決まったのはいいけど――――

「……やっぱり無理だよなあ。無謀だよなあ。なんであの時止めてくれなったんだよルカ……」

 一ヶ月後には早くも挫折しかけていた。

 あれから、BL画家のフリーダさんら同人誌作家の方々の力を借り、販路の拡大を図ってはみたものの、《絵ギルド》の売り上げは先月比で微減。
 悪書という非難は殆ど聞こえなくなり、どうやらエロ同人の件で買い控えが起きてる訳じゃなさそうだけど、流通経路を広げても売り上げが落ちたのはショックだった。

 要するに、関東だけで売っていた物を関西や中部あたりにも売ってみたけど、全然売り上げが伸びなかった……って事だ。

 最初の一ヶ月でいきなり如実に結果が出るものじゃないのはわかってる。
 でも、それなりに宣伝はしたし、行商の人達にもかなりアピールして貰った上でのこの結果だったりするんで、落胆は免れない。

「あの、ちょっといいですか!?」

 行商人の少年、クレインが元気よく挙手してくる。
 ちなみに現在地はレストラン〈ペレグリナ〉。
 彼とルカ、エミリオちゃん、そしてフリーダさんを招いて反省会を実施中だ。

「どうぞ、クレイン君」

「はい! 実はプラティコドングランディフロイスで《絵ギルド》の即売会を開こうとしたんですが、何者かに妨害をされたんです!」

「……妨害?」

「そうなんです。強面の厳つい人達が『誰に断わってここで商売やってるんだ!』って。そんな事、どの街でも言われた事ないのに……」

 まさか、同人騒動の件でついに児童ポルノ排除を訴える団体が動いたか?
 いや、この世界にそんな団体があるかどうかは知らんけど。

 ちなみに、プラティコドングランディフロイスってのはハイドランジアの北にあるかなり大きな区域で、名前がかなり長いんで普通は『プラティコ』と呼ばれている。

「アチキのところには、エロ関連の創作物を取り締まる連中の情報は特に入ってないッス。その手の話は死活問題なんで、頻繁に確認してるッス!」

「そ、そうなんですか」

 もう少しその情熱をオリジナルな方向に向ければいいのにと思わなくはないけど、フリーダさんの情報網は信憑性が高そうなので、正しいと仮定することにしよう。
 となると、ポルノ関連での取り締まりじゃなさそうだ。
 なら一体誰が、何の目的で《絵ギルド》の妨害なんてしてるのか。

 考えられるのは――――

「リチャードの……仕業かもしれない……あの男ならやりかねない……」

 あいつか。
 ハイドランジアを吸収してジャンを総合ギルドに引き入れた際、ジャンの提示した条件を呑んで《絵ギルド》の権利をこっちに残したという経緯があるから、《絵ギルド》には興味がないものとばかり思ってたけど……

「敢えて希望を残しておいて……後にそれを断ち切るつもりだったのかも……劣悪……劣悪……」

「確かに、それくらいの事はしそうです。あの人、性格よくないですから」

 キリキリと歯軋りが聞こえて来そうなルカの発言に、隣のエミリオちゃんがウンウンと頷く。
 二人にとって、ジャンを虐めるリチャードは最大級の極悪人なんだろう。

 実際、可能性がないとは言えない。
 でも、俺の見解は二人とは少し違っていた。
 リチャードの性格を考えると、こんなチマチマした嫌がらせより、同人騒動の件で堂々と脅してきそうなんだよな……

「なんにしても、リチャードが犯人かどうかを確認しておいた方が――――」

「俺がナンだってぇ?」

 突如割り込んで来たその声に、俺は驚きではなく嫌悪感を真っ先に抱いた。
 振り向くまでもなく、その声の主は――――

「あ! 市長の息子さんだ!」

 クレインの屈託ない言葉の通り。
 俺と、目の前に座っていたルカが同時にイラッとした顔を作る、そんな奴の登場だ。

「"オレが犯人"とか言ってたなぁ、今。どうしたよ? 続きを聞かせろよ」

「……そうだな。訪ねる手間が省けたと思えば、これも幸運の出会いか」

 この野郎には、国王のサイン入り立ち退き状を偽造した疑いもある。
 問い質したところで真実を語るとも思えないけど、何かボロを出すかもしれないし、聞いてみる価値はありそうだ。

「お前、《絵ギルド》の販売を妨害した犯人じゃないのか?」

「ああ。オレの仕業だ。あんな誰でも簡単に真似出来るような芸術性のカケラもねー本、これ以上広めたくねぇからな。それがどうした?」

 ……ボロどころかアッサリとゲロりやがった。
 加えて"誰にでも真似出来る"ときたか。
 こりゃ確実に同人騒動の事も知ってるな。
 反論すればそれを持ち出して悪書呼ばわりするのは目に見えてる。

「な、なんてコト言うんですか! 《絵ギルド》は誰にも真似出来ませんよ! あんな独創性豊かな絵、他にありません!」

 ……そんな俺の懸念をわざと具現化させたかのような、クレイン少年の反論。
 でも、ちょっとスッキリ。

「ハッ、何が独創性豊かだ。あんなの古典派の絵の重厚さと比較したらガキの落書きだろ? 所詮、ジャンが気に入る程度の絵だ。あいつも、あの絵も、ウィステリアの恥なんだよ。だからオレぁ正しい事をしたんだ。違うか?」

「開き直るその態度……気に入らない……」

 ルカも三年目に浮気された女みたいな物言いで不快感を露わに。
 エミリオちゃんに到っては、獣みたいにうーうー唸っている。
 そんな殺伐とした空気の中――――

「あの……ちょっといいッスか?」

 一人蚊帳の外にいたフリーダさんが、緊張した面持ちでリチャードに話しかけた。
 マズいな……同人画家の彼女が反論すれば、格好の餌食だ。
 話を逸らさないと――――

「リチャード=ジョルジョーネさんッスよね?」

「そうだ。オレは市長の息……」

「やっぱり! 昔ハイドランジアでジャン=ファブリアーノさんとコンビを組んでいた、冒険者の人ッスね?」

 ……は?

「お二人が活躍する姿、遠巻きに見てたッス! お会い出来て光栄ッス! 感激ッス!」

 はああああああああああああああ!?

 リチャードが元冒険者?
 ジャンの元相棒?
 う、嘘だろ……?

「……」

 あ、ルカが難しい顔して俯いた。
 なんか知ってたっぽい。
 そして本当臭い!

「……止めろ。昔の事は言うんじゃねぇ」

「お二人のコンビネーションは完璧で、もう息ピッタリだって評判だったッス! もうお互いを信頼し合ってるというか、知り尽くしている域というか……でも、コンビ解消したんですよね? 一体どうして――――」 

「うううううううううううるせえええええええええええええ!」

 リチャード、顔面をクシャクシャにして咆哮!
 過去の事を穿られてキレた!

「あの野郎と信頼し合ってるだぁ!? 知り尽くしてるだぁ!? 気味の悪い事言ってんじゃねえぞコラ! そんなワケねぇだろ! あの裏切り野郎の事なんざ、オレが知り尽くしてるワケねぇんだよ! クソが! 気分悪ぃ! ああ気分悪ぃ!」

 一通り発狂し、リチャードはその勢いのままレストランを出て行った。

「こ、怖かったあ……」

 クレイン少年も周囲の客も、リチャードの余りの剣幕に引き気味。
 斯く言う俺もドン引きだ。

「ルカさん、ルカさん。今の話、本当なのでしょうか? わたし、信じられません。ジャン様があんなゴミとコンビなんて……」

「……ええ……言いたくなかったから言わなかったけど……」

 案の定、ルカはこの事を知っていたらしい。
 ……っていうかエミリオちゃん、しれっと強烈な毒吐いたな。
 何気に《絵ギルド》が非難された事にも怒ってるのかも。
 彼女、主人公的存在のモデルだし。

「あの男はかつてジャンの相棒だった……でもメキメキ頭角を現したジャンに付いていけず……実力の差が開きすぎて置いて行かれ……コンビは自然消滅……ひっそりと冒険者を辞めた……」

「え!? そ、そうだったんですか?」

 驚くフリーダさんとは対照的に、俺はなんとなく納得していた。
 あの取り乱しっぷり、そして逆ギレしながらの逃亡。
 リチャードの反応は、劣等感丸出しのそれだった。

「それから……四英雄の一人になったジャンを裏切り者呼ばわりして……父親の威光を笠に着るだけのクズに成り下がったの……」

 って事は、なんだ。
 あの野郎がジャンを事あるごとに罵ってたのは、ジャンだけが栄光を掴んだのを妬んでの事だったってのか?

「ひああ……さ、最悪です……」

「同感としか言いようがない」

 思わず冷や汗が滲み出るほどの無様さだ。
 イラストレーターの世界で例えるなら、以前イラストを担当させて貰ったラノベ作者が、別のイラストレーターと組んだ作品で大ヒットを飛ばして有名になったのを妬んで、本人に嫌味を言ったりツイッターで暴言を連投したりするようなもの。
 そんな話、流石に聞いた事ないぞ……

「だから……言いたくなかった……気持ちの悪い話だから……」

 ああ、思いっきり納得だ。
 フリーダさんもさぞ落胆した事だろう――――

「遠い存在になっていく元相棒への愛憎……萌えるッス!」

 あ、BL作家の燃料になってた。
 逞しいなあ……そのエネルギッシュな感じは見習わないと。
 感性はともかくとして。

 なんにせよ、この日は衝撃的事実の判明により反省会どころではなくなった。

 


 そして、翌日。

「サイン会を開こうと思ってる」

 あらためてランタナ印刷工房に昨日のメンツで集まったところで、俺は昨晩寝ずに考えた案を発表した。








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