「えー……色々と理屈を捏ねても仕方ないんで、一言だけ。いや、二言……やっぱり三言だけ」

 言う事を頭の中でまとめた結果、そうなった。
 現時点では、これがベストだ。

「国王は今、イヴ=マグリットという画家の亜獣の絵にハマってます。どうやらゴットフリート殿下はその事を指して『亜獣狂い』と言っているみたいです。でもそれは過去の事になります。国王はこれから、俺の絵にハマりますから!」

 あ、四言かなこれ。
 まあいい。
 とにかく、俺は宣言した。
 自分の絵が、国王を魅了すると。

 いやー、こんな宣言するイラストレーター、絶対いないよな。
 厚顔無恥なんてレベルじゃない。
 事情を知らなきゃ頭おかしいとか言われるよな。
 しかも、俺程度の絵で。
 ここまで来ると、逆に気恥ずかしさがまるでないのが不思議だ。

 一方、周囲の反応は様々。
 メアリー姫とリエルさんは目を丸くして、俺の発言に驚いている様子。
 アルテ姫とピュッピさんは『よく言った!』って顔。
 巨匠は愉快そうにしてやがる。 

「ユーリ……思い切ったね」

 ジャンは、呆れ顔で首を左右に振っていた。
 多分、こいつなりに驚いてはいるんだろう。
 俺があんな大見得を切るなんて思ってもいなかった筈だしな。

 そしてそれは、目の前の男も同様らしい。
 決して笑顔は見せない。
 ただ、さっきまでとはまた質の違う、高揚感に溢れた真顔になった。 

「ほう。つまり、今の国王の状態はあくまでも、趣味の問題と言うのかね?」

「ま、この国では絵の趣味が政治的な意味合いを持つって事情はありますけどね。それでも、自分の父親の趣味に口を出す娘もいないでしょ。だから黙ってても問題なし。違いますか?」

 まだ一切余裕の姿勢を崩さないゴットフリートに、俺は出来るだけ飄々と答える。
(C)ジャンって感じだ。

「小生はゴットフリート=カミーユ=サージェント。王位継承候補の一人であり、カメリア王国の中核を担う立場にある。その小生を前に、発言の撤回は出来ぬぞ?」

「心得ています」

「……よかろう! 聞いたかね諸君! ここに集まった皆が証人だ!」

 指を一本立てた右手を掲げ、ゴットフリートが呼びかける。
 歓呼に近いその声は、観客の肩を叩くような親しさと、頭を押さえ付けるような強引さを兼ね備え、高らかに轟いた。

「これより一ヶ月の間に、国王陛下自ら『ユーリという画家の絵に見惚れた』とのお言葉を国民へ向け仰せられたならば! 先刻の小生の発言は全て撤回しよう! しかしそうでなければ!」

 そこまで言い放った後、右手を下ろし、その指を俺へと向ける。

「ユーリ、君は国家反逆の罪を問われる事となろう。そしてそれは、現政権の崩壊と幻想派の終焉を意味する」

 そして、国王の現状を考えれば、例え俺の絵を見せても、それが亜獣の絵であっても、俺の絵を称賛する声明を発表するとは思えない。
 それ以前に、あの姿を国民の前に晒す筈がない。
 全ては自分の筋書き通り、いや筋書き以上の成果――――

「それでは一ヶ月後、審判の時を……」

 ――――そう確信していたであろうゴットフリートの言葉と顔が、凍り付いたかのように固まった。
 彼だけじゃない。
 俺を含む全員が、その"異常"を察知した。

 ステージ全体が、影で覆われた。
 今日の天気が急に崩れるとは考えられない。
 何かが"上"にいる。
 全員が、ほぼ同時に上空を見上げた。

 あれは……

「有翼種亜獣!」

 そう。
 もう何度も見て、俺自身絵のモチーフにもした、あのフクロウ亜獣だ。

「みなさん、建物の中へ避難してください! 早く!」

 いち早くそう叫びながら、メアリー姫とアルテ姫の腕を引っ張って駆け出したのはリエルさん。
 だが彼女達すらも追い抜き、ゴットフリートとベンヴェヌートが我先にと一目散に建物内へ駆けて行った。
 逃げ足早……

「ユーリ! 君も下がるんだ!」

 呆れながらその背中を見ていた俺に、ジャンが叫ぶ。
 その手には銃剣を構え、銃口を天へ向けていた。
 まさか、撃つ気か?

「おい! 亜獣は危険じゃない、っつってなかったか!?」

「彼らに悪気がなくても人間に被害が出る事はあるんだ!」

 ――――それは、ジャンの故郷が滅びる原因となった出来事。
 ただ子供を取り返しに来ただけだったが、巨躯で飛び跳ねるその亜獣の行動は、結果として村を壊滅にいざなった。

 ジャンの言う通りだ。
 今、上空に現れた亜獣に悪気があろうとなかろうと、あの体格で観客席やこのステージ上に着地されてしまえば、人間なんて簡単に踏み潰される。

「って、だったらお前も逃げろや!」

「着地される可能性を少しでも減らさないとね」

 そう言いながら、ジャンは有翼種亜獣と観客席の隙間の空目掛けて発砲した。
 威嚇だ。

 銃口が響くと同時に、観客席がどよめく。
 まだ殆どの観客が気付いていない。
 いや……今の銃声がきっかけで気付いたみたいだ。
 一気に悲鳴とどよめきが上がる。

「観客のみなさんっっ! 緊急事態ですけど落ち着いて避難すれば大丈夫ですっっ! 係員の指示に従ってゆっくりっっ、ゆっくり建物の中へ入って下さいっっ! 繰り返しますっっ……」

 メガホンを使い、ピュッピさんが必死になって混乱を防ごうと叫ぶ。
 いや、でも無理だろ。
 あんなのがいきなり真上に現れたら、混乱するに決まってる――――

「……あれ?」

 惚けたような声をあげたのは、ジャン。
 でも俺も全く同じ心境だった。

 観客が――――混乱していない。
 いや、悲鳴も上がってるし、泣き叫ぶ声も聞こえる。
 でも、その量は予想していたよりずっと少ない。
 どっちかというと、食い入るように上空を舞う亜獣を見つめている人が多い。

 ……まさか。

「見ろよ! もしかしてアレ、ユーリ先生の描いたこの亜獣じゃね?」

「本当だ! 本物だよ本物!」

「やーん! 本物も可愛いーーーーっ!」

 間違いない!
 俺の絵の所為で観客の亜獣への危機感が弱まってやがる!

「うわちゃー……ユーリ、君の絵の影響力スゴいね。完全に普通の動物を見る目で見てるよ」

「いやいやいやいやいや! それはダメだろ! 幾らそういう意図で描いた絵っつっても!」

「そうなんだけど……可愛く描き過ぎたね」

 なんてこった……そういう危険も孕んでたのか。
 でもこんな事態、想定出来る訳ないだろ!
 って、こんな無意味な自己弁護してる暇はない!

「ユーリ先生! 何をしてるんですか! 貴方もこっちへ!」

 王女二人を避難させたリエルさんが、大声で俺を呼んでいる。
 いや、というか……こっちへ向かって走り出した。

「リエルさんこそ何してるんですか! そっちにいて下さい!」

「貴方は……こういう時に全然私の言う事聞かないじゃないですか!」

 ああっ、確かに!
 なんか過去に自分のした事でどんどん首締められてるよ!

「今度は言う事聞きますから! ジャン、お前も……」

 慌ててリエルさんの方へ向かおうとした俺の目に、飛び込んで来たそれは――――ジャンの困ったような、そして何かに解放されたような笑顔だった。

「僕はかつて、沢山の罪のない亜獣を殺めてしまった」

 上空から羽音が聞こえてくる。
 明らかに、その音は近付いている。
 亜獣は――――ここへ降りようとしている。
 それなのに、ジャンは逃げようともせず、威嚇射撃だけを繰り返していた。

「大勢の人を失望させてしまった。ハイドランジアも、帰る場所も……失ってしまった」

「ジャン! 何を……」

「僕は最後まで威嚇を続ける。驚いて逃げてくれなくても、銃の音に反応して僕に近付いて来るかもしれない。そうすれば、観客が踏み潰される事はないよね」

「お前が潰されるんだろーが! お前……」

 まさか――――死ぬ気なのか?
 それが、かつて自分が殲滅してしまった、陽性亜獣というレッテルを貼られてしまった亜獣への償いとでも言うのか?
 このアホは……本気でそんな事を考えかねない。

「ユーリ先生!」

 ジャンと睨めっこしていた俺の腕を、いつの間にか接近していたリエルさんが強引に掴む。

「さあ、君は早くリエル様と逃げるんだ」

「馬鹿野郎! お前、そんな事で……!」

「ルカによろしく言っておいてくれ」

 フザけんな――――そう言い返そうとした俺は、リエルさんに引っ張られ、ジャンからみるみる遠ざかって行く。
 それによって、徐々にステージと亜獣の距離感が判明してくる。
 亜獣はもう、すぐ傍まで降りてきていた。

「リエルさん! 放して……」

「ダメです! 貴方は死なせません!」

 て、抵抗出来ない!
 リエルさん、なんだかんだで騎士だよ、力が強い……! 

 俺は思いっきり態勢を崩した状態で、無理矢理ジャンの方に顔を向ける。
 お前……何満足そうに笑ってんだよ!

「これが、僕の報復なんだ」

 ジャンはハッキリと、そう言った。

 違う!
 そんなの間違ってる――――

「……!」

 それは。

 全力で反論しようと大口を開けた俺の目の前に、突然現れたそれは、一枚の"画"。

 そうとでも表現するしかない、まるで時間を止めて切り取ったかのような、現実離れした光景だった。

「亜獣が……」

 亜獣の降下が――――止まった。
 ジャンの真上、あと五〇ステラくらいで激突って所でピタリと。
 ホバリングってヤツだ。
 でも、どうして止まる必要があったんだ……?

「ユーリ先生! あ、あれって……」

 リエルさんが俺の腕を掴んだまま、亜獣の方を指差す。
 正確には、亜獣の背中。
 フクロウ亜獣の背中に、何かが乗っている。

 それは、人だった。
 そして、俺がよく知る人物だった。

 彼女は――――"黒の画家"と呼ばれていた。 









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