、この感覚。
人生観が劇的に変わろうとしているのかもしれない。
昔の俺だったら、女性相手にこんな冗談思いつきもしなかった。
いつの間にか、人間不信も女性への苦手意識も薄れている。
これも報復の成果……なのか?
「それじゃ、あらためて。《絵だけで描いてみた冒険者ギルドの報告書》の続編を描くにあたり、主役の一人として協力して欲しいんですが」
「……すいません。一応、騎士という立場なので」
フラれてしまった。
いや……今の俺は生まれ変わった俺。
一度の拒否では諦めない!
「女性騎士……それはイラストレーターにとって、必ず通る道」
「?」
「何故ならば、そこには男のロマンがあるから! 幼少期より親に厳しく指導され、女性としての魅力を封印しながら清く正しく美しい人生観を植え付けられる苦悩と、誇り高い精神性の作る外殻に守られた一種の脆さ、儚さ、健気さ! ああ、なんて魅力満載! 美しき哉女性騎士!」
「……」
「という訳で、男のロマンの為にどうか一肌脱いで下さい」
「ダメです」
またフラれてしまった。
ま……二度目のお願いは俺なりの外殻なんだけど。
どうせ嫌われるなら、男としてじゃなく変人として嫌われたい。
そんな保身が出てしまうあたり、やっぱりまだまだカッコ悪い。
それでも、絵を描き続けてれば――――このリコリス・ラジアータでイラストを描き続けていれば、きっと多少はマシになれる。
そう期待を込めてつつ、俺は机に向かった。
無性に何か、描きたい気分だ。
こういう時、いいキャラクターデザインが生まれたりする。
「あ、あの……もしかして、今から絵を? まだ起きて間もないのに」
「イラストレーターってのは、そういうものです」
時と場所は選ばない。
インスピレーションがドーパミンのように頭を駆け巡るその瞬間が――――
「描くのが好きですから」
――――最も絵になる一時だ。
a ruined illustrator's records of right requital in a
parallel universe
chapter 1
前へ 次へ