戦争。
それは、平和を謳う現代においては忌むべき行為――――と言うのは綺麗事で、
実際には、自分に一切関与しない国同士の戦争であれば、寧ろ起こった方が
ちょっとした刺激になるから良い、と考えるのが、或いは人間の自然な心理なのかもしれない。
対岸の火事と言う諺があるように。
実際、争いに対して強い憧れを抱いている人間は多い。
戦争を題材にした娯楽は、時代に関係なく常に生まれ続け、映画、小説、ゲーム、果ては子供の『ごっこ』に至るまで、実に様々なジャンルで生み出されている。
無論、それはあくまでも戦争の『カッコ良い部分』だけを抽出したもの。
必ずしも、戦争の本質が娯楽になり得ると言う訳ではない事を前提とした『戯れ』だ。
その戯れを、敢えて更に記号化していくと、『象徴』とも言うべき存在に辿り着く。
武器だ。
本来、殺戮を行う為の禍々しい道具に過ぎない筈なのだが、時として人はそれを忘れ、その造形、その名称、その製造過程のエピソードに酔う。
中でも特に、万人が愛して止まない武器があるとすれば。
それは――――剣。
ただ、それが必ずしも、本来の目的に関して支持されているとは限らない。
人間が幾つもの顔を持つように、物質もまた、様々な面を持ち合せている。
剣もまた、数多の魅力を有した、偶像多面体。
そして、それは――――
争いのない今の時代においても。
剣と少女とリボンと紅蓮
それは、とてもキレイな物。
わたしの目は、ずっと、一日中、起きてから寝るまでずっと、それに釘付けになっていた。
それが私の家にあったのは、たった一日。
でも、今でも目を瞑れば思い出せる。
それくらい、鮮烈な思い出。
それは、スラっとしていて、それでいてガッチリしていた。
何より、輝いていた。
『持ったらダメよ〜』
そう、お母さんが言っていた。
でも私はこっそり持ってみた。
スゴく重くて、持ちきれなかったけど。
ただ見てるだけで、何か別の世界に連れて行ってくれるんじゃないって思えるような、
神秘性……みたいなものを、わたしはずっと感じていた。
わたしの心を鷲掴みにしたそれは――――聖剣エクスカリバー。
そう言う名前の、大きな剣だった。
今でも、ハッキリ覚えている。
天使みたいな装飾の柄。
剣身の真ん中を走る、紋様みたいな模様。
渋く光る刃。
色は。
色は……
あれ?
ど、どんな色だったっけ?
えっと……えーと……
「すずなー。朝よー。起きなさーい」
たゆたゆしている意識の中で、お母さんの声はいつも良く聞こえてくる。
私は、その声を遠くに感じながら、お布団の中でぬくぬくとおねむの時間を満喫していた。
春休みって、良いなー。
どれだけ寝てても良いんだもん。
例えばこれが、夏休みや冬休みだと、こうはいかない。
夏だと暑くてむしむしするし、冬だと寒くてこちこちしちゃう。
その点、春は良いよー。
ぬくぬく。
暑くもなく、寒くもなく。
いつまでもふにゃーってしたい気分。
「すずなー。起きてよー。朝よー。朝なのよー。朝起きは三文の徳って一見、誤字のように見えるけど、実はこれで合ってるあの朝なのよー」
少し近くにお母さんの声が寄ってきた。
どうしたんだろう。
いつもだったら、一回呼んで諦めるのに。
だって春休みだから、無理に起こさなくても良いんだもん。
あ、そっかー。
朝ごはんを奮発したんだ。
きっと、お正月じゃないのに栗きんとんを買ったんだ!
朝からあのお上品な甘いお味が口の中で広がるなんて、夢みたい。
でも、よくよく考えると、別にお昼に食べても良いんだよ。
だって、味が変わる訳でもないもん。
それなら、今はねむねむなこの状態をキープ!
ってコトで、おやすみ〜。
「すずな〜。起きてよ〜。今日から学校なのよ〜。春休みは昨日で終わりよ〜」
ふえ?
春休みは昨日で……
「終わったの!?」
飛び起きる。
突然、頭に衝撃。
「あうっ」
「はうっ」
お母さんの顔が、私の真上にあったみたい……思いっきりぶつかっちゃった。
「ご、ごめんねお母さん。痛かった?」
「だ、大丈夫〜」
お母さんは涙目で額を押さえていた。
ううっ、朝からなんてご失態。
わたしも頭がすごく痛い。
「でも、起きて良かったー。お母さん、あんまりすずなが起きないから、呼吸したまま死んだのかと思ったー」
お母さんは、たまにヘンテコなコトを言うけど、とっても優しくておっとりした人。
中学の時、わたしの遠くで固まっていた子達が『ウチの親マジぶっちー』とかよくわかんないコト言ってて、あんまり親のコト好きじゃない感じだったけど、わたしは大好き。
お母さん、とっても優しいから。
「あっ、すずなっ。鼻から血がっ」
「へっ?」
反射的に手を鼻に当てると、赤いのがドッバーって手に。
「ほら、ティッシュ。大丈夫〜?」
「うん、大丈夫ー」
お母さんも私も割と落ち着いているのは、けっこう珍しいコトじゃないから。
子供の頃から、何かあると鼻血が出る体質なんだ。
どうしてこんなヘンな体質なんだろ……
「早く顔を洗ってきなさい」
「は、はあい」
ティッシュで鼻をふさいで、お母さんが部屋を出て行ったところで、携帯電話の日付を確認。
4月9日。
ホントだ……もう春休み、終わってた。
うう、なんかショック。
もっとゆっくり出来るって思ってたのにー。
こういう長期のお休みって、日付の感覚わからなくなるなー。
でも、ここであーうー言ってても仕方ないよね。
今日から、新学期。
……じゃなくて、新学校?
そう。
わたくし七草鈴菜は、今日から高校生なのです!
しかも、ちょっと変わった高校に通うコトになってたり。
あんまり不安とかはなかったんだけど、あらためて自覚すると、ちょっと緊張。
友達、出来るかな?
そして――――ちゃんと、作れるかな?
わたしがずっと作りたかった、理想の――――剣を。
【 STEP.1 カインド・オブ・エンカウンター 】
「それじゃ、行って来まーすっ」
「いってらっしゃーい」
「くぉーん」
お母さんと、その胸に抱かれて尻尾を振ってるポメラニアンのピノに手を振って、新しい制服を身にまとったわたしは、初めて通う通学路を、新鮮な気持ちで歩き出した。
中学校とは真逆の方向だから、出だしから別の世界。
って言っても、全く行った事がない道って訳じゃないんだけど。
駅のないこっちの道は、わたしが良く行くペット喫茶があるからねー。
ペット喫茶って、けっこう珍しいみたい。
この街にはなんかフツーにあるけど。
ペットを連れて行っても良い喫茶店で、そこにもワンことニャンこがいるから、行くだけでほわほわーってなるんだー。
春休みの間も、けっこう通い詰め。
お友達のちーちゃんとみっちょんにも付き合ってもらって。
でも、そんな二人とも、お別れ。
わたしの行く学校は、二人の行く高校とは違う所だから。
正直に言うと、悲しいし、辛いし、こわい。
お友達がいない環境で、また一から学校生活を始めるのは、不安いっぱい。
それに、今から行く学校は、コレまで通ってた小学校、中学校とは全然違う。
【剣樹学園】。
この国立高校では、普通の高校の授業の他に、一つだけ他では絶対に習えない学科を習うコトが出来るんだよ。
それは――――製剣技術。
剣を作る、と言うコト。
剣って言うのは、あの剣。
昔の戦争で、武器に使われたあの、剣。
きっと、これ以外には意味はないと思うけど、どうなんだろ?
兎に角、わたしがこれから行く剣樹学園は、日本で、って言うか世界で初めて、剣を作る技術を教える学校……なんだって。
なんで、そう言うコトを教える学校が出来たのかは、わたしは良く知らない。
ただ、わたしが子供の頃、有名な剣が沢山この街にあったコトは知ってる。
そして、その中の一本の剣が、私の家にもやってきた。
エクスカリバーっていう、とっても有名な剣。
子供のわたしは、その剣を見た瞬間、心を持って行かれた。
憧れ。
とってもキレイで、強そう。
そんなイメージが、幼いわたしの心の中で、どんどん膨らんでいって。
わたしの夢は、いつの間にか決まった。
その剣を、理想の剣を、自分で作る――――
「……あ」
なんてコトを考えてる間に、わたしは今、自分が何処を歩いてるのか、わからなくなっていた。
あ、あれ?
ココ、どこ?
なんか知らないびっくりドンキーがあるよ!
わたしもびっくり。
ど、どうしよう……道に迷っちゃった。
けっこう余裕を持って家を出たけど、知ってる道を探してる間に遅刻しちゃうよ……ね?
こ、こう言う時は……その辺を歩いてる人に道を聞く!
わたし、こういうのは得意なんだー。
ちーちゃんに『良くそんな知らない人に自然と話しかけられるよね、鈴菜は』なんて褒められたコトもあるんだから。
よし、早速道を尋ね――――ようと周りを見回したけど、人がいない!?
あ、いた!
なんか歩いてるのか立ってるのかわからない、ぷるぷる震えたおじいちゃん!
よかったー、誰もいなかったらどうしようかって思った〜。
それじゃ早速、レッツヒアリング!
「あの、すいません」
「……」
「すいませーん、おじいちゃん」
「……」
「おじーちゃーん。聞こえますかーっ」
「……」
返事してくれない!
っていうか、目も動かさない!
ど、どうしたんだろう。
まさか、立ったまま心臓が!?
「おっ、おじーちゃーんっ、しっかり、気を、気をしっかりーっ」
「……どうしたの?」
「ふにゃっ!?」
いきなり後ろから、知らない人が話しかけて来たっ!
……あ、同じ制服。
「え、えっと、おじいちゃんが動かなくて。もしかしてお亡くなりになったのかも」
「立ったまま死ぬ訳ないでしょ……高齢で耳が遠いだけよ。おじいさん!」
「ふがっ?」
わっ、すごい。
わたしが幾ら呼びかけても身動き一つしなかったおじいちゃんが、同じ制服の子が話しかけた途端、仔犬の頃のピノみたいな動きで反応したっ。
「で、用件は?」
驚きっていうか、ちょっと感動してるわたしに、そんな質問が飛んで来る。
「あ、えっと……剣樹学園は何処かお聞きしたくて」
「え? 学校がわからないの? 今から行く?」
コクリ。
「……なんで地図を確認しておかないかな」
「し、してたんです。でも、考え事してたら知らない場所に出ちゃって」
「って言うか、今時携帯使えば、現在位置くらい出せるでしょ?」
「あ、あう……使い方、わかりません」
今のケータイ、複雑すぎて良くわかんない。
話すとかメールするとか、それくらいはわかるけど。
「あのねえ……ま、いっか。学校なら私が知ってるし。おじいちゃん、そろそろ人が多くなるから、家に戻ったほうが良いってこの子が」
同じ学校に行くらしいその子は、わたしが気を利かせてそんなコトを言ったってコトにして、その場を取り繕ってくれた。
良い人だ!
なんか落ち着いてるし、優しいし、良い人!
外見は、わたしと正反対で、とっても美人。
後ろ髪の長さは同じくらいだけど、前髪がちょっと短いわたしとは対照的に、目まで髪の毛が掛かってて、なんかミステリアス。
そして、すごく背が高い。
わたしより確実に10cm以上大きい。
先輩、かな?
うう、カッコいい……うらやましい……わたしもこんなふうに生まれたかったっ。
「どうしたの? さっさと行きましょ」
「は、はいっ」
ちょっと恥ずかしい思いもしたけど、早速同じ学校の女子とお知り合いになれたし、順調なスタートかも?
「っていうか、道知らないってことは新入生よね。私もそうだから、そんな畏まらなくても良いって」
「しんにゅうせい?」
思わず、オウム返し。
え……同級生?
こんなに凛としてて、大人っぽい人なのに。
わたし、もしかして平均的な高校一年生より子供っぽいのかな……
「そ。紅野芹香。そっちは?」
「あ、は、はい。わたしは……七草鈴菜です」
「へー、覚えやすくて良い名前ね。それじゃ、取り敢えず宜しく、七草さん」
紅野さんは、にっこり……じゃなかったけど、薄く微笑んで名前を褒めてくれた。
やっぱり、良い人。
よし、決めた。
「はいっ。あの、第一印象から決めていましたっ。友達になってくださいっ」
「……はい?」
ドキドキ。
答えを待つわたしに、紅野さんはちょっと驚いた顔をして――――急に口元を押さえた。
「ぷぷ……」
あ、笑ってる。
そう言えば――――ちーちゃんやみっちょんとお友達になった時も、笑われてたような記憶が。
でもでも、こういうのってちゃんと言わないとわかんないし。
お友達になりたいって思った人には、ハッキリ言う。
それが、わたしの……えっと、信念……なのかな?
とにかく、そう言う風にしてる。
そう思える人って、きっと滅多にいないから。
こういう出会いは大事にしたいんだ。
でも、やっぱり一般的な方法じゃないみたいで、紅野さんは必死で笑いを堪えているようだった。
ううっ……頭の弱い子って思われたかも?
「ん、ゴメンゴメン。笑うのは失礼ね。OK。お友達、なりましょ」
でも、杞憂だった。
紅野さんは、すんなりとお友達許可をくれた。
よ、よかったー。
「ポーっとしてる子って思ったけど、結構度胸あるのね。中々言えないよ? 普通は」
「そ、そっかな。でも、折角の出会いだし、このままお別れ……って言うのも」
「……なんか、ナンパされたみたいな気分かも。まさか……」
「ち、違うよっ。そうじゃないよっ」
「あはは、冗談だって。さ、遅刻しないようにちょっと急ぎましょう」
色々な思いもしたけど、わたしの最初の登校は、とっても爽快なものになった。
ちょっと特殊な高校の入学式って言っても、中学生の時とそんなに違いはなくて、校長先生のながながなお話をしばらく聞いてるフリをして、じーっとガマン。
体育館の広さも、殆ど変わらない気がする。
今のところ、制服以外はそんなに変わらない……かな?
でも、この後に運命のクラス発表。
って言っても、お友達は一人しかいないんだけど、その一人と一緒になれるかどうかって、スゴく大事。
やっと入学式が終わって、玄関に張り出されてる紙にみんなが向かう中、わたしはそのたった一人のお友達を探して――――
「七草さん」
見つけられちゃった。
紅野さんの方が背が高くて見つけやすいのに……うう、昔から苦手なんだよー、探すのって。
「同じクラスみたいよ、私達」
「え!? もう見つけちゃったの!?」
す、スゴい……探偵さんでもこうはいかないよ。
「紅野さんって、見つけるのが上手なんだね〜。そうやって、自分の未来もスッて見つけるんだろなー」
「や、見えない物を見つけるのはまた別だから。でも、褒めてくれてありがと」
紅野さんは私の頭を子供をあやすように撫でた。
うう、なんかわたし、初対面で早くもお子ちゃま扱い?
中学生の時も、ちーちゃんやみっちょんから、なんとなーくそんな扱い受けて、異議申し立てしたけど、受理されなくて。
高校生になったら『もっと大人っぽい自分をお見せしよう』ってカッコよく誓ったのにーっ。
「でもでも、同じクラスで良かった。折角お友達になれたのに、直ぐお別れじゃ寂しいよね」
「そうね。案外私達、運命で繋がってるのかも」
わっ、意外。
紅野さん、そう言うの信じる人なんだ。
き、気が合うかも……
「ま、クラス二つしかないんだけどね。こんなマイナーな学校だし」
運命あんまり関係なかった!
「……酷いよ紅野さん……わたしの心をもてあそんだ……」
「そんなにガックリしなくても。ホラ、二分の一って言っても同じクラスなんだから。早く教室に行きましょう。2組よ」
あんまり納得出来なかったけど、嬉しいことは嬉しい。
やっぱり、クラスに友達がいるのといないのとじゃ、全然違うもん。
わたしは二回頷いて、紅野さんと一緒に2組の教室へ向かった。
教室は――――けっこう広い。
中学校の時より、明らかに。
でも、机と椅子の数は逆に少ない。
20個……もない、かな?
やっぱり、授業中にも剣を扱ったりするから、広くスペースをとってるのかな。
「席は、適当に座っていいみたいね。七草さんは前と後ろ、どっち派?」
「後ろ。視力良いから」
左右2.0。
わたしの数少ない自慢の一つなのです。
「おっけ。じゃ、窓際の後ろに座ろっか。一時の特等席だけど」
少しはにかむように笑った紅野さんに続いて、窓際の後ろの席に。
わたしが一番後ろで、その一つ前に紅野さん。
そして、お隣は――――
「……」
まるでお人形みたいな、ショートヘアの女の子。
表情がないから、怒ってるように見える。
ちょっと怖い、かも。
思わず目を逸らした先にも、女子が見えた。
よくよく見ると、けっこう女子率が高いなー。
剣って、やっぱり男の子が好きな物なんだろうな、って思ってたから、ちょっと意外かも。
椅子に座ってる生徒の男女比率は、同じくらい。
やっぱりわたしみたいに、剣の外見がお好みな子が多いのかな?
――――なんてコトを考えてると、突然教室の前の方のドアがスゴい勢いで開けられた。
「よーし席に着けコノヤロー」
あ、先生みたいだ。
頭ボサボサで、眠そうな目をしてる大人の男の人。
担任の先生、かな。
その担任の先生(仮)は、気だるげな物言いで着席を促し、頭をぼりぼり掻きながら、教卓の方にゆるゆる歩いて行った。
やっぱり担任の先生だ。
全員が着席したのを確認して、おもむろにチョークを手にとって、黒板に何かを書き殴り始めた。
名前……かな?
あれ、でも、読めない。
「見ての通り、俺は今日からお前らの担任だ。名前は蟋蟀鍔瑣。テストに出すから、忘れんなよバカヤロー」
あうっ、よく聞こえなかったよー。
ど、どうしよう……もしテストがコレ一問だったら0点確定……?
そんなコトはないって思うけど、この学校って、普通の学校とは違うし……
「ま、そりゃ冗談だ。ただ、こっからは冗談でもおふざけでもねーから、真面目に聞けよ。今から、お前らに剣を作って貰う」
……へ?
剣を作る?
今から?
「ちょっ……嘘でしょ?」
流石に、紅野さんも驚きを隠せない。
わたしに到っては、パニック状態だ。
ど、どうしていきなりそんな話に?
わたし達、まだ入学して何十分かなのに。
剣の作り方、何も習ってないよ?
「せんせー、ホントに今から剣作るの? 嘘でしょ?」
教室中がざわざわ騒然としてる中、真ん中に座ってた女の子が突然挙手して、元気良く質問した。
長い髪の毛が椅子まで届いているその後姿からは、何処かのお嬢様みたいに見えるけど、話し方はちょっとボーイッシュ。
そんな彼女の質問に対して、担任の……難しい漢字の先生は、かっかっかって高笑いしながら
思いっきり首を縦に振った。
「冗談じゃねーっつっただろが。良いかお前ら、良く聞きやがれ」
でも次の瞬間、今度は虫歯が痛くていらいらしてそうな顔になって、教卓をバーンって叩いた。
「剣造りを嘗めてるヤツ、素質のないヤツ、やる気のないヤツは、ここで辞めて貰う、ってコトだ。わかったかバカヤロー。お前ら、まさかアクセサリー感覚で剣を作りに来たんじゃねーよな?」
その言葉は――――わたしを含めて、クラス全員の生徒に響いた、と思った。
挙手して質問した子も、手を下げて真剣な顔で俯く。
アクセサリー感覚。
わたしは、そうなのかもしれない。
剣のキレイなトコロが好きで、作りたいって思ったから。
こう言う物を作りたいって、ずっと思ってきたから。
それは、いけないコトなのかな?
「妾は、別に構わぬがな」
突然――――ポツリと、わたしの隣にいた女の子がそんなコトを呟いた。
って言っても、小さい声だったから、多分近くに座ってる子にしか聞こえなかったと思う。
す、スゴいなー。
多分この子、剣の作り方を全部わかってるんだ。
だから、こんな自信ありありなんだろなー。
うらやましい……わたしもこんな風にカッコよく呟いてみたいよー。
「フン。戸惑ってるヤツが8割、自信満々なのが2割、ってトコか」
そんな呟きが聞こえた訳じゃないと思うけど――――難漢字先生はどこか不敵に、ちょっと楽しそうに、そんなコトを言い放った。
良かったー、自信ナシナシなのはわたしだけじゃなくて、いっぱいいるんだ。
でも、2割の子はもう剣の作り方、知ってるんだ……それってつまり、その子達よりずっと
遅れてるってコトだよね。
でも、誰から教えてもらったんだろ。
塾がある訳でもないし。
独学?
「さて、それじゃ……おっ、ちょっと待ってろよコノヤロー」
そんなコトを考えてる最中、難漢字先生はとことこと教室から出て行った。
携帯電話が震えたのかな。
ドアの近くの生徒が、聞き耳を立てて様子を窺っているし。
「七草さん、七草さん」
そんな様子をじーっと眺めてると、前の席の紅野さんがいつの間にかこっちを見て
わたしの席(仮)の机に肘を乗せていた。
「今から剣、作れる?」
「無理だよー。それを習いに来たんだもん。まだ何も習ってないよー」
「そうよね。私だって、いきなりなんて無理よ。それでやる気がないなんて言われても、それってどーなの? 折角入学したのに、いきなり失格の烙印押されるなんて……」
珍しく――――って言うほど、わたしは紅野さんのコトを知ってる訳じゃないけど。
今までの彼女には見られなかった、焦りと言うか、いがいがーな感じが出てる。
それはきっと、剣を作りたい、ちゃんと作りたい、って言うコトの裏返し。
「紅野さんって、どうしてこの学校に入ったの?」
そんなコトを、聞いてみたくなった。
「……」
紅野さんは、答えてくれない。
でも別に、意地悪してるって訳じゃないのは、色々なコトを見つけるのが苦手なわたしにもわかった。
「……誰にも、言わない?」
「うん。わたし、口堅いよ?」
「本当かな……ま、良いけど。約束してよね」
少し緊張気味に、紅野さんは顔を強張らせながらも――――話してくれた。
「私、シナリオライターを目指してるの」
「しな、りお、らいたー」
「そ。それで、今考えてる物語で、扱うのよ。剣を」
シナリオライター……お話を書く人。
それが脚本家さんなのか、それとも小説家さんなのか、漫画家さんなのかはわからなかったけど。
「すっ……ごーいっ」
紅野さんは、スゴい人だった!
だってだって、お話を考えるって、スゴいよ!
わたしには絶対真似出来ないもん!
「ちょっ、大げさ! 周りに聞こえたらどうするのよ!」
「でもでも、スゴいよっ。そっかー、紅野さん、そうなんだー。へー。なんか感動〜」
「何で感動するのよ……ったく、話すんじゃなかったかな……」
紅野さんは呆れてるみたいだけど、わたしは驚いた。
「それって、りありてぃを求めてるんだよね。スゴいなー。私とは大違いだよ」
「大違い、ね。じゃあ、七草さんはどんな理由で? 私も言ったんだから、教えてよ」
「う……なんか恥ずかしいかもー」
子供の時に一回見た剣がキレイでカッコよくて憧れて……っていう、わたしの中で
ずーっと支えになっていた動機が、なんか急にしおしおな感じになっちゃった。
さっきも、担任の難しい感じの先生からアクセサリー感覚って遠回しに非難された気がするし。
どうしよう、テキトーな理由を考えた方が良いのかな。
「良いから、言っちゃいなさいって。私だってこう見えて結構、恥ずかしかったんだからね」
「……ん、わかったよ」
でも。
例えアクセサリー感覚だって言われて非難されても、これがわたしなんだから、しょうがないよね。
わたしはずっと、あの剣に憧れて、剣を作りたいって思って、ここにこうしているんだから。
それは、誤魔化せないよね。
意を決して、わたしはありのままを話すコトにした。
結果――――
「へぇ。どんな剣だったの?」
紅野さんは、蔑んだりバカにしたりしないで、ちゃんと聞いてくれた。
やっぱり、優しい。
これまでで一番、そう思った。
「えっと、エクスカリバー、っていう剣」
「……え?」
その紅野さんの顔が、凍る。
あれ?
わたし今、おかしなコト言った?
もしかして、エクスカリバーって、世間ではとってもダメダメでへなへなな剣?
「う、嘘でしょ? 冗談よね。全くもう、七草さんってば」
「冗談じゃないよ? えっと、そんなにダメかな、エクスカリバー」
「ダメなわけないでしょ! エクスカリバーって言ったら、剣の中でも最高の聖剣なんだから! って言うか、ホントにそれ見たの? 見間違いって言うか、聞き間違いなんじゃないの? エクスカリパーとか、エクストラバージンオイルとか」
「油とは間違えないよっ。うう、ホントなのに信じてくれない……」
「だって……」
しょぼーんとするわたしに、紅野さんは眉をひそめながら、少しバツの悪そうな顔をしながら、声も潜める。
「エクスカリバーなんて、日本ではまず見られない、物凄く高級な剣よ? 一体どうやって
手に入れたの? 家がお金持ち、とか?」
「ううん、普通の家。その家に一日だけ預けられたの」
「……」
わたしの答えに、紅野さんは困ったっていう顔をしていた。
エクスカリバーって、そんなにスゴい剣だったんだ。
知らなかったよ。
でも、それじゃどうしてわたしの家にあったんだろ。
「……いつ、その剣はそなたの家に?」
「え?」
驚いたのは――――その問い掛けは、紅野さんの声じゃなかったから。
声がしたのは、わたしの隣から。
まだ名前は知らない、お人形さんのような子が、突然話しかけて来た。
「その聖剣がそなたの家に預けられたのは、何時の事だったか、と聞いておる」
「あ、はいっ。えっと、わたしが7つの時だったから、8年前……です」
思わず敬語を使っちゃうくらい、その子は威圧感たっぷりだった。
大人びてるって言うか、それを突き抜けてるって言うか。
話し方も古風だし。
「8年前か。それなら、可能性はある。いわゆる『エウカリスティアの一日』があった年度と合致するからの」
「へ?」
そして突然、お隣の子は呪文のような言葉を唱えた。
え、えう?
「エウカリスティアの一日……日本に一日だけ、エクスカリバーがやって来た日……」
紅野さんは、知ってるみたいだった。
「左様。来日時に大々的に騒がれ、そして国立博物館に一日だけ展示されたそれは、イミテーションだったと言われているが……実際には、日本に本物が来ていたと言う噂が流れておったそうな。それが事実ならば……」
そこまで話して、お隣さんは言葉を止めた。
そして、わたしの方をじーっと見つめる。
さっきまでは少し怖かったけど、今はそうでもない。
あんまり表情は変わってないけど、仄かに顔に赤みが差しているから。
「と、仮定すればの話だが」
「え、えっと、難しいコトは全然わかりませんけど、なんかありがとうございます。
フォロー、してくれたんですよね」
「気に病む事はない。もし本当なら、妾も興味を禁じえぬ話故に首を突っ込んだまで」
そう言いつつも、何処か照れてる感じ。
この人も、優しい。
良かった。
今日知り合いになれたのは、良い人ばっかり。
「そっか……七草さん。疑ったりしてゴメンね。お詫びに、私の事呼び捨てにしても良いから」
「え、えーっ? それは……」
戸惑うわたしに、紅野さんはコツン、と軽くチョップした。
痛くないけど、こそばゆい。
「話、合わせといてよ。きっかけ探してたんだから」
「ふえ?」
「こう言うトコは鈍いのねえ。要するに、お友達だからもっと砕けた呼び方で呼び合おう、って言ってるの。私も、鈴菜って呼ぶから」
そっぽを向きながら、紅野さんはそんなコトを言ってきた。
嬉しい。
ホントに嬉しい!
「う、うん。わかったよっ。それじゃ、わたしは芹香ちゃんって呼ぶね」
「呼び捨てじゃないんだ……ま、それでも良いけど」
「あ、やっぱりストップっ。芹ちゃんの方が、親しげで良いよね?」
「どっちでも良い」
こうして、わたしは名前で呼び合えるお友達に初日から恵まれた。
やはー、良かったよー。
「初々しいの」
そんなわたし達の様子を、お隣さんは目を細めて眺めていた。
そうだ、折角だし、この人ともお友達になっておきたいな。
「えっと、お名前……あ、わたし、七草鈴菜って言います」
「そう言えば、自己紹介しておらんかったの。普通はホームルームの最初に行うものなのだが……奇妙な担任よの」
苦笑しつつ、愛嬌のある顔を見せる。
「妾は、桔梗。蓮葉桔梗と言う。どう呼んでくれても構わんが、お勧めは桔梗ちゃん、かの。妾のそこはかとないか弱さがよう現われとる」
「うん、なんかわかるよ。それじゃ、桔梗ちゃんって呼ぶよ」
「素直なのは良き事よ。では、妾も遠慮なく鈴菜ちゃんと呼ばせて貰おう。ふむ、思いの他、初日に友人を得たのは僥倖だった」
わ、二人目のお友達認定だ!
意外だったけど――――桔梗ちゃんは話してみると、そんなに大人っぽくはなかった。
けっこう、波長って言うか、リズムが合いそう。
「それじゃ、私ともお友達の契りを交わす? 桔梗さん」
「特に断る理由はないの。では、こちらは芹香ちゃん、と呼ばせて貰うとしよう」
わたしを挟んで、二人もお友達に。
お友達の輪が広がって行く瞬間に、なんか感激。
「待たせたなコノヤロー」
そんな最中、難漢字先生が戻ってきた。
気のせいか、お顔がふやふやになってる。
「諸事情で、俺は早く家に帰らなくちゃならなくなった。今日は中止だ! 明日、改めて剣を作ってもらうから、気を抜くなよバカヤロー」
あれ、結局今日は作らないのかー。
でも、今日が明日になっても、何も変わらないような……
「んじゃ、教科書配っとくから、予習してーヤツは勝手にやっとけ」
あ、教科書、今日貰えるんだ。
それだったら、何か変えられるかもしれない。
一夜漬けでも、一生懸命やれば、きっと。
「それじゃ、決まりね」
「うむ」
ぐっぐっと拳を握るわたしの真横とまん前で、二人が意思の疎通を図ってる。
「え? 何が?」
「決まってるでしょ」
紅野さん……じゃなくて、芹ちゃんは、何処か燃えるような目で、わたしに
微笑み掛けて来た。
「三人でお勉強会よ。今日中に剣を作れるようになっておきましょ」
そして――――
わたしの記念すべき登校初日は、お友達と一緒に、剣のお勉強会をするコトになったのでした。
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