美術大国と呼ばれるカメリア王国で、過去最大級のコンテスト〈カメリア国王杯〉が開催された。
 第一王女のメアリー姫によって提唱されたこの催し、表向きの目的はカメリア王国の芸術分野における活性化。
 しかしメアリー姫の目的は別にある。
 亜獣に魅入られ我を失っているという国王を現実に引き戻すくらい、強烈なインパクトを持った絵を見つける為だ。

 ヒューゴ=ヌードストローム国王陛下は生来、芸術をこよなく愛する人物であり、極度の変わり者好き。
 他に類を見ない絵を見れば、何かしら関心を示し、亜獣の呪縛から解放されるのでは――――と、メアリー姫は藁にも縋る思いで立案した。

 だが、そのカメリア国王杯に別の価値を見出し飛びついたのが古典派の新鋭、ベンヴェヌート=ヴァスィリキーウシクィイ。
 若者からの支持が弱い古典派の復権を目指し、また自身のステータスアップの為、カメリア国王杯で大賞を受賞すべく裏工作を行っている。

《絵だけで描いてみた冒険者ギルドの報告書》、通称《絵ギルド》の作者ユーリは、そのベンヴェヌートにカメリア国王杯への参加を要請された。
 このコンテストで今までの因縁に決着を付ける為だろう。
 幸いにも、一万を超える応募作品の中から僅か三作品しか残らない最終選考候補に選ばれたユーリは、大賞を発表する授賞式に招かれた。
 その式に参加すべく、大陸鉄道を利用し、カメリア王国の王都である城郭都市アルストロメリアへと向かっている――――

「……以上。どうかな?」

 小気味よく揺れる鉄道の窓から見える景色を背に、ジャンは隣に座るルカ、対面に座る俺とエミリオちゃんの三人に向かってこれまでの経緯を掻い摘んで話していた。
 本人いわく、《絵ギルド》で露見した文章力のなさを改善すべく、日頃からエピソード要約を心掛けているそうだ。

「あのう、とてもよくまとまっていてわかりやすかったです」

「事務的で味気ない説明……聞いていて退屈……これでは文章力を馬鹿にされるのも頷ける……」

 エミリオちゃんとルカの評価は真っ二つ。
 俺としてはエミリオちゃんの意見に賛成だけど、もし今のジャンの説明がそのまま《絵ギルド》のような作品に掲載されていたとしたら、また違った評価になっていたかもしれない。
 そういう機微についても理解出来るくらい、今の俺はカメリア語を完璧に理解していた。

「ルカは僕に厳しいよね……私怨入ってない?」

「貴方の所為で印刷所が潰れかけたのだから当然……怨……怨……」

 今やウィステリアでも一番の規模を誇る印刷所となったにも拘らず、ルカの怨念は続いている。
 多分、照れ隠しの一種なんだろうけど。
 ある意味、とても薄いヤンデレと言えなくもない。
 プチヤンデレ、語呂よく略してチャンデレとでも名付けよう。

「今……とてつもない中傷を受けたような気が……呪……呪……」

「無闇に呪詛を飛ばすな。一応公共の乗り物の中なんだから」

「フン……最終選考候補になったからって……偉そうに……」

 いわれのない誹謗を受けてしまった。

「でも実際、どうして最終選考に残れたんだろうな。てっきり古典派の息がかかった審査員に落とされると思ったんだけど」

「捻くれた見方をするなら、ベンヴェヌートが君を授賞式の場で公開処刑する為に敢えて残したのかもしれない」

「嫌な事言うヤツだな……ありそうだけどさ」

 実際、ジャンのその見解はベンヴェヌートの人となりを正確に表している。
 あいつならやりかねない。

「でも、幾ら彼が古典派の新鋭でも、これほど大規模なコンテストでそこまで露骨な票操作は無理だろうね。今の古典派にそこまでの力はないよ」

「なら、メアリー姫の後押しが利いたのかな」

「かもしれないし、単純に君の作品が最終選考候補に値すると評価されただけかもしれない。あれこれ考えても仕方ないさ」

 ……確かに、今あーだこーだ考えても意味ないか。
 詳しい事情は、王都に着けばメアリー姫に聞けるだろう。

「そのう、ユーリ先生の絵……わたしが描かれているから言う訳じゃないですけど、すっっっごく素敵だと思います。選ばれても不思議じゃないです」

「あまり増長させたくはないけど……胸に来たのは確か……子供と亜獣がメインの絵なのに……あたしが額に入れて飾るくらいだし……」

「こ、子供じゃないですよう! もう!」

 まあ、子供とは思えないあざとさを持ってるからね、エミリオちゃんは。
 それはともかく、俺におべっかを言う必要のない二人に褒められたのは素直に嬉しい。

 ただ、今回コンテストに応募した《親子の再会》は、評価される事を狙った絵じゃない。
《絵ギルド》みたいに一般市民に受け入れて貰えるよう期待して考案した訳でもない。
 それだけに、絵の専門家であろう審査員の方々がどんな評価を下したのかは未知数だ。

 コンテストの優勝、大賞受賞が目的じゃない――――とはいえ、落ちたら落ちたでガッカリするのが人情ってもん。
 最終選考に残った以上は一番上の評価を得たい。

「そういえば、メアリー殿はもう国王陛下に《親子の再会》をお見せになったのかな?」

「いや、コンテストで最終結果が出てから見せるようになってるんだ」

「成程、大賞作品になればより関心は強まるだろうね。画家の君には不本意な事かもしれないけど」

「仕方ない。絵だけで評価して、なんてのはイラストレーターの思い上がりなんだよ……」

「あのう、ユーリ先生」

 溜息交じりに外の景色を見ながら話していると、隣席のエミリオちゃんから背中をチョンチョンと突かれ、徐に振り向く。
 すると――――いつの間にか通路にやたら長い行列が出来ていて、その全員がこっちを凝視していた。

「《絵ギルド》のユーリ先生ですね!?」

「カメリア国王杯、最終選考候補に選ばれたんですよね!? おめでとうございます!」

「タダで頂いたあの絵、玄関に飾っています! 本当にありがとうございました!」

「自分、ユーリ先生みたいな画家になりたくて勉強中です! よろしければ握手して下さい!」

 な、なんだなんだ!?

「みんなユーリのファンみたいだね。握手してあげたら?」

「あ、ああ……」

 戸惑いつつ、通路側の席のエミリオちゃんと場所を変わって貰い、対応。

「感激です! ああ、この手……この手からあのキラキラでファンタジックな世界が描かれているんですね……」

「おい、早くどけよ! 後がつかえてんだよ!」

「そうよ! いつまでもユーリ先生を独占しないで!」

 な、なんかとんでもない事になってんな……
 これじゃまるでアイドルだ。

「はーい、ありがとうございましたー。それじゃ次、どうぞ。危ないモノは持ってないよね?」

 ジャンはジャンでマネージャーみたいな事始めやがるし……

「お、あそこにエミリオちゃんもいるぞ! 《絵ギルド》の主人公のモチーフになった子だ!」

「マジかよ! 俺大ファンじゃん! 抱っこしていいのか!? これそういう会なのか!?」

 ついにはエミリオちゃんまで目を付けられた。

「……場所……変わる……?」

「ひああ、止めておきます」

 車両内の混乱はその後も続き――――会えるイラストレーターと化した俺は暫く即席の握手会に身を投じ、王都に着くまでの時間をファンとの懇談に費やした。

 


「ようやくおでましですわね」

「ユーリ? 顔色が悪いけれど大丈夫?」

「いえ、心配無用です……どうもお久しぶり」

 王都に着いて直ぐに専用馬車に乗り換え、列車とは違った揺れに翻弄される事五時間。
 城郭都市アルストロメリアで最も権威のある宿、というか高級ホテル〈インパティエンス〉に到着した俺は、中で待っていたメアリー姫とアルテ姫に力なく微笑んでみせた。
 移動時間だけで丸一日費やすなんて、元いた世界じゃ海外にでも行かない限りそうそうないからな……疲れちまったよ。

「大分お疲れみたいですね。夕食を用意してありますけど、どうします?」

 そう気遣ってくれるリエルさんとも久々の再会。
 ……いうほど久々じゃなく感じるのは、彼女が何度か夢に出て来たからかもしれない。

「せっかくなんで頂きます。みんなは……」

「当然……頂くに決まってるでしょ……高級宿の食事なんて一生に何度食べられるか……」

「ルカ。貴女も来たんだ」

「ユーリが一人じゃ……心細いって言うから……仕事休んで仕方なく……ね……」

 喋り方だけなら俺より疲れてそうなのに、ルカはピンピンした様子で従妹のリエルさんと話している。
 リエルさんが丁寧語を使わずに話すのは新鮮だ。
 ま、カメリア語だと日本語ほどフォーマルとカジュアルの差異はないんだけど。

「おや。主役の一人が到着したようだ」

 和気藹々とホテルのロビーで立ち話をしていた俺達に、明朗な男声と複数の重々しい足音が向けられる。
 その声に聞き覚えがあった俺は、反射的に顔を引き締めた。

 ――――ゴットフリート=カミーユ=サージェント。

 アニュアス宮殿で初めて会って以来、二度目の遭遇だ。
 今回は一人じゃなく、数人のお供を従えている。

 あの時は決して悪い印象はなかった。
 気さくなお兄さんって感じだったし、画家への愛情も感じられた。
 それだけに、彼を敵視するパオロの意見には未だ、懐疑的だ。

「ご無沙汰しています、ゴットフリート殿下」

 最初にそう挨拶したのはジャン。
 深々と頭を下げ、王族への敬意を示していた――――が、その顔は決して友好的なものじゃなかった。

「ジャン、余りそう畏まらないでくれ。長い期間ではなかったが、同じギルドで目的を共にし戦った仲だろう?」

「……ええ」

 そういえばこの人、ハイドランジア四英雄の一人だったっけ。
 濃いメンツだよなあ。

「貴殿のかつての国家へ貢献は感謝の念に堪えないよ。現在はウィステリアで働いているそうだが」

「はい。ハイドランジアに戻って、そこで」

 ジャンは敢えて"総合ギルド"とは言わなかった。
 ゴットフリート殿下は特に気にするでもなく、三度ほど小刻みに頷く。
 
「総合ギルドには国家も大きな期待を寄せている。ウィステリアでその有用性を証明出来れば、いずれ全国のギルドを一つの運営基盤で動かす事も夢ではない。何事も一枚岩が一番だ」

 そう語る表情は柔和そのもの。
 最初に会った時もヒシヒシ感じたけど、持論を展開するのが大好きな人らしい。

「貴殿はどう思うかね、ユーリ君。せっかくこれだけの人数が揃っているのだから、今日こそは朝まで語り明かそうではないか。ギルドについて、画家について、カメリア国王杯について、この国の未来について……お題は山ほどある」

「で、殿下。公務はまだ残っていますので、それはちょっと……」

「む。好機だと思ったのだが、公務があるのなら仕方あるまい。ではユーリ君、授賞式でまた会おう。小生も審査員の一人として勤めを果たす故」

「え」

 最後にサラッと意外な事実を残し、ゴットフリート殿下はお供の人達に窘められながらホテルを出て行った。
 相変わらず掴み所がないというか……少なくとも悪人には見えない。
 俺は隣で難しい顔をしているジャンにそっと耳打ちしてみた。

「なあジャン、パオロが言ってた憶測って本当に正しいのか? あの人が裏で糸引きしてるようには見えないんだけど」

「うん……実は僕もよくわからないんだ。以前からずっとあんな感じでね。雲みたいにフワフワしてるというか」

 俺よりずっと付き合いの長い筈のジャンでもそう感じるのか。
 そりゃ俺にはお手上げな筈だ。

「亜獣討伐が終了して彼がハイドランジアから離れた直後に、国家は総合ギルドの設立と推進を発表したんだ。加えて、さっきのような主張はハイドランジア在籍時からずっとしていた。つまり……」

「総合ギルドの推進を国政として掲げていたのは、国王じゃなくてあの人だった?」

「間違いないと思う。実際に自分が冒険者ギルドで働いた事で、ギルドはこうあるべきって理想論が彼の中に生まれたのかも知れない」

「冒険者ギルドだと、亜獣対策が上手くいかないとか、そんな感じか」

「うん。だからパオロは彼に対してかなりネガティブな見方をしてるんだ。ああ見えて、ハイドランジアと冒険者への思いは人一倍だからね」

 そうだったのか……なんか意外だ。
 ならジャンもパオロと同じ意見なんだろう。

「相変わらずですわね、ゴットは。彼の従者は苦労してそうですわ」

「その点、リエルは姫のお供だから幸せよね。そうでしょ? そうよね? 違う?」

「えっと……そんな不安そうな目で見なくても、ちゃんと幸せですから」

 一方で、アルテ姫やメアリー姫は軽口こそ叩いているものの、ゴットフリート殿下には悪い印象を持っていないみたいだ。
 果たして、どっちが正しいのか――――

「なーにしてんのよ? 男二人でくっついて気持ち悪いわよ」

 思案顔で天井を眺めていると、アルテ姫達がいつの間にか傍まで来ていた。
 よくよく考えたら、王族に長時間立ち話させるってのも問題だよな。
 感覚が麻痺してたけど、お姫様が揃って出迎えてくれる時点で異常な事だ。

「ちょっとした意見交換ですよ。それより、立ち話もなんですからとっとと夕食に行きましょう」

「賛成! 姫、もうお腹ぺっこぺこ!」

「わかりました。では案内しますね」

 リエルさんがそう話した直後、アルテ姫はダッシュで通路を奥へと駆けていく。

「ひああ! 騎士様にエスコートして頂けるなんて……恐れ多過ぎて身体が痺れます」

「なら……そこでずっと痺れてるのね……高級料理はあたしのもの……もの……」

「そ、そんなのダメです! わたしも育ち盛り食ベ盛りなんですからー!」

 そんな仲睦まじく我先にと競るエミリオちゃんとルカを華麗に躱し、俺も後に続いた。








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